第20話 『星降り』を直そう


「か、帰るわけないでしょう!?」

「そうだ! しかもクッキーを食べてだなんて……馬鹿にしているのか!?」


 ……やっぱりそういう反応になるよね。

 ルインは大丈夫そうだけれど、アルフィンとアレンシードは素直に帰ってくれる気はなさそうだ。


「そっか。仕方ないな……」


 残念に思いながら、近くで転がっていた椅子を置き直して、その上にクッキーが載った鉄板を置いた。

 それから散乱する調理器具の中から、延し棒を手に取る。

 数回それを振って感覚を確かめると、僕はアルフィンとアレンシードの方へ向き直った。

 そして、そのまま彼女たちへ向かって歩く。わざとらしく、ぽんぽん、と手の上で延べ棒を弾ませる事も忘れない。


「……れ、レオ?」

「そうだよね、仕方がないよね。僕は妥協案を提示したけれど、君たちは承諾してくれないんだから」

「あ、あの……」

「アルフィン、下が」


 アレンシードは下がって、と言いかけたのだろう。

 彼がアルフィンを庇うように前に出かけたタイミングで、僕は地面を蹴ってアレンシードの懐へ飛び込むと、延し棒の先を彼の首へつきつける。

 そのままアレンシードを見上げると、彼は青褪めた顔で、ヒュッ、と息を吸った。


「ねぇ、アルフィン、アレンシード。僕がどうして勇者に任命されたのか覚えているよね。アストラル王国で一番強かったから・・・・・・・・だよ」


 冒険者として活動していた中で認められた功績の一つがこれだ。

 アストラル王国でつけられている公式な記録――まぁ剣術大会とか、そういう類の大会で僕は何度か優勝している。

 入賞すれば賞金が得られるし、何よりも命のやり取りをしなくて良いから、お金を稼ぐ手段としてちょうど良かったんだ。


 僕が勇者に推された理由の半分がここにある。

 たまたま試合にゲストとして呼ばれていたアルフィンが、それを見て僕を国王陛下に推したのだ。

 あまり乗り気はしなかったから最初の何度かは断っていたのだけれど、大会で対戦したアレンシードがアルフィンの護衛になった時に、同じ様に僕を勇者にしたらどうかと熱弁したらしい。


 どれもパーティを組んでしばらくしてから聞いた話なんだけどね。

 それを2人が覚えていないはずがない。


「…………お、お前は、俺たちを殺せないだろう」

殺さない・・・・よ。このままここに居座るならば、ただ叩きのめして帰ってもらうだけ。大丈夫、刃物は使わない。鈍器と拳と足がある」

「…………」


 やっと絞り出した言葉だったが、僕がその状態からピクリとも動かずにそう言うと、アレンシードはぐっと歯を噛みしめた。

 ……少しは戦意を削げたかな。

 そう思いながら、僕はアレンシードを見上げたままルインを呼ぶ。


「ルイン。この2人を無傷で帰して欲しかったら、僕の頼みを聞いてくれる?」

「…………。何をすれば良いの、レオさん」

「2人を眠らせて」


 僕が短くそう言うとルインは軽く目を見開いた。それからアルフィンとアレンシードへ視線を向ける。

 2人は「だめだ」と首を横に振っているが、ルインはぐっと拳を握って、


「分かった」


 と頷く。それから直ぐに彼女は呪文を唱え始めた。


「だ、だめ、ルイン! やめなさい!」


 アルフィンの制止の声が響く。彼女は慌てた様子で抵抗魔法レジストを使おうとするが、ルインの魔法の完成の方が早い。


眠れスリープ


 そう言ったとたん、ルインが持っていた杖の先端から、ふわふわと光の粉が現れ、アルフィンとアレンシードの頭の上に降り注ぐ。

 その光を浴びると、最初は必死に目を開いていた二人だったが、直ぐに瞼が重くなったようで目を閉じて、その場にどさりと倒れ込んだ。

 すうすうと寝息を立てる2人を見て、はぁ、と息を吐いて僕は延し棒を下ろす。


「ありがとう、ルイン。脅すみたいな事をしてごめんね」

「ううん、いいよ。レオさんなら、本気でやらないだろうなって思っていたから」

「どうだろうね。僕、今、だいぶ怒っているから」

「でもやらないよ。レオさんだもの」

「…………」


 はっきりと断言されてしまった。

 喜んで良いのか、どうなのか。ちょっと良く分からないので、僕は指で頬をかいて視線を逸らした。




◇ ◇ ◇




 その後、アルフィンとアレンシードは、ディたちに協力してもらって、ランプストーンの町の入り口付近に届けて来た。

 あまり人目につかないようにこっそりと、だけどね。

 去り際に音の出る魔法を使ってもらったから、直ぐに誰かに気付いてもらえるだろう。

 そうして再びカフェがあった場所へ戻って来ると、


「っていうかよ、なーんでその装備をチョイスしたんだよ?」


 なんてディから言われてしまった。

 あの装備と言うと、延し棒の事だ。


「うーん。ほら、包丁もあったんだけど、危ないかなって」

「いや、剣振り回して戦う気満々の奴を前に、危ないも何もなくない?」


 ディは呆れた様子で言う。

 まぁ確かにそうだ。さすがに延し棒でアレンシードの剣は受けきれない。

 どうにもならなかったら、向こうが攻撃してくる前に速攻で地面に沈める予定だった……とは言わない方が良いだろうか。


「カフェの店主さんらしくて良いと思う」


 そんな事を考えたらロザリーがそう言ってくれて、少し嬉しかった。

 あ、でも、調理器具を一時的にでも武器として使おうとした事は、あまり褒められた事ではないけれどね。


「……それで、だ。何でこいつだけ残っているんだ?」


 そんな話をしていると、ディがとある人物を指さした。

 指の先にいるのは魔法使いのルインだ。彼女はクッキーを食べながらきょとんとした顔になり、


「クッキーが美味しかったから」


 と言った。その答えにディが半眼になる。


「あの一瞬で餌付けされていやがる……人間って奴はどうなってんだ……っていうかまた食ってるし……」

「その子が今食べたのは、ディの型抜きしたクッキー」

「マジかよ……俺が餌付けしたのかよ……」


 嫌そうに顔をしかめるディ。

 それこそ果たして餌付けと言うのだろうかと思ったけど、とりあえず黙っておこう。


 ……まぁ餌付けはともかくとして。

 実はルインがここに残っているのは、クッキーが理由ではないんだ。


「ルインは『星降り』を直す手伝いをしてくれるって言ってくれたんだよ」

「うん。……色々、迷惑かけちゃったから」

「本当? 『星降り』直るの?」


 僕の言葉にロザリーが目を見開く。

 そして手に持ってくれていた『星降り』に目を向けた。

 砕けた『星降り』の光は相変わらず弱々しいものの、まだ消えてはいない。


 魔剣は魔力のような・・・力を宿した剣だ。だから修理方法も通常とは違う。

 彼女たちとパーティを組んで旅をしていた時も、僅かにヒビが入ったりした事はあってね。

 その時にルインが修理を手伝ってくれていたんだ。


「ただ、ここまで砕かれてしまっていると、ちゃんと直るか分からないんだけどね……」

「そっか……」


 僕がそう言うと、ロザリーはしょんぼりした顔になって、指先で『星降り』を優しく撫でた。


「っていうか、レオよ。改めて聞くけど、それ魔剣なんだよな?」


 そうしているとディからそんな事を聞かれた。

 カフェになっていた『星降り』が話した時に、一度は説明はしているけど、どうしたんだろう?


「うん、そうだよ」

「そいつの本体のが何なのか、ちゃんと調べた事はあるか?」

「いや、しっかりとは。ルインはある?」


 彼の問いに僕は首を横に振って、ルインにも聞く。


「ないよ。私が知っている魔力の類にはないから、よく分からなくて」


 彼女も僕と同じく首を横に振った。

 先ほども言ったけど、魔剣とは『魔力のような力』を宿す剣の事だ。

 もちろん純粋に魔力のみで出来ている物もあるけれど、大半はそれに類似する自然の力が宿っている事がほとんどなのである。

 そしてこの『星降り』に宿っているものも、魔力ではなく『魔力のような力』だった。


「ふーむ……」

「どうしたの、ディ」

「いや、砕けた所から漏れてるがちょっとなぁ……」


 そう言いながらディは『星降り』をじっと見つめている。

 うーん、何だろう。

 何か気になる事があるようだけど、とりあえず今は『星降り』を直す方が先だ。


 僕は地面に修理用の魔法陣を描くと、ロザリーから『星降り』を受け取って、その中央に置いた。

 それから『星降り』を囲むように魔力を籠った鉱石や木の実、鱗なども置いていく。

 自分たちの魔力だけだと足りないだろうから、これらからも魔力を貰って『星降り』に注ぐんだ。

 そうしているとディが、


「これも置いとけ置いとけ」


 と言って、エメラルド色をした、大きな鳥の羽根を渡してくれた。


「これ精霊鳥せいれいちょうの風切り羽根じゃないか。使っても良いの?」

「ああ。俺の予想が正しいと、たぶん、そこにあるもんだけじゃ足りねーからな」

「予想?」


 ディは『星降り』の魔力が何なのか想像がついたのだろうか。

 そう思っていると、ロザリーもごそごそと服のポケットを探って、


「じゃあ、これもあげる」


 と、水色の水晶を渡してくれた。


風霊水晶ふうれいすいしょう。魔法の効果を高める」

「これもまた貴重な……! 嬉しいけれど、本当にいいの?」

「うん。『星降り』の方が大事」

「おう。まぁ、俺も大体そんな理由だから気にすんな」


 二人はニッと笑って頷いた。

 ロザリーとディの優しさが、ジーンと胸に広がる。

 ちょっと泣きたくなりながら、僕は受け取った羽根と水晶を握りしめ、


「ありがとう。このお返しは必ずするから」

「じゃあケーキ。たくさんのケーキがいい」

「俺も俺も。種類の違うケーキをたらふく食いたいぞ!」

「ケーキでもケーキ以外でも何でも作るよ。……ありがとう!」


 僕は2人にお礼を言うと、羽根と水晶をそっと『星降り』の横に並べた。

 そうしているとルインがやって来て、トン、と杖の底を魔法陣の端にあてた。


「ねぇレオさん」

「何だい、ルイン」

「レオさんは、良いところに来たんだね」

「そうだね。……ルインたちには申し訳ない事をしたと思う。だけど……こうなって良かったとも思うんだ」

「そっか」


 僕がそう答えると、ルインは少しほっとした顔になる。


「それじゃあ、始めるけど良い?」

「いつでもどうぞ」


 彼女の声に頷き、僕も手を魔法陣に当てる。


「せーの」


 そして掛け声と共に、2人同時に魔法陣に魔力を流し始めた。

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