信頼という感情の話

信頼という感情の話①

 空を見送った後、私は空の視界をジャックして様子見をし始めた。

 街を抜ければ広い野原。寄り道をせずに進んでいるつもりでも、空は色んなものに目を奪われて、心をときめかせているようだった。


 空を飛ぶヒッポグリフの群れを見上げたり、バロメッツの群生地を見つけて分け入ったり、パンの翅をした蝶に見とれてお腹を鳴らしたり。

 ニールの魔法のおかげで猛獣は寄り付かない。だからこそ恐れず魔法生物に近づいて行くんだろう。けど、猛獣ではなくても危ない生き物は多いから、注意しないと。


『寄り道しちゃだめだ。早く届けてあげないと』


 空はぶんぶん首を振って、魔法生物から視線を離すと、再び真っ直ぐ歩き始めた。

 私はそれを右目で見ながら、左目を箒に向ける。


 ワイヤーの結び目は穂先の中に埋めているけど、それだけでは心許ない。

 ほんの少しだけ、魔法を使おうか。


 ニールから貰った金と、少しだけ銅を用意する。それが混ざり合うのを想像して、集中。二つの金属は磁石のようにくっついて混ざり合い、ピンクがかった金色に変化した。

 更に魔法をかける。ピンクゴールドは楕円の形に引き伸ばされた。

 ブルートパーズとシトリンを机に撒いて、魔法でプレートを飾り付ける。中央には、ニホンの言葉で「そら」と記した。ネームプレートさ。これで、この箒が誰のものか一目で分かる。

 それを手作業で、ワイヤーの結び目に括り付けて、完成。


 うん、いい出来じゃないか。良い白樺を使ったから長持ちしてくれるだろう。


 空の様子を見る。

 空はエルフの森に入ったようだ。二人のエルフが道案内をしてくれている。

 焦っているようにも見えるけど、何かあったんだろうか。


「ん……何だ……?」


 空の視界が、突然灰色に染まる。ザラザラとした粗い視界になり、やがて……


「消えた……?

 エルフの防衛魔法か」


 もう一度、空の視界を借りてみる。

 見えた。エルフの村に着いた頃だ。

 だけど、また消えた。


 もう一度。

 だが、もう繋がらない。


 古い時代を生きたエルフは、他種族との交流を避ける傾向がある。エルフ達は、古代より伝わるエルフの魔法を使って、森に大掛かりな結界を張っているんだ。

 それは、他人の感情や思考に働きかけ、魔法の類を弾いてしまう。多分それのせいで、私の魔法が空に届かないんだろう。


 どうしよう。これでは空を見守ることができない。

 あの子は魔法使いとはいえ、年端もいかない子供だ。何か事故に遭ったらどうする? 事件に巻き込まれたら?


 万が一のために、ある程度の魔法は教えている。

 逃げるために変身魔法を使えばいいことも教えているし、自衛のために攻撃魔法も教えている。お守り代わりに、救難信号を出す『魔法のマッチ』も持たせている。

 でも……心配だ。


 自分の箒を持って、店の外に出る。

 太陽が高い時間だ。星降堂はまだ開けていない。開店時間には、まだ十分に時間がある。

 箒に跨り、ふわりと浮いた。少しだけ、森の様子を見に行こう。


 街の上空へと飛び上がり、だだっ広い野原を飛び越して、向かった先はエルフの森。その上空。

 真上から見た森は、木々の葉が覆い尽くしてしまっており、森の中はよく見えない。時折、鹿や猪といった動物達がちらほら見えるが、それだけだ。

 森の中に入って空を探すか……?しかし、空はそれを良しとしないだろう。信用されてないんだと勘違いされて、気を落とされるのも嫌だ。


 風に煽られながら考え込んでいた、その時。


「っ?!」


 突然箒は飛ぶ力を失って、私は箒と共に落ちてしまった。


「まずいっ!」


 集中する。箒に、飛べ!と強く命じる。

 箒は一度は持ち堪えたものの、動きはふらふらと覚束無い。私はどうにか箒を森の外へと誘導し、入口付近にゆっくり着地した。


 風に煽られて、わずかにエルフの結界に触れたんだろう。魔法を強制的に解除させられてしまったんだ。完全にコントロールを失ってしまっていたら、落下して死んでしまうところだった。

 空はエルフに歓迎されて森に入ったから、結界の効力を受け付けないが、私は違う。この先に入るということは、命の保証がない。


 ……待つしかない。私は再び箒に跨って、星降堂へと帰った。

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