第9話 7月
ちりめんじゃこに対する、投資が止まらなかった。
5月、6月は確かに、ちりめんじゃこと私が出会った共通の趣味のコラボカフェがあった。
現場の特典がほしいというちりめんじゃこと折半し、意気揚々と食べに行く。
正直、ここに来ている時だけ、まともな食事をしていたと思う。
ほとんどドリンクしか飲まなくても、やっぱり身体が潤ったのは、
決して推しのドリンクだったからではない。
サイダーの中に浮かぶ、ほんの2、3個のブルーベリーや、小さな苺のカケラ。
そんなんが、凄く美味しくて、美味しくて。
みずみずしくて、傷みとかカビとか気にすることなく頬張る事ができて。
どんどん食べたし飲んだ。いつの間にか特典が100枚くらいあった。
しかし同時に、ちりめんじゃこもお腹を空かせていた。
カードが使えないちりめんじゃこにとって、唯一の働き口を失った影響は大きい。
コラボカフェで買ってきてほしいグッズなんかは、
ちゃんと買ってきて「飴」にしないと、ちりめんじゃこは働く気を起こしてくれない。
私は返金を要求することはなかったと思う。
というか、そんなの私の信仰に反するし、何より楽しくない。
原稿を描いてほしい、お金にするから、と、何度も食い下がったが。
自分に自信がないのか、ちりめんじゃこはパニックを起こして泣きわめく。
仕方ないので、十時間を費やして、ちりめんじゃこの主治医とケアマネージャーに手紙を書いた。
十時間もあれば、三本はシナリオがかけるのに、と、思うと、空しい。
あとついでに、嫌がらせにインク代の請求と、医療輸送費について説明するように道頓堀に命令しといた。
六月末に来ていた十五万超えの請求。
七月末に予定されている十七万超えの請求。
既に一社、リボ払いにしてある。
どうしようもなくて、一番使いやすいクレジットカードを解約することにした。
十五回払いにしても、毎月六万以上の返済に一年以上追われることになる。
実家には、私がどんな考えでちりめんじゃこを支援しているのか伝えたが、
決して、認めてはくれなかったし、カードの使い方や送ったものについて、
連日のように確認や忠告の電話が止まらなくなった。
なあ、じゃこ。
お前、同人誌作ってただろ。
お前が働けないのなんて分かってんだよ。
だって言っちゃなんだけど、お前、絵も文も動画も加工も出来ないじゃん。
私が知っている範囲の仕事は、全部出来なかった。
だから、原稿をくれって何度も言った。
それ、全部売ってくるから。
全部金に代えてやるよ。昏呉市晒してうまいメシを食おうぜ。
頼むよ、泣かないでくれよ。
お前、私よりいいもの食ってんだぞ?
病院に行く月に1回の時以外、ずっと腐りかけの野菜の可食部と、ご隠居達の好意に甘えてる私とは違うじゃんか。
お前の身体が栄養バランスを崩す病気なのは知ってる。
何で身体だけは元気な私が、低たんぱくと低血糖、それにビタミン不足、職業病でボロボロなんだよ。
そんなお前を励ますために、俺の有料講座、どれだけドブに捨てればいいんだよ…。
ちりめんじゃこの援助をし始めて、初めて私は、ちりめんじゃこに「金銭の対価」を要求した。
「お前の金で勉強させてほしい」「お前のサポートに躊躇いなく行けるように」
ああ―――最低だ。
信仰に反する。こんなものは、キリスト的ではない。
初めて、私は泣いた。自分の信仰と信条に、自分の欲や我儘が負けたことが、ひたすら苦しかった。
そこまで来て、ようやくちりめんじゃこは。
2ヶ月ぶりに、原稿に手をつけてくれた。
徹夜の作業で、ほんの少し進んだ原稿の対価は、
ちりめんじゃこの点滴だった。
クレジットカードの支払いのために、ドラッグストアの面接が控えている。
「命懸け」で行動しているのは、私だけだという孤独感よりも、
「お前は騙されている」「施設に行くべき人だ」
「推しなんか買って貰ってる場合じゃない」
そんな言葉が辛かった。
仕方ないだろ。
今のちりめんじゃこには、飴と鞭のうち、飴が圧倒的に必要なんだ。
あまりにも、あまりにもちりめんじゃこは、
何も出来ないのだから。
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