最終話 そして二人は、夜空と莉愛と呼び合う

 翌朝、俺は少し早い時間に学校に向かった。

 教室の後ろの扉を開けて中に入ると、一番後ろの席には既に東川が座っていて、蓮と話していた。

 俺に気づいた蓮が手を挙げて挨拶をしてくる。


「おっ、おはよう夜空、今日は早いな」

「うん、たまにはと思ってね」

「おはよう夜空君、今日は顔色良さそうね」


 東川の言葉に鞄を机の横に掛けながら、戸惑いつつ返答した。


「昨日、そんな顔してた?」

「してたわよ。でも今日は大丈夫そうね」


 どうやら思った以上に隠すのが下手だったらしい。

 外に出していないと思っていたけど、周りには気づかれていたか。

 そんな事を思いつつ横向きに席に座ると、教室の奥から一人のクラスメイトが歩いてくるのが見えた。


「おはよう、夜空。藤堂君に、東川さんも」


 嵐山さん……じゃなくて莉愛は俺達に近づいて、穏やかな表情で挨拶をしてくれた。


「うん、おはよう莉愛」

「うん」


 ちょっとだけ嬉しそうな雰囲気を出してくれる莉愛に心が温かくなった。

 昨日、自宅のリビングで告白をした後、莉愛は家で夕食を食べることになった。

 そしてその後には俺の部屋で色々と話をしたけど、そこでこんな結論に至ったのだ。


『付き合っているから優木や嵐山さんという苗字ではなく、名前で呼ぶべきではないのか』


 初めこそ、夜空、莉愛と呼ぶのに慣れないと思っていた俺達。

 むしろそれだけ優木、嵐山さん、という名前を呼び合ったからでもあるけど。

 だけどしばらくして、お互いの名前の呼び名に慣れてきた。


 苗字だろうと名前だろうと、相手を呼びたいっていう気持ちは変わらないからなのかな、なんてことを思ったりした。

 そんなわけで、昨日からお互いに、夜空、莉愛と呼び合うようになったわけだ。

 ちなみに念のため釈明しておくと、莉愛は昨日は家に泊まらずにお姉さんのマンションへと送り届けた。


 そんなわけで、呼び名は変わったし関係も一歩進んだ俺達。

 周りから見ても呼び名という分かりやすい変化に戸惑う声もあるのは当然で。


「あ、ああ……おはよう嵐山さん……」

「おはよう嵐山さん……っていうか今、夜空君のこと……」


 東川の言葉に、俺は少しだけ照れ臭くなりながらも頷いた。


「うん、昨日から付き合い始めたんだ。それで互いの呼び方を苗字から名前にしようってなって……」


 そう告げると蓮も東川も一瞬だけ目を見開いたけど、次の瞬間には笑顔になった。


「そうかそうか! やっとか! どんだけ待たせるんだ!」

「ちょ、痛い……痛いって!」


 俺の背中をバシバシと叩いてくる蓮。

 手加減を知らないのか、ちょっと痛い。

 でも心から喜んでくれているようで、俺も少しだけ笑顔になった。


「良かったわね嵐山さん、夜空君。おめでとう。お似合いだと思うわよ」

「むしろこの二人じゃないとダメだろ。さっさとくっつけとは思ってたが、ようやくとはな」

「…………」


 蓮と東川、二人の言葉に恥ずかしくなったのか、莉愛は少しだけ顔を赤くして視線を外していた。


「おめでとう、優木君、嵐山さん」

「栗原さん……ありがとう」


 隣に座る栗原さんも俺の話を聞いていたようで、祝福してくれた。


「で? どっちから告白したのよ?」

「えっと……莉愛の方……から?」


 ちょっと複雑で、しかも一日空いた告白、保留、返事の流れだったけど、始まりは莉愛からだった。

 それを思い出して答えると、東川は俺にジト目を送ってきた。


「そこは男の方から行きなさいよ……甲斐性がないわね」

「うっ……」


 グサッと突き刺さったけど、実際一日莉愛を悲しませたのは事実なので何も言い返せない。

 するといつの間にか俺の近くに移動していた莉愛が首を横に振った。


「そんなことない。どっちからでも心を通わせあったから、私は嬉しいよ」


 俺にだけ聞こえるように小さな声でそう言ってくれた。

 ただ声量の調整を間違えたらしく、近くに居た栗原さんには聞かれていたようで、クスクスと笑われてしまった。




 ◆◆◆




 莉愛の行動は、以前と比べて目に見えて変わった。

 まず授業と授業の間の小さな休み時間にも、頻繁に俺のいる方に足を運んでくれるようになった。

 授業終了のチャイムが鳴るとすぐに来てくれるので、少ない時間でも話をして楽しんでいる。


 東川や栗原さんと簡単な話をすることもあって、最初の方こそ二人も驚いていたけど、お昼前くらいには楽しく話していた。

 莉愛の変わった部分は行動だけじゃなくて、よく笑うようになった。

 その変化にクラスも気づき始めた。


『……嵐山さんが笑ってる?』

『初めて見たかも……』

『あんな風に笑うんだ……』


 少しざわついていたけど、別に悪い変化じゃないと思った。

 莉愛が変わったことで、クラスでも彼女の事を怖がる人が居なくなるかもしれない。

 その未来はそんなに遠くないように思えた。


 そして昼休みを迎えた今、俺は東川と蓮、そして栗原さんと一緒に昼食を食べている。

 そこには当然のように莉愛の姿もあって、俺の隣をキープしていた。


「12月といえば期末試験だけど、皆ちゃんと勉強しているの?」

「し、してるよ……」


 栗原さんの世間話に、目に見えて蓮が狼狽え始めた。


「嘘よ、絶対してないわよ」

「お、お前に何が分かるんだよ沙織!」

「むしろ分からないことが、そこまでないと思うけど?」


 あっさりと嘘を東川に看破されて、言葉に詰まる蓮。

 俺から見ても蓮が勉強しているとは思えなかった。

 それを横目に、莉愛が栗原さんを見て口を開いた。


「……私は、そろそろ始めないとと思ってる」

「うん、全然今からでも間に合うと思うわ」

「委員長って……頭いい?」

「え?」


 突然の言葉に、栗原さんは戸惑う。


「べ、勉強は毎日しているから、それなりには出来ると思うけど……」

「それなら一緒に勉強しない? 私、夜空と一緒に勉強しようと思ってるんだけど、委員長も来てくれると嬉しい……いいよね? 夜空?」

「うん、栗原さんさえ良ければ、俺は構わないよ」


 断る理由もないのでそう返事をするものの、未だに言われたことが飲み込めないようで混乱している栗原さん。

 しかししばらくしてようやく飲み込めたのか、彼女は笑顔を見せて頷いた。


「ええ、ぜひご一緒させてもらうわ」

「うん、よろしくね委員長」


 莉愛も栗原さんに頷いて答える。


「えー、嵐山さん、私も入れてよー。一緒に勉強しよ?」

「うん、東川さんも一緒に試験対策しよう」

「ら、嵐山さん、俺! 俺も!」


 東川や蓮も参加したいと声を上げる。

 東川は俺と同じことを感じているからか笑顔で、蓮は蓮で置いていかれるという焦りもあるとは思うが、それでも少しだけ笑みを浮かべていた。


「うん、皆で一緒にやろう」


 そしてその中で、莉愛が一番綺麗で、輝くような笑顔を浮かべていた。




 ◆◆◆




 放課後、飯島先生のHRが終わり、俺達は帰る時間になる。

 ちなみに飯島先生はHRが終わるや否や俺達の方へ来る莉愛を遠くから眺めて、穏やかな表情を浮かべていた。

 そして俺と目が合うと、一度だけ頷いた。


 ありがとう、よくやってくれた、そう彼女の瞳が物語っていた。


「夜空、もしわからないところがあったら、教えてね」

「もちろんだよ、一緒に頑張ろう、莉愛」


 真っ先に席に来てくれた莉愛と笑顔で言葉を交わす。


「夜空、帰ろうぜ」

「あー、これから勉強かー」

「藤堂君、ビシバシ教えてあげるわ」

「委員長、優しく頼むぜー」


 俺に近づいてくる蓮と、後ろの席の東川。

 蓮に向けて不敵な笑みを浮かべる栗原さんに、蓮は苦笑いだ。


「今回は試験で良い点数を取りたいな」

「一緒に頑張ろうね、青木君」

「うん、矢島さんもね」


 午後の休み時間で参加が決定した青木に矢島さんも、学校鞄を肩に掛けて集まってくれる。

 今日はこの後、七人で試験勉強会だ。


 全員が合流したことで、俺達は一緒に教室を出る。

 蓮と東川、栗原さんが三人で先頭を、そしてその後ろに青木と矢島さんが並んで。

 最後に俺と莉愛が、横に並んで廊下を歩く。


「……夜空」

「ん? どうしたの莉愛?」


 名前を呼ばれたので、聞き返すものの、莉愛は微笑むだけ。


「ううん、呼んでみただけ」

「……そっか」


 俺達はそんな言葉を交わし合って、そしてどちらからという事もなく、自然に手をつないだ。

 同じ歩幅で一緒に……共に歩いた。

 きっとこれから先も一緒に歩いていく、そんな確信を俺も莉愛もどちらも持ちながら。


 第3章 完



-------

【あとがき】

こんにちは、紗沙です。

以上で本作は完結となります。初めてラブコメを書きましたが、書いていて楽しかったですね。作品自体はここで終了ですが、この先も優木君と嵐山さんの関係はずっと続いていきます。


気が向いたら続きや番外編を書くかもしれないので、もしその際は読んで頂けると幸いです。


それでは、ここまでご愛読いただき、ありがとうございました!


紗沙

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無口無愛想、けど実は親切依存系美少女、嵐山さん 紗沙 @writer-sasha

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