一つの遺志、一つの軌跡。
秋雨
1 道なき道は閉ざされるべくして閉ざされるものだ
すべての始まりは一通のメールだった。
それが届いたのは9月1日、わたしが18歳になった日だった。見知らぬアドレスから送られてきたメール。「君にはこの動画を見る義務がある」という文面。添付された動画。どう見ても怪しい。ウイルスが入っているかもしれない。それでも見なければいけないような気がした。引き寄せられるように動画を開く。
・・・・・・・・・
「よし、映っているね」動画を開くと、そこにはわたしと同様に黒い服に身を包んだ、わたしによく似た少女がいた。そしてその少女は言葉を放つ、
「初めまして、61代目。私は君の先代、先代の冥鳴ひまりだ。突然のことだ、疑問も積もるのも無理はないが、まずは私の話を聞いてほしい」
――君は、「死神」を知っているか?……いや、答えなくていい。君の答えは私には聞こえないからね。話を始める前にまずは
……こんなことを言っても君は信じないだろうね。馬鹿げた話だと思うだろう?あるいは「死神なんて非科学的なものいるわけがない」なんていうだろう。私もそう思っていた。だが、信じるしかなくなったんだよ。
少し昔話をしよう。なに、あまり長くはしないつもりだ。君がこの動画を見ているちょうど一年前、9月1日、私の18歳の誕生日に今の君同様知らない誰かからメールが送られてきた。文面は一行、至極単純なものだった。
『君は死神に選ばれた』
馬鹿馬鹿しい、君もそう思うだろう?私もそう思ったさ。ただのスパム、そう即断したさ。その日は友人との約束もあったからね、こんなもののために費やしてやる時間は一秒たりともなかったんだ。さて、化け物に見初められてしまったこの哀れな「死神」だが、その日友人と会うことはなかった。集合場所には誰もいなかったんだ。連絡もつかなかったからおとなしく家に帰ることにした。数年越しということで少し期待をしていたのだけれども。さて、問題はここからだ。なにか連絡が入っていないかと、家に帰って早々に固定電話を確認した。しかし、案の定というべきか、そこには友人からの連絡はなかった。代わりにあったのは両親がそれぞれ務める会社からの留守電。二つの留守電は同じことを言っていた。
『ご愁傷さまですが、……。』
目の前が真っ暗になるとはこういう事を言うんだろうね。実際私の人生もお先真っ暗だったわけだが。
『馬鹿馬鹿しい、ただの偶然だ』
君はそう笑い飛ばすだろうが、そうできるだけの器量は私にはなかった。脳裏をよぎったのはあのメール。『ああ、「死神」の仕業だ』そう思うしかなかった。家族がいなくなったその日、私は夢を見た。いや、夢を「見せられた」というべきか。私はいわゆるチュートリアルを見せられたんだ。『冥鳴ひまり』の生みの親を名乗る誰かが説明してくれたよ。質問にも懇切丁寧に答えてくれた。私が求めていた情報、そして君が欲しているだろう情報を簡単にまとめて君にも共有しよう。まず、『冥鳴ひまり』は一つのキャラクターだ。公式の年齢や身長、誕生日や普段の服装、そしてキャラクターとしてのあるべき姿がある。ちなみに誕生日は9月1日、年齢は18歳だ。次に、『冥鳴ひまり』は見る者の望みに合わせ、何でもできる存在でなくてはならない。君にもそのための能力、才能が新しく備わっていることだろう。そして最後に、『冥鳴ひまり』は『死神』であるということ、これは『冥鳴ひまり』をそれたらしめる重要事項だ。『死神』については今説明した通りだ。と言っても見境なく、というわけではないらしい。あくまでも自分と浅からず関わった生物が対象だ。ここからは私の考察になるが、これらの話から一つ重大な問題が浮かび上がる。『冥鳴ひまり』の誕生日が9月1日、年齢が18歳だといっただろう?この際誕生日はどうでもいいとして、問題は年齢だ。『「冥鳴ひまり」は18歳でなければならない』、そう読み取れてしまう。さて、果たして私たちは19歳になることができるのだろうか?もしその答えが否だとすると、この動画が撮影された翌日、君がこの動画を見ている頃には私は死んでいることになるね。まあ私が君と会うことはないだろうから関係のない話ではあるのだけれど。
さて、昔話を続けよう。書類の手続は両親の勤めていた会社がしてくれたからいいとして、両親が死んだわけだから私の、両親の親族が集まって葬儀をしようとする。つまりは「死神」の周りに人が集まってくるということ。これはまずい。誰でもそう思うだろう。また私のせいで人が死ぬ。それだけはなんとか避けようとした。親族と可能な限り関わらないようにすることでね。幸い大人たちは聞き分けが良かった。「両親が死んで精神的に困憊しています」とでも言えば静かに引き下がってくれたから。問題は子供だ。言葉での制止は意味をなさなかった。子どもたちは黒い服を着た私をからかってかまとわりついた。そして、恐れていたことが起こった。葬式が終わり、式場から飛び出した誰かの子供がトラックに轢かれた。……そう、
その時の私は考えた、『どうすれば誰とも直接関わらずに生きられるだろうか?』生きるためには衣食住が必要だ。そしてそのすべてが、金を必要としているんだ。誰とも直接はかかわらずに金を稼ぐ手段が必要だ。そうして私はインターネット上でお金を稼ぐ、という手法を選んだ。まず試したのはネット小説家。どこを見ても同じようなくだらないものがおいてあるその世界ならば生き残るのも簡単だろう、幸い私には「冥鳴ひまり」であるという大きなアドバンテージがある。正直、余裕だと思っていたよ。まあ、思っていただけなのだけれど。現実は想像以上に鬼畜だった。私の作品は見向きもされなかったんだ。世にはびこる駄作よりよほど面白いものができている、そう確信できたにも関わらず、ね。ならば、と動画投稿を始めてみた。やはり見向きもされない。当然だ。誰も、存在を知らない他人の動画を見られるはずがないからね。作詞作曲もした。存在を知られることはなかった。「冥鳴ひまり」を以てしてももともとない絵の才能は伸びなかった。そこまでして気づいた。『ああ、私では駄目だ』あれほど貶していた
二度目の挫折を味わい筆を折った夜、私はまた夢を見た。新しい可能性の夢。配信者として活動する先代の姿。それが『冥鳴ひまり』が私に与えた未来だった。是が非でもと飛びついたさ。約束された安楽。挑戦し疲れた私にはそれがちょうどよかった。このタイミングになって、今更私は『冥鳴ひまり』という名前を検索した。そして冥鳴ひまり名義のYouTubeアカウントが存在すること、そのチャンネル登録者数がおよそ8万であること、そしてそれが数ヶ月稼働していないことを知った。最後の理由は簡単に推測できる。先代が『冥鳴ひまり』ではなくなったからだろう。それが意味するのは、以前の推測の通り先代が死んだか、それとも記憶などの情報を消されたか。それ以外の可能性があったとしてもこの2つ同様碌な話ではない。私が冥鳴ひまりのチャンネルを知った次の日、私のもとに差出人不明の荷物が届いた。これまでの流れからそれが何なのか想像はついた。配信者として活動するための機材。あの夜見た夢、死んだ両親、そして冥鳴ひまりのチャンネル。『冥鳴ひまり』になってから何度もあったご都合主義というやつだろう。何故か機材の使い方は知っていた。配信の経験はないはずなのに言葉が流れるように出てきた。私の知る有名な配信者たちのように。実際私には配信者『冥鳴ひまり』が宿っていたのだろう、そう思えるほどだった。配信者としての生活を初めて数週間、『冥鳴ひまり』宛に手紙と数十万という大金が届いた。手紙には一言、『君のものだ』とあった。どうしたことだろう、私はあれだけの苦労を差し置いて生きていく手段を得てしまったわけだ。その時、私は喜びとともにささやかな落胆を覚えていた。なんということだ、私はこれからも生きていかなければならないらしい、なんてね。今になって思うと、あのとき、私に背負うものがないうちに死んでいればどれほど良かったか。
死ぬことすら叶わず久しくなった頃、私は一人の少女と出会った。私と似た境遇、私より少し小さいくらいの14歳。『巫女みこネットワークの一員で、日本各地で怪異の情報を集める少女:中国うさぎ』、さらに言えば『中国うさぎ』というキャラクター、それが彼女だった。思い返せば初対面は最悪だった。彼女は私を怪異とみなし、『危険を覚悟で』情報を得るために話しかけてきた。それでも
……さようなら。
(動画はここで終わっている)
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