第8話 俺は金を持ってるんだ


 無料版のアプリを起動した。


 アプリ側が勝手に選択した電話番号につながった。相手の電話番号は表示されない。


 全く知らない他人の会話。胸が高鳴る。


 ・・・・・・・・・・・・・


「どちらまで?」


「八王子まで、行ってくれ」


「JR線使えば、一本ですよ?」


「運ちゃん、あんた、俺が金持ってるのか心配してんだろ?」


「いやー、そうじゃないですよ。ただ、ここは新宿駅ですからね。JR使えば、早いし、安いかと・・」


「お前に、金の心配なんかして貰わなくてもいいんだよ。ほら、金なら持ってんだよ。100万円」


「分かりました。高速使ってもよろしいですか?」


「そんなもん、当然だろ」


「お休みの日に、お仕事だったんですか?」


「お前さー-、俺のこの格好が仕事着に見えんのか?」


「お休みの日は、普段着で出勤される方も多いので・・・」


「ケイバだよ。競馬。そこの場外馬券場で万馬券ゲットしたのよ」


「それは、おめでとうございます」


 ・・・・沈黙。


「お客様、車内での飲酒はお控え頂けませんか?」


「いいじゃねーか。俺は運転してねーんだから」


 ・・・・沈黙。


「あっ、スミちゃん。オレ。今から、店に行くからねー。エッ、まだやってないの?」


 ・・・・沈黙。


「それじゃ、近くのラーメン屋で時間潰してるから、迎えに来なよ。ドーハン、同伴出勤になるだろ? えっ、あのラーメン屋潰れちゃったの・・・」


 ・・・・沈黙。


「それじゃ、うなぎ屋にしよう。えっ、ウナギ嫌いなの・・・」


 ・・・・沈黙。


「えっ、スミちゃん、今日休みなの・・・。それ、先に言ってよー-」


 ・・・・沈黙。


 ボコボコと、前の座席を蹴る音。


 ・・・・沈黙。


「運ちゃん、Uターンして錦糸町に行ってくれ」


「高速ですからUターンは出来ませんので、一旦降りて、また乗り換えます」


「いちいち、そんなこと言わなくていいんだよ。金は持ってんだよ、ほら100万」


 ・・・・沈黙。


「おい、どこに止めてんだよ。キンシチョーに行けよ」


 カシャ。

 車のドアが開く音。


 バタン。

 ドアの閉まる音。


「すいません・・・」


「はい、運転手さん。どうなさいました」


「新宿で客を乗せたんですが、酔っぱらって、コドモ銀行のお札振り回してるもんですから・・・」


「あー-、そうでしたか。最近そんな連中が増えてるんですよねー。先週は、メダルチョコでブランドのバッグ買おうとした女性もいましたから・・・」


 ・・・・・・・・・・・・


 僕はアプリを切った。


(僕には、この国の未来がとても不安に思えた・・)


 ・・・・・・・


 うわっ、誰かがスマホを奪い取った。お姉ちゃんだった。


「カイト、無断で私のスマホ使うなって言ったでしょ」


「・・・ご、ごめん・・なさい・・」


「えっ、なにこの盗聴アプリって・・、あんた小学校5年生で、盗聴なんかしてるの?」


「・・・」


「あんた、将来、ろくな大人にならないよ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る