闇王
テネブルは泰然自若としてニタニタと嗤い始めた。黒光りしている分、更に気持ち悪い。
ロベルトさんも不気味な笑顔を貼り付かせたまま動かずにいる。
ヌルリ、テネブルが異様な動きをする。
──ドゴオオオオオオン!!
テネブルから黒い触手のようなものが真っ直ぐにロベルトさんへと向かって、その後ろの壁をぶち破った。
ロベルトさんに傷はない。半歩ほど横に動いただろうか、まるで先ほどと変わった様子はない。
──ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
テネブルの背後から黒い触手が無数に現れて、大聖堂の壁と言う壁を破壊してゆく。
これ、天井落ちてこないか?
「ふはははははははは! この無尽蔵の魔力! デタラメに使っても余りある魔力! この身体、魔力浸透値も素晴らしい! ほとんど無抵抗だ!」
──ザム。
ロベルトさんが前に出る。
「ふはは。本当に良い的だよなぁ、ロベルトォ!?」
「そうか?」
「ああ、間違いない!」
テネブルの触手が、ロベルトさんのぐるりを囲うように突き刺さってゆく。ロベルトさんはその隙間を掻い潜ろうとするが、その隙間も触手で埋まってゆく。
そしてついに触手がロベルトさんを捉えようとしたが。
「闘気・破岩!」
ロベルトさんの足元が爆発して砕け散り、突き刺さっていた触手がバラけた。その隙間をロベルトさんは抜けて、ロベルトさんを捉える筈だった触手は空を掠める。
「第七階梯魔法・棘荊!!」
伸びた無数の触手から放たれる魔法。触手から無数の棘が伸びて、ロベルトさんを襲おうとする。
「闘気・金剛!」
──ギギギギギギギギギギン!
全ての刺突攻撃を受けるものの無効化に成功。
「闘気・剛拳!」
ロベルトさんの闘気を纏った特大の拳がテネブルに迫る。
「第八階梯魔法・光盾!」
ロベルトさんの闘気で出来た特大の拳は、見えない光の盾に阻まれて霧散した。
「ふはは、さすがS級冒険者と言ったところか? やるではないか! そうでなければ意味がない! さあ、持ち堪えてくれよ?」
テネブルが身体の前で手を合わせて魔力を全身に纏う。ニヤリ、不敵な笑みを浮かべるとヌルリ、不気味な動きと共に彼の背中から産み出される、卵の様な黒い玉。
「私はこの溢れる魔力との融合を得て、新しい力を得たのだ。これからそれをたっぷりと見せてやる。光栄に思うがいい!
魔技・分体!」
玉から脚のようなものが生え、独立して立ち上がり、蜘蛛のように動き出す。
軽快で機敏に動く黒い影ロベルトさんの周囲を囲み、警戒するロベルトさんへ一気に襲いかかる。鋭い爪でロベルトさんへと次々に斬りかかる。しかしロベルトさんは小さな身体でも身体能力が尋常ではない。黒い影の攻撃を躱す、躱す、躱す。
ザッと、土を蹴り宙を舞い、翻り、手をついて、飛び退いて、回転し、ザリ、地面に踏み込み、ドン、蹴った。
テネブルに迫るロベルトさん。しかしテネブルから湧き出す黒い影がそれを阻止する。已む無く黒い影に攻撃をしかけるロベルトさんさん。
──グニュン!
黒い影は何の抵抗もなくロベルトさんの攻撃を吸収して、そのまま纏わりついた。
ロベルトさんはすぐさま引き剥がそうとするが、千切れはするものの、剥がれることはない様子だ。
「ふはははは! どうだ?闇に侵される気分は? その闇はお前に取り憑き、侵蝕し、やが脳に達した時には身体を支配し、そのまま精神へと侵蝕を始めて闇に呑まれる。そうすればお前は私の眷属となるのだ。
お前としてもこのマチルダの身体と一緒に過ごせるのだ、悪くはなかろう?」
──ズバン! ボトリ……
ロベルトさんが自らの腕を切り落とした。
「なっ!? 何の躊躇いもなく自分の腕を……」
「ふふ、俺には強い味方がいるからな?」
ロベルトさんの視線がノートに飛んで来る。待ってましたとノートは既に待機中だ。
「アイフヘモヲスシ!」
ズルっと即時に生えるロベルトさんの腕。テネブルの脅威も大概だが、ノートのチートが過ぎる。そして何の迷いもなく腕をぶった切ってしまうロベルトさんもどうかしてる。
「……また小娘、お前か。 やはり死んで──」
──ボゴッ!
「ごぶふっ……!?」
ロベルトさんの強烈なエルボーがテネブルの鳩尾へ炸裂した。
──ドカっ! 回し蹴り。
真横にぶっ飛ぶテネブルだが、ズガガッ、と触手が奴の意識とは別に動き周囲に突き刺さり身体を止める。
──ドン! 頭突き。
弾丸の様に飛んだロベルトさんが、触手で止まったテネブルの腹に突き刺ささり、テネブルの身体は上下に分かれた。
勢いで突き抜けたロベルトさんはテネブルの向こうに着地。するや否や、硬い地面が抉れるほどの跳躍力で再びテネブルの上半身に迫る。
「魔技・反転!」
テネブルが何事か唱えた後、テネブルの身体が内側から捲れるように、闇が這い出て来た。
「闘気・空蹴!」
ロベルトさんは咄嗟に放った技でテネブルの闇を避けた。アレに触れるのは確かに危険だ。先程の二の舞いになりかねない。
しかし触れないとなればロベルトさんに攻撃手段は……。
「闘気・
見ればロベルトさんの闘気が巨大な踵を形成しており、それがテネブルへと落とされる。そう、巨大な踵落としのようなものだ。
──ゴゴゴゴゴゴゴ……
ロベルトさんの技はテネブルの周囲に大きなクレーターを形成しながら、バキバキと音を立てて沈めてゆく。
大聖堂中央の大広間に隕石でも落ちたかの様な、巨大な穴が出来て、その真ん中に黒い何かが蠢いているのが見える。
「まだですね」
「ああ、しぶてぇど」
テネブルのいるところからまた蜘蛛の子を散らすように無数の影が溢れ出した。クレーターを這い上がって来る黒い生き物は、一様にしてロベルトさんを狙って来る。
さっきのこともあるからだろう、ロベルトさんも警戒しながら少し遠目に避けているが……。
──パクン!
「なんっ!?」
黒い生き物が破裂したかと思えばその一体に有ったものが、球状にくり抜かれたように消え去った。
次々に空間が消え去ってゆく。まるで闇に呑まれたかのように、消えてゆく。
──パクンパクンパクン!
さすがに焦ったのか、ロベルトさんは逃げる一方だ。油断ならないのが、時折ノートに向けて放って来るところだ。俺が剣気で吹き飛ばして往なしているが、ぼうっとしているわけにもいかない。
「ふはは、良いぞぉ。魔技、使えるじゃないですかぁ。これは魔技・闇呑。見ての通り闇に呑まれる魔力によるスキル。魔法ではないので詠唱などでは発動出来ん。つまり唯一無二と言える技だ!」
「そうか、つまらん。当たらなければただの掃除機だろう?」
「ふっ、ではこれでもそう思えるかな?」
──ブバババババババババ!!
テネブルの背中からそれこそ無数の蜘蛛の子が飛び出して、広間を覆い尽くすほどだ。キモい。
ゾゾゾッと地面や壁が動くかのように一塊で移動。迫りくる闇がロベルトさんや俺たちを包み込もうとする。
襲い来る影がウゾウゾと蠢く蜘蛛の様な何かが、津波の様に押し寄せる。俺は聖剣を構える。
「闘気・龍波!」
シュルシュルとロベルトさんの足元を、つむじ風がぐるりと円を描くと、ドン、ロベルトさんの身体が一段地面にめり込んで、闘気をその身に纏わせ、キラン、目が光ると同時に彼が放った正拳から特大の波動が、彼の拳を中心に渦巻く様に放たれた。
流派を模した波動は黒い生き物を次々に巻き込んで、広間を一掃するかのように特大のハリケーンを巻き起こして、彼の前方数キロにわたって障害物が消え去った。
おそらくはテネブルの放った闇呑の効果もあるのだろうが、跡形もなく突き抜けた波動は、スコンと大きな筒状にくり抜かれて見通しが良い。
残念ながらテネブルは生きている。
ロベルトさんはガクリ、と地に足をつけて、少し疲れた様子だ。闘気を使いすぎたのかも知れない。
「ロベルトさん!?」
「まだだど! まだ手を出すな!」と、ロベルトさんは立ち上がり、一歩、また一歩とテネブルに向かって歩き始めた。
そして言う。
「俺の動きが止まったら、そん時は頼んでも構わねえが? 」
「わ、わかりました! 存分に戦ってください!」
「良いか? 迷うでねえど? 斬る時は俺ごとだ!」
「……承知!」
「あんがどよ!」
そう言い残してひとつ笑い、彼は消えた。
見るとテネブルが何かに襲われており身体がみるみる削られてゆく。
テネブルは光盾を張るが、その隙間を縫うように、攻撃が次々に入ってゆく。
「くそっ、ちょこまかと鬱陶しい!!」
ヌルリ、彼は揺らめき、目を瞑ると、ふう、息を吐いた。
その間にも彼の身体はビリビリと削られている。
カッ、と目を見開いたかと思うと、黒く染まった大きな腕を振りかざして。
──ドン! ロベルトさんを地べたに叩きつけるかの様に捕獲した。
……止まった。
ロベルトさんは目を瞑って動かない。テネブルはロベルトさんにとどめを刺すべく反対の手を振りかざして……。
「どうすた、テネブル? 早く殺れ」ロベルトさんからの合図だろう。
「ぐっ……だっ……」
何やらテネブルの、声が震えている。
「ダーリン!」テネブルから聞き覚えのある声が発せられた。
「マチルダちゃん!!」ロベルトさんが目を見開いた。
「ぐあっ……マチルダめうう……。ぐっ、今大事なところなんだから、おだまり! ダーリン!! 愛してるわよおおおおお!!」
「マチルダちゃん!! おいらもだどおおおおおお!!」
「ダーリン……ごめ……」
「ルカくん!! 頼む!!」
俺はテネブルの背後、ふっ、息を吐き、剣を構え、集中する。
「剣気・三千大千世界!」
決して逃れることの出来ない、無数の剣撃がテネブル、いや、マチルダさんとロベルトさんを粉微塵に切り裂いた。
……ロベルトさんとマチルダさんの身体はサラサラと重なって、形を留めていない。
……虚しいな、しかし。
「ノート!! 頼む!!」
塵の山から一筋の影が薄っすらと蠢くのが見える。ロベルトさんの覚悟を無駄にするわけにはいかない。
「トホカミヱヒタメ!!」
ノートから放たれる一条の光が影に直撃する。ブワッと塵山が光に包まれると、黒い影は行き場を失ったかのように、動きは弱く、影も細くなってゆき、光の中に……消えた。
「ルカ……なんか、ね……」
「ん、ありがとうな、ノート……」
「ん……」
俺たちは寄り添う様にその場に佇み、しばらく様子を見届けると、ガランとした大聖堂の奥へと足を進めた。
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