第22話 あやかSide⑫ 上書き3

★★★あやかSide★★★


 そんなこんなでデートを楽しんだ私たちは、たくさんの買い物袋を虎太郎に持たせて帰ってきた。


「散財したー! ストレス発散でついつい買い込んでしまったー」


 今日の戦果を確認して、ちょっと気分がよくなった。

 ストレス発散は散財に限る。これ以上我慢してストレスが増えたら健康に悪いのだから、ほしいものがあったら買わなければならないのだ。


「つ、疲れた……」


「ん?」


「い、いやなんでもない……まああやかが楽しかったならよかったよ……」


 インドア派の虎太郎はくたびれ果てていた。

 とはいえ、いつもであれば根を上げて先に帰っているところを最後まで付き合ったのは、この男なりに凛とのデートを反省しているからだろうか。


「本当ならご飯をおごってもらおうと思ってたんだけどなあー」


「この前みたいにどこかで食べてから帰ってもよかったかもな」


 混んできてたからまた今度にして正解だっただろうと虎太郎は言う。


「じゃあこのあとは虎太郎の部屋に行きたいな」


 私が手を合わせてお願いすると、ものすごく引きつった顔をされた。


「ダメなの? お腹も空いたし虎太郎の部屋でご飯食べたいなあ」


「……買い出し行かないとなにも買い置きがないんだ」


「出前取ればいいよ。虎太郎の部屋に行きたいの」


「い、いやあでも……さっきまで凛が来てて部屋の整理も出来ていないというか」


 また凛だ。

 デートの最中は見ないふりをしてきた凛の面影が脳裏をよぎって、せっかくの気分が台無しになる。

 凛は上げたのに私はダメなの? そんなはずないよね。私は虎太郎の彼女なんだから。


「お邪魔しまーす」


「あっ、待ってくれあやか! 散らかってるからさあ……」


 どうして散らかっているのかな? 泥棒でも入った?

 あ、泥棒猫が入ってたか。

 まだ私のデートは終わってなんかいない。むしろこれからが本番なのだ。

 情けない声でもごもご言ってる虎太郎なんてお構いなしに、私はすたすたと中に入っていった。


「散らかってるって、別にいつも通りだと思うけど」


「いつも通り汚いだろ。だからちょっと待っててくれって。片づけるから」


 慣れた足取りで虎太郎の部屋に入ってすぐベッドを確認してみるが、多少乱雑に置かれてはいるものの、シーツや布団が洗われた形跡はなかった。

 ただ、まるでマーキングをしたかのように、至るところから匂いがする。


「ふふ。これは魔除けのお札が必要だね。はいこれ、今日付き合ってくれたお礼」


 私は今日の戦利品が入った紙袋の中からきれいにラッピングされたプレゼントを取り出して、虎太郎に渡した。


「なにこれ」


「さっき買ったペアグッズ」


「……なにを買ったんだ」


「単なる日用品だよ。私って虎太郎の部屋に入り浸ってるじゃん? だからよく使うものを置いておこうかと思って。これで私たちもバカップルに一歩前進だね」


「既にいろいろ置いてあるけどな……まあ、ありがとう」


 憎まれ口を叩きながらも受け取った虎太郎に、私はそのまま手を引っ張って強引に座らせられる。


「で?」


「で……とは?」


 お互いこのやりとり、何回目かな。


「なにか話があるからデートだったんだろ。今日のお前、ちょっと変な感じだったし……」


「虎太郎こそ、今日はやけに気前よく奢ってくれたじゃない。ご機嫌取りのつもりだったの? それとも、なにか大事な話でもあるの?」


「そんなつもりは……」


 ないとは言い切れないようだ。

 ふう、と息を吐く。


「心当たり、本当にないの?」


「…………凛のこと、言ってるんだよな」


 私は無言で肯定する。


「誤解だ」


「言い訳が真っ先に出てくる時点で語るに落ちてるんだよね。具体的になにがどう誤解なの? 私はなにを誤解したことになってるの?」


「それは……だな、お前は俺と凛が一緒にいると……嫌なんじゃないかと思ってて。別になにもないんだが、そもそも俺はお前が、その、好きなわけで……」


「それはいいって」


 しどろもどろな説明をはじめる虎太郎を私は無理やり遮った。

 別に弁明してほしいわけじゃない。むしろ二人の間になにがあったのかなんて聞きたくないのだ。

 なのに、いきなり「誤解だ」なんて不倫ドラマのワンシーンみたいなこと言われると、それまで考えないようにしていた憶測が頭の中を駆け巡ってしまう。


「……文化祭の件は認めてくれたんじゃないのか」


「渋りに渋ったけどね」


「そこまで嫌がるならお前も参加すればよかっただろ。それなら俺だって……」


 それが出来るなら最初からこんなにこじれていない。何度も同じ話をさせないでほしい。


「凛だけはダメなんだって」


「なんで」


 納得しない虎太郎に、私はきっぱりと否定した。


「……だって。凛は虎太郎のことが好きでしょ? 昔から今まで、ずっと、ずーっとね」


「っ」


 そして私はわかっている。

 子供の頃から虎太郎も凛が好きだったこと。私は単に横取りしただけだということを。

 私たちの馴れ初めもまったく同じだ。二人がいつも一緒に遊んでいて、私は後から入ってきただけ。三人の関係が大切とか言っても、おいしいポジションにいられるのは私だけ。


「聞いたよ。文化祭の最後に約束してるんだってね」


「っ、それは、」


「文化祭当日も凛と回るつもりなのかな」


「い、いや……当日はもちろん彼女であるお前と回るつもりで……」


「そうなんだ。選べる立場で羨ましいね」


 でもこのまま虎太郎に選ばせたら、私にとって幸せな結果は得られないだろう。


「違う。誤解なんだ」


「誤解誤解って……じゃあ毎日毎日、二人でなにしてるの? デートのあと、虎太郎の家に入ってなにしてたの? 帰り際にいつも二人して顔真っ赤にしてるのはなんなの?」


「そ、それは……」


 言いよどむ虎太郎。さっきから「それは……」しか言ってないぞこいつ。

 男の部屋でお互い好き合ってる男女が二人きり。なにもないわけないよね。


「まだ凛の匂いがするね。柑橘系の香水つけてたからすぐわかるよ」


 だってこれ、私のものだし。


「凛が虎太郎にアプローチをかけるのは百歩譲っていいとして、虎太郎は凛を突き放さないといけなかったんじゃないのかなあ」


「それは……」


 また言った。


「それとも、文化祭なんて体のいい口実を使って凛を連れ込んだのかな?」


「ちっ、違う!」


「ベッドに細長くて黒い女の子の髪の毛が落ちてるね」


「そこに凛が座ってたんだ。椅子がないんだから。お前だっていつも俺のベッドに座ってるだろ」


 ふーん。

 ここまで来ても白を切るんだ。


「今日は両親の帰りが遅いんだったよね」


「な、なんだよ」


「身体に聞いてみようかなって」


 やはり今までと同じではダメなのだ。

 放っておくと他の女になびいてしまうヘタレ男には、既成事実という首輪をはめてしまったほうが確実。

 それを理解した私は、覚悟をもって立ち上がり虎太郎を見つめる。


「あ、あやか……」


 微妙に目を泳がせた虎太郎にも、それは伝わっただろうか。

 ずっとそうだった。対虎太郎について私が凛より優位だったのは、常に先に動いていたということだけ。


「この前の続き……しよっか?」


「お、おいっ!?」


 私は虎太郎をベッドに押し倒して、四つん這いの格好で上から覆いかぶさった。

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