信頼という感情の話⑤

 私は空に箒を渡した。空のために作った、空専用の箒だ。


「飛び方は、わかるね?」


 空は首を振る。わからないとでも言うように。

 でも、そんなはずはない。


「君が空を飛べないなんて、そんなおかしいことがあるもんか。君はなんだから」


 言霊だ。

 言葉には力が宿るんだ。

 人の名前には願いが宿る。空の名前には、星空に愛される要素が詰まっている。

 だから、飛び方は本能的にわかるはずだ。


 だって、なんだから。そうだろう?


 空の手に箒を握らせる。空は、箒の柄をきゅっと握り、箒にまたがった。


 しかし、初飛行なのにこの風はよろしくない。私は竜王の杖を振る。


「私が風を黙らせよう。空は、真っ直ぐ飛ぶことだけ考えなさい」


 言葉に想像力を乗せて、生命力に結びつける。

 集中する。空が上手く飛ぶために。邪魔なものがなくなるように。

 杖の先に光が灯り、ぱっと弾けた。


 風が、止んだ。


「さあ、行きなさい!」


 空は屋根から飛び降りた。途端にガクンと体が落ちる。

 私は願わないようにと集中するのでいっぱいいっぱいだった。余計な魔法を使わないように。空が、自分の力で飛べるように。


 空の体は落ち続ける。

 杖を握る。ギリギリまで魔法は使わない。

 私は、空を信頼してるから。信頼、してるから。


「僕は魔法使いだ! あの時の、何もできなかった僕とはちがうんだ!

 飛べ! 飛べ!」


 空が、自分自身を鼓舞している。

 頑張れ。絶対にできる。できるはずだ。


「飛べ!」


 ぶわっと、空の体から光がわき出た。空の周りを踊るように回って、箒に吸い込まれていく。箒の穂から光がふき出し、空は箒ごと宙に押し上げられる。

 地面に落ちることなく、屋根よりも、鳥よりも高くうかび上がった。


「飛んだ……」


 信じていたはずなのに、確信を持っていたはずなのに、空が飛べたことに安堵して、ついへたりこんでしまった。

 空は私を振り返ることなく、城に向かって飛んでいく。まるで飛ぶことが当たり前のように、軽々と箒を操り、ぐんぐん速度を上げていく。


 信頼していても、確信していても、心配の必要がないと理解していても。どうしても心配だけは拭えない。

 私は空を信頼しているから、私の手助けがなくたって、何でもやってしまえるだろう。

 でも、心配だけはさせてほしい。これはもう、どうしようもないんだ。

 だって、私が空を心配していたいんだから。


「無事に帰っておいで」


 空が描く箒の軌跡を見つめながら、そう呟いた。


 ☆。.:*・゜

『信頼という感情の話』

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