第36話 修学旅行二日目、班別行動
翌日、修学旅行二日目。
早朝に朝ごはんを旅館で食べた俺達は、班に分かれて別々に行動を開始した。
二日目は京都市内を班別で自由に行動する。
事前にどこに行くのかは蓮達班のメンバーと相談して決めていて、俺達の班は観光と食べ歩きをメインの目的にルートを決めた。
せっかく京都に行くのだから、観光名所を回りたいという栗原さんや矢島さんの意見。
あまりそういったものには興味が無いものの、京都の食べ物には興味深々な蓮。
そしてあまりこだわりがない俺や嵐山さん、青木の意見を織り交ぜて、そんなルートになった。
班別行動は原則徒歩で、鉄道やバスも使用可能だ。
ただ人数が6人のため、タクシーを使うのは難しい。
旅館を出発した俺達は、橋や寺、神社といった観光スポットを順に時間をかけて回っていった。
秋なので紅葉が綺麗だと思ったり、寺の庭園や絵画を見たりして美しいなと感じたりした。
もちろん蓮に誘われて食べ歩きも並行して行っている。
やっぱり美味しいお菓子なんかも多くて、結構腹に溜まってしまったりした。
その影響もあり、昼食は適当な場所で、けれど量は少なめに頂いた俺達。
次にたどり着いたのは、やや寂れた印象のある小さな神社だった。
古い鳥居が印象的で、見える範囲ではそこまで広くなさそうに思える。
「なんか、明日のことがあるからどうもインパクトに欠けるよな。いや、綺麗だとは思うけどさ」
不意に前を歩く蓮がそうぼやいた。
彼の言う通り、今日の班別行動では明日の三日目に観光する清水寺や金閣寺といった有名どころは省くように事前に言われている。
そういった場所を省くと必然的に観光名所であるものの、ややマイナーな場所になるのは仕方がない。
個人的にはこういった静かな場所は好きだから、微妙……とはならないが。
「私は結構好きよ? それに、多分だけどこういうギャップ……みたいなものも狙っているんじゃないかしら。ネットで調べたときはマイナーなところから先に行って、その後に金閣寺や清水寺に行くようなルートが修学旅行では多いって書いてあったし。最初に金閣寺に行って、その後に違うところに行くと落差で生徒が話を聞かなくなるみたいよ」
「……なんか、すごい説得力あるなそれ」
栗原さんの言葉に、蓮が苦笑いして答えている。
確かに、見るものの良さを考えると段々と良くなった方が楽しめるっていうのはあるだろう。
そんな事を思っていると、少しそわそわした様子で矢島さんが口を開いた。
「な、なんかここは、願いが叶う神社らしいよ」
「ええ、石を撫でると願いが叶う……だったかしら?」
栗原さんの言葉で、確か調べたときにそんなことが書いてあったなぁ、と思い至った。
けれど確かネットのページに書いてあったのは。
「特に恋愛成就に向いているんだって!」
「恋愛成就……? はぁ……」
矢島さんの声にも、蓮はいまいちしっくりと来ていない表情だ。
その様子に栗原さんは苦笑いする。
「男子からすると微妙かもしれないけど、こういった恋愛系統は、女子は好むものなのよ。もちろん私もね」
「え、委員長も好きな人とか居るのか?」
「居ないわ。でも将来的に現れるかもしれないでしょ? ならその時に出会う人が良い人になるようにお願いするのもいいじゃない」
「……あー……まあ?」
蓮こそ微妙な反応だけど、矢島さんはそわそわしているし、栗原さんは言葉通り楽しそうだ。
よく見てみると、青木も少し周りを気にしているか?
そんな事を思いながら進んでいくと、目当てであろう石が目に入った。
意外と大きいなと思っていると、蓮が口を開く。
「まあでも恋愛じゃなくてもいいんだろ? だったらなんか適当なことを願っとくか」
「そんな適当な感じじゃ、神様もお願いを聞いてくれないだろ」
「いいんだよ。こういうのは自分の気持ちが大事だ」
前に立つ蓮は願いが叶うとはあまり信じていないようで、目を瞑ったかと思うとさっと石を撫でて戻っていってしまった。
まあ、かくいう俺も矢島さん程強く信じているわけじゃないけれど、こんな時くらいは願ってもばちは当たらないだろう、と思った。
「…………」
どうするかと思って、少しだけ悩む。
別に願いたいことがあるわけじゃない。
学校生活は順調だし、来年の受験の合格祈願でもするかと思って、志望校に合格しますように、と簡単に心の中で願いを言って、蓮と同じように手で石を軽く撫でる。
「あ」
「あ」
その手が、誰かの手に掠るような形で触れた。
左を見てみると、同じようにお願い事をしていた嵐山さんだった。
ちょうど同じタイミングで撫でる手が出てしまったらしい。
一瞬驚いたものの、俺は微笑んだ。
彼女と一緒に踵を返して歩き始める。
「嵐山さんは何をお願いしたの? 俺は思いつかなくて、受験合格っていうありきたりなことだけど」
「私は健康について……だけど今思うと受験でも良かったかも。もう一回……は流石にいいか」
少しだけ名残惜しそうに背後を見たけど、流石にもう一度は気が引けたのかすぐに視線を外していた。
左手にはほんの少しの間だけ、触れあった手の感触が残っていたけど、それも時間が経つと消えてしまい、そんなことがあったという事も頭から消えていた。
◆◆◆
半日をかけて京都の色々な場所を巡る。
背の高い竹林や、多くの石像や石塔がある寺もあったりして、東京では見られない光景が多かった。
景色も古き良き日本っていう感じだし、個人的には十分すぎる程楽しめた。
夕方になり、俺達は本日最後の目的地へと移動を開始する。
目的はこの修学旅行のお土産を買うためだ。
一応明日明後日とまだ修学旅行は続くけど、明日は全体行動だし、明後日は大阪に移動してしまう。
なので京都のお土産を買うならこの二日目のタイミングがいいのではないかと、班の皆と事前に決めていた。
最後に観光した場所からお土産が売っている市場までは歩いてたどり着く距離だ。
ゆっくりと歩いて夕暮れの京都の景色を楽しんでいると、栗原さんが不意に声を上げた。
「へぇ、着物の貸し出しとかしているのね」
遠くを見ていた彼女の目線を追うと、大きな看板が目に入った。
読んでみると、どうやら修学旅行や観光に来た人を対象に、着物を有料で貸し出してくれているようだ。
京都を着物で歩きたいと思う人も多いだろうし、中々に嬉しいサービスかもしれない。
一応男性用の物もあるらしいけど、女性物が主らしく、写真に写っているのは全て女性だった。
「へえ、楽しそうじゃん。着てく?」
蓮の言葉に、栗原さんは首を横に振る。
「興味はあるけど、時間的にもう無理ね。残念だけど」
「そうだね、流石に新しく予定を入れる時間は無いかな」
「結構キツキツなスケジュールだったからねぇ……」
栗原さんに続いて青木や矢島さんも同意した。
蓮も本気ではなく、ただ言ってみただけだったらしい。
「栗原さんって着物着たことあるの?」
「どうかしら? 子供の頃に夏祭りで着たことはあると思うけど、最近はないわね」
「私も同じかなぁ……」
栗原さんと矢島さんが着物に関する話をする。
栗原さんは話のついでに嵐山さんに振った。
「嵐山さんは?」
「……ないよ」
「やっぱりこの年になると、ちょっと気恥しいわよね」
そう苦笑いをする栗原さんを見た後に、俺はなんとなく嵐山さんを見た。
いつも通りの無表情だけど修学旅行は楽しめているのか雰囲気が柔らかい嵐山さん。
そんな彼女の……着物姿。
上手くイメージできないけど、きっと似合うんだろうな、なんてことを思った。
嵐山さんそれなりに身長があるし、顔立ちも美人って感じだから。
少しだけ立ち止まっていた俺達だけど、再びお土産を買うために行動を開始する。
ほんの少しだけ歩いたところで、向かいから外国人観光客が数名歩いてきた。
やっぱり東京もそうだけど京都も海外からの観光客が多いんだなぁ、なんて思って視線を外す。
たまたま高い位置に紅葉があったので、それをなんとなく見た。
俺達は歩き、向こうからも外国人観光客が歩てきて。
そしてすれ違ったとき。
「あ」
物音と共に、声が聞こえた。
そっちを見た瞬間に、俺は無意識に手を伸ばしていた。
たまたま俺の方が少しだけ歩みが遅くなっていたみたいで、態勢を崩して倒れそうになる嵐山さんを、ギリギリで受け止めることが出来た。
「っ……あっぶな……」
「…………」
思わず声が漏れた。
びっくりしたけど腕の中には確かに嵐山さんが居て、どこも怪我はしていないようだ。
「Excuse me……oh!? I’m Sorry! Are you OK?」
ぶつかった外国人観光客の人もよそ見をしていたみたいで、足を止めて膝をついて何度も謝っている。
少し焦っているのか早口だったけど、申し訳ないと、大丈夫?と言うのを何度も尋ねているのは分かった。
「お、おーけー、おーけー」
なんとかそう答えるものの、ぶつかってきた相手は何度も頭を下げている。
俺はぶつかられていないし、嵐山さんも怪我はないから大丈夫だけど、向こうが気にしてしまっているみたいだ。
結局その場は栗原さんが間に入ってくれて、英語で代わりにやり取りをしてくれた。
俺達高校生が習う英語だと伝わるか少し不安だったけど、向こうの人も分かってくれたようだ。
俺と嵐山さんが無事なことが分かると心から安堵したようで、胸を撫でおろしていた。
結局大きな問題になることはなく、俺達と外国人観光客は笑顔で別れることが出来た。
一瞬どうなるかと思ったけど、どっちにも怪我がなくて良かったと思う。
「にしてもびっくりしたね。嵐山さん、大丈夫?」
「うん、さっきも言ったけど大丈夫。あと、ありがとう」
「ううん、流石に助けるよ。まあ、あの感じだと、受け止めなくてもそこまで大けがとかはなかったと思うけど」
実際、受け止めはしたけど勢いはそこまでじゃなかった。
ただどこか擦ったりはしたかもしれないから、そうならなくて良かったとは思うけど。
「それでも、ありがとう」
「どういたしまして」
俺と嵐山さんは言葉を交わして、今度こそお土産を買うために俺達は再び歩き出した。
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