第4章 ナンバ

 あぁ...。やってしまった。彼の反応が面白くてつい、べろんべろんになるまで酔わせてしまった。スマホの待ち受けを見れば“AM12:40”とっくに終電は終わっているし、この店も直に閉まるだろう。だからといって、私が酔い潰したこの男をそのままにして帰る訳にはいかず、どうするべきか頭を抱えた。

 「ん~。あ、寝てた...。」

 この店に入ってから寝落ちしていたオジサンが、けだるそうに寂しい頭部を持ち上げ、まだ覚醒しきれていない声でボソリ呟いたと思うと左手首を掴み、両腕をウ~ンッ!と伸ばしてゆっくりと左右に伸びの運動をしていると、机で丸まっている彼の肩に手が当たりオジサンはウオッと変な声をあげた。

 「ス...ススキ君ッ‼えっ。珍しッ、君がこんな風に出来上がるなんて......ほ、ほら起きなさいススキ君!」

 オジサンは慌てて寝ている彼を起こそうと揺り動した。それを見た私はある妙案を思いつき、オジサンに声を掛けた。

 

「すみません。私は彼と同じ出身で、小さい頃一緒に遊んで貰っていた者なのですが。久し振りに再会することが出来てつい嬉しくなり、彼のペースを考えずお酒を勧めてしまって……。なので酔わせてしまった責任として、彼を家まで送るのを手伝わせて頂けませんか?」

 「えっそうなのかい?いや、しかし、仲が良かったと言っても、君が思っている以上に意識が無い人間を担ぐのは大変だよ。ここはオジサンに任せて帰りなさい。」

 「いえ、そういう訳にはいきません……。それにいつ会えるか分かりません。このまま別れたら申し訳なくて合わす顔がありません……」

 「う〜ん。君、お家は近くにあるのかい?」

 「此処から2駅先の✕☆駅が最寄りです」

 「あ〜、✕☆かぁ。俺の1つ前の駅だ。なら丁度良さそうだな。よし、じゃあ一緒に行くかい?ただ、君が乗った分の料金はお願いしてもいいかな?」

 「はい。勿論です」

  咄嗟に出た嘘ではあったがなんとか、無責任に置いて帰る様な最低な結果がならなくて済み、ひとまずホッと胸をなでおろした。


 しょせんはコーヒーショップの店員と客。この男1人が入店しなくなった位ならどうとは思わないが、今はSNSが発展した現代。

 バイト店員に酒を無理矢理飲まされて、財布をスラれた等と半分誇張の入った誹謗中傷を、バイト先のホームページの口コミに書かれたらたまったものではない。それを阻止できたと酒に酔って使え物にならなくなった脳みそとさらに謎の達成感で、気持ち良くなっていた。


 


 ススキさんの住む6階建てのマンションに着くと、タクシーの運転手に少し待って欲しいと頼んでから、2人掛かりで寝ている彼をエレベーター迄引き摺り4階のボタンを押し、エレベーター手前から3番目の部屋までやっとの思いで玄関ドアまで辿り着き、ススキさんの右肩を担いでいたオジサンさんが肩を揺すり「ススキ君〜。おウチ着いたよ〜!そろそろ起きろぉ?鍵どこ入れてんの〜?」と彼の耳元で、近所迷惑にならない程度の少し大きめな声で問い掛ける。

 「むぅ〜。ぶちょ〜おつかれさまですぅ、鍵は鞄の手前ポッケの中れすぅ」とほぼ呂律が回っていない寝言といったほうが近い声で答えると、彼はまたすやすやと安らかな寝息を立て始めた。

 「はぁ〜スゴいね。この酔っぱらい。一応上司なんだよ、俺……」と呆れながら、玄関の鍵を取り出して玄関を開けた。


 


 先にススキさんの靴を脱がしてから、靴を脱ぎ2人で彼の肩を担ぎ部屋に入った。明かりのスイッチが暗闇で見当たらず、暗いね〜足元注意してね〜と2人言い合いながら廊下を渡っている時に、私の左足が何かに躓いた拍子で肘が壁に当たり、カチッとスイッチが点く音がして部屋に明かりが点いた。

 「スゴいね。スイッチ一発で分かっちゃうなんて、おかげで明るくなったよありがとう」

 「いえ。偶然肘が当たっただけですから」

 彼をベッドに寝かせ、あとはタクシーで帰るだけだと安堵した矢先に私は猛烈な吐き気に襲われ、喉元から迫り上がってくるモノを両手で必死に押さえながら、トイレを一発で探し当て常連の部屋の便器に全てぶちまけた。

 

 「アラー。ダイジョブ?ココに汲んだお水、置いておくから、落ち着いたらそれでお口濯ぎなさい」

 まだ名前の知らないオジサンに心配させる私って…。とややゲンナリした気分でトイレの水を流した。 

 「ご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。お水、有り難う御座いました」

 「イヤイヤ、酒呑みは1回や2回必ず失敗する事だから気にしないで。オジサンちょっとお手洗い掃除と消毒して来るから少し其の辺で休んでてよ。零してないだろうけどそのままにするのもね」

 と消毒スプレーを持ちながら、トイレに消えていった。あぁ…。オジサンに後始末を任せてしまった…。優しいやら、恥ずかしいやらで申し訳無くなり、使ったコップとオジサンが使っていたであろうコップをそそくさと洗った。




 ススキさんが眠っている居間で腰を下ろし、掃除が終わる刹那の時間を待っている間。部屋の内装をぐるりと見渡して、最初に思った第一印象は“物があまり無い”だった。

 

 彼を寝かせたベッドに、申し訳程度の折りたたみのローテーブル。壁側に備え付けた小さなカラーボックスには、数冊の本が収納されているだけという殺風景な部屋。以前、大学サークルでの飲み会で潰れた先輩を同期と連れ立って送った部屋はゴミや趣味のギター関連な物が床を占領し、足の踏み場もなかったのに……。同じ男性なのにこうも違うのかと目から鱗が落ちた気分だった。



 ジャー。とトイレの水が流れる音とスプレーのシュッシュ音がトイレの方から聞こえた。掃除が終わったらしい。オジサンはキッチンの流し台で手を洗い、下の開き戸に消毒スプレーを仕舞った。

 「さっ、外でタクシーの兄ちゃん待たせているし、帰ろっか。立てる?」

 問いかけられ、はい、なんとか。と返事を返えそうと立ち上がろうとするも、また喉に込み上げる嫌悪感が襲いズーンと持ち上がっていた上半身が沈んだ。 

 「ダメそうだね。もう少し休んでいた方が良さそうだ。しかし、どうしたものか…。オジサン朝イチに用事があってそろそろ帰らないといけない」

 と困った顔をしながら首の後ろに手を回した。私はいたたまれず無理に立とうとしたが、やはり立ち上がる力が残っておらず諦めた。

 「あの、すみません。予想よりだいぶ酔って仕舞ったようで、しばらく動けそうにありません、先に待たせているタクシーに乗ってください。私は時間が経ってから別のタクシーを呼んで帰ります。幸い彼は、朝まで起きなさそうですし」

 「えっ…。そうなの?大丈夫?残ろうか?」

 「いいえ、ここで少し休むだけですから大丈夫です。もし起きたら私が説明しますよ」

 と説明しオジサンは心配そうに「もし襲ってきたら、蹴りの2発3発入れて良いからね」と言い聞かせ、すごすごと帰っていた。


 


 そして、気が付けば私は彼が寝ているのに関わらず、押し退けてベッドに潜り込んで寝てしまった。


 

 朝になり、目が覚めてからこんな失態を知られるのが嫌だったため、私1人で送ったと彼に少しばかり嘘を混じえて伝えた。




 

 

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ナンバンギセル 黄昏 彼岸 @tasogarehegan

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