こんな空気は聞いていない
『アリオスたちとアポ取れたから。明日、一緒に会いに行くわよ』
そんな風に言われたのもつい昨日のことだ。
アリオスとリリーナがまず無事に帰国出来たことに安心し、それから少しして突然セレンからアポが取れたと伝えられたのだ。
あまりにも突然すぎて食べていたお菓子を吹き出してしまったが、とにもかくにもアリオスたちと会える用意が整ったわけだ。
「なあ母さん」
「なんだ?」
「緊張してる?」
「いや? 特にしていないが」
「……凄いな」
俺と母さんが居るのは、王城のとある一室だ。
これからアリオスとリリーナに会える……それはとても嬉しいことなのだが、同時にとてつもないほどの緊張感に包まれている。
表情がガッチガチだろう俺と違い、母さんは普段と変わらない様子で流石すぎる。
「ふふっ、大丈夫ですよトワさん。ありのままで、今のあなたが心のままに向き合えば良いんです」
「リリス……」
リリスも傍に居てそう言ってくれるが……やっぱりなぁ。
「いやほら、普通じゃねえからさぁ。一度死んで、それでまた今度はガキになって戻ってきたんだぞ? 片手を上げてただいま~って空気には絶対ならないだろうし」
「むしろ信じてもらえるか分からないと……そう思ってますか?」
「……あぁ」
そうだな……俺はそれを心配している。
アリオスもリリーナも俺の自慢の仲間で、リリスやセレン同様に信頼出来る最高の人たちなのはまず間違いない。
だが信じてもらえるかどうかは……一旦別の話になるだろう。
リリスとセレンはブライトオブエンゲージの要素も相まって、俺との繋がりを感じてくれた……だから紆余曲折はあったものの今のような関係に落ち着くことが出来た。
「……ま、なるようになるしかねえか」
結局はなるようになるしかない。
アリオスたちが受け入れてくれても、受け入れてくれなくてもそれは俺の運命だったわけで……まあでも、不安と緊張に押し潰されそうではあるのだが確かなものがある――それは何だかんだ上手く纏まりそうだという直感だ。
「良い顔になったな」
「かっこいい顔です……あぁ、早く大きくなったトワさんと沢山のことがしたいですね♡」
「おい、ここでくらい欲望は抑えろサキュバス」
「ごめんなさい。だってサキュバスですから♪」
最近、リリスはサキュバスだからという台詞を多用する。
それは彼女がサキュバスの本能に逆らえないというわけではなく、シンプルに俺に対する欲望の大きさを種族を使って免罪符しているのである。
でもやっぱりそんな風に欲望を向けてもらえるのも男としては嬉しい限りで、今更早まるなだなんて空気の読めないことは言えない。
「あんたたち、準備は出来たかしら?」
「っ……おう」
セレンが俺たちを呼びに来た。
ようやく……ようやく俺はあいつらに会う……逸る心を抑え、セレンの後を追うように部屋を出た。
今回はセレンとリリスのおかげもあって他の人の姿は一切なく、本当に俺たちは内密にアリオスとリリーナに会うことが出来るというわけだ。
「ここよ。心の準備が出来たら言いなさい」
二人が待っているであろう部屋の前で、俺はふぅっと深呼吸をした。
これから二人に会う……どちらに転がったとしても、俺にとって大事な仲間たちとの再会だ――この部屋を出る頃には、きと俺は満足した様子で笑顔を浮かべているに違いない。
……はは、そう思うと何も怖くはないか。
ジッと見つめてくるセレンに頷くと、彼女は扉を開けた。
「入るわよ」
「あぁ」
「どうぞ」
セレンに続くように、中に入るとアリオスたちは待っていた。
あれから二十年は経ったことで当然二人ともそれだけの歳を取ってはいるのだが、それでもまだまだ若々しい姿をしている。
それこそ二十代くらいと言われても信じてしまうくらいには、昔の面影どころか雰囲気も同じだった。
「よく来たな……って子供と……何ッ!?」
俺を見た後、母さんを見てアリオスは声を上げた。
勇者だったアリオスは魔に属する存在の気配には敏感なので、こうして母さんを目の前にすればすぐに魔族だと気付いただろう。
それはリリーナも同じはず……だからこの驚きように嫌な予感を抱いてしまったが、どうもそれは杞憂だったらしい。
「なんて美しく、凛々しい女性だ……しかもパイがでけえ……っ!」
そう……アリオスは単純に母さんの容姿に心を撃ち抜かれたのだ。
すぐ傍に長年連れ添う嫁さんが居るというのに、こういう部分は昔と何も変わっていないな。
まあ旅に出た直後のアリオスは、この後に必ずと言っていいほど自分の力を誇示したあげく連れ出そうとしていたので、その点ではこれもまたアリオスの成長でもある。
「アリオス?」
「……はい、すみませんちょっと調子に乗りました」
興奮するアリオスに対し、リリーナの冷たい声が放たれた。
リリーナがもっとも得意とする魔法が氷属性なのもあってか、部屋の温度が急激に下がっている気がする……これも旅が終わりに近付いた頃のリリーナの再現みたいだ。
「あんたたち、痴話喧嘩は後にしなさい。今日はあんたたちにお客さんを連れて来たんだからね。あたしにとっても、リリスにとっても大事なお客さんを」
「っ……すまない」
「失礼したわね……それで」
そこでようやく、リリーナがまず俺をジッと見た。
この時点ではまだ俺だと気付いた様子はなく、やはり俺よりもヴァンパイアである母さんの方が気になるようだ。
「……………」
とはいえ、ここはどう言葉を切り出すのが正解だ?
リリスとセレンが頑張れと言わんばかりの目線を寄こしてくるが、流石にこれに関しては悩んでしまう。
しかし状況が状況とはいえ彼らは王族だ……忙しいだろうし、ここはまず軽いジャブから入る!
「今日は時間を作ってくれて――」
ありがとうございますと……そう続けるはずだった。
だがそんな俺の言葉は彼の……アリオスの声によって中断せざるを得なかったのだ。
「……トワ?」
「え……?」
トワと、確かにアリオスが俺の名前を呼んだからだ。
彼は呆然とした様子で俺を見つめており、少なくともさっきまでとは明らかに様子が違っていた。
「アリオス……あなた、何を言って――」
リリーナは信じられない様子で、再びを俺をジッと見て……そして完全に動きを止めた。
段々と信じられないモノを見るかのように目を見開き、彼女もまたこう言ったのだ。
「……トワ、なの?」
アリオスとリリーナ……二人が俺を見てそう名前を口にした。
正直俺としてはどうしてだという気持ちの方が強く、どう反応すれば良いのか逆に困っていた。
しかし、そこで口を開いたのがリリスとセレンだった。
「こちら、戻ってきてくださったトワさんです。今はまだ子供の状態ですけれど、大人になったら結婚しますのでよろしくお願いします」
「結婚がどうとか話をしたでしょう? トワが戻ってきたのならそりゃこうなるわよねって話よ。そういうわけで、あたしもトワと結婚するからよろしく」
……えっと、これは一体どういうことなんだい?
置いてけぼりを食らう俺ではあったが、それはどうやら母さんも同じらしかった。
母さんはボソッと、俺を見つめてこう呟く。
「これは……私たちがおかしいんじゃない。奴らがおかしいんだ」
「……だよね」
良かった……母さんもこちら側だったみたい。
とにもかくにも、俺があんなにも緊張していたアリオスたちとの再会はとても微妙な空気での始まりだった。
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