第一章 捕食

第一話 追放

「出てけ! お前はもう二度とここに来るな!」


 ……追放されてしまった。

 ここは別に剣と魔法のファンタジー世界ではないし、無論ギルドやパーティーなんかがあるわけでもない。


 ただよわい十九にして、教授から受け渡された、なんの面白みもなく面目めんぼくが立たない、ただの大学の退学通知だった。

 俺は、成績や頭脳が悪いわけではない。いやむしろ自負じふをしている。


 ことの始まりは『真実の視界』の探究――俺が幼少期の頃に、目覚めてしまった好奇心から始めた実験――であったが、その為だけに人生まで棒に振ることになってしまった。

 それこそ子供の頃は、まだ目くじらを立てる程のことはしていなく、ただただ錯視の本を読み漁り、様々な手品の技法や、視界を変える催眠術を試すくらいのことで済んでいた。

 だが、大学に入ったことにより、その行動はより目に余る方向へとエスカレートしていった。


 他人と視神経ししんけいつなげる装置――くらいならまだかわいい方だったのだが――目と繋がっている脳をいじる実験や、最終的には、普通だと見えない新しいものが見えるようになる薬の開発――なんてものまで着手したところで、周りからは目もあてられなくなったのだろう。

 教授に危険な薬物の使用を見抜かれ、そのまま強制退学となった。


 目のことにしか目がない俺でも分かる、あの時追放を言い渡した彼の声色は、怒り、悲しみ、落胆らくたん、失望、その他諸々もろもろが混じっていたものだった――


 と、そんな紆余曲折うよきょくせつがあった俺が今何をしているかと言うと――人目につかない家の軒下で坐禅ざぜんを組んでいる真只中まっただなかである。

 丁寧ていねい胡坐あぐらをかき、指で丸の形を作り、目をつぶって集中する、あれだ。


 ……別に反省しているからそんなことをしているわけではない。

 むしろ朝六時、日がぽかぽかと温めてくれた地面の上で目を瞑っているのだから、普通に二度寝しそうなくらいには、心地よい空間である。


 そして開き直ってぐうたらに過ごすために、ここで坐禅をしているわけでもない。

 これも一つの『真実の視界』研究の一つなのだ。

 真っ暗な視界の中で、頭の中で一点を見つめ、それを見続ける集中訓練。

 これを長い間やっていけるのならば、新しい景色が見えてくるというものだ。


 薄く綺麗に澄み渡る青空、木の匂いが広がってくる日の熱に当てられた軒下のきしたの上で、ただひたすら集中する時間。


 誰にも目を配る必要がなく、心の眼でみずからを見据みすえていく。

 ここには誰もいない。誰にも白い目で見られる心配がない。

 今現在この時に限っては、外側の景色なんてものは何も見えないのだから、もし天地がひっくり返ったとしても、俺のひとみはそれを映し出さないのだ。


 ……いや、今もしかしたらそれに近しいことが起こっているのかもしれない。

 何も見ていないのに、目を疑う光景が起きている。

 突然、あぐらをかいている脚が、を失ったのである。


 某カルト宗教の教祖よろしく、坐禅を組んだまま宙に浮いている。

 というより、、文字通り、身体全体が上へと引っ張られていったのである。


 しかし、この程度で集中を切らしてはいけない。

 どうせ今は大学を追放され、お先真っ暗なのだ。

 このままこの姿勢で、流されるまま流され、経過を見ることにしよう。


 ◇◇◇


 ――ここはどこだろう?

 落ちる世界に身を任せていたら、また脚に地面の感触が戻ってきた。

 何が起こったのか全く見当もつかないし、そろそろ坐禅をやめる頃合いでもあるだろう。

 俺は恐る恐る目を開けた。


 ……そこに見えたのは、ヨーロッパ風の建物が整然と並ぶ町であった。

 ファンタジー小説でよくある、中世のヨーロッパともまた違う、どこかの観光ガイドで見たことあるかのような町並み。

 水色、オレンジ、黄色など、一軒一軒は単色で、全体で見るととてもカラフルな、せまいけど見通しは悪そうな町。


 上を見上げると、田舎でしか見れないような、とても明るく青い空が綺麗にみ渡っており、ぽつりぽつりとその空色のキャンバスに真っ白な絵の具をこぼしたかのように、真っ白な雲が固まっていた。


 ……ここで俺は何か違和感を覚えた。

 パット見は普通の景色のはずなのに、何か重大なことを見落としているかのような違和感。

 なんと言えばいいか、かのような違和感。

 その正体を探るため、俺はこの町の探索を始めた。

 

 ……少し歩いたところで、第一町人を発見。

 おそらく高校生くらいの、姿若者であった。

 そして、その人物のおかげで、俺はようやくこの景色の違和感――その正体に気づくことが出来た。


 そう、彼は、のだ。

 何か急いでいるような姿勢はしているが、そのじつどこにも進めなくなってしまっている。


 更に、さっき見上げた空の雲だって、、という事実にも気づいてしまった。


 ああ、なんということだ。俺は大学の追放に飽き足らず、さっきまでいたあの地から、この

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