第7話 2人だけの秘密

「ったく……何で俺がこんな時間に買い物に行かなきゃいけないんだよ……」


 夜の10時過ぎ俺は自転車で走っていた。自転車のカゴにはトイレットペーパーが入っている。10時まで開いている店は近くになかったため少し離れた場所にあるドラックストアまで行く羽目になってしまった。


「父さんの残業がなかったらなぁ……」


 母さんは免許を持っておらず、父さんは残業でまだ帰宅していないため俺が行くことになったのだ。


(そういえばここら辺を通るのも久しぶりだな……)


 今回走っているルートは小学校に通っていた時に使っていた通学路だった。少し懐かしい気持ちになる。


「この公園まだあったんだ」


 俺は公園の前で自転車を止める。


「懐かしいな……。よく3人で遊んだっけ。ん……?誰か歌ってる……?」


 公園の奥から歌声が聞こえた。俺は引き寄せられるように公園の中身に入っていく。


「………………」


 ベンチの前で俺と同じくらいの歳の金髪の少女がギターを弾きながら歌っていた。


(上手いな……。俺なんかと比べるなんておこがましいくらいだ)


 透き通るような声も素晴らしかったが、ギターの腕も負けていなかった。


(引き込まれる音楽だ。技術はもちろんだけど……すごく楽しそうで……。ずっと見ていられる……)


 そこで俺はとあることに気づく。


(……あのギター……葛城のギターに似てるような……?)


 暗い中なので確証はもてないが金髪の少女が弾いているギターは葛城が持っているギターに似ているような気がした。


(それに声も心なしか葛城に似ているような……)


 確かに身長も同じくらいであったが、雰囲気が全然違っていた。明るい雰囲気を持つ彼女とは真逆と言っていいほど落ち着いたイメージを受けたのだ。


(ま、葛城は金髪じゃないし違うか……)


 俺は彼女の曲が終わるまで足を動かせなかった。それほど彼女の音楽には魅力があった。曲が終わると俺は軽く拍手をする。


「!!」


 演奏に集中していたようで俺の存在には気付いていなかったようだ。


「……あ、ありがとうございます……」


 金髪の少女はお礼を言って、そそくさとギターをしまい立ち去ろうとする。


「…………」


 わざわざ人気のない公園でやっているのだ。聞かれたくなかったのかもしれない。


「………………………葛城?」


 立ち去ろうとする金髪の少女に声をかける。


「…………」


 俺の言葉に金髪の少女の足が止まる。


「ギターケースに貼ってあるステッカー」


「!!」


「『ギタージラフ』のライブ限定モデル」


 ギターケースを見ると葛城のギターに貼ってあったステッカーと同じものが貼ってあった。『ギタージラフ』という人気バンドのライブ会場でしか販売されていない珍しいステッカーには見覚えがあった。


「……いやぁ……バレちゃったかぁ……」


 金髪のウィッグを外し、気まずそうに葛城はこちらを向いた。


「……悪い。詮索しちゃって……」


「ううん。気にしてない。家、近いの?」


「ここから自転車で10分くらい。母さんに買い物頼まれてさ。帰りに公園から歌が聞こえるから寄ってみたんだ」


「そうなんだ。ねえ、少し話せる?」


「ああ」


 俺も葛城の音楽活動に興味が湧いた。俺達は並んでブランコに乗る。


「いつもここで演奏してるのか?」


「たまにね」


「そっか。それにしても驚いたよ」


「何が?」


「めちゃくちゃ上手いじゃん。俺なんかと比べちゃいけないレベル」


「そんなことないって」


「1つ疑問なんだけど、何で学園祭でバンドをやろうと思ったんだ?葛城の腕ならバンドを組まなくなっていいだろ」


「……単純だよ。誰かと一緒に音楽をしたかったんだ」


 葛城はブランコをゆっくりと漕ぎ出す。


「ま、集まらなかったら1人でやるつもりだったけど」


「これまで誰かと一緒にやってこなかったのか?転校してくる前の学校でとか」


「始めた当初は……一緒にやってた子もいたんだけどね。色々あって」


「そっか……。まあ、色々あるわな……」


 ここは深く詮索しない方がいいような気がした。


「……うん。楽器を続けるのって難しいからね」


 一度止めてしまっていた俺は反論などできるはずがなかった。


「金髪のウィッグをしていたのは変装のため?」


「……まあ……生駒君にならいっか。バレちゃったし」


「?」


「私、動画配信サイトで音楽活動の様子をアップしてたりするんだ」


「そうなんだ。すげえな。なんて名前で?」


「……ギメイ……」


「カタカナで?」


「正義の義に冥王星の冥で義冥ぎめい


「……えっと…………………あ、これだ」


 有名動画サイトで調べると、少し時間はかかったが金髪のウィッグで演奏している動画が見つかった。


「ちょ……再生しないで。恥ずかしいから」


「家でこっそり見るよ」


「これ誰にも言わないでね」


「いいのか?再生数伸ばしたりできるんじゃないか?」


「いいって」


「ま、確かにバレていいなら金髪のウィッグなんかつけないか……」


「そういうこと」


「わかった。約束する。誰にも言わない」


「……不安だなぁ……」


「言わないって。というか知られたくないなら俺に教えなかったらよかったのに」


「……それはその通りなんだけど……」


 俺の指摘に葛城は黙る。金髪の少女が葛城だとわかってもそれ以上教えなければそこで終わっていたはずだ。


「何か言っちゃったんだよねぇ……。勢いというかノリというか……」


「なんじゃそりゃ」


 あまりにもふわふわした回答に俺は笑ってしまった。


「私さ、デビューしたいんだよね」


「……それって将来的に音楽で食べていきたいってことか?」


「うん」


 その答えに迷いはなさそうだった。


「笑っちゃう?無謀だって」


「笑うわけないだろ」


「…………え」


 葛城のブランコを漕ぐ足が止まる。


「将来やりたいことを真剣に考えている奴を笑うわけないだろ。特に俺みたいにとりあえず大学進学するかとかしか考えていない奴なんかが笑っていいはずがない」


「でも……デビューできるのってほんの一握りだよ?」


 自分から言ったくせに葛城は夢を疑うようなことを言う。


「かもしれない。けど、それは葛城を笑う理由にはならない」


「…………」


「ゼロじゃないんだろ?」


「……そりゃ……そうだけど……」


「俺が東大合格するよりは現実的だと思う」


「ははっ……」


「おい、笑うなって」


「ゴメン。まさかそんなことを言われるとは思っていなくて。ありがとう。私の夢を否定しないでくれて」


「お礼を言われることじゃない。俺は葛城ならデビューできるって結構本気で思ってるんだぜ」


「…………そう?」


「ああ。さっき葛城の演奏にすごく良かったよ。上手く言えないけど、引き込まれるというか……夢中になる……感じかな……。聞き入ってしまうんだよな。何でかは上手く言えないけど」


「……ありがとう。普通に嬉しい」


「義冥って名前はどうかと思うけど」


「えー、ダメかな?カッコいいと思うんだけど……」


「カッコいいってお前……」


「どこがダメなの?」


「なんか中二病すぎないか?冥とか特に……。意味はあるのか?」


「ない。ただ、私の名前の愛依ってよくある名前じゃん」


「……まあ、そうだな」


「だから葛城の城を愛依にくっつけて、城愛依ぎめい。さすがに本名バレは怖いから変換しようと考えて義冥」


「あー……そういうことなのかぁ……」


「いいでしょ?」


「漢字のチョイスがなぁ……。というか漢字じゃなくても良くないか?カタカナでとかローマ字とかでもいいと思うぜ」


「なんか普通じゃない?」


「義冥って名前がすでに普通じゃないから大丈夫だろ」


「少し考えてみるよ。というか、もうこんな時間だ。帰らないと補導されちゃう」


「ホントだ。やべ……」


 俺は慌てて自転車に乗る。


「じゃあね」


「ああ。また明日」


「うん。また明日」


 俺は自転車で走り出した。

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