第46話 文化祭準備の計画
「修学旅行が終わってすぐになるが、月末には文化祭が待っている。クラスで協力して楽しく、そして思い出に残るような文化祭にして欲しいと私は思う。じゃあ、あとは文化祭実行委員の井上と真下に任せようか」
放課後のHRにて、朝に蓮と一緒に予想した通り、文化祭の話が出てきた。
今日は席替えに文化祭の準備開始と大忙しだな、と思っていると教卓の前に二人の男女が移動する。
文化祭実行委員である井上君と真下さんだ。
井上君はあまり人前に立つのが慣れていないようで、少しだけ緊張した様子で教卓の前に立つ。
相方である真下さんも同じようで、少し表情が硬い。
「えっと……では文化祭準備の担当について決めたいと思います。9月の段階で皆の意見をまとめて、このクラスはお化け屋敷をすることになっています。看板や内装、当日の担当決めなどを書き出し、担当したい部分があれば挙手制で。……あ、真下さんは黒板にやることのリストを書いて」
「うん、分かった」
井上君が進行、真下さんが板書を担当してくれるらしい。
真下さんはお化け屋敷準備に必要なものを箇条書きで書いていく。
看板、チラシ作り、内装、お化けのデザインに、お化け屋敷全体の地図を考える、みたいなものもあった。
「看板って怖い方が良いよな? 俺結構ホラー映画見るからそういうの得意かも」
「チラシは前から作ってみたかったんだよね。やろうかな」
「この狭い教室を改造して一本の道にする……大変そうだな」
「段ボールとかペンキとか、そういう工作好きなんだよなぁ」
クラスメイトは真下さんが黒板に書いた内容を見て好き勝手に発言する。
事前に実行委員の二人はよく考えてくれたのか、それぞれの定員数も書いてくれていた。
「じゃあ、順に言っていくので、やりたいところで手を挙げてください」
井上君が上から順番に言葉に出すと、クラスメイトの手が上がり始める。
どれをやろうか考えたけど、結局お化け屋敷の内装制作に手を挙げた。
看板とかのデザインは自信がないし、教室の一本道化も難しそうだと感じた。
けど、その一方で何かを作りたいなと思っていたからだ。
「優木くん、東川さん……」
どうやら後ろの席の東川も同じところで手を挙げたらしい。
他にも多くのクラスメイトが手を挙げているようで、井上君が名前を呼ぶにつれて真下さんがその名前を黒板に書きこんでいた。
「最後に嵐山さん、ですね」
嬉しいことに、どうやら嵐山さんも同じタイミングで手を挙げたみたいだ。
彼女と一緒に作業をするのは楽しそうだと思った。
嵐山さん、料理も上手いから作るのもきっと得意だろう。
井上君は少し慣れないながらも、しっかりと進行役を務めていく。
黒板に全員の名前が書かれた後に、彼は振り返って満足げに頷いた。
「これでとりあえずは全員ですね……真下さん、後何かある?」
「え? う、うーん……大丈夫……じゃないかな?」
とりあえず決めるべきものが決まったものの、少し困ったような様子を見せる井上君と真下さん。
さっきまでの進行は事前に決めていただろうから堂々としていたけど、今は少し頼りなさげに見えた。
「あの、少しいいかしら」
すっと手が上がったのは、左隣に座る栗原さんだった。
「え、あ……委員長、どうぞ」
「デザインや教室の進行ルートとかは、多くのクラスメイトが担当する制作側に影響するものだと思うわ。だからなるべく早く……遅くても明後日くらいまでに簡単な案を出してもらうべきだと思う。もちろん、担当者以外の人が持ってきても構わないわよね?」
「う、うん……もちろん」
「制作側の人は手が空いているから、もし良い案があれば考えてきてくれると嬉しいわ。デザインが得意な人とかだともっと嬉しい」
栗原さんの言葉を聞いて、俺はなるほどなと思った。
俺達内装を手掛ける側は何を作るのかが決まらないと本格的に動けない。
けど同時に、何をどう作るのかを手掛ける側が決めたって良いってことだろう。
「栗原の言う通りだ。一応担当は割り振っているが、もちろんそれ以外の生徒が考えてもいいし、むしろそうして欲しい。……課題にするか?」
飯島先生も同じ意見らしく、クラスメイトに向けてそう言った。
きっと担当を割り振る案を最初に出したのは飯島先生で、それは誰も案を持ってこない事を考慮してのことかもしれない。
そういった意味では賢いやり方だな、なんて思ったりした。
「まあ、別に強制力はないがそうするか。期限は明後日まで、是非考えて来てくれ」
「で、では、今日はここまでとします。……これから月末まで、クラスで力を合わせて頑張っていきましょう!」
『おー!』
井上君の言葉に、クラスが一丸となって返す。
その力強さに、最初に声を上げた井上君が少し驚いていたくらいだ。
彼の後ろの黒板を見て、考える。
担当は内装の制作だけど、去年とは違って今年はお化け屋敷っていう大規模な出し物だ。
きっと忙しくなるだろうし、もし困っている人や、進行が遅れている人がいたら手伝わないとなと、そう思った。
◆◆◆
文化祭準備の担当が決まった後は解散になり、俺は学校からの帰り道を蓮と東川と歩いていた。
ちなみに帰りの準備をしているときに嵐山さんと小さく「じゃあね」という言葉を交わしたりした。
修学旅行では過去を話してくれると言っていた嵐山さんからは今の所音沙汰はない。
けれど彼女の心の準備が整うまで、俺の方から何かを言うつもりは全くなかった。
「お化け屋敷ねえ……準備大変そうで憂鬱だわ」
「お前なあ……やる前から憂鬱になるなよ」
「夜空君、蓮は昔からそうだから言っても無駄よ。最初はめんどくせー、めんどくせー、って言うんだから」
「おい沙織、そんなことないぞ!」
文句を言われて否定する蓮に対して、東川はため息を吐いて答えた。
「話は最後まで聞きなさないよ。あんた最初はそう言うくせに、いざ始まったら誰よりも楽しんで色々するじゃない。だからうるさいのも今だけってことよ」
「……そうかぁ?」
「そうよ。何年の付き合いだと思っているの」
相変わらずの夫婦漫才を後ろから見ながら、俺は話に入った。
「期間は短いし、準備も大変だろうなとは思うけど、来年の事を考えると一生懸命出来るのは今年だけだろ?」
「……まあ、夜空の言う通りではある」
渋々頷く蓮。
実際には熱心に取り組めるならお化け屋敷でなくてもなんでもいいんだけど、それは黙っておいた。
「それにしても、9月のときも思ったけど井上君も真下さんもやりづらそうではあったなぁ……」
放課後のHRの時を思い出しているのか、目線を上に向けながら蓮が呟いた。
「確かどっちも立候補じゃなくて、仕方なくって感じだったよね?」
「委員なんて大体そんなもんだろ」
「俺も図書委員だけど、誰も手を挙げないからやるかって感じだったしな」
自分も経験があるから蓮の言葉に同意する。
でも俺の図書委員なんかはそこまで忙しくないけど、文化祭実行委員や体育祭実行委員は忙しくて大変だろうなとは思う。
ただ通年でぽつぽつと仕事がある他の委員の事を考えれば、その忙しさが短期間に凝縮しているだけか、と思えなくもないけど。
ちなみに既に終わった体育祭実行委員は運動部の人が積極的に手を挙げていた。
だからリーダーシップを取ってくれていたけど、今回の井上君と真下さんは難しいだろう。
「真下さん修学旅行で一緒の部屋割りだったから知っているんだけど、人を率いたり支持を出したりするタイプじゃなさそうだからなぁ。そういうのはむしろ委員長が得意というか」
「栗原さんは何でもできる印象だからね」
委員長らしい性格に加えて、確か頭も良くてテストの点数も高いと聞いたことがある。
今日の発言も、彼女らしいよく考えられたものだった。
そんなことを思い出していると、蓮がふーん、と呟いて声を発した。
「まあ、全員でやるんだし委員長もひょっとしたら代わりにリーダーシップ取ってくれるかもな。……俺も頑張るかぁ」
「あら? あんたが最初からやる気になるなんて珍しいじゃない」
「夜空に頑張るなら今だって言われて、確かにって思ったからな。藤堂様のやる気の凄さを見せてやるぜ」
「ずっと見てるけど、やる気はともかく、凄いと思ったことは一度もないけどね」
「そこ、うるさいぞ」
夫婦漫才を再開する蓮と東川。
その様子を後ろから苦笑いをしつつ見て、思う。
俺も出来ることを、精いっぱい頑張ろうと。
「それにしても、嵐山さんと少し仲良く出来て良かったわ。修学旅行の最終日で大丈夫だとは思っていたけど、安心したわよ」
「一緒に昼食を取りたいと言い出したときは驚いたけどな。ああいや、全然歓迎なんだけど、今までからは考えられない事だったからさ……夜空も安心したんじゃないか?」
蓮に尋ねられて、俺は微笑んで返した。
「安心したっていうのもあるけど、良かったって感じかな。嵐山さんは勘違いされやすいけど良い人だから、蓮達もそれを分かってくれたみたいだし」
「修学旅行は大きな転換点だったよなぁ」
「まだちょっとそっけないけど、それはそれでまだまだ仲良くなれる余地があるって思うことにしてるわ」
東川も蓮も嵐山さんに対して肯定的な意見を持っている。
少なくとも2年に上がった当初持っていた、怖い、という印象は消えつつあるだろう。
「……?」
ふと、制服のポケットで振動を感じた。
取り出して見ると、スマホにメッセージがあったようだ。
電源をONにして表示されたRINEの内容に驚き、目を見開く。
『この後家に来れる? 中学の事について、話したい』
短く表示されたのは、嵐山さんからの心の準備が出来たという知らせだった。
素早く指を動かし、返信を入力する。
『塾もないし、大丈夫だよ。家に帰って着替えたら向かうね』
片手でメッセージを作成し、送信ボタンを押す。
するとすぐに既読が付き、間髪を入れずに『わかった』というメッセージが送られてきた。
少しだけそのメッセージを見つめた後、俺はスマホを制服のポケットに戻した。
緊張を感じて吐いた息は、白かった。
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