二
「束の間の枷」
二
あれから暫く経ち、私はまた川沿いを歩いていた。彼女に出会ったあの日の夜は宛ても無く歩いていたが今夜はそうではなかった。彼女と出逢った日からの事を話したかった。
暫く歩くと変わらず2つ並んだベンチの中央には暖色の街灯があり、変わらず人気は無かった。
2人掛けのベンチに腰掛け煙草に火をつける。彼女は来ていなかった。それとも既に来ていたか。連絡する手段は無かったし、もし仮に彼女の連絡先があっても私は偶然を装いたかった。なぜなら私が彼女に気がある事を少しでも勘付かれてしまったら2度と会えない気がしていたからだ
そんな事を思いながらも平静を装う為、流れる川を眺めたり、SNSを見たりと静かに時間を潰した。
3本目の煙草に火をつけようとした時、私が来た進行方向とは反対の方向から踵にサンダルが当たる音が遠くから交互に聞こえその音は次第に大きくなった。私は口に咥えた煙草を戻しライターをポケットに入れた。
「いらしてたんですね。」
黒のワンピースにビーチサンダルを履いた彼女が言った。挨拶を交わし、彼女は隣のベンチに腰を掛け、本を開き暖色の灯りを頼りに静かに読み始めた。前回彼女に会った夜と同様、沈黙が続くが空気に淀みを感じた。
彼女は変わらず黒のワンピースにサンダルを履いており、何も変わったことは無いはずなのに前回会った時と雰囲気が少し変わっていた。変わった事といえば彼女の右側の額が薄っすらとだが青黒くなっていた事だった。私はその事について聞くべきか悩んだ。暫く悩んだ末、聞く事にした。
「大丈夫ですか?、おでこ。」
彼女は少し驚いたフリをして答えた。
「下ばかり見てるから、よくぶつけてしまうんです。帽子か何か被った方が良いですよね。」
彼女は額のアザを隠すように手で覆い言った。
「よくぶつけるなら頭を守る意味でも帽子は必要かもしれませんね。」
彼女の気持ちを無視して私は振り絞れる限りの冗談を言うと少し頬を緩ませながら彼女は本を閉じ、か細い声で言った。
「毎日ここに来るんですけど誰とも会わないんですよね。」
確かに、この空間の周りは住宅地が並んでいるが、人を見た事がなかった。歩いてくる道中も、ベンチに腰を掛けてからも人を見かけなかった事を思い出した。自然と夜中は人がいないと言う固定概念があったがここまで静かで人気がないとなると少し不気味な気がしてきた。
「確かにそうですね。ここだけ違う世界みたいだ。」
彼女はまた頬を緩めながら、私の目を見て言った。
「変なこと言いますね。おもしろい。」
彼女と目が合い、途端に目線を外し私は彼女に言った。
「変ですかね?すいません。」
彼女は少し焦り間髪入れずに答えた。
「いえ、面白い言い回しだなと思って。」
それから暫くそんな会話が続き、空が少しだけ明るくなり思い出すように私は彼女に連絡先を聞こうとしてやめた。
きっとまたここで会えると確信していたからだと思いたいが、本心は不審がられ会えなくなってしまうのではないかと言う恐怖心が勝っていた。つまり怖気付いてしまったのだ。そんな私の想いを彼女は切り裂いた。
「この時間にいつもいるので連絡先はいらないかもしれませんね。」
そう言い、彼女はベンチから腰を上げ、踵にサンダルを当てながら私がきた方向とは逆に歩いて行った。彼女の背中が見えなくなり、私は何も言えず煙草に火をつけ立ち上がり、彼女とは逆の方向に歩き始めた。
家に着く頃には夜は明けており、雲一つない晴天になるだろうと私は確信した。
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