第31話 家族になる

 その夜、家に帰り夕食を食べ終えたところで、カスパーを膝の上に座らせる。

 徐々に重くなるカスパーの成長を感じた。


「カスパー、大事な話がある」

「何?」

 カスパーが鮮やかな金色の瞳を、マイネに向けた。


「今日、ルシャード殿下に会っただろ?お父さんはルシャード殿下の番になろうと思う。番ってわかるか?」

 マイネはカスパーの表情を伺いながら伝える。


「わかるよ」

 即答する四歳のカスパーが、本当にわかっているか疑わしい。

 理解しやすいように詳しく教える必要がありそうだ。


「ルシャード殿下とカスパーとお父さんは家族になるんだ」


 血のつながった父親だと教えた方がいいのだろうか、とマイネは迷ったが伏せたままにした。

 

 カスパーが胡乱げに訊く。

「あの人も、僕のお父さんに、なるの?」


「そうだよ。そして、ここを離れて王宮で暮らすことになる」

 マイネが告げると、カスパーは悲しそうにした。

 

「遠いとこ?」

「うん。ルシャード殿下と一緒に暮らす」


「……行きたくない」

 項垂れたカスパーは、顔を上げない。


 マイネが困惑していると、カスパーは寝息をたてて寝てしまっていた。


 ベッドに運び、カスパーの寝顔を眺めた。

 小さな口を少し開けて眠る姿は、赤ん坊の時から変わらない。


「怖がらなくても大丈夫だよ」

 カスパーの頭を撫でると、寝ながら尻尾がぱたぱたとベッドを叩いた。


 マイネも五年前のルシャードの第一印象は最悪だった。

 自己紹介をしたのに、ルシャードに無視をされてしまったのだ。


 しかし、怖いと思ったルシャードを好きになったのだから、わからないものだ。

 きっと、マイネのようにカスパーもルシャードを好きになるはずだ。


 発情期の予兆を感じたマイネは、抑制剤を飲んで就寝した。

 やはり、ルシャードのフェロモンに誘発されたらしい。


 ルシャードに運命の番かもしれないと言ったら、笑われるだろうか。


 マイネは、いつもの夢を見た。

 ルシャードに「好きだ」と言われる夢だ。





 翌日。一日中寝ているだけで退屈しているだろうオティリオの部屋をマイネが覗くと、カスパーがいた。


 カスパーは、お見舞いに来たエリーゼから貰った苺をオティリオと食べているところだった。

 カスパーは、頬を膨らませて咀嚼している。


「お父さん!イチゴ、美味しい」

「久しぶりに姉上に会ったよ。マイネも食べる?」


 オティリオが手に持った苺をマイネに向けた。

 マイネが首を横に振ると、扉をノックする音がして、大量の本を持ったゲリンが部屋に入ってきた。


「そっちの机に置いてくれ」

 オティリオが人差し指を指した方に机とソファがある。


 昨日、ゲリンにもルシャードと番になる報告をすると「良かったな」と喜んでいた。


 ゲリンは持ってきた本は、どれも新品に見える。


「買ったんですか?」

 マイネが訊くと、オティリオが答えた。


「あぁ、帰る時は病院に寄贈しようと思ってる」


 ゲリンが口を開く。

「マイネは、いつ王宮に移住するのか、決まってるのか?」

「オティリオ殿下と同じ日に帰ることになったから、多分一週間後だと思う」


 ルシャードは難色を示したが、怪我を負っているオティリオも、遠出に不慣れなカスパーも、アプトから王宮までの十時間を、ゆっくりと休憩を挟みながら進む。

 近衛騎士の負担を考慮すれば、同じ日にした方が良さそうなのだ。


 よくわからない王宮という場所に「行きたくない」と言ったカスパーだったが、オティリオと一緒なら安心できるかもしれない。


「そうか。カスパーの成長が見られなくなるのは残念だな。二人がいなくなると寂しくなる」

 ゲリンは、カスパーに目を向ける。


 マイネは逡巡しながら、ゲリンの顔を伺った。


「ゲリン……ゲリンにカスパーの護衛を頼みたいって言ったら、一緒に王宮に移り住んでくれる?」


 マイネは、ゲリンが近衛騎士になりたかったと聞いたから、誘ったわけではない。

 誰よりもゲリンを信用していたからだ。


 良い返事を期待したが、躊躇いながらゲリンは首を横に振った。

「行かない」


 すかさず。

「ゲリン、一緒に、行こう」

 聞いていたカスパーが、トコトコ歩いてゲリンの眼前で止まる。


 オティリオも、こちらを見た。


「俺はオメガだ。カスパーの護衛には、もっと相応しい人がいっぱいいるだろ」

「ゲリンがいい」

 カスパーが訴えた。


「俺もゲリンほど相応しい人はいないと思う。じっくり考えてから、返事ちょうだい」


 マイネも説得すると、ゲリンは曖昧に頷く。

 そうして、次の日にはゲリンから王宮で暮らすことを承諾してもらい、慌ただしく一週間が過ぎた。


 マイネとカスパーが金ノ宮に移る日。

 ルシャードは二人を王宮に迎える準備に、追われているらしく姿がなかった。


 迎えに来たハンが、カスパーを見て「なんて可愛い!」と感激するのを尻目に、世話になったエモリーやコニーに別れを告げて、獣人車に乗り込んだ。 


 出産後、初めての子育てに心身ともに弱りきったマイネに、職を与えて救ってくれたのはエモリーだった。


「ありがとうございました」

 マイネは、車内の窓からエモリーに頭を下げて手を振る。


 オティリオが乗った獣人車の後に続いて、マイネとカスパーを乗せた獣人車も動き出す。

 

 カスパーに行きたくないと泣かれたらどうしようかと、思っていたが、杞憂だったようだ。


 一人でアプト領に移住した時と同じように鞄一つ抱えたマイネは、あの時の道を引き返す風景を眺めながら、ルシャードがいなかった四年半を巻き戻すように反芻する。


 生きていくだけで、精一杯だった。

 カスパーが寝た後に、不意に寂しくなり声を殺して号泣したこともあった。


 忘れようとしても発情期になると、ルシャードとの記憶が繰り返し蘇り、マイネを苦しめた。

 しかし、辛いだけではなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る