第53話 祖母ごころ、孫知らず



 その冷たい声は、周りの気温も一気に下げたように思った。


「やはり、そうなのですね。御婆様にはもう、そこにいる人間の方が大事なのですね」

「それは違うさ。だけどアタシらとは違って人間には――」

「もう結構です!!!」


 俯いたカリナが叫ぶ。


「最近の御婆様はいつもそれです。人間、人間、人間――ちっぽけな魔力しか持たない非力なものに、なぜそんなに構うのですか!」

「カリナ……」

「あげくには魔力を渡す? 御婆様をずっと見てきたのはワタシです。憧れてきたのはワタシです! 目指してきたのも一番後を追っているのもワタシですッ!」

「……アタシが人間を好きなのは、面白いからさ。料理も道具も、弱いからこそ生まれたモンだ。アタシらじゃ想像もつかないのが面白いんだよ。それに古老龍エルダードラゴンなんて、目指すものじゃないさね」

「わかりません!!!」


 クリム婆は言葉を選んで諭したつもりなんだろう。

 だけど激昂してしまった相手に逆効果なのは、人も龍も同じだった。


「わかりました。御婆様がその魔力をくださらず、人間に渡すというのなら――奪うことにいたします」


 ワタシがいままでしてきたように――。

 その言葉に俺たちは身構える。


「とはいえ、御婆様に挑むほど馬鹿ではありません」


 だがカリナは、老齢とはいえ伝説を残す古老龍エルダードラゴンに挑むことはしなかった。


「ですから――亡くなられた瞬間、魔力を頂くことにしましょう。ええ、それがいいですね」


 戦うつもりはなく……自分の祖母が亡くなるまで、待つことにしたようだった。


「……そんな声聞かされたら、悲しくなっちまうよ。それにカリナ、アンタにアタシの魔力が扱いきれるわけがないだろう!」

「扱いきって見せませすわ、御婆様の孫ですもの。問題は、野次馬が集まることでしょうか? 御婆様ほどの龍の最期ですわ。ワタシ以外にも狙っている不届きものがいますの、同じ龍種にも」

「なに? ちっ、死に際も落ち着いてられないのかい」

「では次の再会は、最期になってしまうのが悲しいですが」


 カリナの背後に、氷の翼が形成される。

 彼女の正体に似せてあるのか――その翼はまるで鳥の翼のようだった。


「ああ、そうそう。そこの人間」


 空に浮き上がったカリナがふと、俺を指差した。


「御婆様の魔力を頂いた後で、アナタは殺すわ。御婆様とのお時間を奪った事、我慢ならないもの」

「やってみろよ。世間知らずの癇癪龍なんざぶった斬ってやる」

「威勢ばかり……まあ、いいわ。その時を楽しみにしましょう。――では、最期の時まで御機嫌よう。御婆様」


 そうして、嵐のような水色の若い龍は去っていった。

 すっかり冷たくなってしまった空気と、氷漬けの庭である岬を残して。


 ・ ・ ・ ・ ・


「悪いねぇ……アタシの孫のせいで面倒なことになっちまった」


 クリム婆が申し訳なさそうにしている。

 あれから家に戻った俺たちは、話題に困りつつも食卓を囲んでいた。


「仕方ないですよ、その……親子というか、家族間で関係がうまくいかないことなんてよくあることだし」

「わたしたちなんて親もほっぽり出して冒険者してるものね、マリア」

「そうそう、スラム街から飛び出してそれっきりだもん」


 エルミーの擁護に、姉妹が便乗する。

 そういえば二人は王都の貧民街出身だったっけ。


「お前たち龍種は肉親の情も薄いしな。ま、だが尊敬……いや、信仰されているみたいじゃないか」

「信仰か、そうかもね。昔はあんな子じゃなかったんだが」


 先ほどまで煽り合っていたレイナーレに頷くクリム婆。


「昔ね。人間の――人の作るものに興味が出て、アタシだけここに移り住んできたんだ。自分も創るってことをやってみたくて、これが面白くて。こんな家を建てたりして、老い始めてたってのに年甲斐もなくはしゃいだもんさ」


 家の中を見まわした。

 丸太をメインにしたログハウス。素人仕事とは思えないほど立派な出来だ。

 クリム婆が作ってくれたフォルトレスホエールの肉を使ったシチューも驚くほど美味い。

 どれだけ人の文化に熱中していたか。窺い知れるものが、ここにはそこかしこにある。


「夢中になりすぎたのがいけなかったのかねぇ。いつの間にか、魔力を集めるために他の魔獣を殺して回るようになっちまってた」


 魔獣を殺し、魔力を吸収して龍玉を成長させる。

 縄張りや食うために殺すことはあるが、ドラゴンは普通そんなことをしない。


「前に来た時、家をぶっ壊したのを怒ったら寄り付かなくなって、とんと会わなくなったのさ」


 ため息交じりの声には、家を壊された恨みが多分に含んでいる。

 けれどその顔は穏やかだった。


「なあ、クリム婆。やっぱり俺に何かを遺そうとしないでさ、自分の孫に魔力を受け継がせたらいいじゃないか」

「それはダメだアベル。というか、奴らはそんなことを欠片も考えていない」

「レイナーレ?」

「継承とか、受け継ぐという概念が無いのさ。龍は最強の種族だ、子のために何かを遺す必要もない」

「なるほど?」


 ドラゴンは強すぎる生態から、何かを子に遺すことをしない。

 生きているだけで勝手に強くなるから必要ないということらしい。


「そうさ。そういう概念を知ったときゃ驚いたけど、納得もしたよ」

「納得?」

「言っちゃなんだが、人は弱い。なのに料理や道具やら、いいものを持ってる。それはきっとそうして遺してきたもんなんだろうね」

「その通り、特に平人ヒューヒンは寿命も短く、そうしなければ生き残れなかったのさ」

「でも、良いと思ったね」


 俺たちにとっては当たり前の感覚だが、長命種には新鮮に映ったらしい。


「だから、アタシもやってみたくなったのさ」

「ろくでもない『やってみたい』だな……それこそ、孫にすればいいんじゃないか」

「カリナは龍さ、いらないよ。アタシは人に遺したいのさ。受け継ぐってことを意識してくれる奴にね」


 死に際にしかできない、やってみたいことって。

 でも孫には理解されないし、必要ない。だから俺に……って言ってたのか。

 そこまで頼りなく思われてるのか……そうか、恋人レスでヘロヘロなところしか見せてないもんな。


「長命種の感覚ってわからないわ〜。そんなに大層なことかしら?」


 正直、俺もフレイと同じ感想だ。

 生まれ故郷は滅んでいるし、産んでくれた両親は死んで何も残らなかったから。 


「だけどまあ、カリナに魔力を渡せないのには理由があるんだよ。アタシの我儘なんかよりよっぽど深刻な理由がね」


 それを先に言ってほしい。

 最後の道楽を優先する放蕩婆にしか見えなかったぞ。


「龍は強いけど、最初っからアベル坊みたいにドン引きするほど魔力操作力が高いわけじゃないんだ」

「喧嘩売ってんの?」

「褒めてんのさ、アンタは龍より凄いところがあるんだよ」


 そう言われると嬉しいけど、逆に言えばそれしかないんだけどな。

 魔力量だって膨大だが、クリム婆や、それにレイナーレにも余裕で負けるだろう。

 なんせ千年以上生きている存在だ。使えば使うほど増える魔力量においては勝ち目がない。


「龍の魔力量は膨大さね。その分、ただ保持するだけでも相当な操作力が必要になる。長い時間をかけて、操作力も鍛えていくのさ」

「えっと……つまり、いきなり魔力がたくさん増えても意味がない、ってことかしら?」

「むしろ毒だね。扱いきれない魔力は身を亡ぼす。ああ、あの子はそれをわかってない。魔力があればあるだけ強いと思ってる」

「あ……そういえばあの魔法、威力は凄かったけど難しいものじゃなかったような」


 マリアの言う通り、思い返せばカリナの使った魔法はそれほど難しい魔法ではなかった。

 氷漬けの規模は大きいが、炎を噴出し続けるみたいな単純なものだ。

 魔力さえあれば、Cランクの冒険者すらできるだろう。


「で? 魔力を増やしすぎるとどうなる。長く生きているがオレも知らんケースだぞ」

「簡単さ。袋に入りきらない水を、無理矢理入れようとしたらどうなる?」

「それは……おい、それってまさか」


 嫌な予感がする。

 わかりきった例えの答えから察すれば、それはレイナーレやエルミーたちも顔色が変わる。


「――アタシの魔力を吸収すれば、あの子は制御できなくなってだろうね。最悪、ここら一帯が氷漬けになるかもしれない」

「はぁ!?」


 クリム婆の言葉は、予想をはるかに超えるものだった。


「ちょっ、ここら一帯!? それってホントなんですか!?」

「ああ、アンタたちが来た時だって、アタシがボケて少し垂れ流しただけで、あんなになってただろう?」

「……っ!」


 言われて思い出す。ここに来たとき、この岬が氷漬けだったことを。


『最近は歳でねぇ、てんで体が言うことを聞かないよ』


 ――あれは、意図的に漏出させてたんじゃなかったのか……。


「アタシから零れた魔力だけであのザマだったんだ。もしアタシとカリナの魔力が全部弾けるなんてことになりゃ、そんくらいだろうさ」

「エステナだけでもたくさんの人がいるのに……っ!?」


 エステナは普段から人が集まる観光地、しかも今は――勇者祭をやっている。


「ここ二週間ほど見た感じでは、だいたい数万人はいるだろうな。エステナだけで済めばいいが……」

「下手したら別の街にまで……!?」

「街……どころか、この海岸線のどこまで凍るか、かもしれないよ。姉さん」


 クリム婆の「一帯」だからな。

 ドラゴンだ、規模感が違う。下手したらエステナどころか別の街にまで……という可能性もある。

 その辺り、クリム婆は大雑把だ。


「お前が死ぬときはどうするんだ?」

「アタシがただ死ぬ分にゃ問題ないさ。冷気としてではなく純粋な魔力として放出する。そうすれば、ここらは魔力が豊富な恵まれた土地になるさね」

「もう説得は、無理だよな」

「アタシの話は、もうずいぶん聞いてくれなかったからねぇ……まったく不甲斐ない祖母だ」

「……クリム婆、寿命伸ばせない?」

「無茶言うんじゃないよ! 龍にだってどうにもならないさね!」


 俺の縋るような質問をカラカラと笑い飛ばす。

 それは、そうだろう。でもこんなのって……。


「――アベル坊。勝手ですまないがお願い……いや、〝依頼〟がある」


 やるせない気持ちで俯いていた俺に、クリム婆が声をかけてきた。

 頭を上げると、まっすぐにこちらを見てきていた。


「クリム婆? なにを……」

「そういや依頼もしたことなかったんだ。アベル坊に、冒険者として依頼をしたい。――あの子を、止めてくれないか?」

「……無茶言ってくれるじゃないか?」


 止める。孫娘を殺さずに解決してほしい、ということだ。


「あの子がアタシの魔力を取ろうとするのは、死ぬ間際だろう。アタシにはどうしようもない……もし魔力が暴走すれば、カリナもタダじゃすまない」

「爆心地にいるようなものだからな。……難しいってのはわかってるよな。相手はドラゴンだぜ? 俺だって流石に骨が折れるぞ」

「悪いねぇ……だがあんなんでも可愛い孫なんだ、アンタと同じようにね。報酬は、そうだね。アタシの力、新たな魔剣でどうだい?」

「クリム婆、それは……」


 正直、カリナを討伐するのが一番簡単だ。でもクリム婆にそんなこと、言えるはずもない。


「アンタにアタシの不始末をつけさせるのは、申し訳ないよ。つくづく不甲斐ないババアだ。……でも、頼めるのはアンタしかいない――アタシの最期の頼みだよ」

「……っ」


 ――そんなことを、言わないで欲しかった。

 最期というのは、別れというのは、どうしようもなく苦しい。

 だけど、答えた。


「――クリム婆の頼みだ。その依頼、受けさせてもらうよ」


 クリム婆に恩を返すため。

 そして……孫だと言ってくれたの頼みなんだから。



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