第12話 フィーンド

 カジャの港街を出発したブレイズとヘルガは次の街を目指して歩いていた。


「ねぇねぇ、そう言えばブレイズは前はどうやって功績を上げてたの?」


 ヘルガは歩きながら、ブレイズに昔はどのように功績を上げていたのか質問した。


「そうだな、昔はとにかくがむしゃらに過ごしてたな」



          ※



 十数年前、まだ若かったブレイズは当時から腕っ節が強かった。そのためブレイズは村の自警団の一人として生活をしていた。


 そこでブレイズは怪物や獣を狩り、村の安全を守っていた。それは裕福ではないが充実した生活だった。怪物や獣を狩ればその日の食卓が潤い、村の皆から感謝される。ブレイズは満足していた。


 その時は王宮に勤めようなどとは露ほどにも考えていなかった。そもそも学もなく人生経験も浅いブレイズは村の外に出ようとは、あまり考えていなかった。


 ブレイズはただがむしゃらに村の安全を守るために、狩りを行っていた。


 そんなある日、隣の村に危険な怪物が出たという話がブレイズの村に聞こえてきた。隣の村は歩いて一日という近い距離にあるため、村人たちは不安がった。


 そんな危険な怪物を王宮はすぐに討伐するため、王宮からモンスタースレイヤーたちが派遣された。また人数が多い方が良いという考えのため、近隣の村からも手練れの狩人などを要請した。


 その要請に応える形でブレイズは討伐隊に参加したのだ。ブレイズは始めて見る王宮のモンスタースレイヤーに興奮していた。上質な武器や防具に凜とした佇まい、まさに騎士といった感じだったからだ。


 騎士に憧れない男はいない。もれなくブレイズもそうだった。ブレイズはこれだけの戦力があれば怪物もすぐに討伐出来ると思った。


 そしてブレイズを加えた討伐隊は、怪物が出たという村を訪れた。


「うわ……、酷え……」


 誰かがそう呟いた。それほどまでに村の状況は悲惨だった。建物の多くは破壊されてひしゃげていて、そこかしこに村人の死体が散乱していた。


 そしてその死体を食べるためにグールまでもがやって来ていた。


「皆、武器を取れ! グールを殲滅しろ!」


 討伐隊の隊長の掛け声でブレイズたちは武器を構え、まずはグールの討伐を始めた。人数がいたこともあり、グールの討伐はすぐに終わった。


 そして討伐隊はグールがいなくなった村を調査し始めた。村には数人の生き残りがいた。

討伐隊はその村人たちの介抱をしながら、現れた怪物のことを聞いた。


「大丈夫か? 我々が来たからにはもう安心だ」


「ありがてぇ」


「現れた怪物のことを聞いてもいいか?」


「あぁ。そいつは鹿みたいな角をした怪物だった。家ぐらい大きくて、とんでもねぇ力だった……」


 生き残った村人は震えながら怪物のことを話した。村人の話と、村に残された痕跡から討伐隊は怪物の正体を推測した。


「おそらく、怪物の正体はフィーンドだろう」


 フィーンド、それは非常に危険な怪物だった。鹿のような角を持ち、四足歩行で大地を闊歩する巨大な怪物だ。


 怪物の名前を聞いた討伐隊に緊張が走った。フィーンドはかなり強い怪物のため、生きて討伐出来るか不安なのだ。


「皆、気を引き締めて掛かれ。これより我々はフィーンドと戦う!」


「はい!」


 隊長の一声でモンスタースレイヤーたちは気を引き締めた。そして討伐隊は村に残された足跡を辿って森の中へと向かった。


 足跡を辿って森を進むブレイズは、恐怖を感じていた。今までここまで危険な怪物と戦ったことがなく、自分の命が無事な保障がないからだ。


 それはブレイズだけでなく、他の討伐隊の面々も同じだった。一歩一歩フィーンドの巣に近づく度に、寿命が縮む感じがしていた。


 そしてフィーンドの足跡は大きな洞窟に続いていた。いよいよフィーンドに接敵することとなった。ブレイズは自身の心音が大きく聞こえていた。


 洞窟に入るとそこには目標の怪物、フィーンドがいた。フィーンドは巣への侵入者を見つけると、大きな咆哮を上げた。咆哮を聞いた討伐隊は身が竦んだ。中には小便を漏らす者もいた。


 ブレイズたちは勇気を振り絞り、武器を構えてフィーンドと対峙した。そして討伐隊は一斉にフィーンドに斬りかかった。


 しかしフィーンドの毛皮は厚く、刃はほとんど通らなかった。攻撃を受けたフィーンドは前足を薙いだ。すると斬りかかった討伐隊は洞窟の壁まで吹き飛ばされた。


 酷い者はその一撃で絶命していた。フィーンドの膂力を目の当たりにした討伐隊は恐れおののいた。そして恐怖で怯んでいると、フィーンドは向こうから攻撃を仕掛けてきた。


 フィーンドは突進をした。図体の割に素早い突進を食らった者は押しつぶされ、その鋭利な角が突き刺さった。


 フィーンドの一挙手一投足に討伐隊は数を減らしていった。討伐隊は逃げ出す者さえいた。しかし一人の男は果敢に立ち向かった。それはブレイズだった。


 ブレイズは素早く動いてフィーンドの攻撃を避けながら、剣で斬りかかっていた。しかしブレイズの持つ武器では致命傷を与えることは出来なかった。


 フィーンドはちょこまかと攻撃をしてくるブレイズを鬱陶しがった。そしてブレイズに標的を定めた。フィーンドは足下を動き回るブレイズを踏み潰そうした。


 ブレイズはそれを上手く避けながら、斬撃を加え続けた。その時、ブレイズの持つ剣がフィーンドを斬った衝撃で折れてしまった。


「クソっ! 誰か武器をくれっ!」


 ブレイズは折れた剣をフィーンドの顔目掛けて投げた。フィーンドは顔に剣が当たり、一瞬怯んだ。


「これを使え!」


 その隙に討伐隊の隊長は自身の武器である大太刀をブレイズに投げて渡した。大太刀を受け取ったブレイズは抜刀すると、それでフィーンドの足を斬りつけた。


 するとあれほど硬かったフィーンドの毛皮を斬ることが出来、さらにそのまま足を切断することが出来た。


 フィーンドは足を切られた痛みで大きなうめき声を上げ、その場に倒れた。ブレイズはその隙を見逃さず、フィーンドの首の上に乗ると、そのまま横一文字に斬りつけ、フィーンドの首を切断した。


 首を失ったフィーンドは力なく倒れ伏した。そしてフィーンドを倒したブレイズは大きな雄叫びを上げた。


 フィーンドをほぼ単独で討伐したブレイズに、討伐隊の隊長は驚いていた。


「このような男がいたとは……」


 そしてフィーンドの討伐を終えて、王宮へ戻った討伐隊の隊長は部下にブレイズのことを調べさせた。


 ブレイズの住む村やその近隣の村で聞き込みを行うと、ブレイズの数々の武勇を聞くことが出来た。村人を襲う危険な怪物や獣を倒したり、村を襲った盗賊を倒して盗まれた物を取り返したりと、様々な活躍があった。


 それを聞いた隊長は、ブレイズを王宮付きのモンスタースレイヤーとして登用することを進言した。最初それを聞いた大臣等は、学もなく騎士でもないブレイズを登用することを渋った。


 しかし討伐隊の厚い推薦、特に王宮の筆頭モンスタースレイヤーである隊長の推薦ということもあり、最終的にブレイズは王宮付きのモンスタースレイヤーとして働くこととなった。



          ※



 ブレイズの昔話を聞いたヘルガは感心したようだった。


「ブレイズは運が良かったのね」


「確かに幸運だったな。でもな、積み上げたものがあったから俺は登用されたのさ」


 昔話を終えたブレイズは、異国の地でまた新たに武勇を積み上げていこうと考えていた。

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