第二十三話 くるり

 都内の某小学校で、五年ほど前に囁かれていた噂だ。

 授業中、教室の窓から外を眺めていると、校門の外に、赤い着物姿の女の人が、こちらに背を向けて立っていることがある。

 それが時々、くるり、とこちらを振り向く。

 振り向くたびに、顔が違うという。

 稀に顔がない時もあって、そういう場合は目鼻口の代わりに、ただ真っ黒な穴が、ぽっかりと開いているそうだ。


 また同校には、こんな話もある。

 ある生徒が学校から帰る途中、ひと気のない道に差しかかったところ、いつの間にか自分の前を、赤い着物を着た女の人が歩いていることに気づいた。

 ついさっきまで誰もいなかったはずなのに……と奇妙に思っていると、突然その女の人が、くるり、とこちらを振り向いた。

 顔には目も鼻も口もなく、ただ黒一色にべったりと染まっていた。

 生徒が驚いて悲鳴を上げると、女の人はこちらを振り向いた形のまま、バタバタと後ろに走ってきた。

 生徒は慌てて逃げたが、その後もこの道では、赤い着物に真っ黒な顔の女が、何度も目撃されたそうだ。


  *


 『絵本百物語』に曰く、ある人が古い社の前で伏し拝む女を見かけ、たわむれに声をかけたところ、振り向いた女の顔には目鼻がなく、ただ大きな口ばかりがあってげらげらと笑った。これが「ぐろべったり」で、またの名を「くるり女」「のっべら坊」ともいい、その多くは狐狸こりの化け損ないだとしている。

 問題の赤い着物の女もこれに似ているが、こちらは口すらないから、「歯黒べったり」とはまた少し違っているようだ。

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