第5話 『6月30日の幽霊』
私の勤めているオフィスには、月末と週末が重なると現れる幽霊がいる。
今年の6月30日は日曜日。
詳しくは伏せるが、平日勤務の部署が月曜から金曜までに納品した業務内容を、土日まで使って確認や仕上げ作業をするような部署に勤めている。
代わりに、月曜と火曜が休日だ。
ただでさえ30日までしかない月に重ねて、日曜日の週末作業のダブルパンチ。
今年、一番忙しい日と言っても過言ではないかも知れない。
そういった、変則的で忙しい部署にも、困った社員はいるもので。
31日まである月や週末作業と月末作業の重ならない月との違いも考えずに、どうでもいい問題を起こす。
皆が慌ただしく仕事をこなしている時ほど、自分だけ仕事が出来ない訳ではない事にするための自己主張を始める。
初めは、忙しい時ほど問題が重なるものと割り切っていたが、回数を重ねれば、どういう意味の言動なのか、わからないはずもなく。
そこで苦言でも呈すれば、いくらでも嘘と言い訳に時間を使ってくる。とてもではないが、忙しい時に相手などしていられない。
普段なら仕方なく、忘れていそうな内容を「念のための確認」などと言って繰り返し伝えたり、先輩が簡単な作業を指示してくれるが、あまりに忙しい時はそんな事に頭を使っている余裕などないのだ。
「今、忙しいので」
と、スルーしてみても、私の手が空くまで私の作業を覗き見しながら、一緒に仕事をしているふりをする。
これで同じ給料だ。イライラどころの話ではない。
そこで登場するのが、月末と週末が重なると現れる幽霊。
イライラを消してくれる、好意的な幽霊だ。
昔に使われていたOL用の制服を着た、40歳になるかならないかくらいの女性幽霊。
入社したばかりの頃は、時々現れる制服役職のような先輩社員だと思っていた。
しかし、彼女の姿が見えているのは、私だけのようだった。
そして、月末と週末の重なりや、トラブルが起きて大忙しになる時だけ現れる事も、すぐに気が付いた。
『最初から決まっている月末最終日の曜日を把握していないなんて、仕事が出来ない証拠でしょう。言い訳で人の時間を奪っている事すらわからない。でも、安心して。邪魔になっているのがわかっていないのは本人だけだから』
関わらないように口を噤む者の多い中、事実をハッキリと口に出してくれるのだ。
『忙しくて月末って事を忘れちゃうかも知れないけど~なんてフォローを入れちゃうと、今度はどれだけ忙しかったかの嘘言い訳が始まるのよね。仕事が出来ないだけなら仕方ないのよ。でも、その仕方ないは、覚える努力をしなくて良いという意味ではないの。ドリョクシテイルなんて中身の伴わないセリフを言い返すだけなんて論外よ』
人によっては、彼女が文句を言っているように聞こえるかも知れない。
忙しい時に聞かされる文句は、イライラを増してしまうだろう。
だが、私の気持ちは軽くなるのだ。
文句とはいえ、事実を言っているから。
的を射た事実でもなかなか口には出来ない事を、彼女はハッキリと言葉で表現してくれるのだ。
下手な上司の無責任な誉め言葉より、ずっと気を楽にしてくれる。
だから、私は彼女が見えている事を黙っている。
自分の存在に気付かれたと知って、彼女が居なくなるような事があっては困る。
6月30日の仕事をやりきると、
『お疲れー、頑張ったね! 今月は大変だったねー』
と、労ってくれる。
時々、肩をポンポンして、
『明日は、ゆっくり休むのよー』
なんて言ってくれるのだ。
疲れ切っている時など、涙が出そうになってしまう。
でも、我慢しなくては。
彼女に気付かれてしまうかも知れない。
彼女は、確かに幽霊だ。よく見れば、体が透けている。
昔に使われていた制服を着ているので、以前はこの会社に勤めていたのだろう。
学生の頃はアルバイト先で、亡くなった事に気付かず出勤してくる幽霊を見た事がある。
こちらが気付くかどうかなのだと思う。
意外と、幽霊は身の回りに存在しているものだ。
私以外の誰にも、彼女の姿は見えていない。その言葉も聞こえていない。
とても、もったいない事だと思う。
私も彼女を見習って、いつか誰かの支えになりたいものだ。
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