第4話 閑古鳥カフェ
「立地条件は、悪くないと思うんだよなぁ……」
そんなことを考えながら、僕はカウンターに頬杖をついて、未だ一度としてお客さんを迎えていない店のドアを見つめていた。
うちのカフェがあるのは、魔王城から歩いて五分ほどの距離だ。
休憩時間に、ちょっとコーヒーや紅茶を飲みに来るくらいには、ちょうど良い場所だと思う。
……まぁ勝手に作ったというのもあるし、宣伝も挨拶もしていないので、そりゃあ直ぐには来ないよねと言われれば、それはそうとしか言いようがないのだけれど。
ちなみにお客さん候補は、人間ではなく魔族や魔物である。
魔王城のある、ここの土地は魔族領と呼ばれており、魔族や魔物が暮らしている。
不思議なことに、魔族領内であれば、アストラル王国内では暴れる魔物も、理性を保っていられるそうなのだ。
言葉を話す魔物もいると聞いたことがある。
さて、そんな魔族領は、僕の故郷であるアストラル王国の隣にある。
隣国同士、仲良くやっているかと言えば――お察しの通り、それはノーだ。
アストラル王国と魔族領は、昔からとても仲が悪い。
うちの国の歴史書によると、何でも魔族領の魔王がアストラル王国に魔物をけしかけてくるからずっと争っている――とのことだが、実際にどうなのかは分からない。
アストラル王国内で見た魔物は、確かに大暴れはしていた。
けれども、けしかけられたという風でもなかったように感じたからだ。
ただ理性を失って暴れていた。
本当に、その一言に尽きるのではないかと、僕は思っている。
まぁ、そもそも国が大々的に認める歴史書なんてものは、ルールを作る側にとって、都合が良いように書かれるものだ。
何らかの政治的要因が絡んでいる可能性だってある。
だから僕には、どちらが悪かったのかというのは正直分からない。
……まぁ、それは横に置いておいて。
僕のカフェは、そんな魔族領の、魔王城から徒歩五分という抜群の立地条件に建っている。
それなのにも関わらず、閑古鳥が鳴いていた。
「…………ねぇ『星降り』」
『何だいレオ~』
「お客さん、来ないねぇ……」
『来ないな~。暇だな~レオ~』
「暇だねぇ……」
カフェになってくれている『星振り』と話しながら、壁に飾ったカレンダーへと目を向ける。
僕がここでカフェを開いてから一週間経った。その間、ずっと暇なのだ。
先ほども言ったけれど、宣伝も何もしていないので、開店初日からお客さんが来てくれることはないだろうとは思っていた。
だから、最初は店を開きつつ、オリジナルメニューの考案や試作をして、時間を潰していたのだ。
『星振り』と相談しつつ、色々なアイデアを考えて試すのは、結構楽しかった。
だけど、それも一週間経てば、だんだんやることも無くなってくる。
店内の掃除をして、メニューの仕込みをして、ドアが開くのを今か今かと待つ日々。
――実に、暇だ。
誰か来てくれるといいな、なんて願いも空しく、あのドアがお客さんに開かれることは一度もない。
せっかくのドアベルだって、その役割を果たしていない。
「はぁ、誰も来ないなぁ……」
『人が来なさそうだったから、ここを選んだんだろ~?』
「それはそうなんだけどねぇ。でも、魔族領のお客さんは来るんじゃないかな~って、打算はあったんだよ」
ここで開けば、必然的にお客さんは魔族領の住人たちだ。
つまり魔族や魔物である。
彼らの食生活がどうなっているかは、僕は知らない。けれども、人間とそう変わらないと聞いたこともある。
だからカフェのメニューも問題なく食べられる……はずなんだけど、誰も来ないから、確かめることすらできないんだ。
だけど、興味がまったくないわけでもないようだ。
たまにカフェの外に、何かの気配は感じる。たぶん、偵察に来ているのだろう。
何かしらの悪意がある場合は、星振りが通さないし弾いてくれるけれど、その気配に関しては、そういうものが感じられないと彼は言っていた。
単純に「何だ、この建物は」という感じで、見に来ているらしい。
次に気配を感じたら、ドアを開けて挨拶してみようか。
怪しまれているのは十分承知しているから、できるるだけフレンドリーな態度で、だ。そして精一杯おもてなしするのだ。
「ま、お客さんが来ないのは仕方ないね。お腹も空いてきたし、そろそろお昼ご飯でも作ろうかな」
『しっかり食べろよ~レオ~。今日は何を作るんだ~?』
「フレンチトーストだよ。甘くて美味しい奴ね」
『お~、フレンチトースト~。お洒落な名前の料理でいいな~』
フレンチトーストっていうのは、卵とミルク、砂糖をを混ぜて作った液体の中にひたしたパンを、フライパンで焼いた料理だ。
割と簡単に作れるので、朝食の時などに重宝している。
焼き上がりにバターと砂糖を振りかけると、何だか最高の一品みたいな見た目になるから作るととても楽しい。もちろん味も美味しい。
……うん、考えたらすごくお腹が空いて来た。とりあえず作り始めよう。
ボールに卵と砂糖を入れて、そこへミルクを注ぐ。それを泡だて器で混ぜて……っと。
そう言えば、泡だて器でこうやってシャカシャカ混ぜるのは、子供の頃は大変だったな。
今は腕力が鍛えられたからだろうか、結構簡単にできる。
何だかんだで、勇者として生きてきた時間も無駄じゃなかったんだなぁ。
なんて考えている内に、液は出来たのでパンを浸す。
ここまで来ると、焼かなくても美味しそうだよね。焼くけどさ。
「……あ、そうだ。ねぇ『星降り』。窓を開けてくれてもいいかい?」
『いいぞ~。窒息でもしそうになったか~レオ~。人間はちゃんと、呼吸しないとダメだぞ~』
「あはは。いやいや、体調はいつも通りバッチリだよ。そうじゃなくて、これからフレンチトーストを焼くじゃない? そうするとさ、すっごく良い匂いがするじゃない? それでお客さんを呼べないかなって」
『お~、つまり食虫植物のアレみたいだな~』
いや、確かに似た感じなんだけど、その例えはちょっと……まぁ、いいか。
思わず苦笑している間に『星降り』は窓を開けてくれた。
ゆっくりと開かれたそこからは、春の穏やかな風が優しく吹き込んでくる。
「さて、それじゃあ焼いていきますか」
『お~!』
願わくば、誰かお客さんが来てくれますように……なんて思って焼いていたら、
「たのもー!」
そんな威勢の良いかけ声と共に、カフェのドアが開かれた。
そして入ってきたのは、月のような金色のショートヘアをした、綺麗な女の子だった。
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