第0004話
夜。外の気温は予想を裏切らない。
それと裏腹に、悠樹の部屋の中はとても快適だった。悠樹と萌花はエアコンを発明した人に感謝してもしきれないと思っている。
二人はいつも通り、ベッドを背もたれに使い、床の大きなクッションに埋もれてゲーム機に没頭していた。
萌花はグイッと悠樹に近づき、彼のゲーム機の画面を覗き込む。そこに映っているのは今さっき悠樹が合成した装備で、ガラクタだった。
「残りの鉱石こっちにちょうだい。悠樹は運が悪いから、私が合成するよ」
「イイダロウ」
悠樹は萌花の顔を軽く押し戻し、「萌花さんに何が合成できるか見せてもらおうじゃないか」と言って、さっきボスモンスターを倒した時にドロップしたいくつかのレア鉱石を彼女に渡した。萌花はそれを他いくつかのレア素材と共に合成装置に放り込む。
「い…いきなりそんなに入れて、ガラクタが出たら大損だよ」
ここのゲームは、レア素材を使うほど強力なアイテムの合成確率が上がるとはいえ、その上昇幅は微々たるもので、ユーザーから不評を買っていた。そして悠樹はそんなリスクはあまり負わない。
「大丈夫! 絶対出るからえいっ!」
萌花はそう言いながら確認ボタンを押した。派手なエフェクトと共に合成動画が終わり、出来たのは……
「出たああ――――――っ! 『SSR・セージロット』! SS階魔法使用可能! 見てよ悠樹! このパラメーターっ! 前のと次元が全然ちがうよ! ウふふふふふふふふ!」
昂ぶった萌花は悠樹の太ももをパンパンと叩いた。
「えええええ! 本当に出たぁ?!」
「フンっふんふんふんふん。どう? ホノカさんすごい? すごいでしょう? すごいよねぇ! ん? ンん?」
萌花はおかしな顔をして、悠樹に合成した強い武器を見せびらかす。
「ちくしょー! なんでおれにはSSR出ないの? そっちはこれでもう3つ目でしょう?」
「はははっ! ワレこそが選ばれし者! さあ! 私に続けっ! 次のボスをやっつけるぞー」
そう言いながら、萌花はゲームのキャラクターをぴょんぴょんと走り出させた。悠樹は急いでその後を続ける。
「魔法師なんだから、そんなに前を走ると、魔法攻撃無効のモンスターに捕まったらおしまいだよ」
「どうせそうなっても悠樹が助けてくれるしぃ~」
調子に乗る萌花の後を悠樹も走り、難なくモンスターを蹴散らしながらボス部屋へと到達した。
HPが削りにくいはずの巨大トゲガメのボスモンスターも、あっさりと凶暴化した。「流石SSR……」と、有したことのない悠樹がつぶやく。
「あっ!」
悠樹の剣士職のキャラクターが後方でポーションを飲んでHPを回復させている間に、ボスの遠距離攻撃に瞬殺された。
萌花はトコトコと悠樹のキャラの元へ駆け寄り、魔法を発動させる。ボスもヘイトで付いて来た。
「SSランク回復魔法! 聖霊術・命の雫!」
「厨二病か」
「へへへへへっ。かっこよくなぁい?」
「はずかしいよ。それに、おれはもう死んじゃったのになんで来るの」
きらびやかな演出が終わると、悠樹の剣士が立ち上がり、HPも全回復した。
「えっ? これ、蘇生魔法?」
「そうだよ。このゲームの<ダンジョンで復活できる唯一の手段>ってやつ。私もついさっきこの技見つけたけど」
「確かそんな話も……流石SSRだ。これぞ<課金なきに強さなし>か……買い切りゲームだけど」
ボスが近づいて来て、二人は戦闘を再開した。
そして二人はすぐ凶暴状態のボスの攻撃パターンも把握して、HPが残り少ないところまでボスを追い込んだ。
悠樹の剣士はボスの大技をかわすと、その勢いで懐へ飛び込みスキルを放つ。ボスは硬直させられ、弱点を見せた。萌花はその隙を突いて大技をキメる。二人の息はいつも通りピッタリである。
「えんしぇんとふれああぁぁぁっ! ふんっはははははははッ!」
SS階の攻撃魔法と萌花の邪悪な笑い声の中で、ボスモンスターは倒された。
ドロップアイテムはレアなマントで、女性専用装備。悠樹の剣士キャラは男性、萌花の魔法師キャラは女性。なので今回の戦利品も萌花のものになった。
「わああ! このマントもいいモノだね!」
「おれの分は?」
「うふふふっ!」
悠樹は微妙な顔をする。萌花の幸運は嬉しいが、自分もたまにはツキが味方してくれてもいいのにと、複雑な思いだった。
時間は22:42になった。二人のキャラは村に入り、セーブポイントでセーブをした。
「もうこんな時間。今日はここまでにしよ」
「うん!」
二人はゲーム機の電源を落とした。
萌花はベッドにうつ伏せになり、顔を枕に埋め足を立てて「うう~~」と声を漏らす。悠樹も立ち上がり伸びをした。二人とも疲れたようだ。
「えへへへっ。今日、誕生会だったし、ゲームでもいい装備出たし、たのしかったぁ~」
「おれには何も出なかったけどね」
「くすっ。そんな顔しないで~誰にでも運がいい時とわるい時があるから、明日には悠樹の運がまわってくるかもしれないよ。そっ! 諦めなければ~きゃあっ!」
テンションの高い萌花を見て、悠樹は思わず彼女のおしりをパッと軽く叩いた。
「悠樹がイジメるぅ~」
「調子乗らなぁい。じゃあ下りてアニメ見よっか」
「うんん~~~~~~~」
萌花はベッドから降りて、大きく伸びをした。
そしてピンク色の物体が彼女の手から滑り落ちる。
パタッ。
ゲーム機だった。
二人はそのまま固まり、床に転がったゲーム機をただ見つめること3秒、ようやく動き出す。
「うわあぁ――っ!!」
「もう……」
萌花が慌ててゲーム機を拾い上げて電源を入れたが、何の反応もなかった。
「これが運のめぐり……?」
「ううう~~悠樹どうしよう……」
悠樹は萌花から渡されたゲーム機を少し弄ったが、同じく無反応だった。
「はあぁ……明日商店街の専門店に持って行こうか。ついでにその辺りをぶらつくとか?」
夏休みなので、二人はほぼ毎日家にいた。二人ともインドア派で、出掛けるの好きではないが、今日食材を買いに行ったのと同様、これも出掛けなければいけない状況である。
「あうぅ……わかった……」
「朝8時に行くよ」
「うん……」
<外はよくない教>の悠樹と萌花は、明日も出掛ける。
萌花は「不幸だ……」とかつぶやきながら床にへたり込んだ。悠樹はそんな萌花を見て、ただため息をつく。
「泣いても壊れたものは元に戻らないよ。さ、朝起こしに行くから、今はアニメ見よっか」
「うん……」
そして二人はリビングに降りる。太一と苺はすでに部屋に戻っていた。
お菓子を並べ、テレビをつけて、二人はアニメを観始める。
放送されているのは異世界もので、<平凡な主人公が異世界に転生し、転生特典のチート能力で世界最強になる。ついでにハーレムを築く>という定番の話だ。
「ね。異世界に転生できるなら、どんな世界に行きたい?」
「トラックに轢かれたくない」
萌花のこの手の問題に、悠樹は彼女のほうすら見ずに即答した。
「ただの仮の話! もし異世界に行けるならっ!」
「どうせ魔法の名前とかを叫びながら技をぶっぱなしたいでしょう」
「かっこいいじゃない! 行きたくないの?」
「異世界に行ったら、誰がおれたちの生活の面倒を見てくれるの? 家でゲームしたりアニメ観たりしたほうがよくない?」
「ホノカさんが見てあげよっか?」
「ほのかさんが自分のことちゃんとできるだけでも、神様に感謝だよ」
「なによっ!? ……じゃあ、お父さんお母さんたちも連れて行く?」
「……それはそれは斬新な発想だね……」
悠樹とやり取りする(?)うちに、萌花はにっこりと笑顔を見せ、ゲーム機の件で落ち込んでいた気分も和らいだようだ。
アニメが終わって、萌花が帰る時間になる。
悠樹は彼女を家まで送った。
「また明日」
「うん。また明日~」
彼は萌花が家に入って、ドアを閉めたことを確認した後、萌花の家の門前を離れる。
そして十数歩歩いて、自分の家に帰った。
<きちんと萌花を家の中まで送る>。
これは彼が自分自身との約束。
たとえたった十数歩だけの距離でも、たとえ他人から過保護だ、コントロール欲求が強すぎるなどと言われても、どうも思わない。
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