十七話 その二


ヴィオラは思わず顔を上げた。その様子にヴィルヘルムは同意を示すようにうなずく。


「『スナート教』というのはまさしく森羅万象しんらばんしょうつかさどる神、メテムスを信仰する宗教だ。いまでこそ形骸化けいがいかしてしまって、冠婚葬祭かんこんそうさいにほんの少しその習慣を残しているだけにすぎないけれど、かつてはミグラスでは強く信仰されていた宗教なんだ。そしてそこに書かれているとおり、スナート教は魔術なんてものが出現する千年以上も前から、人から人に生まれ変わる『転生』の秘技を持っていたんだよ」


女は慌ててページを繰り、書かれている内容に目を通す。


この文献によれば、スナート教は代々教皇を筆頭に僧侶をようし、メテムスによる魂の救済を願い、祈祷きとうを捧げてきた。


ここまでは文明時代に栄えたあらゆる宗教とおおむね中身は同じである。


しかし特異なのは、他の宗教では修行を積んだ僧侶の中から教皇を選ぶのに対し、スナート教では開祖の魂を持った人間を探しだし、その者を教皇にするというところであった。


教皇選定は開祖が残した奥義書おうぎしょを用いて行われる。これは極めて複雑かつ、開祖本人にしか解読できない方法で記されている。なので転生者を見極めるにあたり、この奥義書を解読しその技を会得できた者こそ、開祖の魂を持った教皇足る人会得えとく物と言えるということであった。


ちなみにこの奥義書は門下の僧侶たちにより解読が試みられるも、これが記された時点でその奥義を会得できた者はいない。すなわちこの選定は、本当に開祖と全く同じ能力を備えていない者でないと突破できないものなのだ。


でも、とヴィオラは悩ましげに首を傾げる。


「万が一、億が一にも転生者でも何でもない者が、偶然にもこの奥義の会得に成功してしまった場合はどうするのかしら? そもそも、どうやって魂を転生させていたのでしょう?」


するとヴィルヘルムは彼女の言葉に大きく頷く。


「そう。まず、それが開祖の魂であると同定するにあたって、この方法は不確実だ。そして君が言ったとおり、そもそも転生がどのような方法でもって行われていたかがわからないと、この先には進めない」


「では、その肝心の『転生の秘技』については、わかっていますの?」


心配そうに尋ねる淑女に、賢者は得意気に笑って見せた。


「まあ、僕はこの世に類を見ない大天才の『賢者』だからね。このくらいは朝飯前さ」


そう言ってヴィルヘルムは得意気にどこからともなく持ち出した分厚い資料をヴィオラの前に置く。女はその膨大ぼうだいな枚数の紙束と喜色満面きしょくまんめんの男とを見比べて苦笑した。――朝飯前、というにはあまりに手間がかかっているようだが。


気を取り直して、走り書きながらも丁寧な筆致で綴られたそれに彼女は目を通してみる。しかし、数行で読むのを断念してしまった。


「――難解すぎますわ」


ええ、とヴィルヘルムは不満げな声を漏らした。だが頭痛をこらえるようなヴィオラの渋面を目にすると、仕方ないな、と前置きして、解き明かした転生の技術について話し始める。


「要するに、転生するためには、その魂を受け入れるための『器』が必要になる。スナート教皇の転生においてなら、それは開祖の能力をそのまま再現できるだけの素質を持った身体ということになるね。さて、それだけの素質を備えた身体を継承けいしょうしていく一番簡単な方法は何だと思う?」


突然の質問に一瞬動揺するも、女はその知的な水宝玉アクアマリンの瞳をきらめかせながら思案した。指を顎に当てしばらく考え込んでいたが、不意に口を開く。


「子ども――子孫を残す、ということですか?」

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