第8話

店を出た。




明らかに街の雰囲気が変わった。大通りの賑やかさが、種類の違う喧噪に変わった。


穏やかだった街に緊張感が漂う。暴力が振るわれたのだろう。すでにアース天狗党に支配されたかのようだ。革ジャンやスカジャンの上にバイク用やアイスホッケー用、アメリカンフットボール用のプロテクターを付けた者が多い。つまり、ふた昔前のわかりやすい世紀末チンピラ風がウロウロしているということだ。大体が5~6人のグループで、手に手にスマホを持っている。




「では!今から浜夏町の治安維持のためパトロールに出る!愛国救星!」


「みんな!待たせたな!ゆいちーは地球防衛のため今日も頑張るぞ!」


「アース天狗党ナンバーワン配信者!松平徳之進!出発します!みんな応援よろしく!」


「アース天狗党特別先鋭部隊、チーム韋駄天オナカ!発信!!」




みなそれぞれにフォロワーを持っているようだ。動画配信の収益が主な収入源なのだろうか。口々に勝手な事を言っている。やがてグループごとに散り散りになっていった。すぐにあちこちで騒動が起こり始めた。ラーメン店で数人が言い争っている。数人が店主の態度を責めているが店主が言い返しているようだ。食料配達人が捕まって因縁を付けられている。花屋でもガラスの割れる音がし悲鳴が上がっていた。あちこちから怒声が聞こえる。




「俺達はこの街を守りに来てやったんだぞ!」


「俺達は自由の闘士だ!!なのになんだその態度は!」


「おいおい俺達の敵は地球の敵だぞ!!」


「逃げんじゃねえよ、おい!こっちはお客様だぞ!」




ハチロクはチンピラ達と目を合わさないよう慎重に歩いた。できれば、彼らと関わらずにラスティを見つけてこの街を脱出したかった。ラスティが何をするつもりかわからないが、自分が絡まれたりして身動きが取れなくなっては元も子もない。大通りの街路樹から街路樹へ、木影に隠れながら速足で進んだ。




「おーい、おっさん!そこのおっさん!コソコソ何やってんの?」




しまった、目ざとい者がいたようだ。あっという間に見つかってしまった。振り返ると相手は8人。明らかに面倒な事になりそうだ。年かさの男が二人、比較的若い男が6人。ハチロクは内心うんざりした。なんでこういう奴らにかぎって目ざとい奴らが多いんだろう。きっと、日々暴力にさらされて自分に余裕が無いんだろうな。自分の保身のためにも瞬時の状況把握が重要で、そのための感覚が鋭敏になっているのだろう。などと考えながらハチロクは身を起こした。




「待てよおっさん。俺らはこの浜夏市の治安維持のために来てんだ。挨拶ぐらいしていかねえか。」




リーダー格の年配の男に声を掛けられ、パっと背筋を伸ばしてハチロクはニカっと笑顔を作り振り返った。ここは相手に合わせておこう。幸い、先日の事を持ち出す者はいない。ここにハチロクの顔を覚えている者はいないようだ。




「いやー、すんません。失礼いたしました。皆さん迫力があるので怖くって。」




「怖い?俺らが?こんなに優しい俺らが?おい、見た目で決めつけんな。侮辱してんのか?」




「あー、こりゃ侮辱してんな。」




「このじじい、ブジョってんな。」




「ブジョってるブジョってるまちがいねえ。ちょっとわからせたほうがいいな。」




「おう、キョーイクだキョーイク。」




どうせ何を言っても絡まれただろうが、「怖い」は良くなかったか。付け入る隙を与えてしまった。ハチロクの周りに8人の天狗党員がわらわらと集まり取り囲んだ。どうしたもんか、とハチロクが考える間もなく、視界の外からパンチが飛んで来て衝撃でのけぞった。ゴスっと鈍い音がして視界が真っ白になり真っ黒に変わった。右側真横にいた若い男が右フックを放ったようだ。鼻すじに当たってしまい、鼻血がバっと出た。ハチロクは手で押さえながら屈んで後退した。パタタタタっと血が地面に落ちる。指で触りながら被害を確認した鼻の軟骨が腫れてきている。鼻骨は折れていない。つまりはその程度ということだ。だがハチロクは怯え慌てて見せた。




「ひいっ!いたたたたっ!痛い痛い!」




「おら!なめてんのかテメエ!」




「大儀に身をささげる俺らの事をブジョるってのは、どういうことだ!」




「まずは『わざわざこの街に来て下さりありがとうございます』だろうこの野郎!」




口々に喚きながらまた包囲しようとする8人に向かって片手を上げて制するが、さっき殴って来た男がその腕を払いのけ、また一撃加えようと腕を振りかぶる。ハチロクは咄嗟に後ろに飛び退り距離を取った。




「逃げんじゃねえよ!おらこっち来い!」




「待った!待った待った!これは大変申し訳ない事をしました!失礼しました!」




「おうそうだよ失礼したんだよ、ちゃんと詫びろよこの野郎!」




「いい年ぶっこいて謝罪のしかたもわかんねえのかよ、じじい!」




「まだわかってねえようだな。じじい。」




大声で謝罪したが、連中からしたら手ごろな獲物を手に入れたと思ったのだろう。全員気分が高揚しているようで、薄笑いを浮かべたまままた取り囲もうとじわじわ迫って来る。取り囲まれてリンチを受けたら本当に身動きできなくなる。下手をすると重傷を負うかもしれない。包囲させないためにもハチロクは大きく後ろへ下がった。そこで、ガバっと土下座をした。




「申し訳ありませんでした!!」




連中の足が止まった。少し大げさすぎたかな、と思ったが、リーダーらしき年かさの男をちらっと見ると、満更でも無い様子だった。もう一押しか。




「どうかご勘弁下さい!」




年かさの男が「ふふん」と、軽く喜んだ。周りの仲間に顎で指図を飛ばす。なんとか暴力的な雰囲気は払しょくできたようだ。ホッとしたのもつかの間、ハチロクを殴った男が口をはさんだ。




「じゃあ、じじい。『私はゴミ虫も食わぬウンコ野郎です。』って言いながら藤田さんの股くぐれよ。」




プっと何人かが噴き出した。藤田と呼ばれたリーダーも笑いながら、




「おう、いいな!そのまま四つん這いで俺の股くぐれ!」




「おもしれえ!」




「そうだな、俺の股くぐれ。俺達は治安維持のために来てんだ。挨拶がないくらいで別に殺しゃしねえよ。けどなあ、ブジョクされたままじゃ俺らの顔がたたねえしな。四つん這いで股くぐれ。」




「『私はゴミ虫も食わぬウンコ野郎です。ブリブリ。』ってのはどうだ?」




一部始終をスマホで撮影していた、少し後ろにいた男が付け加えた。その場の全員がドッと笑いだした。




「いいじゃん!」




「うける!いいね!おらじじい!セリフ言いながら股くぐれ!」




「おらじじい!やれよ!」




「くぐったら許してやんよ!」




「さっさとやれよ!」




ハチロクは慎重に『観念して覚悟を決めた』という顔をして四つん這いで進み始めた。




「私はウンコ野郎です!ブリブリ!」




「『ゴミ虫も食わぬ』が抜けてんだろうが!」




「申し訳ございません!私はゴミ虫も食わぬウンコ野郎です!ブリブリ!」




ゲラゲラ笑われながら、ハチロクはそのまま四つん這いで進んだ。




「私はゴミ虫も食わぬウンコ野郎です!ブリブリ!私はゴミ虫も食わぬウンコ野郎です!ブリブリ!私はゴミ虫も食わぬウンコ野郎です!ブリブリ!私はゴミ虫も食わぬウンコ野郎です!ブリブリ!」




藤田の股をくぐり、身体半分ほど進んだところで、




「おら!!」




と声がし、尻を蹴られ前に吹っ飛んだ。怪我をしないよう慎重に前に飛び、ズザザーとアスファルトで腹を擦った。ギャーッハッハッハ!!と全員が爆笑した。これ以上攻撃を受けないよう連中のほうへ振り向き、地面に手を付いた。




「もういいもういい。おい、こんなじじい相手にしてる時間がもったいねえ。どうせなら綺麗なねーちゃん探そうぜ。おら、とっとと行こうぜ。」




藤田の号令で、全員が向きを変え歩き始めた。ハチロクを殴った若者が、パッと振り向いて飲みかけのビール缶をこちらへ投げつけて来た。ああ、頭に当たるな、と思ったが避けずにおいた。案の定、頭に当たり、ビールがバシャっとかかった。血が一筋、ツツーっと流れ、顎からポタタっと滴り落ちた。少し切ってしまったようだ。大した傷じゃない。




「けっ!ビビッて言われるがまま恥さらしやがって!矜持ってモンはねえのか?クソが!」




男が軽蔑しきった表情でハチロクを罵った。ハチロクは頭を下げたまま動かなかった。




「奥田!何してんだ行くぞ!そんな奴ほっとけ!」




呼ばれた奥田は振り向くと、足早に仲間のところへ急いだ。ハチロクは、しばらく地面に正座し両手を付いて頭を下げた状態で連中が消えるのを待った。




「『矜持』・・・・・とは恐れいる・・・・。意味わかって言ってんのかね。藤田クンと奥田クンね。面倒だが、一応頭に入れておくか。」




やがて、彼らが見えなくなったので、ティッシュとハンカチを取り出し血を拭った。フン!と息むと鼻から血の塊が出た。出血のスピードは大分落ちて来たが、まだ止まりきらない。鼻にティッシュを詰めるとまた、慎重に道路を進んだ。




『こんなところで韓信将軍の真似をすることになるとは思わなかったな。』




と、地元の信用金庫の前で、血まみれで倒れている男を見つけた。




「おい、あんた。大丈夫か?」




「う、うう・・・・う・・・・。」




起き上がろうと腕を動かしているので手を貸した。見たところ、散々殴られたようだ。鼻の骨が折れているようでおびただしい血がスーツの胸元を染めている。抱き起そうとして男がうめく様子から手足も何か所か骨折しているようだと察した。かなり手ひどく全身に殴る蹴るの暴行を受けたのだろう。肋骨も何本か折れて危険な状態かもしれない。とりあえず街路樹にもたせかけて座らせた。




「話せるか?」




「うううう。な、なんとか。」




「この街は救急車は来るのか?」




あちこちの都市機能がマヒしている現在、救急車を呼んでも来ることができない都市のほうが多い。ハチロクは聞いてみた。




「いや、出動できない。すぐ近くに病院が・・・・・。そこ、そこに・・・。あそこまで運んでもらえれば・・・・。」




「わかった。しっかし一体なにがあったんだ。あんた、ミキサーにでも巻き込まれたのか?物凄い怪我だぞ。」




「わ、わたしは市長です。浜夏市市長、仙波です。」




「なんで市長が血まみれで道路に放り捨てられてたんだ?」




「彼ら・・・アース天狗党です。彼らにやられました。」




まあそうだろうな、と思いながらハチロクは市長の折れていない方の腕をとり、仙波市長を運び始めた。


一歩一歩、ゆっくり進むが動く度に市長が呻き声を上げた。ハチロクは、辛そうな市長に合わせて慎重に病院に向かって歩いた。




「あなたも連中にやられたんですか?凄い顔になってますが。」




言われてハチロクは鼻に手をやった。かなり腫れていて驚いた。




「ああ、そうだよ。さっき絡まれて一発喰らった。」




「まったく、やっかいな連中だ。自分達が正しいと思い込んでるから余計に質が悪い。」




「そうだな・・・・・。」




ハチロクのことを味方だと思ったのか市長の口が軽くなった。自分がどれだけ苦労して市長になったか、市長に当選してからも、どれだけ市のため市民のために尽力してきたか、延々と話し始めた。そして話の矛先は今街で暴れている『アース天狗党』に向いた。




「あいつら、ああして街道沿いを荒らして回ってるんですよ。『街を守ってやるから報酬を寄越せ』と。行く先々で堂々と強請りたかりをしてますが、ご覧の通りやってることはその街で略奪と破壊行為をするばかりで。」




「ふーん、そうか。そういう奴らか。」




「警察も軍も動いてくれないし、まったく、善良な一般市民はいい迷惑です。あんな奴ら、皆殺しにしたっていいくらいだ。」




「うーん。」




ハチロクの口が重くなったことに気づいたのか、市長は更に言いつのった。




「あんな奴ら、罪もない一般市民に迷惑かけて略奪してるだけですよ?存在価値ないでしょう?みんな居なくなったほうが済々するじゃないですか。そうでしょう?」




「うーん。あいつらは確かに迷惑なだけなんだけどな。」




「けど、なんです?」




「・・・・・俺は、『ルナリアン虐殺』の生き残りなんだよ。」




「ゲッ!!」




市長の顔色が変わった。










END

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