第32話 大蛇の涙
結界内に轟いた雷鳴は、金銀の
「うーわっ! エグいなぁ、
『言い訳するな、さっさと我が花を呼べ』
大蛇の姿をした大介の背後に隠れながら悪態を吐いた巳黒は、大介の言葉に一瞬不服さを顔に表したが、すぐに鼻で笑う。
「そんなら、兄さん。こっちに攻撃が来ないようにしてくださいよっと!」
地を這う稲光を避けながら、巳黒は大蛇の身体へと飛び乗る。
巳黒は左口角をニヤリと持ち上げると、
結界内の空気が振動し、シロガネとコガネはそれにゾワリとしたのか、身体を震わせ背中の毛を逆立てる。
「随分と禍々しい術を放ったな……。朱陽、お主の朱雀に雷を落とす。それを一気に薙ぎ払え。いいな」
有無も言わさぬ圧が込められた
「行くぞ」
ドンッ!! ゴロゴロゴロ……ピシャーー!!
稲光が朱雀の剣先目掛けて落ちてくる。一拍分、朱陽は短く息を止め、稲光が大鉈の朱雀に乗ったと途端、大蛇姿の大介に向かって薙ぎ払った。
それは確かに、真っ直ぐと。
過去に
代わりに現れた灰色の霧。
その霧から、聞き覚えのある女の声が響いた。
「昔話とはいえ、かつて愛した相手に、良くもまぁ、こんな仕打ちができること……。お変わりなく、
風もない結界内で、霧が流されるように右から左へと流れていく。
霧が途切れたそこには、大蛇の前に立つ一人の女。
黒地に艶やかな花の絵が描かれた着物を着た、化蛇の姿であった。
『
低く喉を震わせ呻くシロガネの銀色の毛並みが、怒りに震える。
「百年振りか? シロガネよ。お前は昔らか、私を嫌っていたが。お前が私を嫌おうと、まだ私は主人殿と神使の契約は成り立っている」
『そんな馬鹿な!』
「何故、馬鹿だと? 百年前を思い出せ。私は、お主達が消える前に、神使の契約を解除したか? しておらぬだろうよ。現に、あの社に私は入れたぞ? なぁ、主人殿」
漆黒の闇のような長い黒髪に、正反対の真っ白な肌。血が滲んだ様に赤い唇が、ニタリと笑う。
「先程、久々に社へ行ってみたのだ。すると、どうだ。随分と愛らしい世話役が一人でおったではないか……」
その言葉に、朱陽をはじめ、シロガネとコガネも反応した。
『社へ行っただと!?』
コガネが誰に言うわけでもないような、小さな声で言えば、次いでシロガネが呟く。
『世話役殿に接触したのか!?』
化蛇はその小さな呟きを聞き取り、うっすら笑う。
「主人殿? どうした。随分と顔色がよろしくない」
「……私の世話役に、何をした」
「まるで、私が何かをして当然とでもいう言い方……」
「その通りだろう。大介を、そんな姿にしたのもお前だろ!」
「大介が望んだこと。私は、大介を助けてやった。助けもせず、僅かな息をそのまま死に追いやったのは、主人殿であろう?」
「大介は、私が駆け付けた時には事切れていた。お前は、禁呪を使ったのだろう? 神であっても、やってはならぬ事を」
「なんとも……神とは思えぬ発言を……。目に見えるもの全てが、真実ではない。主人殿は、常々大介にそう言っていたではないか」
そう言うと、化蛇は首をぐるりと回す。黒々とした光を宿した双眸が金色に変わり、縦長瞳孔を妖しくギラつかせる。
しなやかな白い手がゆっくり上がれば、何の言葉も発する事なく禍々しい術が朱陽に向かって放たれた。
朱陽は咄嗟に朱雀へ神通力を纏わせると、どういうわけか朱雀から朱陽へ通力が逆流して来たのだ。それも、とても濃度の高い神通力が。
「朱陽!!」
『『朱陽様!!』』
雷が落ちる、その光が。
コガネとシロガネが、全身に通力を纏い盾になろうとする姿が。
そして、化蛇が放った術。
その全てが、朱陽の瞳には
朱陽は
長い年月、池の奥底に沈んでいたとは思えないほど、朱雀は錆び一つない。何より、まだ万全ではない筈の自分の持つ神通力が、朱雀によって底から引き揚げられる感覚。朱雀から流れ込んでくる力は、大佑と口付けを交わし得られる通力と、良く似ている。暖かく、深い慈愛を持った力だ。その事に、朱陽は大佑を思い浮かべた。
朱雀を引き揚げたのは、大佑だ。
その時に、朱雀へ大佑の通力が流れ込んだのだろうか、と朱陽は思った。
これまで、大天狗しか触れる事のなかった大鉈。今まで、世話役が触れたという話は聞いた事はない。それだけ、大事な。大天狗にとって重要な武器なのだ。そして、何より。いくら天狗の世話役とはいえ、大鉈に流れる通力は、人間の身体では耐えられない。
だからこそ、大鉈を世話役が触れることも、通力を込められる事も、あり得ない。と、思われていた。そもそも、歴代の天狗の誰一人として試した事が無いのだから、伝えられているわけもない。
だが、朱陽の手には、確かに朱雀から大佑の力を感じ取る事が出来る。
池の掃除が終われば、朱陽自身が朱雀の力と共鳴させ引き揚げるつもりでいた。
しかし、大介は掃除だけでなく、朱雀を見つけて引き揚げた。
朱陽は朱雀から流れ込んでくる大佑の力によく似た通力と、朱雀自体が元々持つ通力、そして自身の通力を融合させ、それを一気に朱雀へ流し戻して薙ぎ払う。
赤金の炎が龍の如く長く畝り、化蛇に向かって飛んでゆく。炎は途中で更に火力を増し、あと鼻先三寸という所で、大蛇姿の大介に阻まれる。
『クッ……!』
短く呻いた大介に、巳黒が驚きの表情を見せた。
大蛇の腹は、抉られた様に大きな穴が空いている。
「……なんで……。さっきまで、大した力は無いって……」
そう呟いたのも束の間、巳黒は素早く大蛇の腹に術を施す。
その様子を横目で見た化蛇は、こてんと首を傾げた。
「元とはいえ、主人殿が愛した世話役を、よくもまぁ……こんな仕打ちが出来るものだな……」
化蛇は視線を朱陽に戻しながら、大介に言った。
「大介、これで分かったであろう? 朱陽様は、お前の事など、さして大事では無かったのだよ。なぁ? 私が言った通りであったろう?」
かつて愛した世話役が、大蛇姿のままぐったりと頭を垂れる。
『ええ……。化蛇……我が花よ。貴女の言う通りだった……』
そういうと、大蛇の瞳からポタリと雫が落ちたのだった。
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