第五章 思いをかけた魔法バトル!

オーーー!!


「・・・フッ。」



「はいは~い、「魔法を撃ってついでに曲げる」事くらいは出来るということで、日高君は変に浸ってないで、とっとと着席してください」


「先生、俺、何も悪いことしてないですよね!?」


 そんな勇二の言葉は当然の如く無視され、しぶしぶ座るの図。このクラスではたまにある光景だ。


「先生。冗談じゃ無しに、さっきの日高の魔法ってかなりのものじゃないですか?これなら七組の立花とも、」


 そう発言したのは松井。おお、心の友よ。


「そうですね。確かにさっきの魔法の評価は高いです。・・で、もし立花さんと日高君のどちらかに賭けろとなったら松井君はどちらに賭けます?」


「立花に賭けます。すいませんでした」


すがすがしいまでの速攻回答だった。


「いえいえ、迅速かつ的確な判断が出来る生徒がいて、先生嬉しいです」


心の友は一瞬でいなくなった・・・



「真面目に言って、立花さんの魔力は先生から見てもすごいです。正直に言えば、条件次第では、先生も勝てないかもしれません。彼女はそのレベルです」


 真面目な顔と声で先生が締める。それを見て中には、「頑張れよ」とか「一矢報いてやれ」と言った応援の声もちらほら聞こえ、ちょっと嬉しい。


「・・まあ、さすがに何も出来ずに惨敗したら、いろんな所で話のネタにしますが」


「やっぱり先生、俺のこと嫌いでしょう!」


思わず立って叫ぶ自分をまたまたスルーするの図。「ま、まぁ、がんばれよ・・」と、先ほどの激励の声がいまや同情の声に聞こえたのは、気のせいじゃないだろう・・


――――――――


 コンコン


「飛鳥井です。二年中間試験の「魔法学実践試験」の報告に来ました。お時間よろしいでしょうか?」


「ああ、もうそんな時期ですか。どうぞ」


「・・失礼します」


 飛鳥井はやや緊張してその部屋に入った。中にはせいぜい四十代前半といった容姿の男性が、にこやかな表情で椅子に掛けている。


「お疲れ様です、飛鳥井先生。初めて担任を受け持つ上に「魔法勝負」の段取りまで頼んでしまって大変だったでしょう」


「・・そんな、私みたいな若輩の教師に色々任せていただいて光栄です。校長先生」


「そう言ってもらえると、こちらとしても大助かりです。」


 そう。どこから見ても人の良さそうな青年・・とは言えなくても、年配というにはまだ早い、実際四十代前半のこの人物こそ、県立北見台高等学校の校長である。


「それで早速、今回勝負を行う生徒の資料を見せてもらえますか」


「こちらになります」


 飛鳥井が持参した十枚程度の資料を校長の机に置く。


「お、初めてにしては結構まとまってますね。ほうほう」


 校長は楽しそうに資料を読み始める。この校長は生徒のことが大好きなのだ。それはこの学校の教師の間では自他共に認められていることだ。本人は「まだ教卓に立って、直に生徒と触れ合いたい!」と常に言っているが、もうすぐ定年になる教頭の願いもあってこの若さで校長をやらされていると、もっぱらの噂だ。


「第一試合は三組と八組の生徒ですか。文系と理系は何故か、いがみ合うというか対抗する場合がたまにあるんですよね。本校に限らず」


「はは・・」


 飛鳥井は苦笑するしかない。確かに自分も学生時代に覚えはいくつかあるが、年上でしかも自分のいる組織のトップと談笑できる気概はない。


「実力もほぼ同等で、遺恨を残すほどではない。うん、いいと思いますよ。第二試合は一組と十組ですか。・・これも妥当といえば妥当ですが、最後に取っておくべきでは・・?」


 二年一組は文系の優秀クラスだ。ちなみに望もこのクラスにいる。


「とりあえず勝負するのは、一組は生徒会もやっている彼で十組は・・ああ、彼女ですか。十組の中でも優秀な魔法の使い手みたいですね。」


 この学校の二年のクラス分けは、例年は一~五組が文系、六~十組が理系で一組と六組がいわゆる優秀クラスと言われる。・・のだが、今年の二年は少々事情が異なる。

というのも文系、理系どちらも満遍ない成績優秀者がかなり多いのだ。具体的に言えば一クラス分ほど。そういった彼ら、彼女らを集めたのが二年十組。例年の通常の理系クラスと区別するため、「特別優秀クラス」と呼ばれることもある。

 そんな「特別優秀クラス」の生徒は、魔法学においても優秀な生徒が多い。今回、魔法勝負に挑む女生徒も、二年で五本の指に入る実力の持ち主。


「魔法理論トップの生徒と指折りの実力者。うん、いい組み合わせです。・・しかしそうなるとやはり最後の方が」


 と言いながら、第三試合の生徒の名前を見た瞬間、校長の動きが一瞬止まったのを飛鳥井は見てしまった。いや、誰でもそうなるだろう。特に彼女のことを知っている教師なら。


「六組の日高君と七組の・・立花さん? ・・立花さんは二年魔法学トップの生徒ですよね?」


「はい。二年どころか三年・・いえ、県、全国レベルの魔法使いと言える生徒です」


「・・・・・ 彼女を授業ならともかく、魔法勝負、「魔法学実践試験」に出すのは校長として賛成できかねます」


 困ったような真意を問う表情で飛鳥井を見る校長。それも当然であろう。この女生徒が一年生時にやってしまったことを考えれば。


「おっしゃることはわかります。ですが、あれから彼女も成長し、制御もかなりできるようになりました。・・それに何より、この勝負は彼女からの希望なのです」


「彼女が魔法で勝負を挑んだ相手?」


 もう一度対戦相手の名前を見る。魔法学で優秀な生徒では思いつかない。だが、別なら思い当たる名前。


「日高勇二くん・・・言いにくいのですが、私には「職員室の問題児」の名前に見えるのですが」


「はい、その「問題児」です」

 

 ・・・・・


しばらく沈黙する校長。飛鳥井は「無理もない」と心から思っていた。はっきり言って自分が仮に校長の立場であっても同じ様になると思う。

・・が、


「・・・わかりました。試験当日の組み合わせはこの通りで。段取りについてはいくつか細かく修正したいところがあるので、少し預かります」


「・・は?」


 ここが校長室ということも忘れ、思わずぽかんとした声を出してしまう飛鳥井。彼女自身、こんなあっさり受理してもらえると思っていなかった。


「あ、すいません。ですが、その、・・自分で言っておいてなんですが、最後の勝負はこれで良かったのですか?」


「・・飛鳥井先生、安易に前言を撤回するような発言は注意した方がいいですよ。これは校長としてと言うより、社会人の先輩としてのアドバイスです」


「・・失礼しました」


恐縮してしまう飛鳥井。校長は出来の悪い教え子を諭すような優しい表情で、


「確かに、彼女、立花さんの強力すぎる魔法が不安ではないとは言えません。が、その辺は彼女自身の成長と担当である先生の判断を信用しようと思います。なにより生徒自身の希望を尊重したい」


 飛鳥井はビックリした。この事こそ、まさに彼女がこれから主張しようとしていたことであり、それを先回って言われたのだ。・・校長をやれる人とは皆、このような・・いや、きっとこの人がすごいのだろう。


「もちろん、「不慮の事故」が無いよう、きちんと準備してもらいますが、それは承知の上ですよね?」


「はい、もちろんです!」


 飛鳥井は確信した。やはりこの方はすごい。こんな上司を持てて、自分は幸せだ。


「・・と、色々偉そうに言いましたが、こんなに早く決断したのはたった一つ。・・大きな声では言えませんが、対戦相手が「彼」だからです」


 三度息を呑む。


「・・了解しました。「彼」が‘問題を起こさない’よう、注意して準備したいと思います!」


「楽しみにしていますよ。では、お疲れ様です」


「はい!お忙しいところありがとうございました!失礼します!」


 飛鳥井は大きくお辞儀をすると、そのまま元気良く校長室を出た。嬉しそうな表情で。

「ゆ・・日高くん、校長先生も期待しているよ。・・だから、」



「‘問題を起こして’!」



 飛鳥井と校長、いや、この学校の教職員全体に奇妙な連帯感というか共通認識が、この時にはすでに産まれていたのかもしれない。



― それからの二週間は早かった ―


 勇二とこのみは、飛鳥井に言われたようにきちんと部活にでた。「基本」真面目な彼と普通に真面目な彼女は、部活中に魔法勝負の話をすることも、それに対してお互いに伺うようなこともなかった。むしろ、この件に関しては周りの方が妙に緊張した・・と、当時いた弓道部員の多くが証言している・・


 体調を崩した望は、休日を挟んだ月曜には普通に学校に来ていた。時々、昼休みや放課後に勇二と一緒にいる姿を見かける生徒もいたが、何人かは「あの二人、仲が良かったっけ?」、「妙な組み合わせ」と首をかしげていた。


・・そして誰にも見られていない場所では、「透明化」を解いた妖精、フォーチュンが大活躍だ。

 フォーチュンは結構、気が気でなかった。一見、普通に見える望だが、「他者願望成就」の術者への代償は常に望を蝕んでいる。さらには、仮にこのみとユージが勝負してどちらが勝てば魔法が解けるのか、・・あるいはどちらでも解けないのか・・

 二人とフォーチュンの出した見解は、一応一致していた。


「立花さんは、「自分の魔法は間違いなく強いと自覚」できればいい。俺と勝負して勝てればもちろん強さの証明になるし、仮に彼女が負けても、彼女の魔法は間違いなく強いんだから、そのことをはっきり伝えればいい。どちらにせよいい加減な勝負をしたら、多分彼女は納得しないと思う。」


だから全力で勝負に挑むまでだ。確かにこれは間違ってないと思う。いい加減な態度では、伝わるものも伝わらない。

・・は、まぁ、フォーチュン的にはまだ理解できるのだが、実際一番イライラするのは、望が魔法を習得しようとするにあたって、ユージと一緒に勉強することが多いことだ。

なるほど、確かに状況のわかった二人で切磋琢磨するのは効率的。人目がないところではフォーチュンも会話に加われる。・・が、何故かイライラするのだ。おそらく、大好きな自分の半身、望を取られるという想いからだろう。


・・まぁ、実際、半分は当たっていたのだが、残り半分はまた別の話。



 さて、突然だが、今回の「他者願望成就」で一番割りを喰らった人物は誰だろう? 間違いなく一番は望だ。なにしろ身体への負担がひどいし、・・場合によっては最悪の事態も想定されるらしいのだから・・


 では二番目を挙げるとすれば?


勇二もこのみもフォーチュンも、なんだかんだで結構、楽しんでいる節がある。少なくとも青春の一ページだろう。・・となると、一番割りを食ったのは彼女ではないだろうか。


 ― 飛鳥井恵理、担任として初の試験準備に加え、「二年魔法学実践試験」の担当責任者 ―


 は、準備に大わらわであった。


「飛鳥井先生!当日の試験用防具の準備はできましたか?」


「ま、まだです。二人分の装備がまだ。立花さんの分はサイズの調整だけですが、日高君の分がなにしろ・・」


「飛鳥井先生、当日の会場とスケジュール、見直しお願いします!」


「ええ?何か不備がありましたか?」


「先生、配布資料にミスです。至急訂正お願いします!」


「ふええ~、そんな~~・・」


― 飛鳥井恵理、本来の彼女はただの国語教師であり、責任者としてここまで忙殺されることはなかったであろう。運命とは皮肉である・・ ―


「運命で全部片付けられるのはなんかイヤーーー!!」


「先生、現実逃避は終わってからお願いします!」


 頑張れ、教師、飛鳥井!



 ・・とまぁ、それぞれの修練と忙殺の日々、そして生徒にとっては悩ましい中間試験もひとっ飛ばしに、その時はきた。

 



 ― 「魔法勝負」、正式名称「二年一学期中間魔法学実践試験」当日 ―



「はい!「二年一学期中間魔法学実践試験」、通称「マホバト」もいよいよ大詰め、第三試合を残すのみとなりました!!」


「・・その通称、初めて聞いたんだけど?」


「はい、聞こえません!実況は新聞部の星、二年八組「橋澤ミル」。解説は、本試験の責任者、魔法学講師「飛鳥井恵理」先生で、引き続きお送りします!」


「・・三試合目になるけど、まだこのテンションには慣れませんね」


 解説席に座る飛鳥井は、その言葉どおりテンションが低めだ。準備の疲れも残っているのだろう。お疲れ様です。


「さあ、注目の第三試合はもう少々準備に時間がかかるそうです。その間にこれまでの第一、第二試合をダイジェスト風に振り返りたいと思います!」


「うっ、プロっぽいつなぎ。さすがに新聞部の星ね・・というか、放送部の方が向いてない?」


 ミルはあえてスルーした。


「さて、第一試合は三組代表と八組代表が戦いました。因縁の文系理系対決ですね。どちらも得意の魔法を駆使して戦いましたが、時間内に決着はつかず、判定は引き分け。因縁対決は次回に持ち越しとなる形ですかね?」


「むやみに煽らないでください。二人とも代表と言うことで十分に頑張っていましたし、非常にいい試合でしたよ」


「そして第二回戦も好カード!生徒会書記にして、魔法学理論二年NO1。一組谷川俊樹選手。対するは私ですら情報の揃わない十組、通称「特別優秀クラス」きっての魔法麒麟児、高野なごみ選手!」


「橋澤さんでも知らない情報があるってすごいわね~。・・まぁ、それ以前になんで情報を集めているのか少し問い詰めたいけど」


「はい、聞こえません! 前評判通り、非常に高度な試合でした。谷川選手は攻防守、あらゆる魔法を一手一手考えて繰り出す、まさにその優れた頭脳を生かした理論的な戦いでした!」


「でも、回復は彼、使えるのにあえて勝負では使おうとしなかったのよね。それも非常に理論的だけど、」


「そしてそれと対峙した高野選手は、まさに対照的。谷川選手の理論だった攻撃を片っ端から潰してましたね~」


「潰してたというより、反射的に魔法を出していたって感じでしたね。そしてとどめが、」


「つい先ほどの場面だったわけですが、・・いまだに信じられません。あの谷川選手の攻撃、間違いなく直撃でしたよね?」


「ええ。確実に規定ダメージ量を超えるだけの攻撃でした。死角をついた攻撃だけに防御も間に合わなかったですね。・・そこで彼女がとった行動が、」


「なんと回復!この魔法の特性上、どうしても無防備になるので勝負では使わないのがセオリーなのですが、それをなんと使用し、食らったダメージ量を相殺できるほどに回復してしまったのです!」


「それを見た谷川くんは困惑。そこから立ち直る前に高野さんが攻撃を繰り出して勝負ありでしたね」


「もし先生が同じ場面に直面したらどうなったと思いますか?」


「・・私も正直、面食らうと思うわ。実際そうだったし。・・実践経験が多い分リカバリは早いかもしれないけど・・擁護するわけじゃないけど、谷川君は二年で間違いなく優秀な生徒よ。ただ、高野さんの実力は、全校でもトップクラスじゃないかしら?」


「そして第三試合には、全校中最強と評判高い選手が登場します!まもなく準備完了です!」


「・・橋澤さん、ちょっとだけ訂正いいかしら?」


「え?何か違ってました?」


キョトンとして解説席を見る新聞部の星に、解説は苦笑して答えた。


「全校どころじゃないわ。彼女の実力は県内でもトップクラス・・全国でも指折りと言っていいレベルです」


・・・・・


「さ、さぁ、まさかの「全国級」宣言!先ほどの沈黙は放送事故ではありません。間違いなく会場全体が沈黙しました!・・そしてちょうど準備も完了。まずは全校トップ改め「全国級」魔法使い、七組立花このみ選手!!」


「・・・・・」


 「全国級」と称された選手の登場に会場が沸き立つ。

 だが、当人にはそんな周りの声はほとんど届かず、穏やかであった。思っていることは唯一つ。


(全力で戦う!)


「対するはその「最強」の魔法使いからの直の申し出!その実力は未知数。六組、日高勇二選手!」


「・・・・・」


 そして勇二もまた穏やかであった。彼の胸中にあるのもまた、ただ一つ。


(自分の全力を、出し切る!)



「さて、この二人、私でも情報が少なく、そのままではあまりに一方的な前評判のため賭けすら成立しなかったと言う、いろんな意味で注目の一戦が始まるわけですが、飛鳥井先生、何か良い情報ないでしょうか?」


「・・・「情報」とか「賭け」とかをとりあえず聞き逃すので精一杯なので、ノーコメントで。」


「まさかの解説ノーコメント宣言! ・・ですが、それは何故か予想できたので、本試合に限りさらにゲストを呼ぶことにしました。弓道部顧問、宮坂先生、お願いします!」


「えぇっ!?」


「・・・」


 飛鳥井の驚きの声が飛ぶ中、解説席のさらに隣に即座に用意されるパイプイス。

 そこに弓道部顧問、宮坂照久が無言で腰掛ける。


「き、聞いてないんだけど・・・」


「はい、先生に対してもドッキリだったので♪ では宮坂先生、よろしくお願いします」


「・・よろしく」


 短い返答に実況席が一瞬沈黙する。

弓道部顧問、宮坂照久(みやさか てるひさ)はよく言えば寡黙、悪く言えば無愛想といった感じの教師である。質実剛健と言った感じで、体育会系の生徒や教師には頼られているが、受け持つ授業や部活も厳しいと言われ、一部の生徒や若手の教師にはやや敬遠されている。飛鳥井も嫌っているわけではないが、正直ちょっと緊張する。

・・が、新聞部の星は常にマイペースだ。


「では早速。今から勝負する二人はどちらも同じ弓道部。部活を通して二人を知る先生としては、どちらが勝つと思われますか?」


「・・実際の二人の魔法は見たことはないが、いろいろな情報から、「客観的に」判断すれば、立花が勝つだろうな」


「・・・・・・」


 またもや沈黙。だが今度の沈黙は実況席、正確に言うとそこにいる人物たちだけの沈黙だ。


「・・私の独自調査ですが、「この勝負どちらが勝つと思いますか?」という問いかけには全員が「立花さん」と答えました。ちなみに日高選手と同じ六組の生徒も同じ答えでした。だから、賭けが成立しなかった訳ですが」


「でしょうね。」


「ただ、・・面白いことに、「あなた的にはどちらが勝つと思いますか?」と聞き直したら一部で微妙に違う答えだったんですよ。「たぶん立花さん」とか「まあ、立花かな」とか・・・先ほどの宮坂先生同様の少しにごらせた答えだったんですよね。どういうことでしょう?」


「・・それは、」「その答えは、」


 口ごもる飛鳥井に対し、宮坂は試合場に立つ二人の生徒を見てきっぱりと続けた。


「・・この試合でおそらくわかる」



「・・いよいよ勝負ですね・・」


「ああ。・・せいぜい、あっさり負けないように頑張るよ」


 その返答を聞いたこのみが、ややきつい視線を勇二に向ける。


「・・それは余裕ですか?私に出来ないことが出来たから?」


「・・なんでそうなるかなぁ。とにかく、一つだけ言わせてくれ」


「なんでしょう?」


 勇二はまっすぐな視線でこのみを見て言った。


「俺は全力で挑む」


「・・私も同じです。全力で挑みます」


 その瞬間、観客の生徒たちを会場からさらに後方に移動させるよう、教師陣に通達が走った。



「さあ、ここでルールの確認をさせていただきます!・・本日三回目なので聞き飽きた方もいると思いますが、規則なので今一度お付き合いください!」


 会場である「魔法学実践試験専用体育館」の大型スクリーン、いわゆる電光掲示板に文字と数値が現れる。


日高勇二 4000 VS 立花このみ 4000


「スクリーンに注目!選手の名前の後の数字がその選手の残りライフになります!HPがわかりやすい方はそれでもいいです。この値が先に0になった選手が負けになります!」


「・・だんだん説明が雑になってきたわね。まぁ、いいけど・・」


「そしてダメージは各選手がつけている「魔法学実践専用防具」に与えられた衝撃で換算されます。と、同時に、安全に戦えるための防具となります。おや?日高選手の防具がやや厚めのようですが?」


「相手が相手ですからね。今回は優秀な現役魔法使い数人が同時に攻撃しても大丈夫な防具を特注しました。推定Sランクの攻撃でもばっちり守ってくれます」


 そして解説の女性教師は満面の笑顔で続けた。


「・・ただ、そうするにあたってどうしてもサイズが大きく、若干重くなってしまいました。あと、衝撃もそれなりに身体まで伝わるみたいです。・・頑張れ、男の子♪」


「ちょっと待った!先生、今はじめて聞いた!!」


「うん、だから。・・・頑張れ、男の子♪♪」


 面白そうな笑みを変えないまま、同じ言葉を繰り返す六組担任教師。勇二は肩を落とし、見慣れた六組の他の生徒は苦笑する。そしてそれ以外の生徒はほぼ、ぽかんとした表情だ。


「えぇ~っと、これが噂に聞く「六組にときおり発生する生徒と教師の掛け合い漫才」と言う奴ですか? ・・初めて聞く皆さん、噂の現場を我々は今目撃した!!」


「ぇ、なに?その噂!?」


・・という勇二の声は会場のオーーー!!という歓声にかき消されてしまった。ノリがいいよね、ここの生徒たち。


 そして、なぜかやや不機嫌そうに対戦相手の立花選手。


「・・早く勝負を始めたいので、ルール説明の続き、お願いします・・」


「ああ、すいません!えっと、後は防具が受けるダメージは各部位ごとに違います。指先とかですとダメージは微々たるものですが、いわゆる急所、胸、眉間、喉に直撃を受けると大ダメージを受けることもあるので注意してください」


「・・急所に直撃を受けては無事ではすまない。道理だな」


「そして試合を行う会場は、本体育館の魔法結界が張られている全域になり、故意にはもちろん、魔法によりはじき出されたりして出た時点で、ライフの残りに関わらず負けとなります。いわゆる場外負けですね。さて、飛鳥井先生、本試合の結界強度レベルはいくつですか?」


「もちろん最高レベルの、・・5です!」


 再び大歓声。通常の授業でのレベルはだいたい3。今回のような試合形式でもせいぜい4もあれば十分である。


「みなさん、お聞きになりましたか!?魔法結界レベル5を見るのは私を含めて初めてと言う方が大半ではないでしょうか?それもそのはず、レベル5が高校生の試合で使われるのは全国でも稀。本県では、ここ数年間なかった事態です!」


「・・よく調べたわね」


「さすが当校最強にして「全国級」の魔法使いの試合!この結界が見られただけで満足な生徒、先生もいらっしゃるのではないでしょうか!?日高勇二、君の勇姿は忘れない!」


「え?なにその、すでに負けた人への慰めっぽい台詞!?」


「さて、以上でルール確認は終了です!両者とも、・・準備はよろしいですか?」


 一瞬で静まる会場。試合場に立つ二人の選手の表情が真面目なそれになる。


「はい。・・いつでも初めて結構です」


「ああ。・・こっちも大丈夫だ」


 誰かがごくりと生唾を飲むのが聞こえた。


「では、・・「二年一学期中間魔法学実践試験」、最終第三試合。六組 日高勇二 対 七組 立花このみ。・・試合、開始!!」



 開始直後、いきなり魔法が飛んできた。予想以上の速さに、なんとか避けようと右に大きく跳び退る。・・が、その魔法の球は自分を追撃するようにその軌道を変える。


(避けきれない!)


 とっさに判断した俺は、左手に盾、防御魔法を急いでイメージする。どうにか間に合ったが、受けた左手にかなりの衝撃が走る。ライフを結構削られたかもしれない!

 ・・しかしそれで終わりではなかった。ライフを確認しようとする間もなく、第二撃が来ていた。今度は先ほどほどのスピードではないが、いかんせん先ほどより大きい!威力重視か!

 ・・慎重にかわす。また曲がってくる可能性は大いにあるが、魔法の軌道修正はそんなに何度もできるものではない。俺でも二回は出来たのだから、せいぜい、三、四回・・もしもそれ以上できるようならさすがにお手上げだ。


 ・・が、次の瞬間、それ以上のことが起こった。


 魔法の球が突如はじけ、・・いや四、五個の小さな魔法の球に変わり、いっせいに俺めがけて飛んできたのだ! 反射的に急所だけはやられないよう十字受けをし、そこだけでもシールドを張ったが、それで防げたのは一、二発。・・残りは全弾命中。衝撃に耐え、攻撃が一旦おさまったと思い、とっさに大型スクリーンを見る。唖然としてしまった。


日高勇二 2700 VS 立花このみ 4000

 

・・勇二は開始後ほんの一瞬で、ライフの三割以上を減らされたのである・・



 静まり返る会場。何とか実況の女生徒だけが唖然としつつも、プロ根性っぽいもので一番最初に言葉を発する。


「え、え~っと、今、何が起こったのか、飛鳥井先生、解説できますか!?」


 同じくポカン・・とまでは行かないにしろ、驚嘆していた飛鳥井だが、話を振られて頭を整理しながら解説に努める。


「・・立花さんの攻撃が、この一瞬で二回ありましたね。まずはスピード重視・・と言っても彼女の魔法力自体が半端じゃないから平均以上の威力。日高君はとっさに避けようとしたけど、正確に曲げてきたので避けきれず防御。・・攻撃魔法の基礎と言える「放出」と「曲げ」、まずそれだけでダメージを200は与えてました。さすがです」


 一息つくと、はぁ~・・っと、自分を落ち着かせるようなため息の後、解説を続ける。


「・・でも、驚くべきは間髪入れずの第二撃。攻撃が当たる瞬間にすぐ魔法を錬ったのでしょうね。今度は威力重視・・と見せかけた先ほどより速度は遅く大きな球」


「当然避けるにしてもさっきの曲げがあるから慎重にならざるを得ない・・といったところで、いきなり魔法を「分裂」させての散弾的な攻撃。ついていけなかった日高君は、とっさに急所だけは守ったけど他は喰らって1000オーバーのダメージ・・ってところかしら。」


 解説を終えたとばかりに、またもやフゥと息をつく飛鳥井。


「・・そんなやり取りがさっきの一瞬で。・・あの、魔法の「放出」と「曲げ」はわかりますが、「分裂」と言うのは聞いたことないのですが?」


「知らなくても仕方ありません。高校生に教えるレベルの技術ではありませんから。・・少なくとも本校でこれができる生徒は、私の知る限り立花さんだけね」

 

再び、静まる会場。だが、次の瞬間、会場のあちこちから感嘆の声が上がり、やがて大歓声となった。


「皆さんお聞きになりましたか!?高校生レベルを超えた技術!「全国級」と言われたその実力に偽りなし!さあ、対する日高選手。この強敵相手にどう立ち向かうのか!?」


「・・まずはこれで前のお返しは出来たね」


「・・・こういうお返しはいかがなものかと。・・倍返し以上過ぎるっす・・」


 改めて強敵と認識し、飲まれないようややおちゃらけた返しをするが、それも見越したのか彼女は不適な笑みで、


「そう?・・・でも、まさかこれで終わりじゃないよ、ね!!」


 再び襲い掛かる魔法の球・・が、二、三、・・四つ!?


複数の魔法の球の攻撃に、とっさに脚に強化の魔法をかけて逃げまくるしかなく、・・先生、解説、お願いします!!


「・・これも高等技術「連射」ね。系統の切り替えや「曲げ」とかいった小難しいことは基本出来ないけど、魔法力の数だけ撃てるわ。通常せいぜい二、三連射なんだけど、彼女の場合、軽く四つ・・お見事としか言う他ないわねぇ・・」


 実況席からの感嘆のため息と、さらにヒートアップする会場。・・いや、見てる分には楽しいだろうけど、勝負してる身にもなってください!


 ・・と、逃げ惑うだけでも数が数だ。中にはかすったり衝撃を受けたりで徐々にライフは減っていき、ついに残り半分を切ってしまった。


(このままじゃ、何も出来ず負けてしまう。・・こうなったら!)


 見事な攻撃だが、さすがに四連射が終わった後には若干の間がありそうだ。・・本当に若干だが・・。


(危険覚悟で、その隙に一気に詰めるしかない!)


 俺は「連射」の最後の一発を、脚を強化してギリギリで避けると、同時に右手も強化して、先日、飛鳥井先生にやられたような「掌底」風な攻撃をしかける。


「おおーーっと、日高選手、このままではまずいと判断したか、一気に間を詰めた!・・って、え?」


 実況からつい間抜けた声が流れる。それも仕方がないだろう。まさにあっという間に、このみの手に次の攻撃魔法の球が出来上がりかけている。さすがに威力は先程より小さめだが、それでもはっきり言って半端じゃない。


(速すぎるだろ!)


 だが、今更避けるなど出来ない。


「このまま突っ込む!」


「ン!!」



 強化された掌底を完成した攻撃魔法が受ける形となる。その威力に双方がはじかれる。


「どちらもクリーンヒット!さて、双方の残りライフは!?」


 会場全体の目が大型スクリーンに向けられる。表示されたのは、



 日高勇二 300 VS 立花このみ 3700



「・・・な、なんと、さすがにこのみ選手もダメージをはじめて受けましたが、そのダメージ量はわずかに300!日高選手の渾身と思われる一撃でも、総ライフの10分の1に満たないダメージ!対する日高選手はさらに1000以上のダメージを受けて、残りはたったの300、皮肉にも今、自分が与えたダメージ量と同じだけのライフが残ったーー!」


「マジかよ・・」「ウソでしょ・・」


「・・・・・」


 様々な声が会場から聞こえてくるが、もちろん試合は続行。・・正直なところ身体的にも精神的にもかなりのダメージを受けながらも、何とか立ち上がる。


「・・まいったな。勝てるとまではいかないとも、もう少しはダメージを与えられると思ったのに・・」


「・・私もとっさの魔法だったので、ここまでになるとは思わなかった。・・多分カウンター気味に入ったのだと思う。でも、いずれにしろ、」


 このみは今一度、きっ!、とした視線でこちらを見据えるとこう続けた。



「・・私が唯一、みんなに認められる魔法で、負ける気は無いから」


 

その姿、言葉は正直言えば、ちょっと格好よかった。

 ・・と、同時に、何か違うと思った。


「みんなに唯一、認められる。・・だって・・?」


 立花はしっかりうなずくと、再び魔法の集中を始める。


「おーーっと、なにやら二人の間で会話があったようですが、よく聞こえませんでした。残念。・・にしても、立花選手の魔法は・・大きい、大きすぎます!!」


 実況のアナウンス通り、このみが出した魔法の球は、以前、勇二たちの前でボウリングの球の大きさよりもさらに大きく、・・なると思いきや、再びその程度の大きさに戻る・・ということが繰り返される。


「・・ぇっと、これは?」「“収束”・・」


 解説席の飛鳥井が、聞かれるまでも無く自然と声に出る。


「・・魔法の“収束”。・・原理的には普通に魔法の球を出すのと同じく、魔力の集中だけど、一定以上、具体的にはAランク以上の魔法になると話は変わってくる」


「・・膨大な魔力を制御して一方向に集中させることで、その威力は何倍にもなる。・・言うだけなら簡単だけど、単純にしてとても高難易度の技術よ。まさかここまでだなんて」


 その解説を聞いて、会場全体が息を呑む。・・いや、おそらく聞かなくても、魔法が多少できるものなら感じるであろう、・・圧倒的な‘力’がそこにはあった・・



――― だが、俺には何も聞こえなかった。 ———


 確かに圧倒的な何かが、次の瞬間には俺を襲うであろう。しかし俺にとって、・・そんなことはどうでもよかった。


 はっきり言おう。


 俺はこの時、怒っていたのだ。


「・・違うだろ・・」


 俺ははっきりと言ってやった。

 

「立花が認められるのは、魔法の実力だけなんかじゃないだろう!!」




 彼女は劣等感を抱いていたのであろう。

〈もし、魔法が駄目なら、誰にも見向きされなくなる。〉、と。


 なるほど、もしも彼女が魔法で勝つことを生業にしているのならば、世間は厳しい、ありえるかもしれない。だが、もちろん彼女はそんなことなど無い、ただの学生だ。

さらに言えば、たった一つの物事で全てが判断されるべきではないと、俺は思っている。

俺は立花のことをよく知っているわけではない。それでも、俺が部活をサボっている間、真面目に弓を引いていたことくらいは知っている。


それは彼女だけではない事かも知れないが、サボっていた俺が認めてはならない理由にはならないだろう?


この試合もそうだ。たまたま俺が出来て、自分には出来ないことが、自分の自信にしているところであったから挑んだ。自信を取り戻すために。・・そのこと自体はすばらしいことだと思う。


たったひとつ、「そうしなければならない」という思い込みが無ければ・・



たったひとつ、違うことだが、俺は見過ごせない。


(わからせる!そのためにはこの勝負、負けられない・・!)


俺は絶体絶命の状況で、・・これまで以上に意識を集中する。




「・・無我の境地、という言葉の意味を知っているか?」


「「えっ?」」


 突如、解説席に座る宮坂から放たれた質問に、実況ともう一人の解説もキョトンとなる。


「・・無我の境地、ですか?武道の真髄といった感じで聞いたことはありますが・・?」


「武道の真髄、か。・・いや、すまない、ふと思っただけだ」


 その視線の先には一人の生徒が。




「・・あの眼だ・・」


 見学席の男子生徒は、思わずニヤリとしてしまう。


「さぁて、・・今度は何を見せてくれるかな?」




「・・ほう、眼の色が変わりましたね」


 スーツを着た男性は、軽くため息をつくと、面白そうな表情でこう続けた。


「‘職員室の問題児’。今度はどんなことをしでかしてくれるやら。・・いや、私の言うべき言葉じゃないですね」




「何、あの表情?」「・・・・・」


 一匹と一人の視線の先には、最近親しくなった友人が、今まで見たことの無い表情をしている姿がある。


「・・わからないけど、はっきり言えることは、」


 一心同体の彼らは声を揃えて言った。


「「勇二は勝つ気でいる!」」




 はっきり言って、状況は絶望的だ。トドメとばかりに生み出されている魔法の球の威力は、想像すらつかない。・・少なくとも防御は絶対に無理。避けるにしてもかすっただけで間違いなくアウト。おそらくは「曲げ」や「分裂」もありうるだろう。回復などもっての他。


・・と、いったこととは、まったく別のことを実は俺は考えていた。


(確か、こんな感じだったか・・)


 俺は小さく右手の人差し指を動かす。思い出すのは初めて魔法を教えてくれた師の指の動き。

 それに気づいた飛鳥井は思わず立ち上がった。


「飛鳥井先生?」


「まさか、あれは・・・!」


 次に俺は師の言葉を強く念じる。

(「魔法」とは「イメージする」こと。・・だったら!!)

 俺は右手を立花のほうに出し、念じる。イメージするのは、



「うわあああああああああ!!!」


 立花の魔法が完成した。誰が見ても全力の魔法。強く、激しく、そしてただ圧倒的な力が放たれる。

 それは見ただけで引き込まれる何か。



 だが、その標的である俺は「ああ、放たれたな」ぐらいにしか感じられなかった。これまでのダメージのせいで、一時的に感覚が麻痺してしまっていたのかもしれない。

 頭に描いていたのは、唯一つのイメージ。


(ここに魔法結界は・・魔法は、「無い」!!)


 強烈としか言いようのない魔法の奔流が、勇二に襲い掛かり、残りライフは一気にゼロ。



 ・・ということには、ならなかった。



 日高勇二 300 VS 立花このみ 3700


 ライフは変わらない。そして、観客も、いや勇二以外の誰もがその光景に目を疑った。


「立花さんの魔法が、」「・・届いていない!?」


 そう、そのようにしか見えないであろう。このみの手から放たれたもはや極太レーザーといっても過言ではない魔法の奔流が、勇二が出した右手のほんの1mほど先から、突如消えうせているのだから。


「え、え~~っと、飛鳥井先生、これはいったい?」


「・・たぶん、「結界解除」。」


 飛鳥井は無表情で解説を始める。


「・・魔法はどんなに強力なものであろうと、「原則的に魔法結界内でないと発動しない。」おそらく日高君は右手の先、約1mの空間だけ魔法結界を解除して、「魔法の発生しない空間」を作っているのよ。」


「魔法結界の解除?そんなことが出来るんですか!?」


「・・技術自体はそんなに難しいわけじゃないわ。・・でも、LV5、最高レベルの魔法結界を破るって。・・いったいどんなイメージ力よ!!」




 上手くいったとかはあまり思えない。実のところ、結界が解除できているのは本当に俺の正面のわずかだけ。

・・ほんのちょっと立花自身が動くか魔法が曲げられたら、はっきりと一巻の終わりである。それまでに反撃しなくてはならない。


(俺の勘が正しければ。 集中、集中だ・・)


 右手はそのままに、左足を前に、同じく左手も前に突き出す。そして、結界解除の前に結んだ印と同じ印を左手の人差し指で切る。


「やっぱり、“ダブル”!? ゆうくん、いつの間に!?」


 勘は当たった。左手に魔法を感じる。


イメージは矢。弓を志す者の末端に過ぎなくとも、今だけはただ正確に、


「射る!!」



 魔法は完成した。右手の“結界解除”は彼女の魔法を届かせず、

 左手の“ダブル”で放たれた“形態変化”による魔法の矢は“曲げ”も加えられながら、


 ・・彼女の胸に正確に中る。


「・・・・・ぇっ?」

 

静寂が会場を包む。そして、試験終了、決着を知らせるブザーが鳴る。




 日高勇二 300 VS 立花このみ 0



 電光掲示板が示した勝利者は、日高勇二、彼の方であった。




「ウォオオオオオオオオ!!!」


「なに!?何が起こったの!??」



 一瞬の間の後、会場が大きな興奮と困惑に包まれる。前者は目の前で信じられない大逆転劇が起こったことに、そして後者は何故このような結果となったのかということに対し。


「こ、これは、ほぼ全て残っていた立花選手のライフが一挙にゼロに! あの圧倒的な攻撃からわずか300のダメージを削られることもなく、逆に3700ものダメージを与え、日高選手がまさかの大逆転勝利! ・・って、これはさすがにおかし過ぎませんか!? 飛鳥井先生、何があったのか徹底的に解説をお願いします!!」


 興奮する実況の声に再び会場が沈黙する。とんでもないことが目の前で起こったことはわかるが、何故?というのは会場にいるもの全ての疑問に違いない。


「・・まず、立花さんのライフが一撃でほぼ全てなくなったのはシステムのエラーとかではおそらくないわ。たぶん、急所攻撃におけるクリティカルアタックが認められたのね」


「クリティカルアタックですか?」


「そう。試合前のルール説明で言っていたでしょう?人体の急所といえる眉間、喉、そして胸に攻撃が直撃したら大ダメージになるって。・・今回は胸、しかも普段ならゆ、・・日高君がやったようにとっさに防御できたかもしれないけど、全力魔法の最中でそれもできず、直撃を受けて一気にダメージを持っていかれたってところかしら。」


「そ、そうそう!先ほどの日高選手の攻撃の際に‘結界解除’とか‘ダブル’とかいっていたような気がするのですが、具体的に彼が何をやったのかを解説お願いします!」


 それは会場の皆が一番知りたいことであろう。なるほど、大ダメージとなったシステム上のからくりはまあ、わかった。・・だが問題は、彼が何を「やらかした」かだ。



 飛鳥井は一息入れると、一気に語った。


「・・彼、日高選手がやったのは‘結界解除’と‘形態変化された魔法の矢による精密射撃’の‘ダブル’。 簡単に言えば、「魔法を無効化する盾で防ぎながら、もう片方の矛で相手の急所を刺し貫いた」ってところ。・・「矛盾」の語源ってここから来たのかしら?」


「違いますから!」


 微妙なボケに対して、すばやい突込みが入った。おそらく二年六組の誰かであろう。・・といったことには誰も言及せず、


「えっと、防御と攻撃同時にですか?・・・「ダブル」というのが文字通りならそうだと思うのですが、・・これも高校レベルの技術じゃないですよね?」

 

 

 飛鳥井は再びため息をつくと、こうつぶやいた。


「・・ネタ晴らしをすると、立花さんに‘分裂’や‘連射’を教えたのは私よ。誤解しないで欲しいけど、私はこういった技術が書かれた専門書を貸しただけで、あとは彼女が自力で使えるようになったのよ。実際私も、‘収束’を見たときは驚いたし」


「・・でも、日高君については本当に何も、助言どころかこういった魔法があることすら話していない。・・にも拘らず、これほどのことをやった魔法使い、いえ、人は・・」


 飛鳥井は眩しいものをみる視線で、‘彼’を見ながらこう続ける。


「・・日高勇二君。 私の人生で君だけだよ」




 立花このみは何も考えられない、いわば茫然自失の状態でいつしかへたり込んでいた。


単純に信じられない逆転劇を受けたからというのも、もちろんある。相手のことを侮っていた訳ではない。同じ学生同士、ちょっとしたことで勝ち負けが入れ替わることは頭では理解していた。


 だが、実際に経験するのとでは、まるで違うこともある。


 ・・しかしそれに伴い、彼女の心を今支配しているのは、「恐怖」といえよう。

「自分がもっとも自信を持つことで負ける」というのは、大人でもきつい。



 ・・だが、誰しも一度は通る道だ。



「立花」


 俺はへたり込んでしまっている少女、今まで勝負をして自分が勝った相手に、非情とも言える言葉を、あえてかける。


「・・俺の勝ちだ。で、おまえは何か失ったのか?」


 へたりこむ少女の肩がピクッとなる。表情はここからは見えない。だが俺は無視して持論を続ける。


「正直言うと俺は、とある事情がないではないがそれに関わらず、この試験は負けても構わないと思っていた。もちろん全力を出した上でだ」


「・・けど、おまえはさっきこう言ったな?「自分が唯一認められる魔法で負ける気は無い」と。・・それを聞いて絶対に負けられないと思った。俺が気に入らなかったのは唯一つ」


俺は吼える。


「人の価値が、たった一つなもんか!」



 立花はゆっくりとこちらの方を見てくれた。泣いていたのではない、ただ呆然としていたという表情。だが、視線はきちんとこちらを見てくれていた。そのことにちょっと照れて、指で頬を掻きながら、子供じみた持論を続ける。


「・・でも、負けてしまったら単なる負け惜しみだろ?それじゃあ多分、きちんと聞いてもらえない。だったら勝つしかない!・・と思ったからさっきみたいなことができた・・ぶっちゃけて言うと、偶然みたいなものなんだけど、それでも勝てたんだから言わせてもらうよ」


「人の価値は一つなんかじゃない。今の立花は何も失っていない」



「・・まぁ、いい事言ったんじゃないか?クサイけど」


 いつの間にか静かになっていた会場に、こんな声が響いた。声の主は、多分もっとも親しいといえるクラスメイト。


「・・・うん、良い言葉だよ。ちょっとクサイけど」

「・・まぁ、良い言葉じゃないですか?かなりクサすぎますが」


続いて、今回の事件の相棒となった同級生とその妖精からの言葉。・・あいつら・・


「・・・まぁ、実際試験としてみれば、立花さんは文句なく満点超えてるし。むしろ日高君の最後の魔法が偶然らしいこととさっきの台詞を考えたら、日高君だけ追試の必要があるかもね」


「それはいくらなんでもひどすぎませんかねぇ!!?」


 最後の女教師の一言は、きっちり突っ込ませていただきました。・・いや、先生としては感謝してますよ、ホントに。



「そういうことだから、・・って、どういうことだかわかるようなだよな・・?とにかく、へたり込んでないで立てるか?」


 俺はまだへたり込んでこちらを向いている立花に手を差し出す。ヒューヒューというはやし立てる声がいくつか聞こえるが、恥はいまさらだ、気にしないでおこう。

(とりあえず松井他、知ってる奴らにはあとで仕返しだな。・・・まぁ、あいつらがもし覚えていたらの話だが・・)


「・・あのさ、日高君・・」


「うん、なんだ?」


「・・色々言ってくれたけど、具体的に私に魔法以外で人に、・・・日高君に自慢できることってあるのかな?」


 俺は、うっとなった。


「ぁ~、まぁあれだ。俺も立花のことを部活以外で知っているわけじゃないから・・そうだな、俺より真面目に部活出てるじゃん。」


「そんな馬鹿げたこと。・・やっぱ追試か?」


 外野黙れ。・・まぁ、確かに我ながら気の利いた言葉じゃないが、


「・・別に馬鹿げたことでもいいんじゃないか?鼻が動かせるとか大食いが出来るってこととかでも。もちろんおおっぴらに言ったらイタイけど、俺が言いたいのは何て言うか気持ちの問題」


「「何でも勝てない、負けてる」って思う相手といるのって、かなりきついって単に話」


 唖然とした表情の立花。いや、変なこと・・言ったかもしれないが、さっきの方が俺的にはきつかったんだが・・?



 ちなみにこの時、校内某所で偉い人が、「これは追試は無しですね、飛鳥井先生。」と愉快そうにつぶやいていた。



 またもや微妙な沈黙。・・っていうか、なんで会場中が静かなんだよ?


「・・・・・そっか、馬鹿げたことでもいいんだ・・」


「・・いや、俺の話をそのまま鵜呑みにしては、それはそれで駄目な気もするんだが・・」


「結局どっち!?」という声が聞こえた気がするが、とりあえずやはり、外野黙れ。


 「ん・・」とつぶやいて、立花が俺の手を取る。・・いや、正直一応レディーファースト的に手を差し出したところがあるので、ホントに取ってくれるとは想定してなかったんですけど。


「・・ほらよっと、・・んたく、服汚れてるじゃん」


 後半は照れ隠しです、ハイ。


「うん、そだね。・・日高君、その何て言うか、・・ありがと」


 立花は取った右手でそのまま握手してくれた。その表情は憑き物が取れたようだ。


「あ~、お礼なんて言われると照れくさいけど、まぁ、どういたしまして」


 その瞬間、俺は感じた。おそらく、望とフォーチュンも感じたであろう。



世界が戻るのが。


望が知らず発動した「他者願望成就」の魔法が解けるのが。



・・俺は望とフォーチュンの方を向き、小さく親指を上に向けるジェスチャー、いわゆるサムズアップをした。

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