第5話 神楽坂(かぐらざか)
寺を出ると、通りは、お
道は、中央の三尺ほどを残して、両脇は石段になっていた。
中央は、荷車のためか、傾斜面のままである。
そうして、坂道に沿って、多くの店が連なり、買い物客で賑わっていた。
お茶屋、着物屋、食器屋、八百屋、小間物屋に食事処まで、無いものはないという風情である。
ただし、先ほどの裏路地と違って、真っ直ぐな表通りは、とにかく傾斜が急なのであった。
「おぬし、転ぶな、みっともないぞ」
などと悪態をつき合いながら、石段を下りつつ、人混みの中を店先を覗きながら歩いて行く。
「こういう場所は、花坂には無いの!」
ワクワクして来る。
小間物屋の店先を覗いていたらば、
「おさむらいさん、寄って行ってよ!」
と、小娘が声をかけて来た。
町娘だが、小柄で丸顔で健康そうに日焼けした
つられて店に入ろうとすると、
「ご――、弓削之介っ!」
またもや、洋蔵が制止した。
(こやつ! ついに「どの」も取れたか!)
と、内心ニヤニヤしつつ、
「うるさいの! ちょうど、湯飲み茶碗が欲しかったんじゃ!」
と、うそぶいて、腰の二刀を抜いて周囲に当てない様に左手に持つと、店の
店に入ると、入口に下げられた飾りが、風で、チリン、リンと可愛い音を立てた。
「ギヤマンじゃの?」
敬三郎がつぶやくと、先ほどの小娘が聴き留めて、
「おさむらいさん、長崎の
と訊いて来た。
「いや。長崎をちぃと知っておるだけじゃが……。
と、敬三郎がいうと、可愛い顔でにっこりした。
洋蔵は、店の入り口あたりで憮然と立っている。
「おぬし! そこにおると、他の客の不便じゃぞ!」
声を掛けると、表情も変えずに、ちょっと脇へ寄った。
店内を見て回ると、紙入れや櫛、手鏡など、女物が多かったが、ふと、奥の平台の髪飾りが目に留まった。
髪に刺すかんざし部分は金属だが、その先に、ビードロで作られた小さな
「
手に取ってみると、「シャラン」と涼やかな音を立てた。
花坂と先島花坂は、意匠に小異があるが、どちらも家紋は鈴蘭である。
「ちと、来てくれぬかの?」
娘を手招きして、頭にあてがってみると、面映ゆげな顔をされた。
「変わった湯飲み茶碗じゃの?」
敬三郎が覗いて茶化して来る。
「うん。これをいただけるかの?」
と言うと、娘が不安げな顔をした。
ころころ変わる表情も、
(似とるな!)
と思ったが、
「おさむらいさん、これ、高いよ?」
と、気難し気な顔を作って言って来る。
「またか!」と思った。
「わしも、ものの値段は心得ておるわ!」
どうして、こう、江戸の者は!
すぐに、店の
「ありがとうございます。こちらは、贈り物でしょうか?」
「まあ、そうじゃの!」
と答えると、きれいな紙箱に入れてくれた。
紙入れから銀貨を出そうとすると、
「お客様、『ポイフダ』はお持ちでしょうか?」
と、店主が聞いて来た。
「ぽ? ほ?」
半濁音は聞き取りにくい。
「こちらにござります」
と、店主が、小さな木札を渡して来た。
見れば、表には、店の名と並んで、
保位札
と書かれ、裏にはマス目が引かれている。
「こちらのマス目に、この様に」
と、火鉢から小さな焼きゴテを取って札に当てれば、「ジュッ」と音をたててマス目に小さな印章がついた。
「こちらに、
これが、近頃、江戸で
説明をしながら、焼き印を十四個つけてくれた。
「ほお!」
弓削之介は、感心した。
「面白いの! これは、江戸中で使えるのか?」
店主に銀を渡しながら問えば、
「いえいえ。
という。
「ほお!」
と、再び感心したが、やがて、木札と店先の暖簾に書かれた店名を交互に見比べ、ニマニマと
「
思わず讃嘆が口に出た。
「という事は、この札を持った客は、そちらの店でしか買い物をしなくなるではないか」
店主は、弓削之介を眺め、やがて、同じ様なニマニマ笑いを浮かべると、パンパンと手を叩いた。
「これ、
というと、先ほどの小娘が、
「はーい」
と奥に引っ込んだ。
「なんじゃ?
「嫌でございますね。通りがかりのお客様に袖の下を握らせてどういたしますか」
すぐに、娘が、盆を持って戻って来た。
「まあまあ、こちらへ」
と、店主が三人に腰掛けを勧める。
洋蔵は、ますます渋い顔をしている。
盆には、人数分の冷たい麦湯の茶碗と、果物を煮たものが皿に載せてあった。
「いえ。わたしは、お武家様がたと、少しお親しくなりたくなったのでございますよ」
「どうぞ」と言うので、勧められるままに腰を落ち着け、麦湯をもらう。洋蔵一人が、戸口近くに立っていた。
店主は、
「わたしは、店主の
と、名乗り、笑った。
「お客様、なかなか、ご商売に明るいですな?」
「それは、誰でも分かるであろう。のう?」
と、洋蔵に振れば、案に相違して戸惑い顔である。
弓削之介の隣に座った敬三郎は、一緒にニマニマと笑っている。
「いやいや、そうでもござりませぬよ。なかなか、
「
と笑うと、洋蔵が、大まじめな顔で目を怒らせた。
敬三郎が笑って言った。
「店主、この男は、こう見えて、なかなかの
「またまた! 戦国の世でもございますまいに」
神楽屋喜兵衛は、一向に相手にしていない様子で、
「お武家様がた、お
「わしは、花坂藩のもので、は――」
と言い掛けて、浜辺洋蔵が、すごい目で
(ま、まあ、こんなところで身分を明かしても、良い事はないの!?)
「花坂」を名乗れば、なるほど「いずれ一国一城」じゃろうな、と、心の内で苦笑しつつ、「うっうん!」と咳払いをした。
~ 第6話につづく ~
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