第2話 サーシアと魔法教室
「先生、この魔法陣についてなんですが」
「ああ…よく見つけたね。それは、魔物が王都に大群で押し寄せた時に作られたものだと思うよ」
「魔物が大群で、王都に?そんな災害…、あ、魔王が居たとされる時代の、王都防衛戦線の事ですか…?」
「えっ!あれは、創作の英雄譚ではないんですか…?なんというか…登場人物、全てが荒唐無稽と言うか…」
「ええと、…うん、当時の王様あたりが書かせたから多少脚色はあるだろうけど、概ね史実な筈だよ。魔王が居た時は、魔物の発生も今とは桁違いだったからね」
「まず、"魔王"の話自体、僕らにとってはもうお伽噺なんですよ!もしかして、実在を証明できる資料が現存してるって事ですか…?!どこに?!」
──魔法陣を質問したのがエルマ先輩、その次がグレイグ先輩…
サーシアは、質問の内容はそこそこに、声を上げた2人の生徒の名前を反芻していた。
初日、緊張しながら挨拶を交わしたサーシアだったが、他の生徒は以外にも親しみやすい人が多い、という印象だった。
エルマはこの教室で最年長の一人であり、同性であるからと何かと世話を焼いてくれる優しい先輩だ。
ただ、彼女が自己紹介をした時に"攻撃魔法狂い"と揶揄われていたのが気になるが、その言葉の意味はまだ理解出来ていない。
今にわかる、と周りの者が遠い目をしていたのはどういうことなのか。ハキハキと質問を重ねるエルマを見て、サーシアは首を傾げた。
対して、そんなエルマに"活字中毒"と言い返されていたのがグレイグである。
エルマと同級生の彼は、魔法の書籍に限らずありとあらゆる本を愛している。
この教室には
「グレイ!私が先に質問してるのよ」
「エルマ、その〈大規模広域殲滅魔法陣〉とやらはどこで使うんだ。どこかの地形ごとぶっ飛ばす気なのか?」
「何事も原理を学べば応用が効くでしょう」
「君の応用とやらは火力を足すことしか頭にない!」
二人は仲が良いのだな、などとのんびりとサーシアがやり取りを聞いていると、前に座っている生徒がこちらを振り向いた。
「サーシア、初めての授業なのにすまない。あの二人は、大抵ああいう感じだから」
申し訳なさそうにそう言うのは、タウフィークという生徒だ。
タオ、と愛称で呼ばれる彼は、遠い南方の地方から遥々この教室まで来たのだという。
気候や文化、生活環境の違う彼の国の話はとても興味深いのだと皆が口を揃えて言っており、サーシアも詳しく聞けることを楽しみにしている。
「そんなことないですよ、タオ先輩!とっても楽しそうで!ね、ハイネ」
「た、楽し…?うん、ええと、そうですね…この教室で学べるだけで十分幸せな事なので…」
サーシアは隣席のハイネに同意を求めると、彼は少し困りながらも頷く。
サーシアより数ヶ月早くここに訪れていたのは、ハイネという生徒だ。
タオとは対照的に北方から来たという彼は、大人しくて礼儀正しい、真面目な少年である。年齢も近く、サーシアの持ち前の社交性により、既に(ほぼ一方的に)仲良くなっていた。
「それなら良かった。授業の最後は自由質問の時間だから、二人もこれから疑問に思ったことは遠慮せずに聞くと良い」
「はい!」
「はい、ありがとうございます」
三人が穏やかに会話をしている間にも、エルマとグレイグは何か言い争いをしているようだった。
生徒同士の討論もそこそこに、とは聞こえが良いもので、見兼ねたニルが二人に声をかける。
「まあ、二人とも。どちらもちゃんと説明するからね」
彼がそう言うとピタリと話は止まり、皆一様に教壇の方へ目を向けた。
「まず、魔法陣について。これはエルマの言う通り、〈王都防衛戦線〉と名付けられたかつての戦闘で考案されたものだよ。古いものをよく見つけたね」
「対魔物用の魔法陣は、現在より数百年くらい前の方が洗練されていたりするんです。
なので、私は古い文献をよく整理していて…その時代の方が、今より圧倒的に魔物が多かったという事ですよね?」
「そうだね。それが魔王の話に繋がるんだけど…まずは魔法陣自体の質問かな」
そう言われたエルマは、待ってましたと言わんばかりに大きく頷いた。
「はい!この規模の魔法陣自体、とても珍しいとは思うんですが…根幹の起動
「この巨大な魔法陣を丁寧に読み解いているね。すごいね、エルマ」
「い、いえ!こんな…」
今までの落ち着いた振る舞いとは違い、捲し立てるように話すエルマだったが、ニルの言葉に首を振る。
てっきり、謙遜の言葉が続くのかと勘違いしたサーシアだが、エルマは興奮したように声を大きくした。
「こんな、大規模な魔法陣初めてで!これでもかと追加された莫大な魔法言語!もう、夢中で読んでしまいました!一体これを発動したらどんな魔法が見られるのか…っ!」
拳に力を込め、ギラギラとした目で言うエルマを見て、すかさずグレイグが声を上げる。
「この解説を続けるのは危険ではないですか?僕はまだ先生の元で勉強したいです」
「……、エルマを信じるよ。僕は」
「少し迷ってるじゃないですか」
「私、少し分かったよ。エルマ先輩が言われていたこと」
「放課後、もう少し分かることになるかも…」
ニルは一瞬の逡巡を見せながらも、教師として生徒を信じる事を選んだようだった。
サーシアは納得したように呟き、ハイネは苦笑いしながら、この後のいつも通りの展開を予見している。
「…では、気を取り直して。本来『拡散』『反復』などを使用して、『光の束』を複数回発生させる方法が定石だと思うんだけど。『反響』を使うと、ねえ…」
「『反響』を使うと…?」
いつもは端的に話を続けるニルが珍しく一息付いたことで、皆の注目はより集まり、エルマは特に目を輝かせながら次の言葉を待っている。
「…それはもう、すごいんだよ。魔法の発生数がね。一度発動した魔法が『反響』して発動したものがまた『反響』して『反響』して…おいそれと使う事は出来ないね。マグナ台地が台地になったのは…、まあ、"殲滅"の名に間違いはないと思うよ」
「……ありがとうございます。よく分かりました」
ふ、と息をついて落ち着いたように見えるエルマだが、どこか据わった目でそう告げた。
タオとグレイグはちらと目線を通わせた後、恐る恐るエルマを見遣る。
「今度こそ、練習場を吹き飛ばさないといいが…」
「先生、平気なんですか?」
「本当に危険な時は僕が止めるよ。エルマ、魔法陣の縮尺は以前より小さくね。また何か壊したら、後片付けはきちんとするように」
「は、はい…気をつけます」
本当に大丈夫なのか…?と呟いたグレイグをじろりとエルマが睨む。
また似たような応酬が始まりそうな中、サーシアは、ニルがこの魔法陣を使ったその場に居たような口ぶりに違和感を持っていた。
最近も使われた事があったのか、それとも──そう思い質問をしようとしたところでニルが口を開く。
「では…次は"魔王"についてかな」
皆、興味深そうに話を聴く体制に入る。サーシアも、まあいいか、と先ほどの質問をやめた。
ニルは、誰にも気付かれぬ様、一瞬だけ迷うように目を伏せた後、話を始めた。
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