第4話 魔女はホムンクルスをどうするか悩む
一部の魔女にとって月光は重大な価値を持つものであり、一部の魔法にとって欠かせない要素でもある。もし私がそうした魔女であったり、その手の魔法を行使するのが得意であったりしたなら、この旅路で与えられた名は「
それはさておき。
夜中に薬草園の地下室へ行こうと勇足で抜け出したまではよかったが、ランタンを取りにすぐに教会内に戻ったのは我ながら不恰好だった。否、これは不測の事態に備えての慎重さを発揮したと前向きに考えよう。
つまり、万一あの地下室内で戦闘になったら、灯の魔法を維持しながらは分が悪いと思ったのだ。そもそもが今の私では長時間の維持ができないのもある。
当然、選択肢として朝を迎えてからシスター・ヘイズといっしょに事を成すのもあった。けれど錬金術師の手記を読めば読むほどに、彼が作り出したホムンクルスを早く見たいという欲が高まっていた。
それに近頃は、夜がいくら深くなっても眠りにつけず、その永遠にも思える時間をつぶすために身体を動かしたくなったのも大きな理由だ。この不眠症は旅を始める前から。禁術の代償ではないはず。畢竟、今はもういないあの子の温もりこそが私に快眠をもたらしていた、そう認めるのは易く、そして甚だ情けない。
「いよいよ、ご対面ね」
地下室へと下り、持ち出したランタンを床に置くと、私は例の白い箱に手をかけた。箱の蓋にあたる部分はひどく重い。
歯をくいしばって全力を込めてなお、少しずつしか開かない。身体強化の魔法をまともに使えたのならと、無い物ねだりしてもしかたがない。
この部屋に手頃な道具が何一つ転がっていないのは調査済みだ。鍵がかかっていないだけましだろう、とにかく時間をかけてでもと、箱の蓋を開いていった。
「もうちょっと…………はいだらぁっー!」
自分でも意味がわからない掛け声と共に、蓋を完全に開く。蓋を床にずしんと落とす。室内に鈍くこだました。息を整えてから、ランタンを掲げ持ち、箱の中をそっと覗く。そして思わず息を呑んだ。
そこに仰向けで横たわっていたのは、ドレスを纏った少女だった。少女を模したホムンクルスがそこに納められていたのだ。
少女と言っても今の私よりは年上に見える造形で、十七、八ぐらいか。そう判断した矢先、その顔立ちに大人びた色気を感じることもでき、もはや少女と形容するのが正しいかどうかわからなくなる。総合的な印象として、まるで花の妖精みたいだった。
暗がりの中、ランタンによって照らし出されている髪は黄金色。長さは肩にかかるほど。軽率にも私はそれに触れ、指で梳いた。どこまでも本物らしく、同時にあまりに綺麗なために偽物にも思える手触り。
形のいい眉、その下の瞼はぴったり閉じられている。彫刻のように通った鼻筋。美しい花弁を想起させる唇、でも朱色に染められてはいない、少女の唇。
肌の色は私やヘイズよりもやや白い。頰を指先で軽く突いてみると、返ってきた感触は決して鋼鉄ではなく人肌そのものだった。
着せられているドレスは膝がすっぽり隠れる丈で、全体の色合いとしては明るい緑。部分的に花柄のレースになっていてそれが彼女を妖精めかせている。
服飾にはそこまで詳しくないが、こうしたドレスがどの町や村でも、手軽に得られるとは思えない。錬金術師の生きた時代を鑑みれば、相当の年代物であると推測されるが、まったく朽ちていない代物だ。そして神秘的なまでに少女に似合っている。
「問題は……これが永遠の眠りについているかどうか、ね」
遠慮気味に身体へと触れる、何度も。
だが、覚醒する兆しはない。ぴくりともしない瞼。それに呼吸をしていない。する必要がないのだろうか。他の器官はどうだろう。ドレスで隠れているだけで、たとえば腹部にぽっかり穴でも空いていたら? 確認できる部位、たとえば手足に欠損箇所はない。ついている指の数も大多数の人間と同じだ。
結論、このままの状態であれば極めて精巧で、美しい人形だ。それだけでしかない。
起動するためのスイッチが露骨についていればいいのだけれど、箱の中の納まったままというのは検査には不向きだ。ドレスを着たままというのも。
「さすがに羽根のような軽さではないか」
ホムンクルスは、箱の内側に敷かれた厚手の毛布の上に寝かせられている。その頭部と毛布の間に手を滑り込ませ、まずは上半身を起き上がらせみたが、十分な重さがあった。
スイッチがないかと、こめかみや頸、背中を撫で回してみるが手応えはない。全身くまなく調べるためには、やはりドレスを脱がせる必要がある。
「動いていないホムンクルス相手に、躊躇しなくていい。そうよね。でも……」
私は一度、ホムンクルスを元どおりに横たえてから思案した。
蓋を閉め、何も見なかったことにしてもいいのではないか?
そう、起こそうとしない選択もありだ。
たとえここに在るのが、百年の眠りから目覚めるのを待っているかのような美少女の姿をした何かであっても。
不意に、離れたところから「あっ」と小さな叫び声が聞こえた。
反射的にそちらに目を向けると、出入り口に立っていたのはヘイズだった。他の誰かでなくてよかったと私は胸をなでおろす。
「シスター・ヘイズ、あなたはこんな場所まで夜回りをしているの?」
「……開けたんですね。お一人で」
私が軽口で話しかけたのに対して、彼女は暗い声で返してきた。
「慣れない訪問者である貴女がいるせいか、今夜はなかなか寝付けなかったのです。それで教会内を見て回っていたら、ランタンが一つなくなっていました。それで、もしかしたらと。空になった祖母の部屋、そして鍵のかかっていない窓で確信しました」
「説明どうも。ねぇ、こっちに来て。中を見たら、きっとあなたは驚く」
「……いいのですか?」
「誤解しないでほしい。私は、いえ、私も眠れなかったからつい、ここへやってきたの。あなたを裏切るつもりはなかった……という表現があっているか微妙だけれど」
「ええと、私に貴女を非難する意思も資格もないですよ」
そう言ってヘイズは部屋の出入り口から一歩ずつ用心しながら近づいてきた。
彼女が持ってきていたランタンを受け取ることにする。驚いた彼女がランタンを落とすのを危惧したのだ。
「これは――!」
ヘイズは両手で口元を覆い、目を見開き、愕然とした。
「もしかして、これはあなたが信仰している女神様そっくりの姿?」
「わ、わかりません。ですが可能性はあります。それぐらい、この人は美しい」
「人ではない。ホムンクルスよ」
「死んでいるのですか」
明け透けな問いだった。動揺しているのもあるだろう。
「まだ調査中。このまま蓋を閉じるのも検討している」
「冗談でしょう? 起こすことができるなら起こすべきです」
「なぜ」
答えを求める私に彼女は押し黙った。
考えがまとまっていない様子だ。直感的に、このままにしておくのが間違いだと感じたに違いない。
その感覚が彼女にだけもたらされた特別なものだと言えば、嘘になる……。
私はやれやれと小さく溜息をついた。
「ひとまず教会内に運び入れる。そして朝になったら調査を続行する」
「お手伝いしても?」
「ええ。まずここから運ぶにはあなたの協力が不可欠」
こくりとヘイズは頷いてくれた。教会に担架の用意があると言う。それを取りに彼女は地上へ戻った。一人残った私はホムンクルスを再び見つめて、ふと思い出す。手記にあった
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