第9話 シュタイアー公爵家

 シュバルツライヒ王国の西部の大貴族、シュタイアー公爵は西部地域を取りまとめる派閥の領袖である。王国といいながらも地域の独立色が濃く、西部地域は実質的にはシュタイアー公国と言っても過言ではない状態だ。

 そんなシュタイアー公爵には三人の娘がいた。長女のゲルタは賢伸のギフトを持ち、政治家としての能力に長け父をサポートしていた。次女のドローテは剣神のギフトを持った軍人として、その名をとどろかせている。三女のカタリナはそこまでのレアギフトではなく、回復術師というものだったが心優しいという評判であった。

 さらには、三人とも美人で評判であったが、誰一人として結婚はしていなかった。シュタイアー公爵には男児がおらず、婿を取ることになるのだが、お眼鏡にかなうような人物がいなかったのである。

 婚約の申し込み段階で、ほぼ書類審査で落選してしまい、その狭き門を通過した候補者たちも、公爵との面談で落選するという有様であった。


 そんなシュタイアー公爵の城で、公爵と娘が会話をしていた。

 カタリナが公爵に話しかける。


「お父様、亜人への弾圧をすこし緩めてはいかがでしょうか。締め付けを厳しくすれば、それだけ反発を招きます。現に我が領地の財政は亜人対策のための軍事費が大きな比率を占めており、その他の政策の規模を縮小せざるを得ない状況となっております」


 亜人を差別し押さえつけるような政策は、当然亜人たちの反発を招く。各地で反乱が起きたり、奴隷解放運動が頻発していた。それを抑え込むために、多くの兵士を準備することになったのだ。

 常備軍に加えて税として兵役を課しているが、弾圧を強化すると反発も強くなり、それに対応するためにさらに軍を増強するといういたちごっこになっていた。

 カタリナが指摘したのはそういうことである。

 公爵は娘の言葉に頷いた。


「確かに。力で押さえつけるだけが正解ではないのかもしれんな」


 が、それに長女のゲルタが待ったをかける。


「父上、そのお考えはお待ちください。我らの母は凶悪な亜人の手によって殺されたことをお忘れですか?」


 公爵の妻は反体制派の亜人、獣人によって殺されている。そのこともあり、公爵はずっと強硬的な政策を執っていたのだ。


「ドローテもその時の怪我がもとで、女としての機能を失っております。ドローテ、貴女は亜人を許せる?」


 姉から話をふられたドローテは首を横に振った。ドローテは母と一緒に襲撃を受けて、その際に腹部に深い傷を負い、死の淵をさまよったが九死に一生を得た。しかし、その傷のせいで子を宿すことは出来なくなっているのだ。

 ゲルタに反対されたが、カタリナは自説を曲げない。


「もし、最初から対立が無ければ、あのようなことも無かったのではないでしょうか。だからこそ、不幸な歴史はここで終わりにするべきかと」

「そんなお花畑の理想論など、牙をむいて向かってくる亜人どもには何の意味もない」


 ゲルタはカタリナの意見を取り合おうとはしなかった。

 その様子をみた公爵は、カタリナの肩を持つ。


「カタリナの言うことにも一理ある。政策を変えるかどうかの結論はまだ出さぬが、一度相手と話し合うのも良いかもしれぬな。争いから生まれる利益は武器屋くらいなものだ」


 公爵はこうして亜人たちの族長それぞれと会談してみるのもよいと考えた。そして、その計画を立てることにした。

 ゲルタもそれ以上は何も言わなかった。

 しかし、自室に戻っても公爵の考えに納得がいかないのは変わらずであり、ひとりごちる。


「老いたな、父上。亜人どもなど恐怖を植え付けて従わせればよいものを。一度権利を持たせてしまえば、次にそれをはく奪するのが厄介になるというのに。まあ、それが無くても母の仇どもに甘い顔をするつもりは無いが」


 そう言うと、ゲルタは自分直属の部下を呼んだ。


「クレフ、新たな命令を出す」

「はい」


 うやうやしく頭を下げるクレフと呼ばれた男は、とても背が低かった。ゲルタと比べても低く、シルエットだけなら子供と勘違いされるくらいのものであった。

 だが、それが彼の仕事には役立っていた。

 暗部。つまりは表に出せない裏の仕事を引き受ける部署である。


「この城に住む、哀れな老害の駆除をしろ。それも亜人の仕業にみせてな」

「御意」


 クレフはゲルタの言う哀れな老害というのが、公爵であることは承知していた。老害と敢えて言ったのは、万が一これが外に漏れた場合に、ターゲットが公爵であると勘違いしたのはクレフであるという言い訳のためである。

 内心はゲルタが父を手にかけることを決意したのに驚いたが、主の決定に逆らうようなことはせずに頭を下げた。

 クレフはゲルタに期限を確認する。


「いつまでにでしょうか?」

「亜人どもとの話し合いを持つらしいので、そこで何らかの約束がなされるのを防ぎたい」

「承知しました。ですが、あまり早いと厄介ですな」

「やり方は任せる。余計な口出しをして、現場を混乱させるような愚は犯したくない」

「そうなりますと、責任重大ですな。全ての責任がこちらにありますから」


 クレフは困ったようなことを言うが、内心はやりやすいと安堵した。現場を知らぬ人間が、細かい指示を出した場合は失敗しやすい。ゲルタはその辺を理解しており、クレフに全てを任せることとしているのだ。

 こうして、人間と亜人の和平を妨害する工作が動き出した。

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