第68話 改めて、あの時の答えを

 自宅のリビングで俺は椅子に座っていた。

 隣には嵐山さんが座っている。

 お袋はあの後何かを察したのか、リビングを出て自室の方に戻っていった。


 きっと、呼びに行くまでここには戻ってこないだろうと、そう感じた。


 静かなリビング、聞こえるのはさっきまで泣いていたから、少し深い息遣いだけ。

 隣に座る嵐山さんとの距離は近くて、そして俺の左手に嵐山さんの右手が重ねられていた。


 ようやく気持ちが落ち着いて、考える余裕が出てくる。

 今日、お袋から朝日の事を聞くことが出来た。

 それを聞いて沢山泣いたけど、もう胸の奥にもやもやした気持ちはない。


 今だって誰かのために動きたいっていう気持ちはある。

 でも自分の身を削ってまでとか、俺は幸せになってはいけないっていう気持ちはもうない。

 それをすると悲しむ人が居るっていうのも分かったし、きっと朝日もそれを望んでいないと、俺もそう思ったから。


 そしてそれをしてくれた人を、ここまでずっと隣に居てくれた人の事を、今考えない筈がなかった。

 嵐山さん。

 俺の心に寄り添ってくれて、今こうして前を向けたきっかけを作ってくれた人。


 彼女がそうしたのは数日前に俺が彼女に対してしたお返しだと、そう言うかもしれない。

 けれどそんなことは関係なくて、嵐山さんが今日、俺のために動いてくれたことにただ感謝した。

 公園で話を聞いてくれて、自宅からこの家まで駆けつけてくれて、そして……少し恥ずかしいけど泣いている俺を抱きしめてくれて。


 繋がった左手に熱がこもるのを、俺自身もよく分かっていた。


「……嵐山さん、ありがとう。今日は本当に、ありがとう」


 だから最大限の思いを込めて、彼女に感謝を告げる。

 隣に座る嵐山さんに目を向けてみれば、彼女も落ち着いたようで、俺の方を見て微笑んだ。

 目が少し赤いけれど綺麗な笑顔だった。


「どういたしまして。でもこれは、優木が私にしてくれたことと同じこと。私はそれを、おかえししただけだよ」


 ああ、と俺は内心で思う。

 やっぱり彼女は、思った通りの言葉をくれた。

 だから前から決めていた言葉を彼女に送る。


「それでも、ありがとう」

「……どういたしまして」


 穏やかな表情の嵐山さんを見て、俺は自分の左手を返す。

 そして優しく彼女の右手を握った。


「嵐山さん……昨日、俺は嵐山さんからの告白を保留にした。あれは……その……色々なことを考えてだった……だけど嵐山さんが帰った後に、俺はなんてことをしたんだって、そう思った」

「優……木……」


 昨日のあの時、俺は走り去る嵐山さんを見送るしか出来なかった。

 その姿を見て、そしてその少し前の辛そうな顔を思い出して、胸が張り裂けそうだった。


「保留にした後に後悔したんだ。思い出せば思い出すほど嵐山さんとの日々は楽しくて、幸せで輝いていた。でも保留にしたのは俺だ。だから今日学校でもどうしていいのか分からなくて、なにも出来なかった」


 彼女を悲しませた分際で今更どんな言葉をかけるんだと、自分を責めた。

 距離を置かれても仕方ないと思ったし、それを何とかする資格もないと、そう考えたから。


「でも、嵐山さんはこんな俺を追いかけてくれた。公園で過去の話を聞いて、受け入れてくれた。これまでの生き方は間違っているって、そう否定もしてくれた。嬉しかったんだ。誰にも話すつもりもなかったこの気持ちを話して、そうじゃないんだよって言ってくれたのが嬉しかった」


 嵐山さんじゃなかったら、絶対に話していない。

 そして嵐山さんに言われたからこそ、そうかもしれないと思うきっかけになった。

 全部全部、嵐山さんが相手だから出来たことだと、強く思う。


「そしてここで、嵐山さんは隣に居てくれた。手を握ってくれて、一緒に泣いてくれて、本当にありがたかったんだ。……これまでもきっと、俺は嵐山さんに惹かれていたんだと思う。嵐山さんと一緒にいると楽しいし、安心するし、幸せな気持ちになる。今では隣に居てくれるのが当たり前になっていて……」


 体を嵐山さんの方に向けて、両手で彼女の右手を包むように。

 彼女の目が見開かれたけど、その瞳をじっと見つめて、思いが伝わるように言葉を紡ぐ。


「昨日保留にしてこんなことを言うのは都合が良いって思われるかもしれないけど……俺も嵐山さんが好きだ。遅くなっちゃったし、悲しませちゃったけど……でも……俺と付き合って欲しい」

「……っ」


 嵐山さんの目から一筋の涙がこぼれた。

 彼女は左手を俺の手に重ねて、強く握る。

 俺と嵐山さんの両手がそれぞれ重なり、一つになる。


「いい……全然良い……っ……嬉しい……すっごく嬉しいっ……」


 そう言った嵐山さんは感極まったように椅子を立ち上がり、俺に抱き着いてくる。

 少し危なかったけど、彼女を座ったまま受け止めることが出来た。


「好き……好きっ……」

「俺も好きだ……」


 お互いを強く、強く抱きしめ合う。

 思いを通わせあったことが分かったからか、お互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合っていた。

 その時間は長かったかもしれないし、短かったかもしれない。


 でも幸せな時間であることに違いはなかった。

 こうして俺と嵐山さんは、ううん、俺と莉愛は恋人同士になった。

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