第37話 日常の戻りと新たな発端

門司港の朝は、いつもながらの静けさと美しさに包まれていた。透き通るような青い海と澄んだ空が広がり、穏やかな風が吹き抜ける。三田村香織は、信用金庫のオフィスに向かう途中、この景色を一瞬立ち止まって眺め、心が安らぐのを感じた。


「事件が解決して、やっと日常が戻ってきたわね。」香織は、隣を歩く藤田涼介に微笑みかけた。


「そうだな。だが、次の挑戦も待っている。気を抜かずにいこう。」涼介は真剣な表情で答えた。


オフィスに到着すると、同僚たちが温かく迎えてくれた。事件後の余韻に浸りながらも、彼らの間には次の挑戦に向けて新たな意欲が満ちていた。デスクに並んだパソコンの画面が一斉に点灯し、業務開始の合図が響く。


「香織さん、涼介さん、また一緒に頑張りましょうね。」同僚の高橋美咲が声をかけた。


「もちろんよ。」香織は元気よく応えた。オフィスにはコーヒーの香りが漂い、仲間たちとの笑い声が響き渡る。平穏な日常が戻ってきたことに、香織は心の中で安堵のため息をついた。


午前中の業務が順調に進む中、香織は窓の外に目をやった。晴れ渡った空の下で港町の風景が広がり、人々が穏やかに日常を過ごしている様子が見える。香織はふと、自分がこの町を守る一員であることに誇りを感じた。


「お昼、どうする?」涼介が尋ねた。


「新しくできたカフェに行ってみない?」香織は微笑んだ。


二人は新しいカフェでランチを楽しみながら、最近の出来事や今後の計画について話し合った。涼介は新しいメニューに挑戦し、香織は昔ながらのお気に入りのサンドイッチを選んだ。


その日の午後、支店長の東寿郎が香織と涼介を呼び出した。彼の表情はいつになく緊張していた。会議室のドアが閉まり、東は深刻な面持ちで話し始めた。


「最近、信用金庫の顧客の資産が謎の方法で消失するという報告が相次いでいる。非常に不審な動きだ。君たち二人に、この異常な事態を調査してほしい。」東は重い口調で依頼を伝えた。彼の手元には、分厚いファイルが積まれており、これまでの調査結果が記録されていた。


「分かりました。全力で調査します。」香織は真剣な表情で答えた。涼介も頷き、「どんな手段を使ってでも、この謎を解明します。」と決意を込めて言った。


調査を開始すると、香織と涼介は次々と報告される不審な取引の記録を分析し始めた。取引履歴に共通点を見出すために、二人は深夜までデスクに向かっていた。書類が散らばったデスクの上には、顧客の名前や取引金額がびっしりと記されている。


「この時間帯に集中している取引が怪しいわ。」香織はデータを指しながら言った。「同じ手口で複数の口座から資金が引き出されている。」


「確かに。これだけの規模で一度に行われるのは尋常じゃない。」涼介も同意し、さらに詳細なデータ分析を進めた。


調査を進める中で、香織はふと、過去の事件の記憶が蘇った。かつて手がけた難解な事件も、こうした地道な調査の積み重ねで解決してきたのだ。彼女は自分の信念を再確認し、さらに集中してデータを見つめた。


その夜、香織がパソコンの画面に目を落としていると、突然不審なメールが届いた。差出人不明のメールには、次のようなメッセージが記されていた。


「これ以上調べるな。さもなくば命の保証はない。」


香織は一瞬息を呑んだ。画面に映し出された冷たい文字が、暗い影を落とした。涼介も画面を覗き込み、険しい表情を浮かべた。メールには、詳細な脅迫内容が記されており、彼らの個人情報や家族の情報まで含まれていた。


「どうする?」涼介が尋ねた。彼の目には一瞬の不安がよぎる。


香織は深く息を吸い込み、決意を新たにした。「この脅迫に屈するわけにはいかない。真相を突き止めましょう。」


涼介も頷き、「そうだな。私たちの仕事はまだ終わっていない。」彼はパソコンの画面を閉じ、次の手を考え始めた。


朝の光が門司港の海に反射し、キラキラと輝いている。香織と涼介は信用金庫の一室で、被害に遭った顧客たちからの聞き取り調査を始めた。部屋には緊張感が漂っており、顧客たちの不安な表情がその空気をさらに重くしていた。


「最近、不審な取引が続いていますが、何か心当たりはありますか?」香織が優しく問いかけると、初老の男性がため息をついて答えた。


「実は、先週奇妙な電話を受けたんです。『信用金庫からの確認です』と言われ、口座情報を確認するように促されましたが、なんだか不自然で…。」


香織はメモを取りながら頷いた。「その電話の内容をもう少し詳しく教えていただけますか?」


男性は少し考え込みながらも、細かい部分まで話してくれた。その内容は、後に重要な手がかりとなることを香織は直感的に感じた。


次に順番が回ってきた中年の女性も、同じような不審な電話を受けたと証言した。彼女の口ぶりからも、何か悪意のある計画が進行していることが伺えた。


「不審な電話を受けた後、すぐに資産が消失したと。」涼介が確認するように尋ねると、女性は強く頷いた。「はい、信じられないことですが…。」


香織と涼介は聞き取りの内容を共有し合い、共通するパターンを見出そうとした。部屋の外では、他の同僚たちが忙しく動き回り、次々と新たな報告が持ち込まれていた。


涼介が調査ノートに記録を取る音が部屋に響く中、香織は再び顧客に質問を続けた。「その電話をかけてきた人物の声に、何か特徴はありましたか?アクセントや話し方など。」


「そうですね…」初老の男性は考え込んだ。「少しだけ外国訛りがあったかもしれません。」


「なるほど、ありがとうございます。」香織はその情報をメモに書き留めた。


被害者の証言が続く中、ある若いカップルも不審な電話を受けたことを話し始めた。彼らは新婚で、共同の口座を開設したばかりだった。


「私たちにも同じような電話がかかってきました。最初は普通の確認の電話だと思ったのですが、どこか不自然でした。」若い女性が語った。


「具体的にどう不自然でしたか?」涼介が尋ねた。


「相手が非常に詳細な情報を知っていて、まるで私たちの生活を全て知っているかのような感じでした。」若い男性が答えた。


「なるほど。その電話がかかってきた時間や、会話の内容をもう少し詳しく教えていただけますか?」香織が尋ねると、カップルは詳細な時間と内容を説明し始めた。


午後になると、香織と涼介は信用金庫内のシステム監査を開始した。大きなモニターが並ぶ監査室に入り、システム管理者たちと共にデータを詳細にチェックしていく。


「外部からの不正アクセスの可能性を調べてください。」香織はシステム管理者に指示を出し、自分たちもモニターに映るデータを注意深く観察した。


「香織、こっちを見てくれ。」涼介が指差したのは、特定の時間帯に集中している不審な取引の履歴だった。画面には、複数の口座から一斉に資金が引き出されている様子が映し出されていた。


「この時間帯に何かが起きている。」香織は目を細めてデータを見つめた。「内部犯行の可能性も考慮しないといけないわね。」


システム管理者がログを詳しく調べ始めると、香織と涼介はさらに深掘りして調査を進めた。彼らは一つ一つのデータを細かく検証し、少しずつ全貌を明らかにしていこうとした。


「不正アクセスの痕跡があります。」システム管理者が声を上げた。「IPアドレスを追跡してみます。」


「それで何が分かりますか?」涼介が尋ねる。


「もし外部からの攻撃であれば、その発信源が特定できるかもしれません。ただし、巧妙に隠蔽されている可能性も高いです。」管理者は慎重にキーボードを叩いた。


香織はモニターを見つめながら、過去の事件の記憶が蘇った。かつて手がけた難解な事件も、こうした地道な調査の積み重ねで解決してきたのだ。彼女は自分の信念を再確認し、さらに集中してデータを見つめた。


「涼介、ここに共通点があるわ。このIPアドレス、以前の事件でも見たことがある。」香織は画面を指差した。


「確かに、このIPはあの時の…」涼介も驚きながら思い出した。「これは偶然じゃない。背後に同じ組織が関わっているかもしれない。」


システム管理者はさらに調査を進め、外部からのアクセス履歴を詳しく調べた。複数のアクセスポイントが特定され、その中には海外からのアクセスも含まれていた。


「これは重大な手がかりだ。国外からのアクセスがあるということは、国際的な組織が関与している可能性が高い。」涼介が分析結果を見ながら言った。


「この情報をインターポールと共有する必要があるわね。」香織は即座に行動に移した。「彼らの協力を仰ぎましょう。」


香織と涼介は、インターポールのエージェントであるアレックス・モーガンに連絡を取った。彼はすぐに反応し、調査への協力を約束した。


「これは大規模な犯罪ネットワークの一部かもしれません。私たちも全力でサポートします。」アレックスは電話越しに力強く答えた。


突然、監査室のモニターが一斉に異常を示し始めた。警告音が鳴り響き、システム管理者たちは慌ててキーボードを叩き始めた。


「システムがハッキングされています!」管理者の一人が叫んだ。


「何ですって?」香織は驚きながらも冷静さを保とうとした。彼女はすぐに涼介と共に対策を練り始めたが、モニターに映し出されるデータは次々と削除されていった。


「急いでバックアップを取って!」涼介が叫ぶ。


「もう遅いかもしれない。」管理者が絶望的な表情で答える。


「そんな…。」香織はモニターに向かって手を伸ばし、消えていくデータを見つめた。その時、ふと頭に浮かんだのは、顧客から聞いた不審な電話のことだった。何か大きな陰謀が背後にあることを、香織は確信した。


「涼介、これで終わりじゃないわ。まだ手がかりは残っている。」香織は涼介に向き直り、決意を新たにした。


涼介も同意し、「ああ、絶対にこの犯人を突き止めよう。」と力強く答えた。


システム管理者たちは必死に復旧作業を続けていたが、データの損失は甚大だった。バックアップからの復元も思うように進まず、現場は混乱の極みに達していた。


「こんなに短時間でここまでやられるなんて…」管理者の一人が呟く。


「香織、何か手がかりが残っているはずよ。」涼介が焦燥感を隠しきれない表情で言った。


「そうね、諦めるわけにはいかないわ。」香織は再びモニターに向き直り、残されたわずかなログファイルを丹念に調べ始めた。


その時、インターポールのアレックス・モーガンから電話がかかってきた。


「香織、涼介、重大な情報を掴んだ。犯人たちが使ったIPアドレスが特定された。ある国際的なサイバー犯罪組織が関与している可能性が高い。」アレックスの声は緊張に満ちていた。


「それで、その組織は…?」香織が問いかけると、アレックスは一瞬間を置いて答えた。


「シャドウネットだ。」


その名を聞いた瞬間、香織と涼介は顔を見合わせた。シャドウネットは、かつてインターポールが追い続けていた国際的なサイバー犯罪組織であり、非常に高度な技術を駆使して金融機関を攻撃してきた悪名高い集団だった。


「シャドウネットが関わっているなら、これは簡単にはいかないわね。」香織は冷静に言った。


「そうだな、だが我々は必ずやつらを追い詰める。」涼介も決意を新たにした。


アレックスはさらに情報を共有した。「彼らの拠点を突き止めるために、我々も全力を尽くしている。今は一刻も早く対策を講じることが重要だ。」


香織と涼介はインターポールと連携しながら、引き続き内部調査を進めることにした。残されたデータの中から少しでも手がかりを見つけ出し、シャドウネットの陰謀を暴くために全力を尽くす決意を固めた。


翌日、香織と涼介は再び被害に遭った顧客たちと接触し、新たに得られた情報をもとに更なる聞き取りを行うことにした。


「昨日お話しいただいた内容に基づいて、もう少し詳しく教えていただけますか?」香織が再び初老の男性に尋ねた。


「もちろんです。あの電話がかかってきた時、背景で奇妙な音が聞こえました。それが何か気になって…」男性は思い出しながら話した。


「奇妙な音?」涼介が興味深そうに尋ねた。


「はい、まるで機械音のような、電子的なノイズでした。」


「それは重要な手がかりになるかもしれません。ありがとうございます。」香織はその情報をメモに書き留めた。


次に若いカップルに話を聞くと、彼らもまた新たな情報を提供してくれた。「私たちが電話を受けた時、相手が私たちの生活について非常に詳しく知っているように感じました。まるで私たちの行動を監視しているかのようでした。」


「監視…」香織はその言葉に反応し、何かを考え始めた。「もしかすると、彼らは私たちのシステムだけでなく、個人のデバイスにも侵入しているのかもしれません。」


香織と涼介はシステム管理者と共に、再びシステムの詳細な調査に戻った。今回は、個人のデバイスに対する攻撃の痕跡を探すことに焦点を当てた。


「個人のスマートフォンやパソコンにマルウェアが仕込まれていないか確認してください。」香織が指示を出した。


システム管理者はすぐに作業に取り掛かり、詳細なスキャンを開始した。その結果、いくつかのデバイスから不審なプログラムが発見された。


「これは…」涼介が画面を見つめながら言った。「非常に巧妙に隠されているが、間違いなくマルウェアだ。」


「これが監視の手段だったのね。」香織は確信したように頷いた。「これを元に、さらに追跡してみましょう。」


システム管理者は発見されたマルウェアの解析を進め、その通信先のIPアドレスを特定することに成功した。それは、シャドウネットの拠点に繋がる重要な手がかりとなるものだった。


「このIPアドレスを元に、さらに調査を進めましょう。」香織は決意を込めて言った。


「了解。これでようやく奴らの尻尾を掴んだわけだ。」涼介も同意した。


インターポールとの連携を強化するため、香織と涼介は改めてアレックス・モーガンと連絡を取り、現状を共有した。


「こちらでも新たな手がかりを掴みました。シャドウネットの拠点を特定するために、全力で協力します。」アレックスは力強く答えた。


「ありがとう、アレックス。私たちも引き続き調査を進めます。」香織は感謝の意を伝えた。


アレックスはさらに詳細な情報を提供し、シャドウネットの活動に関する過去のデータも共有した。それは、彼らの動きを予測する上で非常に有益な情報だった。


「彼らの行動パターンを分析すれば、次のターゲットを予測できるかもしれません。」涼介がデータを見ながら言った。


「そうね、これで彼らの一歩先を行けるようになるわ。」香織は自信に満ちた表情で応えた。


調査が進む中、突然またもやシステムに異常が発生した。今度はさらに巧妙な方法で侵入され、監視カメラの映像までもが操作されていることが発覚した。


「監視カメラの映像が操作されています!」管理者が叫ぶ。


「どういうこと?」香織は驚きつつも、モニターに目を凝らした。映像には明らかに編集された痕跡があり、何者かが故意に操作していることが明白だった。


「これじゃ犯人の姿が見えない…」涼介が焦燥感を滲ませた声で言った。


「何かが起きている。私たちの動きが完全に監視されているようだわ。」香織は冷静に分析した。


その時、またもや香織のパソコンに不審なメールが届いた。画面に表示されたメッセージは前回と同様に脅迫的な内容で、さらに具体的な指示が記されていた。


「調査をやめろ。次はお前たち自身がターゲットになる。」


香織と涼介は再び顔を見合わせた。彼らはこの脅迫に屈するつもりはなく、さらに強い決意を胸に秘めた。


「香織、私たちは絶対に負けない。」涼介が力強く言った。


「ええ、絶対に真相を突き止めるわ。」香織も同意した。



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