第34話 捨てた聖獣

 着替えようと部屋に足を向けたところ、マイネ付きとなった侍従のクリアに呼び止められた。

「宰相のミラ様がいらっしゃってます。マイネ様にお会いしたいそうです」


 クリアに案内された部屋に入ると、ミラが待っていた。


「御結婚おめでとうございます。王弟妃殿下」


 呼び慣れない呼称に戸惑いながら、マイネはソファに腰を下ろした。

 ハンもその隣に座る。


「お久しぶりですね。あの時以来です。あの時、妊娠していると知っていたら、絶対に引き止めていました。マイネ様がオメガだったことも知らなかったので想像もできませんでしたが」


 ミラが言うあの時とは、マイネが王都を逃げると決めた時だろう。


「ご迷惑をおかけしました」

 

 マイネは死亡したことを望んでおきながら、結局、王宮に帰ってきてしまった。


「なんの話ですか?」

 ハンが訊き、ミラは四年半前にマイネの死亡を偽装したことを告げた。


「マイネに最後に会ったのはミラ様だったのですね。あれが偽装だったなんて考え及びませんでした」

「偽装するのは二回目だったから慣れたものだ。王弟妃殿下は北に逃げると言われたから、南の川に流されたことにした」


 ハンは、息を吐く。

「騙されて、南の方ばかり探してました」


「そうだろ。だから、半年前に北にいる情報を流したのは私なんだ。ルシャード殿下が、まだ探してると知って……黙っていられなくなったんだよ」


「ごめんなさい」

 マイネが謝ると、突如、ハンが涙を浮かべる。


「ありがとうございます。ずっとルシャード殿下も私もマイネを生きていると信じて探していました。ルシャード殿下の執着を見ていたら、このような結果は予想していました。本当によかった」


 会えなかった四年と半年の間、ルシャードがどのように過ごしたか、いつか教えてもらえるだろうか、とマイネは思った。


 ミラとハンが連れだって執務室に戻った後、マイネは妃の部屋で婚礼の服を脱ぎ、着替える服を探す。

 クローゼットの中には、マイネとカスパーの服が大量に用意されていたのには驚いた。


 これまでカスパーの子供服はほとんどが古着で、マイネも新しい服を購入することはほとんどなかった。

 真新しい洋服に気後れしたが、シンプルな服に袖を通した。


 服だけではない。

 今後は教育も、惜しみなくカスパーに与えられるのだろう。


 カスパーはゲリンと一緒に庭園で遊んでいると聞き外に出る。

 マイネを見つけたカスパーが駆け寄ってきて、ガゼボで冷たい茶を準備してもらい三人で飲んだ。


 ようやく緊張が解け、マイネは肩の荷が下りる。


「お父さん!王様に、会ってきた?」

 カスパーは、笑顔で抱きつく。


 ルシャードが用意した新しい服を着たカスパーは、容姿が優れているからか、すでに王家の一員のようだった。


「会ってきたよ。カスパーも今度一緒に会おうな」


「マイネ、おめでとう。王弟妃になった気分はどうだ?」

 ゲリンが揶揄うように訊く。


 ゲリンも騎士の制服を与えられ、凛々しくもあり麗しくもある。


「今まで通りだよ。俺は変わらない。ゲリンはどう?初めての王宮だろ」

「うん。領主館も立派なお屋敷だったから、慣れてるつもりだったけど、なんかスケールが違うな」


「綺麗、広い、かっこいい」

 カスパーが両手を広げて歓声を上げた。


 茶を飲み終わったカスパーが、再び庭園の奥へと消え、ゲリンがその後を追う。

 ぼんやりしていると、着替え終わったルシャードがガゼボに現れた。


「カスパーが実子だと認められた。これで、もう何も心配いらない」

 ルシャードは長椅子に座ると、マイネの肩を抱く。


「ありがとうございます」

 なぜか、ルシャードの膝の上に座らさられ、うなじの匂いを嗅がれる。


「明日は、一日中休みにした。今日の夜は二人だけで過ごしたいのだが、良いか?」

 熱を帯びたルシャードの瞳がマイネを捕えた。


「俺、発情期じゃないですよ」

「発情期じゃなくても抱きたい。駄目か?」


 ゆっくりと唇が近寄り、軽く触れると離れる。


「誰かに見られますよ」

 マイネは辺りを見渡し、誰もいないことを確認した。


「もう結婚したのだから、誰に見られてもいいと思うが」

「でも恥ずかしいです」

「そうか。確かに可愛らしいマイネを誰かに見せたくはないな」

 ルシャードが目を細めて微笑んだ。


「俺なんて誰も見ませんよ。殿下が目立つから」

「マイネは妃になったのだぞ。殿下と、いつまで呼ぶつもりだ?」

 ルシャードが諭すように言い、マイネは言い直す。


「ルシャード様」


 ルシャードが満足そうに頷き、マイネの頬に触れた。

「なんだろうな。名を呼んでもらうだけで、こんな気持ちになるとは考えてなかった」


「どんな気持ちですか?」


 ルシャードが再びマイネの唇にキスを落とした。


「まいった。マイネが愛おしすぎる」


 そして、ルシャードが徐にポケットから取り出しのは、聖獣の置物だった。


「覚えているか?」


 それは、四年半前にマイネが寄宿舎に置いたまま去ったオブジェだ。

 今にも聖獣が羽ばたきそうな姿が気に入っていたが、あの時、ルシャードを好きな気持ちと一緒に捨てたのだ。


「はい」


 王都でルシャードと一緒に買った思い出の品でもある。


「マイネが置いていった荷物は、すべて俺の部屋で保管してある。必ずマイネに返せる日がくると信じて、ずっと待っていた」

 ルシャードから聖獣を受け取り、再びマイネの手に戻ってきた。


 ルシャードから必死に逃げた過去が蘇ったが、あの頃の痛みが消えていく。

 捨てたはずの聖獣。


 どちらの聖獣もマイネに戻ってきた。




……………………


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