第66話 そして状況は動き出す
「ただいま」
家の近くで嵐山さんと別れて、家に帰ってくる。
洗面所の方から、おかえりー、というお袋の声が聞こえてきたから何か作業をしているんだろう。
そう思って俺は靴を脱いで、リビングへ向かう。
誰もいないリビングの自分の席に学校の鞄を置いて、隣にある和室へ。
襖を開ければすぐに仏壇が目に入った。
襖を閉めて仏壇に近づき、手を合わせる。
毎日欠かさずにやっている日課。
それを今日もこなすけど、手を合わせ終わった後に俺は仏壇に声をかけた。
「朝日……俺な、ずっと俺のせいでお前が事故に遭った事を悔やんでた。申し訳なくて、何度も何度も謝って……贖罪になるかは分からないけど、他人を助けるために頑張ったりしたんだ……それに我儘で朝日を殺した俺が幸せになっちゃいけないって無意識に思ってた」
これまでそれを苦だと思ったことはない。けれど無意識に、朝日を理由にしていたんじゃないかと思った。
「でも今日……言われたんだ。朝日は俺がそんな生き方するの望んでないって。きっと朝日は俺と一緒に居て楽しかった筈だって。確かにさ……思い出したんだよ。朝日は笑顔で居てくれたことを……笑っていてくれたことを」
今でもまるで昨日の事のようにその笑顔を思い出せる。
どうして今まで忘れていたのかと思うくらい鮮明に脳裏に映し出せる。
「でも……でもさ……それで本当に良いのかなって……朝日は笑っていたけど、やっぱり俺を恨んでいるんじゃないかなって思っちゃうんだ。結局俺があの日我儘を言わなければお前はあの日死ぬことはなかった。……いまだって楽しい時間を過ごせてた筈だって」
嵐山さんの言うことが正しいんじゃないかと思う俺と、でも恨んでいるんじゃないかと思う俺が居る。
「どっちが……正しいんだろうな……ってこんなこと聞かれても困るよな……ごめんな……」
当然だけど帰ってくる答えはない。
俺は乾いた笑みを一度だけ浮かべて仏壇から視線を外し、和室の入り口に向かった。
もやもやした気持ちは一向に解消されないまま襖をあけて。
「……え」
「…………」
襖の前に立っていたお袋と鉢合わせた。
お袋は俺を、悲痛な表情で、けれど少しだけ重いものが無くなったような表情で見ていた。
「夜空……少し話したいことがあるの」
「話したい……こと……?」
「朝日の事よ」
お袋の言葉に、俺は目を見開いた。
◆◆◆
いつもの帰り道で優木と別れた後、私は自転車を走らせながら考えていた。
今日は優木の過去という大きな、とても大きな事を知った。
話してくれたのは良かったし、話したことで優木の心も少し整理がついたかもしれない。
でも、本質的な解決にはなっていないと思った。
「……私みたいに話せるわけじゃ……ないもんね……」
私はお母さんと話すことが出来た。
だから三年にも及ぶ溝を解消することが出来た。
けど優木にはその話すべき相手が居ない。
優木はまだ、私が自分の過去を優木に話したときと同じ状況だ。
本当ならここから私みたいに過去と向き合うのが必要になるけど、それができない。
お姉ちゃんのマンションに到着し、自転車を駐輪場に止める。
サドルから降りて学校の鞄を肩にかけてエレベーターホールに向かう途中で、ポツリと呟いた。
「……でも……妹さんはそんなこと、やっぱり思ってないと思う」
優木の妹さんには会ったこともないし、詳しくは知らない。
けれどあの優木の妹が、優木が今も妹の事を思って自分の幸せを諦めなければいけないと思うようなことを望むだろうか。
私にはとてもそうは思えなかった。
エレベーターに乗り込み、13階のボタンを押す。
自動的に上へ上へと上がっていくエレベーター。
その中で何度か考えてみたけど、これ以上私に出来るようなことは無さそうだった。
「……私も優木の助けに……なりたかったな……」
13階に到着し、エレベーターから降りた私は静かに呟く。
彼の事が好きだからというのもあるけど、それ以上にこれまでの恩を返したかった。
鍵を使って玄関の扉を開けて中へ。
廊下を歩いて学校の鞄をリビングの椅子に置く。
そしていつものようになんとなくスマホを取り出して、確認した。
「……?」
画面の上側にメッセージが表示されている。
一体なんだろうと思ってそれを確認した瞬間。
「……っ」
すぐにRINEを開いて、返信をし、私は駆けだした。
制服から着替えることもなく靴を履いて玄関を飛び出し、鍵を急いで掛ける。
そしてまだ止まっていたエレベーターに乗り込んで、1階と閉まるボタンを連打した。
すぐに扉が閉じて下へと向かうエレベーター。
その中で再度スマホを取り出して、メッセージを確認する。
『嵐山さん、今日時間あるかな。良ければ今から俺の家に来てほしい。お袋が妹の事について話したいことがあるみたいなんだ。できれば一緒に聞いて欲しい』
優木の過去に関する何かが、動こうとしていた。
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