第21話 偲ぶ魔女、傍らのホムンクルス

 かつて一族の習わしに従い、私と共に他の数名の魔女と森から出て、大陸都市部で数年間暮らしていた一人の魔女。

 私と彼女は一族における義姉妹の仲であったことから、私たち二人は同じ部屋を割り当てられ、いわゆるルームメイトだった。

 年齢で言えば彼女は私の一つ下。見た目には年齢差はなく、髪色は金と銀とで対照的であったから、街の人々からすると姉妹だなんて少しも思わなかったに違いない。

 もっとも、私が彼女をリリアンと呼び捨てていた一方で、彼女は人前だと私をお姉様と呼んでいたのだが。


「リリアンはハーモニカを欲しがっていたのかい」


 アランが問いかけてくる。包みを解いて、中から現れたその楽器に触れずに眺めているだけの私に。


「おそらくそう、としか言えない。覚えてくれている? あの子は何にでも興味を示した。一旦は何でもかんでも欲しがって、それで……」

「君からよく、たしなめられていた」


 彼が私の言葉を継いでくれ、私は頷いてみせた。


「本当に欲しいものか、必要なものなのか。君はそれを彼女に逐一確かめていたっけ。彼女はわがままではなくて、君の言葉にいつも素直に応じていた。そうだったよね?」

「ええ。ごねることはほとんどなかった」

「君の気を引きたいがための子供じみた、いや、甘えたがりの妹じみた態度だったよな。実を言えば、僕はああいったリリアンの振る舞いをレティシアがしたらと妄想したこともある。レティシアは聞き分けがよすぎたからさ」


 聞き分けがよいというよりも、レティシアは兄のアランの手を煩わせるのを、余計な心配をかけるのを最も嫌っていたのだ。


「血の繋がりの有る無しに関わらず、君たち二人の親密さやその距離感は時折、姉妹ではなく別の関係にだって見えた。これって僕の気のせいかな」

「今となってはどう妄想してくれてかまわない。でも、魔女相手に言葉は慎重に選んだほうがいい」

「そう、それだ。話してくれるんだろう、今の君が黒髪の可憐な少女になっている経緯について」


 私はアランへと簡潔に説明をした。

 無意味な修飾の一切ない話。街を出てから森へと戻り、魔女同士での戦いがあり、禁忌を冒し、この島に追放され、今は教会にお世話になっているという軌跡。一部どころか詳細の多くは秘めたままだ。

 たとえば禁忌の内容、他にもこの島で出会ったホムンクルスのこと。


 彼からの質問は許さなかった。


「君さえよかったら、仕事を手伝ってくれないか」


 話し終わって別れ際、冗談半分でアランが頼んできたが、謹んでお断りした。理由の一つに彼の仕事を手伝える能力が私にはないこと、そしてまた一つにはあの秘書官に睨まれるのは御免だというものだった。


「私からも一つ。店でバイオリンを演奏していた人がいたのを覚えている?」

「え? ……そういえば、演奏されていたのは覚えているが、どんな人物だったかまでは。それがどうしたんだ」

「友人なの。ひょっとすると後日、あなたに街のことをあれこれ聞きに来るかもしれない。私の過去のこともね。その時、あの子の話はしないでほしい」

「その感じだと、わけは教えてくれないんだよな」

「ええ。口止めの魔法を使うのは好きじゃないの。だからあなたを信じることにする」


 そんな魔法を易々と行使できる魔力が、今の私にないのは黙っておく。


「わかったよ。ヘンリ……夕闇ダスク。また時間があったら寄るよ。神に祈るより、友達の魔女に聞いてもらうほうがいいこともありそうだ」


 妙に芝居掛かった言い回しと共に、彼は教会を発つ。見送りが済んだ私は、かつての友人が遺した詩集とハーモニカを持って自室へ、ステラと寝泊まりしている部屋に向かうのだった。




 ハーモニカを吹く気にはなれなかった。

 私はそれを元の布に包んで、自分のトランクの中へとしまう。そこならステラが見つけることはないだろうから。


 ステラに見つかって彼女がその銀色の楽器に関心を示すことよりも、まったく気に留めないのが嫌だと感じる自分がいる。無論、彼女がハーモニカを吹くのを許しなどしないが、しかし私にとって特別な意味を持つその楽器を、ほとんどすべての人にとっては何の思い出にも繋がらない、ただの楽器だと認めるのが嫌だった。

 我ながら感傷的、むしろ少女めいた脆い考えに浸ってしまう……。


 その晩、ヘイズにもアランの訪問を話しておいた。彼女はどうにも、私たちが過去にどんな関係だったかを詳しく知りたがっているふうで「親しい友人の兄で、彼とも友人だった。それだけよ」とはっきり言ってやった。

 

 もしも特殊な関係性を持つとしたら、それは私も彼も「妹」を失っているという共通点から生じているのだろう。


「シスターは彼を街で見かけたの?」

「遠目からですが。ただ、噂にはなっています。若く、精悍な顔と体つきをしているそうですから」

「つまり、多くの人間があの人に性的魅力を感じるということですか」


 ステラがそう口を挟むと、ヘイズは「へっ?」と目を丸くする。


「そ、それはどうでしょう。私は、ほら、シスターですし」

「夕闇、あなたは……」

「私は魔女よ」

「知っています。知りたいのはアランという男性に魅力を感じるかどうかです」


 そんなことを聞いてどうするのよ、と内心なじりながらも応じる。


「内面的な魅力はあると思う。私がそれに魅了されるかはさておきね。そういうあなたこそ、どうなの」

「どうとは」

「これまでああいうタイプの男性を間近で目にすることはなかったでしょ。何か感じた? それこそ性的な魅力だとか」

「いいえ、特に」

「そう。なら、この話は終わり。それよりも頼みがあるの」


 ステラへの頼み。それは、今夜は一人にしてほしいというものだった。ヘイズの部屋にでも行って寝てほしいと話す。


「一人になりたい理由を教えてくれますか」

「考え事……いえ、集中したいことがあるから。あなたがいると気が散る」

「邪魔はしません」

「……わかった、頼み事はなし。今から少し夜風に当たってくる」


 薬草園側の出入り口を開けたままにしておくのをヘイズに頼み、部屋から出ようとする私の前に、ステラが立ちはだかった。


「わたしも行きます」

「人間って一人になりたい時もあるのよ」

「ですが、今のあなたを一人にしたくない。そう思ったんです。自分でもよくわかりませんが」

「なら、もっとよく考えなさい。自分が何をどう思って、どうしたいか、どうするのが一番なのか」


 ステラへの忠告というより私自身への戒めだった。


 このままゆるゆると島での生活、第二の人生を歩んでいくのはきっと幸せなのだろう。

 けれど失った人たちを偲ぶと、そうするのが正しいとは思えない。自分が罪悪を抱え、罰せられるべき存在だと自認しているのではない。ただ、ひたすらに後ろめたさが付き纏っているだけ。


 あの子の分まで生きるのが「正解」なのか、それともさっさとあの子のもとへと逝くのがそうなのか、そんなことをたとえば昼下がりの微睡みの中で迷い続けているのだ。


 ステラの脇を通り抜けて小部屋を出て、礼拝堂へと向かった。そこから外へと出て、どこか、そう、あてもなく歩いてみよう。この黒髪は夜に紛れるのには悪くないから。


 礼拝堂までやってきたところで、後ろからステラが早足で追いかけてきた。そして私の片腕を背後から強く掴む。


「考えましたが、答えは変わりません」


 私は振り向かない。彼女がどんな顔をしているか定かでない。けれどあの瞳が私を見つめているのは確信できる。


「わたしがあなたのそばにいます」

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