集落
カビレの集落は
長老エレオノーラさんの
俺たちは、フェルディナントさんの家に泊めてもらう予定だが、念の為、長老へ許可を取り付けるために、そのまま長老の家を訪問した。
大樹の洞は大きく開放的に開かれており、間引きや剪定で生まれた木材を使って間仕切りされている。中には広くて立派な部屋がいくつもあった。洞の開放された側には大きな木窓がいくつも設けられており、木窓には透明の樹膜が張られていて、外の光を余す事なく取り入れている。
樹上で生活する為に、火は極力厳禁となっており、光の供給は自然の光や光苔、精霊灯、魔光石などで補っている。
長老の家は入口と勝手口があり、侍女たちに案内されて入口を入ると直ぐに広間が設けられている。その奥に屋内に続く入口もあるのだが、エレオノーラさんは広間で俺たちの帰りを待っていたようだ。
「お帰り。そして、我が家へようこそ。して、賢者様はお話になってくださったかね?」
「おかげさまで、有用な情報を得ることが出来ました。フェルディナントさんの案内をつけてくださって非常に助かりました。ありがとうございます!」
「あーとん!」
俺たちはエレオノーラさんとフェルディナントさんにそれぞれ頭を下げた。
「いや、こちらも集落と賢者様の為とは言え、不躾なことをしたと反省しておる。お互い様であるからにして、頭を上げてくだされ」
俺とノート……ノートは頭を下げてなかったみたいだが、俺は頭を上げた。
「長老、報告いたします。結果から申しますと、この者たちは賢者様のお友達にお成りになられました。また、こちらに来られる事もあるそうです。そして、こちらの聖女様にあられましては、仙獣様を手懐けておられました」
「……へ?」
「ですから、あの……」
「この者たちが賢者様の友達になり、聖女様にあっては仙獣様を懐柔したと、そう申すのか?」
「左様にございます」
「……それが賢者様の意向であれば、我々は受け入れるまでだ。今日はフェルディナント、お前の家に泊めるのであったな?」
「はい、そのつもりでございます」
「良かろう。丁重におもてなししなさい」
「かしこまりました!」
フェルディナントさんは恭しくお辞儀をすると、こちらを向いて、ニッコリと笑い、それでは、と表に出た。
「どうぞ、僕の家はすぐ向かいの家となります。長老の家ほど大きくはありませんが、お二人がゆっくりと休まれるくらいのお部屋はご用意できますので、ご安心ください」
「あ、ども。お世話になります」
「ちょりーす!」
「ノート、お前の言葉遣いは何処から来てんだ? 教会ではそんな教育しているのか?」
「私の話し相手はマリアしか居なかったから、マリアの言葉が
「……なんか、すまん」
「ん? 何が?」
「人のこと言えんが、お前、友達少ねえのな?」
「マリアはお世話係だった。ん? でも、私の事好きだって言ってくれたのマリアだけだったなぁ……マリア、元気にしてるかなぁ?」
「マリアさんって何処にいんだ?」
「たぶん、帝都で仕立て屋さん?してるって言ってた」
「そうか……」
カチャリ、案内された二階の部屋の扉をフェルディナントさんが開けると、集落の様子と、
「こちらが本日お二人がお泊りになっていただくお部屋でございますが、如何でしょう?」
「如何も何も、泊めさせてくれるだけでありがたいです」
「そう言っていただけると、私も肩の荷がおります。 荷物を置いて一休みされたら、どうぞ下のリビングへ来てください。夕餉をご用意しております」
「ゆうげ?」
「はい、お夕食にございます。お口に合いますかどうか、自信はございませんが、お腹は満たしていただけると思います」
「かえって気を遣わせてしまったみたいで、何から何まですみません」
「いえ、賢者様のお友達ともなれば、おもてなししなければバチが当たりますよ」
「そんな事でバチが当たるなら、俺からマー君に文句言ってやる!」
「いえいえ、畏れ多いことでございます」
「……」
さっきから視線を感じるのだが。どうやら、この家の子供らしいな。
──ヒソヒソ……
「これ、ソールロッド! アンダリエル! ちゃんと出て来て挨拶なさい!」
すごすごと出て来た
「ぼ、僕ソールロッド! こっちは妹のアンダリエルです! よろしくお願いします!」
「おう。俺はルカ、こっちはノートだ。よろしくな!?」
「……ドモ、ノートデス」
「声ちっちゃ!」
「アンダリエルハシャベッテスラナイジャナイカ、ヒキョーダゾ!?」
「こらこら……」
「わははははは! 物怖じしない強い子供たちですね!」
「そうなんです。森の守り人としては臆病なくらいがちょうど良いのですが、何故だか気が強くて、好奇心旺盛と申しますか、快活な性格でして……」
「ねえ、お兄ちゃんは強い!?」
「こら、ソールロッド!? 失礼だぞ!?」
「だって、父ちゃんの矢が一本も当たらなかったんだろ!? そんなのめちゃくちゃ強えーじゃねーか!?」
「ルカは強いよ!」
「ノート!? 俺が強いかどうかなんて知らないが、俺の父ちゃんはめちゃくちゃつよかったんだぞ!?」
「へえーっ!! ねえねえ! 食事のあとで、僕と剣術の相手をしてくれよ!?」
「ソールロッド、お客様に無理を言っちゃいけないよ?」
「いや、俺はかまわないよ?」
「ええっ!? いいの!? やったー!!」
「ルカ殿、本当によろしいのでしょうか?」
「ああ、俺なんかで良ければいくらでも?」
「ほ、ほ、本気でやっても大丈夫?」
「ああ、ハンデをつけてやる」
「ぼ、ぼ、僕が勝っても知らねーぞ!?」
「ああ、本気でかまわない。俺は剣で負けるわけにはいかねえんだ。相手が誰であろうとな?」
そう言うと、リビングでフェルディナントさんの奥さんの声がして、すぐに夕餉を食べることになった。
生ハムサラダ、キノコのスープ、川魚のマリネ、野鳥のロースト、ドライフルーツの入ったパンなどが並べられている。
子供たちの目がキラキラしている。どうやらご馳走のようだ。本当にもてなしてくれているのだろう。
「おかわりならありますので、どうぞ、たくさん食べてください」
「いただきます!」
「モグモグモグモグ……いてっ!」
「ちゃんと『いただきます』しろ!」
「い、いただきまふ! モムモム……」
「奥さん、意地汚い奴ですみません……」
「いえ、どうぞ気張らずに寛いでください」
「こちらは妻のララノアです。ララノア、こちらが話したルカ君とノートさんだ」
「主人がご迷惑をおかけしました。どうぞ、宜しくお願いします」
「いえ、こちらこそ、とても良くしていただいて、ありがとうございます」
「モグモゴモグモゴモガモガ?」
「食べながら話すなノート」
「
全然わかってない。
ララノアさんの料理はどれも美味しかった。ノートが口いっぱいに頬張るくらいだから、よっぽど料理上手だと言えるだろう。
食事を終えると約束通り、ソールロッドと剣術の相手をする事になり、集落を降りた広場へと移動した。
ソールロッドは意気揚々と、身体にはしっかりと防具を着込み、木剣を構えて素振りをしている。
俺と言えば、木の小枝を短剣で削って、人差し指ほどの剣を彫った。
「さあ、準備は整ったか?」
「俺は良いが、ソールロッドの防具はそれで良いのか?」
「木剣だから、皮の装備で大丈夫だろう?」
「木の胸当てで良いから付けてやってくれ。手加減はするが、流石に危険だろう」
「……わかりました。おい、アンダリエル、兄ちゃんの木の胸当て、持って来てくれ」
「はい、おとーたま」
「ところで、ルカ殿は……まさかソレで相手をなさるのですか?」
「ああ。流石に無手だと剣術の相手とは言い難いだろう? なので、コレを」
「そ、そう……ですか」
「おとーたま、おもちちまちた!」
「アンダリエル、ありがとう。さあ、ソールロッド着けてやるから来い」
「はい!」
フェルディナントさんはソールロッドの皮の防具の上から木の胸当てを着けた。
「さあ、どこからでもかかって来たら良いし、本気も本気でかかって来い?」
「本当に良いんだな!?」
「ああ。お前の父ちゃんも本気だったんだからな?」
「ぐぬ……」
「よし、父ちゃん! 僕が仇をとってやる!」
「その意気だ!」
「では両者、準備はいいな? 構え!」
ソールロッドは身体の前に剣を構えた。
俺は構えずに、腕も下ろしている。ハッキリ言えば棒立ちだ。
「ルカ殿? 構えなくて良いんですね?」
「ん? どうぞ?」
「……では、始め!」
「てやあああああああ!!」
ソールロッドがおおきく振りかぶって走ってくる。
──スカッ!
「このおおおおおおお!!」
右へ薙ぎ、左へ薙ぎ、切り上げて、振り下ろし、回転して袈裟斬り。
スカッスカッ! スカッ! スカッ! スカッ!
「すっげ! 全然当たんねえ!」
まあ、当たったらフェルディナントさんの立場がなくなるしな? お? ソールロッドが構えを変えた。突き、か。
「せやああああああ!!」
ソールロッドが一気に踏み込んで、繰り出した木剣の切っ先に、俺は親指と人差し指に挟んだミニ剣の切っ先を突き立てた。
──スコン!
「えっ!?」
ソールロッドの木剣が、切っ先から真っ二つに裂けた。
「ええ〜!? どうなってんの!?」
「まだやるか?」
「父ちゃん、もう一回良い!?」
「……あ、ああ。相手してもらえ、ほら!」
と言って、フェルディナントさんは木剣をソールロッドへ手渡した。
ソールロッドは今度は居合の様な構えをとった。フェルディナントさんが教えているのだろうか? 子供にしてはなかなかの剣技だ。
「始め!」
試合開始の合図。しかしソールロッドは動かない。今度は俺が間合いに入るのを待つスタイルみたいだ。抜刀スピードにそんなに自信があるなら、上段の構えでも良いだろうに?
わかった。詰めてやろうか、間合い。
俺はスタスタとソールロッドに近付いて、彼の間合いに踏み込む手前。
ソールロッドの手が振れて斬撃が一閃する。瞬時に発せられた彼の剣気が空を斬る。俺は彼の間合いの更に内側に身をおいて、彼の胸当てに剣を立てた。
パカッ、と胸当てが割れて、たらり、と冷や汗がソールロッドの額から流れ落ちた。
「ま、参りました!!」
フェルディナントさんがソールロッドに近付く。
「どうだ? 満足したか?」
「はい! 僕なんか、全然駄目でした!」
「そうだろうな。……ルカさん、私にも胸を貸していただけますか?」
「へ?」
「やはり、剣を握るものとして、強者を見ると
「構いませんよ?」
「では、ソールロッド、下がっておれ」
「はいっ!」
フェルディナントさんの剣技、気にならないと言えば、嘘になる。
……こんな時、ノートが何を考えてるのか解んねえな? おそらく、きっと何も考えていない。そんな気はするが。
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