第58話 その後の嵐山家
しばらくお母さんの腕の中で泣いた後、私は落ち着いた。
周りを確認して、優木が居ないことに気付く。
きょろきょろとしているとお姉ちゃんが気付いて、優木は私が泣いている間に帰ったという事を教えてくれた。
ちょっとだけ残念に思ったのは、ここだけの秘密だ。
お母さんも落ち着いたようで、リビングのテーブルで私達四人は今までの時間を取り戻すように話を始めた。
といってもほとんどが私の高校の話で、それをお母さん、お姉ちゃん、お父さんが聞く形。
高校一年の頃に関しては話すことが全くなかったけど、二年生になってからの事は多くて話すのも大変だった。
4月、5月に飯島先生と委員長から話しかけられたけど、冷たくあしらってしまったこと。
6月に優木に話しかけられて、でもやっぱり冷たい反応を返してしまったこと。
でも翌週には、私の好きなV系について調べてくれて、そして優木も好きになってくれたこと。
期末試験の最終日に一緒にカラオケに行って、優木がV系の曲を歌って、苦しそうにしていた事。
優木が飯島先生に頼まれて私に声をかけたことを話してくれたこと。
そして夏休みの時間で一生懸命練習して、9月の始業式にはカラオケでV系の歌を完璧に歌いきってくれたこと。
優木と仲良くなってお弁当を作ったり、CDを貸したりしたこと。
修学旅行では優木と一緒に行動しただけじゃなくて、東川さんや委員長とも仲良くなったこと。
京都で中学の同級生に会ったけど、東川さんの一言で気持ちを持ち直せたこと。
そして私の過去を、優木に聞いてもらったこと。
話せば話すほど、今の私の側には優木が居てくれることが分かる。
きっかけは飯島先生だったかもしれないけど、そのあとV系っていうお互い好きなもの、好きになったもので繋がって仲良くなって。
そして最終的には、こうして家族で話せるようになった。
優木には感謝しても足りないくらい、いろんなものを貰っているなって再認識した。
そうしてこれまでの事を話し終えると、お母さんとお姉ちゃんは、私に微笑みかけてくれた。
「そうだったのね……優木君が……」
「優木君と友達になれて良かったね」
お母さんとお姉ちゃんは私が話をするたびに相槌を打ってくれたけど、優木にも感謝してくれているみたいだ。
私の……友達を良く言ってくれるのは嬉しいこと。
『…………』
ただお父さんはなんか難しそうな表情をしていた。
どうしたんだろうと思って声をかけてみる。
「お父さん……? どうかしたの?」
『い、いや……莉愛が優木君を信頼しているのは分かる……彼は俺の目から見ても良い少年だとは思う……思うが……』
「……優木の事、嫌い?」
思わず低い声になってしまったのは仕方ない事だろうと思う。
そのくらい、私にとって優木は恩人のような人だから。
そうしたら、お父さんは目に見えて焦り始めた。
『ち、違うぞ! お父さんも莉愛を助けてくれた優木君には感謝している。ただ……そのなぁ……』
「莉愛、あんまり気にしないであげて。お父さんは、自分自身と戦っているの」
「……??」
お姉ちゃんの言っていることは全然分からなかったけど、気にしないで良いならそうしようと思った。
『まだ高校生だぞ……愛奈だって良い人が居ないと安心していたのに、莉愛の方が先だと……いやだが……』
何かぶつぶつ言っていて、よく分からないし。
「そういえば莉愛、明日は学校?」
「うん、文化祭の片付けがある」
「じゃ、じゃあ良ければ泊まっていかない? 服もあるし、部屋もある。料理も私、腕によりをかけて作るわ」
「……いいの?」
思わず聞き返すと、お母さんは何度も何度も頷いた。
「当然よ! 莉愛が泊ってくれるなら、私もとっても嬉しいわ」
「私も泊まるから、莉愛も泊まっていきなよ。明日はここから学校に向かえばいいでしょ?」
お母さんはとても嬉しそうな顔をしているし、お姉ちゃんも泊まるみたいだ。
「……それなら」
「っ……ええ! それなら今から夕食の準備するわね! あ、莉愛、良ければソファーでゆっくりしていて!」
「う、うん……」
テンションが高いものの、お母さんは笑顔でキッチンに向かってしまった。
これまでの……それこそ私が髪を変える前や変えた後とも違った反応を見せられてしまい、少し困惑する。
けど、嫌だとは思わなかった。
『お母さんも嬉しいんだろう。今日は夕食が豪勢になるから、覚悟しておいた方が良い。……というか、俺も家に帰りたい』
「いやいや、お父さんが帰ってくる頃にはもう夜中だよ」
『なぜ俺はこんな日に遠く離れた場所で仕事をしているのか』
「そういえば繋いだままで大丈夫なの? 仕事とかあるでしょ? 一回切る?」
お姉ちゃんの言葉にお父さんは画面越しにひどく慌てた態度を取った。
『馬鹿を言え! せっかく莉愛が居るんだからずっと繋いだままにしておいてくれ。仕事? そんなもんは明日にどうとでもなる!』
「……まあ、お父さんがそう言うなら私は別にいいけど」
呆れたような視線をタブレットに向けたお姉ちゃんは私の方を見て、ニッコリと微笑んだ。
「そうだ莉愛、一緒に夕飯出来るまでテレビでも見ようよ!」
「う、うん……」
お姉ちゃんに手を掴まれて、私はソファーに移動した。
大きなテレビが置かれていて、それをリモコンで付けて適当な番組を表示した後、お姉ちゃんは私をソファーに座らせる。
モコモコした感触が、少し心地良いと思った。
テレビを見ながら、時間を過ごす。
別にテレビの内容が面白いとかじゃなくて、実家でこうしてお姉ちゃんと一緒にテレビを見て、お母さんがキッチンで料理をしている。
それがひどく懐かしく感じて、少しだけ口元が緩むのを感じた。
「ねえ莉愛、さっきも話していたけど、マンションに何度か優木君を呼んだんでしょ?」
「……? 何回かじゃなくて、二回かな」
「そう。……別に好きに過ごしてもらってもいいけど節度は守りなよ」
「……??」
言っている意味が分からなくて首を傾げていると、お姉ちゃんは苦笑いした。
「ただまあ……私もあんまり家に帰らないから、邪魔しないのは良い事か」
「……何の話?」
聞き返すと、お姉ちゃんはため息を吐いて、首を横に振った。
「……あんまり遅くまで遊ばないようにってことかな」
「うん、分かった」
いまいちよくわからないけど、あまり時間が遅くなるのは良くないっていうのは分かる。
だからとりあえず返事だけをして、私はポケットからスマホを取り出した。
RINEを起動し、一番上の優木のアイコンをタップする。
『今日はありがとう』
短いけど感謝を込めてそう打ち込んで、送信する。
もう優木も家に帰っていたのか、すぐに既読と返信が来た。
『どういたしまして! でも嵐山さんが仲直りできてよかったよ!』
その返信のメッセージを見て、思わず笑みがこぼれた。
「優木君、大丈夫だって?」
「……え?」
聞かれていることがよくわからなくて聞き返す。
「いや、優木君が家を出るときに少し話をしたんだけど、ちょっと疲れているみたいだったから」
「返信は普通に来たし、大丈夫だと思うよ」
「そっか、それは良かった」
お姉ちゃんと頷き合った私はスマホをテーブルの上に置いて立ち上がる。
さっきから制服姿なのが少し気になっていたからだ。
「ちょっと着替えてくるね」
「うん、行ってらっしゃいー」
笑顔で手を振るお姉ちゃんに苦笑いして、私は私服に着替えるために二階の自室へ向かう。
『……ねえ愛奈? せめてお父さんもそっちに連れてってくれないかな? 壁しか映ってないから、少し寂しいよ。ねえ愛奈? 愛奈―?』
お父さんの声がタブレットから聞こえて、その悲痛な叫びに少しだけ笑ってしまった。
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