第11話
「あれ、どういうこと?」
閉館間際にバタバタとやって来たカナは、唇を震わせていた。
玄関のほうを指差しながら、詰め寄ってくるカナに気圧されつつも、なんとか答える。
「あ、今年いっぱいで閉鎖することになったの」
「なんで!そんな急に……!」
髪は乱れ、顔は真っ青だ。
「経営難だって。私も早めに伝えたかったんだけど、掲載されるまでは言えなくて……」
「そんなこと聞いてない!」
悲鳴に近い甲高い声に、そうちゃんが目を丸くし、身体を硬直させるのが目の端に映った。
「なんなのよ!そんな急に閉鎖って言われたって……!」
「他の利用者に迷惑がかかるから、外で話そう」
カナの肩に触れようとした手に、鋭い痛みが走る。
「触らないで!」
払い落とされた手を擦りながら、目を見開く。カナが、こんなに取り乱すとは予想していなかった。
いつもの調子で「ええ?うっそ!」とか言って、さっさと他の場所を探しだすとばかり思っていた。
「そうたろうは?そうたろうは、どうすればいいのよ!こんな夜遅くまで一人で家にいろって言うの?」
パニック状態で喚く声が、玄関ホールにわんわんと反響する。
「カナ落ち着いて。少なくともあと三か月以上あるし、他の解決策がきっとあるから」
「そんな簡単に言わないでよ!色々探して見つからなかったから、スミに頼んだんじゃない!」
「とりあえず、一旦外に出よう」
幸いこの時間は、数えるほどの来館者しかいないが、ずっとここで言い合いをしているわけにもいかない。
今度は振り払われないように、素早くカナの二の腕を掴み、ぐいっと引っ張り、図書館から連れ出す。
「離して!」
外に出ると、カナは私の手を振り解き、ギッと睨んだ。
雲が厚く垂れ込んでいて、今にも雨が降りだしそうだ。
カナの激しい吐息がこだまする。
水分の含んだ冷たい風に身震いする。
急速に冷えていく身体をさすりながら、口を開く。
「私も、何か出来ることがあったら手伝うから」
「何かって何?」
「え?」
「出来ることって何よ」
「それは……」
「そうたろうの送り迎え?それとも急な風邪の看病?した瞬間に汚れていく部屋の掃除?増殖していく洗濯物の片づけ?」
「そういうことじゃなくて」
「じゃあどういうことなのよ!」
張り上げた声の反動で、肩が激しく上下している。こちらを睨む目尻には、涙が光っていた。
「カナ……」
「結局何も出来ないんじゃない!みんなそう。何かあったら言ってって、本当に言ったら嫌がる癖に!」
乱れた髪は潤いをなくし、頬はやつれていた。
木が頭上でざわめき、潮騒のような音を立てる。
今年の春、菓子折り片手にやってきたカナの姿を思い出す。
あの時、私は確かに『迷惑だ』と思った。
そして今も、求められる言葉が頭の中に浮かぶのに、口から出ていかない。
凍てつくような風が、二人の間を割るように通りすぎていく。
はあっと息を吐く音が聞こえる。
「もういい。何かしてもらおうなんて思ってないから」
「カナ……」
「一人で全部出来るし、今までだってそうしてきた。スミに頼るつもりはないから安心して」
アスファルトを睨みつけながらそう言うと、くるっと背を向け図書館へ戻ると、そうちゃんとともに玄関口から出てきた。
「ほら、そうたろう。バイバイして」
そうちゃんは、所在なげにカナと私を交互に見ると、俯いて小さく手を振った。
「じゃあ」
「カナ!」
そうちゃんの手を引っ張って歩き出す細い背中に、罪悪感に溺れそうになって、思わず名前を叫ぶ。
横から突風が吹いて、街路樹が大きく傾ぐ。
カナは背中を向けたまま、ゆっくりと足を止めた。
「謝らないよ。スミにはわからないもの。私の気持ちなんてわかりっこない」
そう吐き捨てるように言うと、そのままサンバが流れる商店街へと消えていってしまった。
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