第二十六話 張りつく

 主婦のYさん宅の押し入れのふすまには、昨年亡くなった義父が、べったりと張りついているという。

 義父は、まるでヤモリのように襖に張りつき、頻りに押し入れの中を気にするような素振りを見せる。

 この押し入れは義父が生前使っていたものなので、もしかしたら中に、何か大事なものが眠ったままになっているのかもしれない。

 しかし、確かめ様がない。義父が張りついている襖に触れたくないからだ。

 何か伝えたいことがあるなら、口で言えばいいのに――とわずらわしく思いながら、Yさんは義父を、もうずっと放置している。


 同じ「張りつく」話では、このようなものもある。

 Mさんという男性が、夜遅くに近所の公園の前を通りかかった時のことだ。

 この公園には、ペットボトルの自販機が設置されている。Mさんが何気なく自販機の方に目をやると、人が四人、ヤモリのように、自販機にべったりと張りついている。

 年配の男。若い女。子供。老婆――。四人の外見はバラバラだが、誰もが顔を四方からショーケースに押しつけ、ペットボトルのサンプルを、まるで物欲しそうに、じっ……と見つめている。

 あまりに気味が悪くて、Mさんは早々にその場を後にしたそうだ。 


  *


 『絵本百物語』に曰く、遺言を言えぬまま死んだ者の念は、その家に留まる。これを「遺言ゆいごん幽霊ゆうれい」といって、大変浅ましいものである。また「水乞みずごい幽霊」というのもあって、こちらは飢え乾いて死んだ者が、迷い出て水を乞うのだという。

 こういった普遍的な未練を抱えた幽霊は、今の世にも普通に現れそうだ。

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