君と居たかった

「・・・大丈夫?」


 君のおばあちゃんが、心配そうに問いかける。


「・・・」


 君は、答える気力もないのか小さく頷いた。


「・・・お水、置いておくから」


 そう言って、君のおばあちゃんは部屋から出て行った。


"パタン・・・"


 ドアが閉まった瞬間、君はギュッと爪が食い込むくらい布団を握りしめていた。


 どうやら、君の余命はあんまりないみたいだ。


 死の匂いが、死人と同じくらいになってきているから。


(・・・もう、会えない、のか)


 そんな事をボーッと考えていると、ふと君が口を開いた。


「・・・皆、言って、くれなか、った」


"ドクン"


 ・・・分かってる。


 きっと、僕に対して言ってるんじゃない。


 余命の事を君に黙っていた、病院の先生やおばあちゃんの事を指してるんだろう。


 『皆、言ってくれなかった』。


 なぜか、この言葉は僕の事を言っているみたいに聞こえてしまった。


 申し訳なさとやるせなさに駆られていると、君は泣き出しそうに震えた声で呟いた。


「・・・愛璃、君」


「っ・・・」


 こんな時にも、僕の事を呼んでくれた。


(・・・ごめん)


 喋れない訳じゃ、なかったんだ。


 喋って、関係を深めて、離れてしまって、いつかは会えなくなる。


 そんな関係を、君と築くのは嫌だったんだ。


(ああ・・・)


 こんな後悔をするくらいなら、もっと話してあげれば良かった。


 君が僕の耳とか尻尾を触ってた時、嫌じゃなかったよ。


 笑った顔、また見たかった。



 ・・・もっと、仲良く、なりたかった。



 君がこの神社によく来る理由だって、本当はわかってた。


 体が弱くて、あんまり遠くまで行けなかったんだろう。


 あんまり友達がいなかったのも、全部全部わかってた。


 友達にくらい、なってあげれば良かったのに。


「・・・愛、璃君」


 君は、か細い声でまた僕を呼んだ。


 もうそろそろ、死の匂いが充満しそうだ。


 でも、君は今僕が【視えて】いないんだろう。


 部屋の片隅から、僕は君のベッドの前まで移動した。


 本当は、神は神社の敷地外に出るのを禁止されている。


 後々、ペナルティがあるだろう。


 ・・・でも、そんな事を気にするよりも、僕は君と居たかった。


 掛け布団の上に投げ出された君の手に、僕はそっと自分の手を重ねた。


 今は君に【視えて】いないから、実体がなくて握ってあげられない。


 それが、どうももどかしかった。


 実体もないから、温度も感触も何もかも感じられない。


 そのはずなのに、君は少し嬉しそうに微笑んだ。


「・・・あり、がとう。・・・あいり、くん」


「・・・」


 こんな時にも何も言えない僕は、なんて薄情なんだろう。


 唇を噛んで、下を向いた。


 涙は出ない。


 なんて不便な体なんだろう。


 君は、目を閉じかけた瞬間に静かに言った。


「・・・だいすき」


 僕は、思わず目を見開いた。


 既に、君は息をしていなかった。


 さっきの言葉の意味は、もう聞けない。


 でも、もし、もしも、その言葉が僕に向けられているのなら。


「・・・す・・・ず・・・」


 永遠に君には伝えられない、僕が大好きな名前を呟いた。


 君が僕を見つけてくれた夏、君が僕に話しかけてくれた夏。


 ・・・そして、君がいなくなった夏。






 ―――――この部屋は、少しだけ肌寒かった。

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神様の夏恋 瑠栄 @kafecocoa

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