第49話 私が、壊れたときのこと②
私が命令をして、恵ちゃんが財布を盗んだ?
桜先生の言葉を理解すると同時に、私は声を荒げて桜先生に叫んだ。
「私、そんなことしてません!」
「…………」
全く身に覚えのない事だから訴えるように言ったけど、桜先生の表情は変わらなかった。
怒っているというよりも、少し冷たい表情。
全く私の事を信じていないのは、彼女の目を見ればすぐに分かった。
「ちがっ……私本当に知りません! 恵ちゃんに財布を盗めなんて……そんな!」
「嵐山さん、あなたは片倉さんと仲が良いわよね?」
「……恵ちゃんとは……中学二年からの付き合いですから……」
「そう……中学二年からの、ね」
桜先生の視線が、私の髪へ移るのを確かに感じた。
中学二年の時の担任もそうだったけど、桜先生も私のこの髪色を嫌っているのはなんとなく感じていた。
今までは表立って非難はされなかったけど、その時は目で自分を否定されているみたいだった。
「なら、付き合いが長い嵐山さんの言葉を、片倉さんが断れない可能性だってあるわね」
「なっ……違います! 私、そんなことしてません!」
「じゃあ嵐山さんは今回、この件には全く関わっていないと?」
「はい、関わっていません。本当に全く、関わっていません!」
聞かれて、私は正直に答えた。
犯人が恵ちゃんだったのには驚いたし、彼女のために何かしてあげたいっていう気持ちもあった。
けれど私はこの一件に関して、本当に関わっていなかったから。
けど桜先生の反応は少しも変わることはなかった。
「はっ……どうだか」
むしろ鼻で笑われて、全く信じられていないことが分かった。
私はそれが嫌で嫌で、拳を強く握りしめた。
なんで、どうしてって強く心の中で何度も自分に問いかけた。
「嵐山さん、片倉さんにも言ったけど、前回と今回でそこまで大きな話にするつもりは学校としてはないの。盗まれた子の親御さんには連絡して、今回のはまだだけど前回の子の親御さんは大事にしないと言ってくれたわ。だから本当の事を言って欲しいんだけどな」
「だからっ……そんなこと言ってないって言ってるじゃないですか!」
「……はぁ、そう」
どれだけ声を張り上げて訴えても、桜先生は一切私の事を信じようともしなかった。
私が何を言っても、私なら恵ちゃんに命令をしてもおかしくないし、むしろしてるだろうと、そう決めつけているようにしか思えなかった。
言葉で直接私が言ったと先生が強く言ったわけじゃないけど、桜先生の目や態度からは私が真犯人だという気持ちが苦しくなるくらいに伝わってきた。
「じゃあ一旦教室に戻ってもいいわ。先生は今回の被害者の親御さんに連絡するから」
「っ……私……絶対に言ってませんから」
「はいはい、分かったわよ」
とても納得が出来る状況じゃなかったけど、桜先生は私の話を聞いてくれそうにもなかった。
だから私は仕方なくその部屋を出て、自分の教室に戻った。
恵ちゃんにどうしてそんなことを桜先生に言ったのかを聞かないと、気が済まなくなっていたから。
でも、教室に戻った私を待っていたのは地獄のような光景だった。
「嵐山さんが片倉さんに命令したんでしょ……?」
「うわー、いくらなんでも可哀そう……」
「あの二人、前から仲良さそうに見えたけど、そういう関係だったのね」
教室に入れば、私から露骨に距離を取るクラスメイト達。
そして遠くでは、他の女子に囲まれた恵ちゃんが居た。
意味が分からなくて、どうしてこんなことをするのかが本当に分からなくて、恵ちゃんに詰め寄ろうとしたとき。
「っていうか、中学二年の頃急に髪切って染めて、変な子だとは思ってたんだよね」
「あー、やってもおかしくない、みたいな?」
その言葉で、足を止めた。悲しくて泣きそうだったし、怒りで叫びそうになった。
どうして好きなものを好きと言ってはいけないのか。
どうして好きなものの真似をしてはいけないのか。
誰にも迷惑をかけてないじゃないか。
誰かを傷つけたわけでもないじゃないか。
なのにどうして、ただ見た目が他の人とは違っているだけで桜先生もクラスメイトも私を非難するのか。
もう意味が分からなくなって、でも原因が誰なのかはよく分かっていた。
だから彼女に向けて、声を張り上げた。
「恵ちゃん! どうしてこんなことするの!? 私が恵ちゃんに何をしたの!?」
そしてそれが間違った行動だって気づいたのは、クラスメイトから睨まれてから。
とくに恵ちゃんから私を守るように前に出た女子のクラスメイトは怒っているようだった。
「やめてよ嵐山さん! 片倉さん困ってるじゃん!」
「そうだよ! 言い過ぎだよ!」
「自分が悪いのに、今度は片倉さんを責めるの!?」
彼女に呼応するように他のクラスメイトも私を非難した。
それに少しだけ困惑しながらも、私は必死で抵抗した。
「ちがっ……私は……」
「…………」
黙りつつも、私を睨みつけるクラスメイト達。
そのまま私と彼らの距離は開いたままで、少しの間時が止まったようになった。
私が恵ちゃんを見ている間、恵ちゃんは一度も私の方を見ようとしなかった。
「……嵐山さん、片倉さん、ちょっといいかしら? 来てもらえる?」
いつから居たのか、教室の入り口に立っていた桜先生に呼ばれて、私はとぼとぼと歩き始める。
そんな私と距離を取って、俯いたままの恵ちゃんも続いた。
途中で振り返ったけど、恵ちゃんは結局一度も私の方を見ることはなかった。
それどころか私が振り向くタイミングで、まるで私を恐れているかのように足を止めていた。
私と少し遅れた恵ちゃんはさっきの小さな部屋に入った。
桜先生に言われて私は椅子に座り、恵ちゃんは一つ空いている席を飛ばして、少し遠くに着席した。
この時にはもう、理不尽なことに対する怒りよりも、どうしてっていう感じで、胸が締め付けられて痛くて、考えも上手く纏まらなかった。
「……片倉さん、嵐山さんにも話を聞いたけど、彼女は否定したわ。もう一度聞くわね。あなたは嵐山さんに、財布を盗むように言われたの?」
桜先生のその言葉に、私は縋るように恵ちゃんを見た。
私の知っている恵ちゃんなら、友達の私にこんなことをする筈がない。
きっと何かの間違いで、すぐに違うと言って、ごめんねと謝ってくれると、そう思っていた。
「嵐山さんに、盗めって! 盗めって言われました!」
そう、思っていたのに。
「私は嫌だって言ったんですけど、でもやれって言われて! 嵐山さん、怖いから……私、逆らえなくて……」
その思いが、嘲笑われるかのように消えていく。
恵ちゃんの言葉ははっきりとしていて、明確に私を非難していた。
そこには友達と思っていた優しい恵ちゃんの姿は無くて、声高に桜先生に訴える姿が、きーんとする世界の中で、音を無くした世界で動いていた。
なに……これ?
「私、本当は嫌だったんです! でも……でも……」
なんなの……これ?
「分かったわ。ありがとう片倉さん」
私は今、何を見せられているの?
「嵐山さん、片倉さんはこう言っているわ」
意味が分からない。
もう何も分からない。
分かるわけがない。
「だからもう一度聞くわね」
友達と思っていた恵ちゃんに真犯人に仕立て上げられて。
桜先生には違うと言っても一向に信じてもらえず。
クラスメイトには避難の目を向けられて。
「あなたは片倉さんに、財布を盗めと命令したの?」
そして恵ちゃんには、目の前で再度私が真犯人だと声たかだかに宣言された。
財布を盗めと命令したの? 言葉だけを聴いたら、桜先生はそう言っているように聞こえる。
でも先生の目は、表情は違うことを言っている。
彼女だけじゃない。クラスメイトだってそうだ。皆が皆、こう言っている。
『あなたが片倉さんに、財布を盗めと命令したんでしょう?』って。
――ああ、もう……どうでもいいや
「……そうです。私が命令しました」
もう訳が分からなくなった私は、考えることをやめた。
すべて受け入れて、楽になろうと思った。
本当は受け入れるべきじゃなかったと思うし、違うって言い続けるべきだったと思う。
でも、心の中でもう無駄だと思っていた。
なにを言っても、もう誰も信じてはくれないと、そう分かっちゃったから。
だからこの瞬間に、私はおかしくなった。
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