触手研究家(自称)の俺と百合好き(秘密)の妹が触手に同時転生して女の子(例外有)を幸せにする~職種希望欄は触手希望欄だった⁉~
第十三話 俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話
第十三話 俺達と女の子達が城に無事到着して作戦の実行と『男の娘ゲーム』をする話
十九日目に俺達は城下町直前の町に着き、予想通り、監視の目は消えた。そして、二十日目昼頃に城下町に着いた。いよいよだ。
いつも通り、町に入る直前で俺達は縮小化していた。そこは、かなりの賑わいで、辺りから食欲を唆る良い匂いも漂ってくる。シンシアが言っていた通り、料理の種類が多く、食にこだわりのある町と言っていい。
とりあえず、昼食はあとにして、まずは馬で城の門に向かった。
「私だ。陛下や大臣達と、調査報告の場を設けたい。ご都合を伺ってくれ。私は城下町で用事を済ませるため、すまないがここで予定を聞きたい。できれば、午後四時以降開始の希望を伝えてくれると嬉しい」
シンシアが二人の門兵に話しかけた。
「き、騎士団長! お帰りなさいませ! 至急、確認して参ります!」
門番には、シンシアの騎士団長の任が一時的に解かれたことは知らされていないらしい。
続いて、シンシアはもう一人の門兵の方を向いた。
「一つ、聞いていいか? 副長のビトーが、昨日から今日にかけて、ここを通ったか?」
「え、は、はい! 二時間ほど前だったと思います。王の勅命で、お忍びで城下町の調査に行くとおっしゃって、商人姿で……」
「そうか……。ありがとう」
逃げたな。完全にスパイの行動だ。俺達の作戦で、いくつかシンシアに確認してもらうことの一つが、騎士団副長ビトーの行方だった。自信満々に戻ってくるシンシアを確認した監視者からの報告で、逃げる準備をしたのだろう。まあ、予想通りだ。
シンシアと残った門兵が、大事がなかったかなどの雑談をしていると、都合を確認してきた門兵が戻ってきた。
「お待たせしました! 四時間後の午後五時に報告会を設けるとのことでした!」
「ありがとう。では、またあとで来る。守備を頼むぞ」
「はっ! お気を付けて!」
シンシアは、馬を城下町に向けると、城から一番近い貸馬屋に向かった。そこでこれまで借りていた馬を返し、昼食をとることにした。
シンシアがオススメの、早い、安い、美味いの三拍子揃った定食屋だ。混んではいるが、回転率が良く、すぐに座れた。他にもオススメの店はあったのだが、昼を少し過ぎても大体混んでいて、入るまでに時間がかかるそうだ。食べ歩きで済ませてもよかったが、せっかくだからということで、座れる店にした。
周囲の人達は、まさかここに騎士団長がいると思わず、特に騒ぎにはなっていなかった。その美貌だけでも注目の的になりそうだが……。
「ここのオムレツビーフシチュー定食が美味いんだ。卵と牛肉を一緒に食べると絶品だ」
シンシアが味を想像して、堪らないという表情をしていた。店の端で、クリスが壁に向かって座ってくれたので、俺達からもシンシアの様子が見えた。
「あ、ソースに宮中の著作権がありますね。例のご息女が考えたレシピで作られているのでしょうか」
「その通りだ。だが、ここのは卵と牛肉に特定産地が書いてあるだろ? ソースも含めて、この組み合わせがマッチしている。レシピを新しく考えなくても、そういうところで味の差別化を図っているということだ。
なぜ安いかは、もちろん、大量に仕入れているからだな。その分、メニューを絞って、回転率を上げないと、材料が無駄になってしまう。大衆食堂の雰囲気を作って、あまり長居させないようにしているのもそのためだ。酒も一切ない。
それを客の全員が理解しているから、食べ終わったら、さっさと出ていく。ゆっくり味わいたい人には向かないが、腹が減ってすぐにでも食べたい人や、味がすぐに分かる人なら、時間など関係ない。ペロリと食べてしまうさ」
クリスとシンシアが話していると、早くも料理が到着した。
「それでは、いただきます。……………………。えぇ……信じられません……。すごく美味しいです。絶句するほどです。これをあの値段で提供できるのですか……」
「私がこれを最初に頼んだ時は、五分かからずに食べ終わったな。やっぱり、いつ食べても美味いな。本当に安いから、毎日通ってる人もいるらしい」
「私も食べるのは早い方ですが、ここのは本当にすぐ口に吸い込まれていきますね」
二人はその言葉通り、あっという間に食べ終わったようだ。
「教えていただき、ありがとうございました。ユキさんと合流したら、また来たいですね」
「あとで、オススメの店とメニューをまとめて教えよう。それでは、ギルドに行こうか」
それから、依頼達成書を提出するため、二人はギルドに向かった。店からはそれほど遠くない場所にあるようだ。
そのままギルドに近づくと、中が何だか騒がしかった。
「何かあったようだな……子ども……? と、倒れた男がいる。アドもいるな。おい、ア……」
「ぐわっ!」
シンシアがアドを呼ぼうとしたその時、男のやられ声と、何かが床に叩きつけられた音がした。アドの声ではない。その状況を見て、シンシアも驚いていた。
「なっ……! 何をしたんだ? 全く見えなかった……。クリス、見えたか? 魔法か? 私には、あの子どもに向かっていった男が、なぜ吹き飛ばされたのか、分からなかった……」
「いえ、私も全く分かりませんでした……。その場に立っているだけにしか……。これは……」
シンシアの状況説明で、何が起こったのか分かった。俺達から見えない時は、シンシアが状況を説明することになっている。
どうやら、その原因の可能性について、クリスが察したようだ。これは、俺達も外套の中から確認する必要がありそうだ。俺達は、シンシアが言った『子ども』をちらっと確認した。
すると、案の定、チートスキル警告が表示された。
「『チートスキル:反攻』、物理、魔法、疾病、あらゆる害から身を守り、外敵に対しては、反撃または反射する。自らには反撃、反射共にしない」
「いや、最強すぎない? 『勇運』以上でしょ」
ゆうのツッコミの通りだ。確かに、まだ見ぬチートスキルがあるにしても、現時点ですでに最強スキルと言っても過言ではない。
しかもこの子は、おそらく、辺境伯が言っていた例の魔剣士だ。チートスキルによる絶対防御反射と、素早さを駆使した剣撃と魔法があれば、敵なしだろう。その証拠に、防具は全く付けておらず、町の少年が普通に着るような、半袖、短パンのシンプルな服装だ。当然、痩せ型なので十分にスピードを出せる。
シンシアでも勝てる見込みはないだろう。負けもしないだろうが。クリスの消滅魔法も反射されるのだろうか。
「アド! どういうことか説明してくれないか?」
シンシアが、一部始終見ていたであろうアドに、こうなった発端の説明を求めた。俺達はバレないよう、身を隠した。
「あ、あんたか! 戻ってきたのか。って、どうもこうも、このボウズに、『ガキはこんな所に来るもんじゃねぇぜ』って因縁を付けた奴らが吹っ飛ばされた。それだけだ。それだけなんだが……何が起きたかさっぱり分からねぇ。超早業なのか魔法なのか……」
アドがシンシアに近づいてきて、彼女の質問に答えたが、それを見たのか、その少年も近づいてきた。
「あの……もしかして、クリスさんですか?」
少年の発言に、俺達一同は驚いた。クリスも戸惑っていた。
「え? なぜ私の名前を……」
「やっぱり! 良かったー。やっとお会いできました! あなたを探していたんです! 僕は、ヨルン=ピュオルと申します。僕のお願いを聞いてください! 僕を……殺してください!」
『はぁ⁉』
ヨルンの自己紹介から、まくし立てるような突然の依頼に、その場の全員が驚愕した。クリスタル所持者、命を投げ捨てすぎ問題。
シンシアが最初に落ち着きを取り戻し、一歩前へ出た。
「あー、とりあえず、この場を収めた方が良いだろう。この子は私達が引き取ろう。クリスは証明書を提出してきてくれ。外で待つ」
「分かりました」
クリスが途中、振り返りながら奥に進むと、ヨルンがシンシアのことをじっと見ていた。
「あなたは、もしかして……シンシアさんですか?」
「ああ。まずは、外に出よう。どこかで会ったかな?」
「いえ、騎士団の北東部遠征の時に、一方的に見たことがあるだけです。こんな所でお会いできるなんて嬉しいです!」
「あの時か。森にも洞窟にも触手植物がいっぱいいて、少し骨が折れた記憶があるな」
「僕も騎士団に憧れて、あとであそこに行ったことがあって……」
二人は話しながら外に出ていった。北東部で犠牲になった触手達のおかげで、二人のチートスキル警告が表示されたのか。ありがとう、触手達。
ということは、その触手植物は定期的に復活するということだろうか。そうなると、モンスターを倒しても、しばらくすれば復活して、一生滅ぼせないことになる。
「お待たせしました。それでは、ユキさんと合流予定の宿でお話ししましょうか」
思いの外、あっさりと証明書の提出とギルドによる確認作業が終わり、クリスがシンシア達に合流すると、近くの宿に向かった。
当然、どこに宿泊するかは、まだ決まっていないのだが、ユキちゃんと待ち合わせのためには、あとで俺達が彼女に伝えればいい。
宿に着き、受付に進むと、ダブルベッドの部屋は埋まっていたが、ツインベッドの端の部屋が二泊三日で取れた。『大事な話をしたいので、隣の部屋に声が漏れないようにしたい』とシンシアが受付に確認したところ、隣の部屋はまだ埋まっていないとのことだった。
その後、二階に進み、クリスとシンシアは部屋の前で立ち止まった。
「ヨルンくんは、ここで少し待っていてもらえますか? 衣服を直したいので……。少年とは言え、異性の前では恥ずかしいですから」
「分かりました」
クリスに対してヨルンが返事をすると、クリスとシンシアは、一緒に部屋に入った。俺達は縮小化を解き、ドアのすぐ上の天井に張り付いた。また、触手を増やし、黒板を使ってクリス達に作戦を伝えた。
『まずは、ヨルンの死にたい理由を詳しく聞いて、その次にチートスキルがどれほど効果を発揮しているのか、どういう検証をしたのか聞こう』
そして、俺達が窓側のベッド下に潜り込んだことを確認し、クリスがヨルンを部屋に迎い入れた。
「どうぞ、そちらのベッドに腰掛けていただいてかまいません」
「はい、ありがとうございます」
クリスが示した通り、ドア側のベッドに腰掛けたヨルン。姿勢も良く、意外と礼儀正しい。出会った時は、クリスをようやく見つけた喜びのあまり、気持ちが先走ってしまったのだろうか。
クリスとシンシアが窓側のベッドに腰掛け、向かい合う形になった。
「それでは、なぜ殺してほしいと私にお願いしたのか、理由を聞かせてください。よかったら、私に辿り着いた経緯も。納得できない場合は協力しないので、嘘偽りなく、ありのままに話してもらえますか」
「はい……。お二人は僕のこと何歳ぐらいに見えますか? 実は僕、十六歳なんです」
マジか。十歳から十二歳ぐらいに見えていた。横顔と上からしか見ていないが、ヨルンは、銀髪の美しい髪をしていて、顔立ちは中性的よりも女の子寄りなので、女の子と言われても不思議ではない。
「完全に成長が止まっているんです。それと、もう一つ。僕、男でも女でもないんです。両性具有なんです」
いや、マジか。どうりでほとんど中性的に見えるわけだ。しかし、実際に確認してみないことには、何とも言えない。
「にわかには信じ難いですが、それはあとで証明してもらうとして、話を続けてください」
クリスが話の続きを促した。
「はい。僕が生まれた時は男の子でした。ある時、身体に異変が生じて、特に痛みもなく、下半身に女性器が現れました。十歳ぐらいの時から、体型は女の子に近づき、胸も発達してきました。その時に限っては、普通の人より成長が早かったと思います。
自分が両性具有であることは、それまで隠してきたのですが、僕が十二歳だったある日、両親にバレました。それまでの態度から一変、母は気味悪がり、父は僕を性的な目で見るようになりました。
態度だけではありません。実際に、母からは罵声を浴びたり、体罰を受けたり、父からは、軽い性的接触、性暴力未遂が何度もありました。『お前が悪いんだ』と何度言われたか分かりません。
僕が『もうやめて』と訴えてからは、さらにエスカレートし、ついには父親が本気で僕を強姦しようとしてきたんです。床にすごい力で抑えつけられて、衣服を破かれ、僕に身体を重ねようとした瞬間、僕は火炎魔法を使いました。
万が一の時のために、僕が魔法使いであることは誰にも言わずに、こっそり攻撃魔法を練習していたんです。父はその時、まだ上半身に服を着ていて、それが燃え広がりやすい材質だったので、あっという間に丸焦げになりました。
丁度、母が外出から帰ってきて、その様子を見るや否や、すぐに僕がやったんだと考え、台所から包丁を持ち出してきました。その時の母の言葉は今でも覚えています。『この親不孝者! あんたなんか生まれてこなければ良かったのに!』です。月並みでしょ? でも、今でもその通りだと思っています。
当時の僕は、『なんでこんな両親の元に生まれちゃったんだろう』と思っていました。母が包丁を振り上げた時も、『こんなクズに殺されるのか、でも、もうこのまま死んでもいいや』と思い、そのまま抵抗もせず立っていたんです。
そしたら、この能力が発動しました。包丁は僕に跳ね返って、回転しながら宙を舞い、母は壁に吹っ飛ばされ、そのまま包丁が母の開いた口に突き刺さりました。『自業自得だ。ざまあみろ』と、思わず吐き捨ててしまったことも覚えています。
最初は何が起きたか分からなかったんです。だから、このまま家ごと炎で焼かれようと思い、さらに魔法を放ったのですが、家が焼け落ちても僕は完全に無傷でした。熱や煙で死ぬこともなかった。
村の人達は、家が全焼したことを同情して、良くしてくれましたが、母の死体に包丁が刺さったままだったり、僕の裸を見ていたりしたら、彼らも態度を一変させたかもしれないと、恩知らずにも思ってしまいました。
月日が経っても、あの日のことは記憶に刻まれてしまったので、嫌な思い出が残るこの村には、もういたくないと思い、独学で剣や攻撃魔法の修行をして、旅に出ました。
成長が止まっていると気付いたのは、一年前です。性別も成長も、子としても、人としても、何もかも中途半端な自分に嫌気が差し、改めて死を決意しました。
しかし、色々試しても死ねず、魔法研究者なら殺せる方法が分かるかも、実験体にされて廃人になってもいいやと半分自暴自棄に思い、魔法研究の最先端国であるエフリー国に向かおうとした時に、『コレソ』という人物の噂を聞いたんです。その実績から逆算して、相当な魔法知識と魔力量を持っているんじゃないかと踏んで、方向転換しました。『コレソ』の足取りを追うことにしたんです。
外見の特徴で追っていくと、他に『ケルセ』や『サロタ』という特殊な名前を名乗っていることが分かり、本名が『クリス』なのではないかと推察しました。クリスさんを探し、旅を続けている道中、僕が二物を持つ魔剣士だと国にバレてしまうことになり、その数日後、使者が僕の所に来て、国王様が僕に会いたいとおっしゃっていると言われました。
その情報網に僕は驚き、城に行けばクリスさんの情報を追いやすくなるかもしれない、そうでなくても魔導士団の研究を知ることができたり、気の長い話ではありますが、いつかエフリー国との戦争が起こり、そこで死ねるかもしれないと思い、誘いに乗りました。
こう話していると、旅も意志も中途半端に思いますよね、ははは……。
まあ、それはともかく、城に行って、騎士団でも魔導士団でも、どちらでもいいから入れてほしいと頼んだところ、入団テストも兼ねて、特別任務に参加するよう命じられました。
昨日、それを無事に終えて、褒美も出ることを知り、ホッとしていた時に思い付いたのが、クリスさんが各地で仕事をこなしているなら、その内、報酬の受け取りや証明書の提出のため、城下町ギルドに顔を出すかもしれないと思って、立ち寄ってみたところ、一発であなたにお会いできたという、実に幸運な出来事に恵まれて、ハイテンションになってしまったというのが経緯です。
先程は、不躾な挨拶やお願いを突然してしまい、申し訳ありませんでした」
ヨルンも壮絶な過去の持ち主だった。正当防衛で仕方がないとは言え、両親を殺してしまっているとは。しかし、そのことについては、あまり気にしていないようにも思えた。やはり、『中途半端な自分』が一番の原因なのだろう。
この場合の解決方法は二つ。そのままの自分を受け入れるか、どちらかに振り切るか。
「先程のことは、気にしないでください。それより、あなたの能力の性質も含めて、色々試したけど死ねなかったという部分を詳しく聞かせてもらえますか? 私が同じことをしても仕方がないので」
クリスは協力に前向きな姿勢を示しつつ、ヨルンからチートスキル『反攻』の情報を引き出そうとした。
「はい。まず、性質ですが、全ての害から僕を守り、外敵に対しては反撃や反射をします。防御範囲は、僕の肌や眼球だけでなく、体内、髪、衣服も対象となります。武器は対象とならず、防具は対象となります。僕に触れること自体はできます。
例えば、僕と握手はできるのですが、少しでも痛みを感じるほどの力を相手が入れると、相手の手が弾かれます。お互い敵と思っていなくてもそうなります。相手の力は僕に伝わりませんし、反発した力、つまり反作用を僕は受けません。
自分で自分を殴ろうとしても何も起きません。舌を噛もうとしても同じです。相手の力の大きさによって、反撃の力が増し、反作用力を含めて倍増されて返ります。包丁で刺そうとしたら、包丁で刺されるという因果応報なわけではありません。母の時は本当に偶然でした。
能力を得てから試したのは、圧死、縊死、餓死、焼死、窒息死、溺死、転落死、凍死、熱死、服毒死です。
圧死はその重量で物体が反発して砕け散り、
縊死は縄が僕の直前で静止し、僕の体が浮いているだけのシュールな状態になります。
餓死については特殊で、お腹が極端に減ると、僕の体が勝手に動いて、食料を求めます。僕をどんな手段で拘束しても、能力を駆使して必ず拘束を解いてしまいます。
焼死は僕の体に着火することもなく、温度も感じません。
窒息死は口や鼻の両方を塞ぐことがそもそもできず、必ずどちらか反発します。
溺死は謎の空気に包まれて、ずっと呼吸できます。
転落死は地面に衝突する直前に僕の体が宙に浮きます。衝撃を体に受けることもありません。
凍死と熱死も謎の空気に包まれて、通常の気温しか感じません。謎の空気を無視するために、完全に接触していても、必ずその層ができるように反発します。
服毒死は体内で毒素が中和されるようで、いくら致死量を超えても、体に影響はありません。物量で押そうとしても、限界近くになると口腔内で反発します。刃物を飲み込むことも、同様にできません。ちなみに、能力を得てからは、嘔吐したことも下痢したこともありません。
病気になったこともないので、病死については分かりません。寿命があるのかも分かりません。
とりあえず、こんなところでしょうか」
思った以上に試してるな。死への本気度が伝わってくる。
密閉空間での窒息死は試されていないようだが、溺死しないのと同様に、それも謎の空気で無理だろう。宇宙でも生きられそうだ。
一体何なんだ、謎の空気って。これが理不尽で片付けられていないということは、魔法で実現できるということか?
誰が害と認識しているのかも気になる。やはり、『世界』だろうか。世界の謎を解き明かした瞬間、ショック死とかは勘弁してほしい。
「今、聞いた感じだと、餓死と窒息死にヒントがありそうな気はしますが……。もう少し、詳しく聞きます。雨に打たれることはあるのでしょうか。血の雨は?」
「雨には打たれますが、体が冷えることはありません。雪や雹は経験したことがないので分かりません。血しぶきは反射します。他人の血を飲むことはできますが、体に影響はありません」
「反発する瞬間に反対方向に力を加えた場合、どうなるか分かりますか?」
「その瞬間を捉えるのは、かなりシビアですが、成功したことがあります。普通に何も起こりません。さらに反対方向に、というのもやってみましたが。やはり、何も起こりませんでした。首吊りの時と同じ感じですかね」
「首吊りの縄は、なぜ反発して引き千切れないのでしょうか。それに関連して、深海に行っても、その水圧は反発しないということですよね?」
「はい。これは僕の勘ですが、全体の整合性はある程度取れているものの、方法ごとに、反発するのか、謎の空気が発生するのか、中和するのか、何も起こらないのかが決められているような気がします。
その時に発生する熱量や力が、最終的にどこに行くのかは分かりません。限界値があるのかも分かりません。
つまり、どのような物理法則が働いているのか、全く分かりません」
二人の会話を聞いていると、話の内容は物騒ではあるが、何だかちょっとした面白さを感じる。重箱の隅をつつくような、理屈を追い求める研究者のような会話だ。研究者には勘や閃きも大事だしな。このまま行けば、実験欲に駆られたクリスが、本当にヨルンを殺してしまう気さえしてしまう。
いずれにしても、ヨルンや『反攻』のことは大体分かった。あとは、『反攻』のルールが俺達に適用されるかを確認するだけだ。結界の効果や朱のクリスタルの記憶操作が俺達に適用されないことから、それも適用されない可能性はある。そもそも、俺達はヨルンに害になるような行動はしないわけだが。
俺達は天井を這って、ヨルンに近づいた。クリスもシンシアも俺達の動きに気付いているのに、ヨルンにバレないように視線も表情も全く動かさないでいてくれた。
優秀すぎて涙が出る。俺なら堪えられずに笑っちゃうね。
さらに、クリスは質問を続けた。
「驚かせた場合はどうなるのでしょうか。びっくりしすぎると心臓が止まるらしいですが」
「え……? それは考えたことありませんでした……。クリスさん、やっぱりすごいです!」
自分の死の話をしているとは思えないほど、ヨルンの顔は喜びに満ち溢れていた。
「いえ、たった今、思い付いたことです。あまり深くは考えていません」
クリスは研究者としても、やはり一流なのだろう。テーマが決まれば、色々な可能性を思い付くことができる。ひょっとして、俺達の動きのおかげか?
いわゆる、『心臓が止まるほどびっくりする』と、体内のアドレナリンの過剰分泌により、心室細動が起こり、血液循環が阻害され死に至る。アドレナリン自体は、除細動のためだったり、心停止時に血管収縮を促進させ蘇生させるためだったりで、外部から投与されることもあるのだが、量やタイミングを誤ると失敗に終わるらしい。
触手本を書くために、媚薬注射をする捕食系触手の実現可能性と、対象の副作用、生存可能性について調べていた頃の俺の記憶から引っ張り出した知識だ。
クリスはまだ質問を続ける。さっきのタイミングでも良かったが、そろそろ俺達が『動く』頃合いか。
「ギルドでの一部始終を見ていたわけではないので、念のために確認したいのですが、自分が害を認識していない状態でも発動すると考えていいですか? 背後から襲われるとか、突然、雷に打たれるとか」
「はい。僕の認識は関係ありません。目を瞑って、耳を塞いでいても、自動的に反撃、反射します。雷に打たれたことはないので分かりませんが、おそらく何も起こらないと思います」
「自分で作り出したものではない、物体の自由落下についてもそうですね?」
「うーん、そういう状況になったことはないので、詳しくは分からな……あいたっ! ……え⁉」
ヨルンが言い終わる前に、俺は縮小化させた触手を増やし、頭の上に落とした。予想通りだ。俺達に『反攻』は効かない。
ヨルンの頭の上には、跳ね返ってもいいように百グラムぐらいの触手を落とした。普通なら百グラムの物体を落としたら怪我をするが、俺達は柔らかいので、ヨルンの咄嗟の反応に反して、痛みもないはずだ。
例えるなら、単一乾電池一本を落とせば怪我をするが、おにぎり一個なら怪我をしないということだ。その衝撃で舌を噛むとしても、それは『反攻』の性質の通り、何も起こらない。
「いま!」
俺達はすぐに天井の触手をヨルンに伸ばし、いつものようにゆうが口を塞いだ。ベッド下に隠れていた触手も、『影走り』を使って、即座にヨルンの四肢に巻き付かせ、拘束する。
また、下の階に響かないように、いつものようにベッドから体を浮かせた。
「んー! んー!」
ヨルンは助けを求めるように、クリスとシンシアを見たが、彼女達はその場から一切動かず、俺達の動きを感心するように見ているだけだった。二人は観察する悦びをすでに知っているので、一区切りつくまでは、このまま見続けるだろうな。
俺達は、ヨルンの上半身の服を最初に脱がし、その下に巻いていたさらしを剥いだ。鎧を付けていないから楽ちんだ。首には真珠大の白い宝石のネックレスをしている。おそらくこれがクリスタルだろう。ユキちゃんにあとで名称を確認するとして、今は白のクリスタルとでも呼んでおこう。
そして、ヨルンの露わになった美しい胸は、ゆうと俺の目を釘付けにした。
「おお! おっぱいある。しかも、予想以上に大きい。Dカップぐらいあるんじゃない?」
「ヨルンの見た目は十歳から十二歳だが、こんな子が小学校高学年にいたら、男子からも女子からも、完全に注目の的だな。その世代では、間違いなく巨乳と言っていい」
俺達は、ヨルンの胸を凝視しながらも、自身の次の行動に期待せざるを得なかった。
ついに、『アレ』を確かめる時が来たのだ。ヨルンの短パンと下着に『手』をかけて、一気に下ろす。これもやはり、楽ちんちんだった。
「んー!」
口を塞がれたままの叫びも虚しく、俺達はヨルンをM字開脚させ、クリス達にも見えるように全てを白日の下に晒した。
「うわー、ホントに両性具有なんだ」
「まだ、『完全な』両性具有とは断定できないがな」
実際にその身体を目の当たりにして、ゆうも俺も流石に驚いたが、まだ見かけだけという可能性はある。
以前、ふたなり触手本を読むに当たって、調べたことがあるのだが、両性具有とは、男女の機能がどちらも正常に働いている場合に呼ばれるもので、人類には存在しないとされている。
現代では、生まれつき、見かけ上は両性具有だが、性分化疾患と呼ばれる障害を持つ人達がいて、男女の機能のどちらか、あるいはどちらも正常に働かないらしい。
ここは、俺達にとってファンタジーの世界だから、ヨルンが両性具有の可能性は一応ある。
「つるつるのかわいい子どもおちんちんだなぁ……」
「それじゃあ、ゆうが咥えるか?」
俺達は、ヨルンの身体を撫で回しながら、どう幸せにするかを話し合っていた。
「……。いやいや、お兄ちゃんでいいよ! 男同士の方が気持ち良くできるでしょ」
「少し迷ったな? まあ、俺はどっちでもいいけど。常識は捨てたし」
「ホントぉ? 常識捨ててなくても、しゃぶり尽くしたいと思ってたんじゃない? こんなにかわいいんだから」
「まぁ、否定はしないでおくか。男女誰もが思う理想のショタ(?)がここにいるのだから、俺の心の中の乙女が出てきても不思議ではない」
「心の乙女どころか、心の声が出ちゃってるじゃん……。それに、お兄ちゃんともあろうお方が、まさか分かってないなんてことはないよね?
心の乙女なんていらないんだよ。百合に心の紳士がいないように。体も心も『男同士』だから良いんだよ。興奮するんだよ。同人誌になかった? 男同士を無理矢理くっつける触手のシーン」
「あったな……。現代が舞台の『夏休みダブルデート洞窟探検~触手には異性も同性も関係ありません~』だ。洞窟を出る頃には二組の同性カップルが誕生しているオチで、俺も面白かったと思ったが、そういうことだったのか……。
心理描写が少なかったから、正直、カップルの誕生が少し強引だと思ってたが、そう考えると納得が行く。あえて攻めと受けを決めないことが、興奮度をより増し、異性カップルの魅力を完全に超越したのか。触手との絡みとエロしか見てなかったから、そこは理解できていなかった……。狙ってるとしたら名作だ」
「うーん、どうかな。多分狙ってないね。こういうのは心理描写が大事だから。その手の作品の場合は、同性拒否、精神的戸惑い、正直な体の反応による戸惑い、罪悪感、快楽、諦め、開き直り、好意、これらの移り変わりを一つも欠かすことなく、できれば詳細に描いて、最終的にはオチとして、どういう日常を送っているか描写しないと、個人的には名作じゃないと思う。
その十分条件はジャンルや作品によって違うから、あくまで、無理矢理同性をくっつけるっていう作品に限っては、ってことね。『無理矢理』じゃなくて『徐々に』だと全然違うし。読者の想像に任せる作品もあるけど、それじゃあ評価が分かれちゃうからね」
「なるほどなぁ。それにしても、いつの間に、百合研究家を越えて、同性愛研究家に進化していたんだ?」
「いや、そもそも百合研究家じゃないから!」
ふーん。まあ、いいか。
俺達が話している間に、ヨルンの体が俺達の動きに合わせてピクピクと反応するようになっていた。時折漏れる声もどこかしら甘くなっているように思える。
俺は、いよいよヨルンの下半身に照準を合わせ、深く帽子を被り、緊張して硬くなってそこに立っている、かわいい子どもを迎えに行った。
何だろう……。ヨルンからは、オスの匂いともメスの匂いともつかない独特の体臭が仄かに香ってくる。それは、すごく良い香りで、酸っぱいのか甘いのかは複雑すぎてよく分からないが、頭が蕩けてしまいそうになる。
当然、香水をつけているわけではない。本当に微量に漂ってくるので、もっと嗅ぎたくなる欲求が抑えきれず、どうすればいいかを考えてしまう。このことに気付いてしまったら、そのことしか考えられなくなってしまう。このままだとマズイな……。
「ゆう、ヨルンの体臭に気を付けろ。ヨルン特有のフェロモンと言っていい。おそらく、これが両親からの虐待の原因、そして彼らを暴走させた原因だ。性差で影響も異なるはず。
ヨルンの感情によって、この香りの量が増減し、それを増加させる最も簡単な方法が性暴力を含む虐待だった。意識的ではなく、無意識に行われたと思う。本能的に、もっと嗅ぎたくなって、行為がエスカレートしていった。周囲にとっては、麻薬と言ってもいい。クリスタルのデメリットの内の一つだろうな。
『反攻』によって、香りが周囲に漂うことはなくなったが、俺達には効いてしまう。なぜ、チートスキルの『反攻』は俺達に無効なのに、同じチートスキルの『勇運』が俺達にも有効なのか。なぜ、『反攻』が無効なのに、同じクリスタルのデメリットであるフェロモンが俺達に有効なのかは、今は置いておく」
「わ、分かった。でも、気を付けるってどうすればいいの?」
「かなり難しいが、半分だけそのことを意識する。意識しないと、本能的にヨルンを痛めつけてしまう恐れがある。意識しすぎると、そのことしか考えられなくなり、最終的に暴走する。これから、ますます濃くなっていくはずだから、いつも以上にお互い監視し合おう」
「おっけー。」
なぜ、俺がそのことに気付けたのかは分からない。触手の体だから影響が小さく、思考する余裕が生まれたからだろうか。
いずれにしても、ヨルンにはこのことを言う必要はない。結局は証拠がない推察だし、俺の推察は、あくまで大切な人達を守るためのものであって、その人を不安に陥れるものではないからだ。クリスタルに人生を翻弄されたヨルンに対して、俺は何とも言えない気持ちになり、改めてヨルンを幸せにしたいと思った。
「んっ! んっ……! はぁ……はぁ……」
ゆうはすでに上半身を執拗に責めていた。俺も急いで視線を戻し、再度ターゲットに顔を近づけた。舌と口を使って、被っていた帽子を脱がせると、綺麗なピンク色の顔を見ることができた。敏感そうな顔に、舌で触れても痛くはないらしいが、少し舐めると身体がピクッと震える。全体に舌を巻き付けるように舐め回し、焦らしたところで、徐ろに口の中に含み、ゆっくりと上下に扱いた。
「あ……ん……ふぅ……」
ヨルンの声が、これまで出していたものよりもワントーン高くなり、元々、女の子のような声だったのが、完全に女の子になった。それを聞いて嬉しくなった俺は、もう少し速めに扱くようにした。舌の動きも忘れない。たまに吸い込んでみたり、いやらしい音をわざと立ててみたりと、工夫をしながら責める。
「んっ……んっ……んっ……」
段々とヨルンの腰が浮き上がってくるのが分かった。ペースを早くしすぎて、ヨルンが賢者タイムに入っても困るので、そこは慎重になって、別の触手を増やし、プリプリの二つの果実の方に舌を伸ばした。
大人のように皮があまり伸びておらず、ほとんど皺が見られない。このまま舐めているのもいいが、俺はその二つの実を同時にパクっと口に咥えた。口の中で玉を転がすように舌を使い、もう一方の触手と動きを合わせる。ヨルンは腰を少しくねらせながらも、俺のなすがままになっていて、時には、俺に腰を押し付けるような動きもしてきた。そうか、おねだりしてくるのなら仕方ない。
俺はさらにもう一本触手を増やし、二つの果実のさらに下の、ピッタリと閉まっているが、ほんの僅かな隙間から液体が漏れ出している扉に、舌を大きく這わせた。
「んっ!」
ヨルンの大きい震えを皮切りに、俺はその舌を激しく動かした。
すでに、俺の味覚はヨルンの微量な体液に支配されているが、意識をハッキリ保つように、何度も頭の中で自制を促している。それに加えて、濃度が増したヨルンフェロモンもあるのだから、どれだけ正気を保っていられるか見当もつかない。
この際、意識を紛らわすために、両性具有について、現段階でできる確認と考察をしてみるか。ヨルンの高まりと共に、ぷっくりと芽が成長したことにより、閉じていた扉が少し開き、中を覗き見ることができた。
芽についてもそうだが、見た目は、完全に両性具有だ。中で塞がっていないのであれば、膀胱からの尿道が二つあるということになる。排尿先を選べるのか、それとも二つの穴から出るのか。
もう少し調査すべく、俺はゆうに許可を取った上で、鉛筆の細さほどまで縮小化し、扉の奥へ入っていった。
「……っ!」
ヨルンは驚きを見せたものの、抵抗することはなかった。すでに信頼されているのだろうか。
中は暗いが、俺達触手の目には何ら問題はない。正面の膜は綺麗な輪状になっており、その穴は大きくもなく、小さくもなく、丁度良い大きさのように思え、芸術的とも思えた。白のクリスタルの影響によって、後天的に創作されたからだろうか。両性具有だし、もしかしたら穴が塞がっていて機能していないかもしれない、と思ったが、そんなことはなかった。
話を聞く限り、女性部分に関しては、第二次性徴を迎えているようだが、見かけ上は第一次性徴、タナー段階初期のままの部分もある。そういうところも『中途半端』ということなのだろうか。
詳しく聞くまでは、初潮を迎えているかは分からないので、完全な両性具有かはまだ判別できない。成長が止まっているとのことなので、初潮を迎えていても、それ以降の月経はない可能性はあるが、その場合でも両性具有を否定することにならない。新陳代謝自体は行われているはずだから、その辺りは機能しているような気はする。
考えてみれば、ヨルンの体内に入り込む異物は尽く排除されるのだから、その辺の他者とは繁殖行動自体ができないことになる。まさに、この世界で俺達だけが、ヨルンと真の意味で繋がることができるのだ。
ヨルンがそれを望むかどうかは分からない。ただ、望むのだとしたら、全力でヨルンを大切にしたい。俺の侵入に抵抗がないことから、それを期待してしまうが、まずは、ちゃんとヨルンの気持ちを確認してからだ。イエスと言ってくれたその時には、ますます、ヨルンが愛おしくなってしまうだろう。
いかんいかん、高濃度のヨルンフェロモンのせいか、何度も気持ちがはやっては戻りを繰り返してしまうな。中はこのぐらいにしておこう。本当は中からも刺激を与えてあげたいのだが、外が渋滞しているので、そのままでは愛の蜜を摂取できなくなってしまう。
これは、両性具有対応のためのスキル作成とスキルツリー修正案件だな。第三者から見た時に、気持ち悪がられないために、できるだけ触手の本数を少なくするというルールにも反してしまう。
俺がどのようなスキルが触手らしいかを考えていると、ゆうが助けを求めてきた。
「お兄ちゃん、どうしよう……。ヨルンがかわいすぎて、ヨルンの切ない顔が見たくて、いじめたくなっちゃう……」
「それじゃあ、ラストスパートに入るか。ちなみに、どんないじめをしたくなるんだ?」
「超焦らしプレイとか……。ヨルンは、もう積極的にあたしのこと求めてきてるから……」
そう言えば、ヨルンの口はすでに自由になっていて、ヨルンの方から涙目で舌を伸ばし、ゆうの舌に激しく絡めている。焦らす程度ならいじめにはならないと思うが、どんなに大好きでも、フェロモンのせいでどんなに仕方なくやることでも、それは相手次第だから、お互いの合意が必要だ。
でも、俺もある意味、焦らしてるんだよなぁ。ヨルンを賢者にさせないように射精管理してるから。
「あとでヨルンに聞いてみよう。ヨルンのフェロモンについては、本人には伝えない」
「うん、ありがと」
「それじゃあ、始めるぞ」
俺は、ヨルンの下半身にある触手を総動員して、ヨルンの快感を煽った。
「あっ! あっ! あっ! ダメぇ! ダメぇ!」
ヨルンの声が部屋に響き渡る。ゆうはキスをせずに、胸や脇、首筋などを責めているようだ。
「漏れちゃう! おしっこ漏れちゃうぅぅ!」
どちらの尿道から漏れるのか分からないが、この発言から、ヨルンが絶頂を迎えた経験がないことが分かる。よし、お兄さんが初めての経験をさせてあげよう。俺は俄然やる気になり、さらにペースを上げた。
ただし、快感が男女の感覚のどちらにも偏らないように、バランスをとる必要がある。俺達は、ヨルンに『この体で良かった』と思ってもらいたい。今の自分の存在を肯定してほしい。そして、『この世界で生きていてほしい』と伝えたいのだ。
ヨルン、俺達の気持ちを受け取ってくれ!
「あっ! あっ……! ああぁぁぁーーーーーっ!」
ヨルンが絶頂を迎えた叫びと共に、触手二本の口に大量の体液が流れ込んできた。定番の音で表すなら、やはりそれぞれ、ビュルルルル、プシャァァァァだろう。
その瞬間は、もちろん俺の意識も飛んでいるので、当時を振り返ってその味を一生懸命に思い出してみると、前者は濃厚なゼリー、後者はそれにかける爽やかなシロップだった。特に前者は、これまでの女の子達では味わえなかった食感もあり、ゼリーとは言ったものの、プリンのようだったとも言えるし、生クリームが乗せられたかのような甘みもあった。
その成分は、よく知られているタンパク質を始め、いくつもの栄養素が含まれているので、飲み込むと、どこかにある俺の脳がスッキリして、体に染み渡っていくのが分かる。
二本の触手の味覚を合わせると、さらに味の複雑性が増し、まさに完全別腹のスイーツと化す。それを何度でも味わいたくて、ヨルンから何度でも絞り出したい気分になってしまう。二回目、三回目となると、濃度も変わるので、別物として味わえたはずだ。
ゆうが止めてくれなければ、ヨルンから血が出るまで延々と動作する搾精機に俺はなっていただろう。と言っても、ヨルンの場合は、クリスタルの影響で体内が傷付かないように絶倫状態になっているかもしれないが。
「うぅ……」
ヨルンは失禁したと思い込み、顔を赤くして泣いていた。それを見ていたシンシアがベッドから立ち上がり、ヨルンの涙を右手の人差し指で拭った。
「ヨルン、恥ずかしがることはない。気持ち良くなれば、誰だってそうなる。しかし、幸福感も覚えたはずだ。特にこのお方、シュウ様の『手』にかかれば、毎日幸せにしていただける」
「シュウ……様……?」
ヨルンは不思議に思って、シンシアに聞き返すと、代わりに答えるべく、クリスがベッドから立ち上がった。
「はい。触手に人の心が宿っています。素晴らしい人格者であり、聡明であり、私達が尊敬する存在であり、私達の命をお救いになった方です。私も、あなたと同じように毎日死にたいと思っていました。
ですが、シュウ様が私を変えてくださった。ヨルンくん、今のあなたはどのような考えになっているでしょうか。シュウ様は、私の時と同じように、あなたにこの先の未来を示してくださったと思います。そして、あなたもすでに分かった通り、シュウ様はこの世であなたを殺せる唯一の存在でしょう。
改めて聞きます。あなたは今でも死にたいと思っていますか?」
俺がクリスに言ったことを受け継ぎ、今度はクリスがヨルンに言った。
「ぼ、僕が……本当……に……?」
ヨルンが自分の考えを整理できずにいると、シンシアはヨルンの左頬に右手を添えた。続いて、クリスもヨルンの右頬に左手を添えた。俺達はヨルンを見つめていた。
「私達の気持ちを言う必要はないだろう。決めるのはヨルンだ」
クリスとシンシアの言葉を改めて咀嚼したあとに、止まったと思われたヨルンの涙は、再度溢れてきた。
「僕は……幸せになりたいです! 皆さんと……一緒に! 生きたいです!」
「ああ! 幸せになろう!」
「もちろん、シュウ様やシンシアさん、私のこともヨルンくんが幸せにしてくれるんですよね? お互い様というやつです」
「はい! シュウ様もシンシアさんもクリスさんも、必ず幸せにします!」
ヨルンの意志は固まった。その表情は、俺達がまだ見たことのない強い眼差しと、どこかホッとしたような、頬と口元が少し緩んでいる状態だった。そんなヨルンを見て、シンシアもクリスも嬉しそうだった。もちろん、俺達も。
「さて、それでは早速……」
シンシアはそう言うと、鎧と服を脱ぎだした。クリスもそれに続く。
「あ、え……? もしかして……お二人も一緒に……」
戸惑いと期待を見せるヨルンに二人は顔を近づけ、許可を取ることなく、順番にキスをした。
「ん……ふ……ぁ……」
シンシアがヨルンに舌を激しく絡め、反発されない程度に少しだけ強めに吸うと、クリスにバトンタッチし、今度はクリスがヨルンに舌を絡める。
「ヨルン、この……男性の『コレ』……触ってみてもいいか? 座学でしか知らなかったから、実は今日初めて見たんだ」
シンシアがヨルンの『アレ』を指して、少し恥ずかしそうに言った。女騎士属性持ちには、『コレ』や『アレ』ではなく、是非ハッキリと言ってもらいたいから、あとで呼び名を提案しておくか。成人男性に対しては、『汚らわしいモノ』と言い放ってほしいが、ヨルンにはそんなこと言えないし、どう見ても汚らわしくないからな。
「私もいいですか? 私はお父さんのを見たことはありますが、流石に触ったことはなかったので」
シンシアのお願いに続き、クリスもヨルンから口を離してお願いした。
「は、はい……。あの……優しくお願いします……」
俺はヨルンの下半身から離れて、様子を見ることにした。
「分かった。…………おお、こんなに硬くなるのか。触れた感じだと、先の方は柔らかいのかな? ぷにっとしている感じはある。あまり力を加えられないから、ハッキリとは分からないな」
「袋の方も思ったよりスベスベしていますね。ちょっと冷たくて気持ち良いです」
二人の直接のまさぐりと、半分言葉責めのような冷静な分析をヨルンに浴びせることで、すでにシンシアとクリスとのキスで半立ち状態だったモノを、完全に勃起させるに至った。先程、遅い精通を迎えたばかりのヨルンには刺激が強すぎるな。
「そんなにされたら……僕、また気持ち良くなっちゃいます……」
「ヨルン、かわいいよ……。こんなことを言うのは失礼かもしれないが、言わずにはいられないんだ。嫌だったら嫌だと言ってほしい」
「いえ……嬉しいです。僕は基本的に男として生きてきましたが、女の子としての感情もやっぱりあるみたいです。かっこいいと言われても、かわいいと言われても嬉しいと感じる……。
今考えてみると、そんなところもお得ですね。ふふふっ、シュウ様は本当に僕を変えてしまったんだ。今は、そのことがどんなことよりも嬉しいかもしれません。シュウ様、ありがとうございます!」
俺達はヨルンの両頬を舐めて、その感謝の言葉に応えた。
ヨルンはこれまで、その境遇から、自分を曝け出してこなかった。しかし、思いの丈と体の秘密を全て暴露してくれたことで、俺達はその一生懸命さとありのままのヨルンを受け入れることができた。ヨルンは、最初からそのような存在を無意識で求めていたように思える。
だからこそ、簡単に変わることができた。俺達が出会ったのは偶然じゃない。クリスタルの集まる性質のおかげかもしれないが、ヨルンが自ら行動したことによる必然だとも言える。
そして、これまでとは違う表情を俺達に見せてくれている。肉体の成長は止まっていても、ヨルンの精神は成長を続けているのだ。これからも楽しみだな。
「それでは、ヨルンくんにはもっとかわいい姿を見せてもらいましょうか。私の変貌ぶりに驚かないでくださいね。シンシアさん、シュウ様、私はもう我慢できませんので、お先にヨルンくんをかわいがらせてもらいます」
「ふふっ、仕方がないなぁ。私はサポートに徹するか。あの……シュウ様、その間、私のことをかわいがっていただけますか?」
「仕方がないなぁ。ゆう、三人を責めるが、シンシアメインで行こう」
「仕方がないなぁ。じゃあ、お兄ちゃんは『仕方がない役』ね」
「仕方がないなぁ」
「いや、いい加減うざ!」
当然、仕方がないなぁとは微塵も思わずに、三人と俺達は身を絡めあった。何だったんだよ、仕方がないなぁって。仕方がないなぁ。
五十分後、シンシアの報告会までにヨルンに確認したいこともあったので、早々に切り上げて、俺は黒板を使ってメッセージを書いた。
『報告会まで時間もあまりないから、シンシアからクリスタルとチートスキル、現在の自分が置かれている状況を簡単に説明してほしい。ヨルンも報告会に一緒に来てくれると心強い。理由はあとで書く』
「承知しました」
「すごい……。本当に触手の中に人が入っているんですね……」
シンシアは俺が挙げた項目をヨルンに説明した。俺はみんなにヨルンのチートスキル名を追記した上で、ゆうには補足をその都度、黒板に書いてもらった。
「これが原因だったんですか……。おばあちゃんからもらった物で、すごく嬉しかったので、ずっと身に付けていたんです」
ヨルンはネックレスを手で触り、少し寂しげな表情をした。それは、大好きだったおばあちゃんには、二度と会えないことを物語っていた。
『そのクリスタルのせいで、その体になったことは間違いない。ただ、そのおかげで俺達が巡り会えたことも忘れないでほしい。これまでも、ずっと大切に身に付けていよう』
「はい!」
俺のメッセージに、ヨルンは笑顔で返事をしてくれた。俺はヨルンのかわいい表情を見ることができて、改めて嬉しさを噛みしめると、話を続けた。
『クリスタルに関連して、ヨルンに聞きたいことがある。何かの研究家だったりするか?』
「研究家……ですか? うーん、強いて言えば、死の研究家、性的指向と性自認の研究家、そして差別研究家ですかね。補足しておくと、『性的指向』は自分がどの性別を好むのか、『性自認』は自分がどの性別だと考えているのか、です。
自分がどういう存在なのかを考える上で、各地や歴史の中で同じような人がいたかどうか、その人達がどういう扱いをされてきたかを研究していました。その延長で、近親相姦に加えて、獣姦、モンスター姦などを始めとする異種間での恋愛や結婚についても研究対象にしました。基本的に、そういう人達は必ず差別されているのですが、その差別をどうすればなくせたのか、これからなくせるのかをいつも考えていましたね。
結局、どう頑張っても差別は絶対になくせないという結論に至って、自分が悪いのか、自分が変わればいいのか、そんなことを強制する世界なら死を選ぶ、という考えになりました。
基本的に、と言ったのは単に周囲にバレてなかっただけで、死後にその記録が発見されると差別の対象になったからです。死んだ人まで蔑む社会にも絶望しました。もちろん、全員が差別するわけでないことは分かっていましたし、希望はあるとも思っていましたが、ずっとそう思っているのも疲れますからね……。
あ、人種差別や民族差別、階級差別については他の人が研究していると思って、僕は手を出していません」
「この際、聞いておきたいのだが、ヨルンは国家としてはどういう立場を取った方が良いと思う? そのような人達を許容するのか、拒絶するのか」
シンシアが国家運営に関わる者として質問した。
「国家としては拒絶した方が良いと思います。少なくとも『現代』では、国家の成長の要因は人口が全てですので、健康な子どもを増やす必要があります。
また、個性や思考の多様性は国家のためになりますが、国内の人種や民族が多様化すると、有事の際の団結力に関わるため、単に人口や労働力を増やすために、外国からの移民を受け入れるのも止めた方が良いでしょうね。
今、国内で多様性を声高に謳う人がいるとすれば、国力を落とすためのスパイだと思います。国のことを本当に考えている人であれば、心でそう思っていても、権力者に訴えたりはしないはずです。
また、仮に先進国と途上国が分かれていて、先進国はそれを許容すべきだと外圧を作り出している国々も、相手の国力を落とすことが目的です」
俺はヨルンの意見に驚いた。自分が差別される側になる恐れがあるにもかかわらず、とんでもなく冷静な意見を持っていたからだ。まさに、研究者然としていて、自らの立場によらず、第三者的な視点を持っている。
「では、具体的にどうやって拒絶する? 完全な拒絶、もちろん重罰や虐殺ではないだろう?」
シンシアが続けて質問した。
「はい、そのような拒絶ではありません。国内では、表面上は特区を作るのが良いと思います。性関係の場合は、新性倫理特区とでも言いましょうか。そこに集めて、半分隔離状態にする。その方が国としても監視しやすい。独立させても良いと思います。
人を呼び込むために、『差別ではありません、むしろ優遇します』と宣伝します。逆に周囲が『何で変態のあいつらだけ』と差別感を覚えると思うかもしれませんが、優遇はそこで完結する内容にし、その特区を作るために注いだ税金は、そこが経済的に発展したら徐々に返してもらうことにすれば問題ありません。
ただし、僕の予想では特区内でも差別が生じると思っています。色々な理由で破綻したら特区を解除し、過疎地帯と同じ扱いにします。住まいを突然変更する人は少ないので、結果的に隔離に成功します。
そうでもしないと、その人達は、嘘の能力やメリットを並び立てて、自分達の権利と居場所を主張したり、それが通らないと暴動に発展したりします。自分達の立場が弱いと無意識で思っている人ほど、そういう行動をするようです」
まるでヨルン自身が差別主義者と言っても不思議ではないほどの過激で鋭い意見を述べた。おそらく、差別を研究する内に、差別される側の要因を知ったからこその意見だろう。差別する側にも納得できる理由があるということだ。
似たような例で、『いじめ』が挙げられるが、それとは全く異なる。いじめられる方にも原因があるとよく言われるが、『いじめ』は『傷害事件』であり、いじめる方が完全に悪いからだ。差別の先にいじめや迫害があり、差別というだけでは、非暴力の自衛のためという理由もあって、完全な悪とは言い難い。もちろん、『区別』や『公平』がその場合の理想ではある。
「あー、ヨルンの最後に言ったこと分かるー。女性が男性よりマルチタスクが得意って言ってる人と同じだ。絶対そんなことないのに。精々、同じぐらいって言っておけばいいのに、優れてるって言っちゃうんだよね。本当は全てにおいて劣ってるのに。それを認めると、立場が危うくなっちゃうから」
ゆうは、女に恨みでもあるのかと思うほどの持論を展開した。当然、当てはまらない場合もあることは承知だろう。
「一応言っておくけど、女は感情でしか物を言わないって言う男も同じね。論理的に考えられない男もいるから」
「要は、前に言ってた『弁えろ』ってやつか?」
「そう! 今の自分を認めて、本当の自分を相手から認めてもらった上で、共存していく。認めてもらえないようなら、迷惑にならない別の方法を考えるか、さっと引き下がって別の道を行く。それが人間関係において、弁えるってこと」
「そうだな。愛の告白やカミングアウト、それと同列に扱う訳ではないが、セクシャルハラスメント、ストーキングの末の接触にも言えることだろうな。
本来は、相手が迷惑でないことを何度も確認する必要があるのに、過程をすっ飛ばしてそれらの行為をしても、拒絶されるだけだからな。まあ、それは俺達の『接触』も人のことを言えないが、俺達は人間じゃないし、誰も損していないから成り立っているわけで。
とは言え、結果オーライなら何をやってもいいのか、というわけではないからな。その見極めは難しいところだ」
「そういうのって、誰も教えてくれないし、教えられていても子どもの頃で、実感がなくて覚えてもいないと思うんだよね。でも、ある日突然、当事者になっちゃう。
そもそも、なぜ勉強しなきゃいけないか、教育システムがあるか、自分の子にちゃんと説明できる人なんてほとんどいないでしょ。私はお兄ちゃんに教えてもらったけど。というわけで、まだちょっと書かせて」
俺達の会話を待ってもらっていたヨルンに向けて、ゆうは提案のメッセージを書いていた。こいつ、俺と会話しながら、『今の自分を認めて……』のくだりから黒板に書いてやがった。これがマルチタスクというやつか……。本当に人間か? いや、触手だけども……。
『国が主導してそれらの内容を国民に教育し、資格化して定期的に試験を受けるシステムを作るのはどう? 教育だけではダメで、あくまで試験や資格とセット。
資格を持つ人の優遇措置や、破った人の罰則をどうするかは今は置いておくとして。最初は覚えるだけになっちゃうけど、できるだけ実体験に近い試験内容にすれば、いつでも記憶から引き出せる。仮に資格を持っていない極少数の人達がいても、その教育によって差別は生じない』
「なるほど。もし、全員受けるのであれば、ある意味で『国民資格』というわけですか……。ジャスティ国には憲法や国民規範がありますが、それと現在の法律だけでは対応できませんからね。
教育が重要なのは分かっていましたが、それをどう実現するかは、ぼんやりとしか考えていませんでした。やっぱり、トップダウンとシステム設計が大事なんですね。流石シュウ様、広く深いお考えです」
ヨルンが感心していると、シンシアが手を挙げた。
「私も……流石、シュウ様です。ヨルン、私達の仲間以外には黙っていてほしいのだが、シュウ様は場合によっては、ご自身と子孫の触手人間、その経験値源の人間だけが住む集落を、さらに場合によっては国を興すつもりだ。私達はあえて経験値牧場と呼んでいる。
その際は、ヨルンの知見が役立つだろう。イリスにこれまでの気持ちや考えを伝えておけば、上手くやってくれるはずだ。念のために言っておくが、反乱や革命をするわけではなく、できるだけ周辺と調整しながら興す予定だ」
「触手特区、触手国を作るなんて……すごいです! 自ら興すとは、壮大すぎて思ってもいませんでした。どんなことになるのか想像できません。先程申し上げたように、僕の持論ではそういうところは大体破綻すると思っていました。
でも……シュウ様と、お話に出た方々なら可能なように思えます。僕でよければ、是非お手伝いさせてください!」
「ヨルンくん、あなたの考えに、ユキさんや私の魔法の知識が必要であれば、いつでも言ってくださいね」
「ありがとうございます、クリスさん。何だか夢みたいです。さっきまで死ぬつもりだった僕が、こんなに希望を抱いているなんて……。本当に……皆さん、ありがとうございます!」
ヨルンの目からは、また涙が溢れた。
ヨルンはこれまで自分の体のことを誰にも言えなかった。しかし、言いたくもあった。自分の全てをさらけ出せる場所がほしかった。ヨルンの場合は、自分の存在を常に自問自答しなければならず、恐怖さえ覚えただろう。そう思っているのは自分だけではないとも考え、色々思考してみたものの、諦めて行動に移せないでいた。
そこで俺達に出会い、これまで諦めていたことが実現できる可能性を見出だせた。
『ヨルンの気持ち、分かるよ。怖かったんだよね。自分の存在を公表することが。自分で自分の存在を認めることが。もう大丈夫だから安心して。ヨルンはヨルンだよ。あなたの居場所はここにあるから』
「シュウ様……ありがとう……ございます……うぅ……うわあぁぁん!」
ゆうの優しいメッセージがヨルンの心を揺さぶり、さらに涙が溢れ出していた。これでまた一人、大切な人が増えた。みんなもお互いにそう思っていることだろう。
俺達は、ヨルンが落ち着くまで、流れる涙を舐め取っていた。シンシアとクリスも、ヨルンに優しく寄り添って、頭を撫でていた。
『ヨルンには、まだ聞きたいことがある。ヨルンが参加した特別任務とは、大聖堂の作戦のことか?』
「は、はい。でもなぜそのことを知っているんですか? 極一部にしか知らされてないと聞いていましたが……」
「先程話したレドリーお父様の情報網と推測によるものだ。機密情報のはずだが、詳しく聞かせてくれないか? 情報漏洩が問題になった場合は、私が責任を取る」
俺の代わりにシンシアが答えてくれた。普通は責任を取ると言っても取れないものだが、シンシアならできそうだ。なにせ、存在自体が国内最大の戦力なのだから。
「分かりました。大聖堂への魔法使いの出入りが頻繁になってきているという情報を国が入手し、調査したところ、大聖堂の裏の設計図が存在し、隠された階段から地下に消えていく魔法使い達がいることが判明しました。
その出入りのピークの時間を予測して、昨夜午後七時に、地下への突入作戦を遂行し、十四名の魔法使いを、魔導士結集罪の容疑で捕らえました。残りの一人は自害し、さらに残りの三名には、僕達も知らなかった裏の抜け道から逃げられましたが、謀略の阻止には成功しました。
自害した一人は、元魔導士団員だったそうです。尋問の結果はまだ聞いていませんが、その場の魔法陣から、高レベルモンスターの召喚を深夜に向けて行おうとしていたのではないかと、一緒に作戦に参加した魔導士団員達が話していました」
「自害された時と逃げられた時の状況をさらに詳しく教えてくれ」
「僕達が突入した瞬間、僕が速攻で詰め寄ったところに、相手全員で数種類の魔法を打ってきたのですが、『反攻』で全て反射し、相手にダメージを与えて怯ませました。
すると、その元魔導士団員が、僕に勝てないと見るや否や、所持していたナイフで自分の心臓を突き刺しました。本当は捕らえたかったのですが、前に躍り出てきた別の人を僕が相手にしている時だったので、間に合いませんでした。
回復魔法も、ほとんど全員を捕らえてからだったので間に合わず。全員同じ服装だったこともあり、首謀者はそれまで分からなかったのですが、自害したところを見ると、その人が首謀者だったと結論付けられました。
逃げられた状況ですが、僕達の突入後、すぐに逃げられました。地下の奥に扉があって、そこに逃げ込むのを見て、その場の全員を捕らえる目処が立った頃、おそらく一分後ぐらいだったと思います。追いかけて扉を開けると、その小部屋にはもう誰もいなくて、その先に見えた抜け道を進んで外に出ても、もう誰もいませんでした。
念のため、二人の魔導士団員に魔力感知魔法で確認してもらいましたが、小部屋も含めて、その近辺にはすでにいませんでした」
「ヨルンは魔力感知魔法が使えないと思っていいか?」
「はい。僕が使えるのは攻撃魔法の一部だけです。『反攻』さえあれば、それで十分だったので」
「もう一つ確認だが、ヨルン達が小部屋への扉を開けて入ったのだとしたら、逃げ込んだ魔法使いは扉を開け放ったまま逃げたのではなく、一度閉めたのか? 鍵はかかっていたか?」
「えーっと……閉められはしましたが、鍵はかかっていませんでした。そもそも錠前がありませんでした。もしかして、時間稼ぎにもならないのに、どうして扉を閉めたのか疑問に思ったということでしょうか」
「ああ、その通りだ。シュウ様、よろしければご意見をお聞かせ願えないでしょうか。何か引っ掛かっているのですが、これ以上は思い付くまでに時間がかかりそうです」
シンシアが俺達に助けを求めてきた。シンシアにはヨルンからヒントを引き出してもらったが、まだ確認することがある。
『抜け道は一直線だった?』
「いえ、一直線ではありませんでした。何度か曲がり角があったと思いますが、一本道ではありました」
『ありがとう。クリスにも聞きたい。魔力遮断魔法に魔力感知魔法を当てた時に、どう感じるのか。それと、扉を壁に偽装する魔法があるか、それを魔力感知できるかどうか』
「なるほど、それです! 流石シュウ様!」
「え?」
シンシアが、喉に引っ掛かっていた物が取れたかのように、スッキリとした顔をした。一方、ヨルンは不思議そうな顔をしていた。クリスは納得が行った顔をしていたが、そのまま俺の質問に答えてくれた。
「魔力遮断魔法に魔力感知魔法を当てても何も感じません。通常通りということですね。つまり、魔力遮断魔法がかけられているかも分かりませんし、その先に魔法使いがいても分かりません。偽装魔法は変装魔法の応用として存在しますが、それは感知できます。物理的な偽装は分かりません。
シュウ様のお考えをお察しして、壁の向こうに空間があるかを確認する魔法が存在するかについてもお答えします。透過空間認識魔法と呼ばれるもので、存在はしますが、難関魔法の一つです。あまり研究もされておらず、認知度も低いので、発動できる魔法使いは、一握りのはずです。
私は一応使えますが、何となくの空間認識しかできません。発動後魔力の微細な変化と材質による変化を、平面展開で繰り返し自分に伝えて、脳内に空間を構築しなければならず、完全に空間を認識できる魔法使いは存在しないとされています。もちろん、ユキさんに限っては分かりません。空間展開で空間認識をしてしまうかもしれませんね。
最後に重要なことですが、透過空間認識魔法を使えば、攻撃魔法を使わなくても魔力遮断魔法がかけられているかが分かり、その先がどのような空間かも分かります。ただし、魔力感知と同時には、私にとってはあまりに難度が高いので行えません」
なるほど。これで大体想像できた。俺は、考えられることを複数回に分けて黒板に書いた。
『ありがとう。以上のことから、魔法使いが突入部隊の裏をかくとすれば、地下の魔法陣とは別の魔法陣が、どの設計図にも載っていない隠された空間に保険として存在し、そこに彼らは逃げ込んで、突入部隊をやり過ごしたと考えられる。
その場合、隠された空間は、小部屋に隣接しているか、抜け道の途中にある可能性が高い。どちらにもあった場合、小部屋に隣接している方がフェイクで、抜け道途中の方が本物だろう。
そこでは、モンスター召喚の詠唱が継続されていて、二つの魔法陣の進捗が同じだと仮定すると、人数が六分の一になったので、召喚までの時間は六倍かかることになる。早くて、今日の深夜にも召喚に成功するはずだ。
仮に、進捗がもっと早かったり遅かったりしても、昨夜は警戒されていたために、必ず今日以降になるが、何時頃に召喚するかは、ずらしてくる可能性もあるから、すぐにでも阻止に向かった方がいい。
もしかしたら、シンシアが城に戻ってきてもお構いなしに、報告会に合わせてくる可能性もあるな。もちろん、素直にそのまま逃げたのかもしれないが、調査をしに行くに越したことはないだろう。
ヨルンが報告会に参加してもらった方が良いと書いたのはこのためで、スパイ調査に加えて、大聖堂再調査の提案とその結果をシンシアの成果にでき、ヨルンがそれを証明してくれるのが大きいという理由だ』
「何から何まで、本当にありがとうございます、シュウ様。というわけで、ヨルン、クリス、今すぐ向かおう。城に知らせている時間はない。このままでは、ジャスティ国が危険に晒される恐れがある」
「わ、分かりました。それにしても、シュウ様、本当にすごいです……。僕、感動しました! シンシアさんもクリスさんも、改めて尊敬します」
「シュウ様、以上でよろしいでしょうか。作戦の共有はいかがいたしましょうか」
俺が先走る二人を止める前に、クリスから冷静な質問をしてくれた。
『そうだな。ヨルンが仲間に加わったことで、今のことを含めて、報告会での作戦もここで共有しておく必要がある。大聖堂に行ってからは、ここに戻ってくる時間も、話し合う時間もないから』
「申し訳ありません、先走りすぎました。クリス、ありがとう」
「いえ、気持ちは分かりますから。大聖堂の作戦をシュウ様からご説明いただき、報告会での作戦に大きな変更がなければ、シンシアさんと私からヨルンくんに説明し、シュウ様から補足をいただく、という流れでいかがでしょうか」
俺は肯定した。大聖堂での作戦を黒板に書いている間に、みんなには出発の準備を整えてもらった。ヨルンは、胸のさらしをやめたようだ。全てを書ききれないので、結局、数回に分けて書くことにした。
『作戦の目的は、こちらが無傷で、大聖堂内の敵を一人でも多く捕らえること。まず、大聖堂に入る前と地下の道中まではクリスの魔力感知魔法を使った上で進み、小部屋と抜け道の魔力遮断魔法を確認する。
目星がついた方の入口を探し、偽装を解く。どのように偽装しているかは流石にその場に行ってみないと分からないので、今は考えない。
入口でのトラップ対策で、ヨルンを先頭に突入し、クリスはその間に、認識した空間が広ければ水魔法、狭ければ金縛り魔法の詠唱を行う。
続いて、シンシアを先頭にクリスが突入する。クリスは魔法を発動し、敵全員の身動きがとれなくなったかどうかにかかわらず、ヨルンが部屋の真ん中より左側、シンシアが右側を担当し、突入から十秒以内に敵全員を無力化して捕らえる。
どちらか一方の敵がいなくなれば、もう一方の手助けを空間の奥側から挟み打ちをして行う。明らかに強敵がいた場合、雑魚から倒すか、強敵から倒すかは任せる。無力化する最適な方法はクリスに教えてもらおう。その際、自害されてもかまわない。
捕らえたら、催眠魔法がかかっている前提で全て解除する。再度催眠魔法をかけ、自首させた上で、尋問では全て吐かせるようにする。できれば、護送用の馬車が欲しいな。
一方、別の抜け道があって、そこから逃げられそうな時は、対峙している相手を無視してでもヨルンが単独で追う。シンシアとクリスは隠し空間から出ない。
ヨルンは、三分以上追いかけて捕まえられなかった場合は、元の場所に必ず戻ってくる。追いかけた末に待ち伏せされた場合は、全員殺してかまわないが、万が一、明らかに動きが異なり、賢い戦い方をする女魔法使いがいれば、ユキちゃんの双子の姉のシキちゃんの可能性があるので、決して捕らえようとせずに諦めて戻ってくる。無理に捕らえようとすれば、自害される恐れがあるためだ。名前を聞いてもいけない。
待ち伏せ返り討ちの時間を含めて、六分経ってヨルンが戻ってこなかったら、シンシアとクリスはそのまま城に向かう。ヨルンが城にも戻ってこなかった場合は、何らかの方法で捕らえられたものとして、報告会後に探しに行く。
ヨルンは可能なら、連れて行かれる先のメッセージをどこかに残してほしい。これまで抜け道の存在を知らず、監視されていなかったことから、敵が三人とは限らないので注意する。
俺達は、突入前にクリスの足元に増やした触手を下ろし、縮小化して、隠し空間の中が暗いようなら、壁を蔦って天井に張り付き、様子を見る。明るかったらその場で待機するが、隙間から外に灯りが漏れないように暗い可能性が高い。
みんなの戦闘の邪魔はしないつもりだが、敵が怪しい動きをしようとしたら、天井からの毒液で不意を突きつつ、さらに麻痺させる。俺達の存在は知られないようにする。
突入後はシンシアをリーダーとし、不測の事態が起きたら、彼女に指示を仰ぐ。指示には絶対に従う。大聖堂に入ってから出てくるまで、二十分以内を目標とする』
「質問よろしいでしょうか。クリスが空間の広さによって使う魔法ですが、それが逆ではない理由と、ヨルンが魔法を詠唱して突入しない理由を、念のため教えていただけないでしょうか。何となく想像はできるのですが、今後のために確認したいと思いました」
シンシアが良い質問をした。戦術の研究者としては興味があるのだろう。また、クリスとヨルンにも聞かせる意味もある。
『魔法使いに水魔法が効果的なのは知っての通りで、狭い室内であれば超強力だが、逆にこちらの身動きが取りづらくなる。敵を全員溺死させるのではなく、一人でも多く捕らえることが目的なので、クリスが認識しきれなかった抜け道が存在した場合に、逃げられる可能性が高くなる。その判断を突入した瞬間にするのは難しい。
ヨルンが突入時に魔法を使わないのも同じ理由で、不意打ちで水魔法や他の攻撃魔法を叩き込むことはできるが、ヨルンの剣術スピードを活かすには、その判断は不要だし、正確に当てるとなるとスピードも多少落ちるだろう。それなら、そのまま敵に突っ込んで背後を取った方が良い』
「なるほど、ありがとうございます。勉強になりました。本作戦が戦術の延長なのは奥が深いですね」
「シンシアさん、戦術の延長とはどういうことですか? 時間がないのにすみません」
ヨルンがシンシアに質問した。クリスもヨルンと同じく疑問に思ったようだ。
「いや、感動のあまり、シュウ様と自分だけにしか理解できない表現を思わず口にしてしまった。レドリー領での監視者捕獲作戦でも、シュウ様には同じ思いを感じていたのだが、今回の作戦規模でハッキリ分かった。通常、全体の作戦の目的が与えられて、その実行部隊として騎士団や魔導士団が存在するのだが、突入後の戦闘作戦と個々の戦闘、つまり戦術は我々に一任される。突入以前は作戦指揮官が考える場合が多く、それが隊長や団長である場合もあるが、そこまで具体的には考えない。
もちろん、突入直前からどのような突入手段で行くかは、我々が作戦全体の目的に沿って具体的に考えるのだが、シュウ様の場合は、突入前、突入直前、突入時、突入直後、突入後、全てに渡って想定が具体的だ。突入直後については、信頼されている私達でなければ、さらに具体的に掘り下げられていただろう。
これは、シュウ様が戦術、戦略、その間の個別作戦を全て考えられる才能をお持ちであることに他ならない。今回の場合、戦術と作戦をほぼ同時にお考えなのだ。おそらく、シュウ様にとっては戦術も戦略も、境界がないほどに全てを具体的に考慮なさるはずだ。戦術の具体性が作戦全体に表れている、大聖堂再調査作戦自体が戦術と言ってもいい、ということで戦術の延長と表現した」
「な、なるほど……。騎士団長としてのシンシアさんならではのお考えですね。僕も見習いたいです」
ヨルンはシンシアの『具体的な考察』に少しだけ戸惑っていたが、すぐに尊敬の顔に変わった。
「ありがとう。さて、魔法使いを無力化する方法をクリスに聞きたいが、その前にヨルンはどのような方法をとった?」
「僕は部隊の魔導士団員から猿轡をもらっていたので、剣の柄で腹や首を突いて激痛でもがいているところに、それを口に結んだだけでした。他の方法は教えてもらっていません。ということは、シンシアさんも城の魔導士団に猿轡以外の方法を教えてもらったりしてないということですか?」
シンシアの質問にヨルンが答えた。シンプルで良い方法だ。自害も防げる。そして、ヨルンも良い質問をしてくる。
「その通りだ。魔導士団は知っているはずなのだが、教えてくれなかった。想像はできても、それが正しいとは決して認めなかったな。魔法使いとそれ以外で対立した時のことを考えて、明確な弱点を知られたくないのだろう。バレバレなのにそこまでする必要はあるのかと思ったが、もしクリスがそれについても知っているのであれば教えてほしい」
「まず、剣士対魔法使いで、猿轡を持っていない場合に魔法使いを無力化する方法ですが、両腕の骨が飛び出すほど完全に折るか、切断するのが早いです。その人を生かしたい場合は、もちろん止血する必要があります。片腕が正常だったり、骨にヒビが入る程度では、魔法の発動は止められません。
魔法は基本的に手、あるいは手を経由して杖から発動されるものなので、身体の中心から手までの経路が異常な場合には発動できません。ただし、最低一ヶ月の時間が経過して、それが正常な状態であると脳と身体がともに認識すれば、魔法を使えるようになります。
したがって、生まれつき両腕や両手に障害がある場合でも、普通に魔法使いになれます。足から魔法を発動する研究も行われ、実現できる人もいるらしいですが、魔法使いは中距離から遠距離で戦うことがセオリーで、習得難度とメリットが釣り合っていないので、誰もやりません。
第一印象で明らかに奇特な人がいれば、習得している可能性があるので、注意は必要です。その場合は、足を不能にすることなく殺してください。『任意部位魔法発動習得者』の可能性があり、どこから魔法が発動されるか分からず、いつの間にか魔法トラップを仕掛けられている場合もあり得るからです。
次いで、誰でも明らかに分かる通り、喉を潰す方法があります。いずれも高位回復魔法で治ります。もちろん、本人は無力化されているので治せません。ちなみに、私は高位回復魔法を使えないので、ある程度の止血はできますが、完全には治せません。舌の切断もありますが、そこだけ切断するのは難しいので考える必要はありません。
無力化方法を認めないのは、どうやら、魔導士団の歴史が関係しているようです。魔法使い狩りの恐怖に怯えた魔法使いが各国の軍に所属したことがキッカケで魔導士団が設立されたのですが、各国の魔導士団専用図書室には古くからの魔法書があり、そのほとんどに『どんな魔法を使えるかは他者に言ってもいい。ただし、弱点を晒してはならない。認めてはいけない』と記載されていると聞きました。それを忠実に守っているのだと思います。
そこには派閥も存在し、認めない派は『否認派』、認めてもいい派は『認知派』と呼ばれています。野良の魔法使いで、そのことさえ知らないのは、もちろん無派閥ですが、便宜上、『無知派』と呼ばれています。
魔法研究界隈の多くは『認知派』ですが、魔導士団は魔法研究をしていても『否認派』です。その内、王族にも晒していないのは『完全否認派』、晒しているのは『従属否認派』と呼ばれていますが、実際にどうなのかは王族と魔導士団長だけしか知りません。ちなみに、王族と魔導士団の関係性と権力バランスから、ジャスティ国は『完全否認派』、エフリー国は『従属否認派』と噂されています。
これまで色々と述べてきましたが、なぜか猿轡だけは例外で、『否認派』も容認しています。魔法使い狩りの時に明らかになったからとも、当時の恨みを忘れないためとも言われています。
以上のことから、猿轡だけで魔法使いを無力化できる実力を持つ剣士は、魔導士団から見てもありがたい存在です。それができないと、魔法使いを捕虜にもできず、殺すしかありませんからね」
また派閥か。辺境伯だけでなく、クリスも派閥に詳しいんだな。もしかして、魔力量限界の時に話題に挙がった『魔法使用時死亡派』も、ちゃんと存在する派閥だったのだろうか。
「ありがとう。それも戦術を考える上で、勉強になった。騎士達にそれを伝えるかは、陛下からのご指示を賜る必要があるが」
「…………。皆さんには、ただただ感動するばかりですね……」
ヨルンの表情が発言の印象とは異なり、少し曇った。会話の内容が高度で、付いて行くのがやっとのためだろう。それを見て、クリスがヨルンの背中を撫でた。
「大丈夫ですよ。全く気負う必要はありません。私だって、ヨルンくんの意見と考察に感動したんですよ」
「私もだ。これは前にクリスにも言ったことだが、私達は互いに何かをしてほしいとは思っていない。何かしてほしいと言われた時だけ。憧れに近づきたいのであれば、できることはする。ただし、精神的にも肉体的にも無理はしない、というスタンスでいる。悩みがあれば、遠慮せずにすぐに共有してくれ」
シンシアもヨルンをフォローしつつ、俺達流の心得を伝授した。
「分かりました! ありがとうございます!」
ヨルンが元気になったようで良かった。その性格から、切り替えが早いタイプだろう。
その後、シンシアとクリスから報告会での作戦をヨルンに伝えてもらった。俺からは、報告会で起きうることを挙げ、シンシアとクリスだけでは十分にできなかったことをヨルンにしてもらうことにした。
例えば、大臣達からの謂れのない批判に対しての反論だ。当のシンシアではどのような言い方をしても必死さが印象付けられてしまい、クリスではその冷静な物言いでインパクトに欠ける。ヨルンがうってつけだろう。
また、報告会での不測の事態では、大聖堂と同様にシンシアをリーダーとして指示に従い、シンシアが単独で動かざるを得ない場合には、クリスとヨルンがペアで動き、ヨルンがクリスを守る。俺達以外の全員に催眠魔法がかかっている前提で行動し、必要なら、俺がその場でメモを書き、クリスに渡すことにしてある。
『以上だ。行こう! ここからは怒涛だ』
『はい!』
俺のメッセージに、気合いの入った一同の声は一致した。
「緊張してきたぁ……」
俺達が大聖堂の近くまで来た頃、ゆうが呟いた。
大聖堂は、宿屋から城下町の中心部に向かって、五百メートルほど歩いた位置にある。作戦が時間通りに行けば、報告会には十分に間に合うだろう。
「突入作戦なんて、一般人は経験しないからな。それでも、俺達は監視者捕獲作戦を経験しているから、少しは緊張が和らいでいるだろ?」
「そうなんだけどさ。前回は戦闘があるかどうか半々で分からなかったけど、今回は高確率であるわけでしょ? お兄ちゃんは緊張してないの?」
「もちろん、緊張してる。緊張さえ楽しめる自分一人だけの大学受験や就職活動とは、わけが違うからな。だからこそ、想定外が起きないようにしてるんだ。そして、想定外が起きた時は、シンシア達の方が戦闘経験が上だから任せた方が良い。
俺達の緊張は、自分達のことよりも、彼女達が傷付くことへの心配から来ているものだ。今回の場合、子どもの受験当日の親のように、試験中に何もできないわけではない。俺達はその場でサポートできる。たとえ想定外で、シンシア達がピンチになっても、俺達が頭をフル回転させれば何とかなると信じている。
それに、世界最強が三人揃って、数人から高々数十人の敵に軍事被害を受けるようなら、すでにエフリー国が天下を取っているはずだ。シンシア単騎でさえ、恐れを成していたんだぞ。逆に、向こうの方が想定外のはずだ。大丈夫だよ。でも、油断は絶対にしない。三人も超一流だから絶対にしないだろう」
「うん、ありがと」
ゆうの不安も少しは解消されただろうか。
「馬で通り過ぎた時にも確認できたが、兵士が二人、大聖堂前に立っているな。立ち入り禁止になっている」
シンシアが俺達のために、声に出して説明してくれた。一行は、兵士に近づいていった。
「騎士団長のシンシアだ。昨日の作戦部隊のヨルンと共に、中を再調査したい」
「き、騎士団長! どうぞ、お通りください! ちなみに、そちらの方はどなたでしょうか」
警備兵はクリスの氏名もしっかり確認するようだ。
「魔法使いのクリス=アクタースだ。再調査を行うには、彼女の力が必要なので私が連れてきた。中には他に誰かいるか?」
「いえ、中には誰もおりません!」
向かって左側にいた兵士が答えた。
「それでは、どちらか一人、今すぐに十人乗れる護送用の馬車を手配して、ここに待たせておいてくれ。護送用が手配できない場合は、どんな馬車でもいい。私達が出てきたら、それに乗って城に向かう」
「はっ!」
向かって右側にいた兵士が、馬車の調達のために走り去っていった。
「騎士団長、お忙しいところ申し訳ありませんが、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
残った兵士がシンシアに質問があるようだ。
「何だ?」
「一日経過してもなお、中に残党がいるということでしょうか。それによって、ここでの警備方法と心構えを変える必要があります」
ここでそれを聞くとは、随分と有能な兵士だな。もう一人の方も仕事が的確で早かった。
「私達は可能性が高いと考えている。もちろん、ここまで取り逃がすつもりはない。君はもしかして騎士志望か? 前に見た時もそうだったが、何となく目つきが違う。もう一人の方もそうだったな」
「は、はい! 私共のような者の顔を覚えていただいており、光栄です! 先程の者も騎士志望です」
「あえて名前は聞かないでおこう。これまでの騎士選抜試験でも顔は見なかったはずだ。次の試験で、是非その名前を轟かせてくれ」
「はっ! ありがとうございます! しかしながら、騎士団長。この場で申し上げるのも恐縮ですが、前回の騎士選抜試験、私共はどういうわけか受けられませんでした。試験担当者に理由を聞いても、資格がないとの一点張りで……」
「何⁉」
シンシアは、その事実に驚いて大きな声を出した。
「たとえ同じ平民であっても、他の者は受けられました。自分達の素行も問題ないと考えているのですが、違うのでしょうか。
あの時は、騎士団長に直訴することも考えましたが、プロセスや責任者のラインを無視するのは騎士としての資質を疑われると思い、泣く泣く身を引きました。申し訳ありません、このような泣き言をこの場で」
「いや、こちらこそ申し訳ない。私の責任だ。すぐに調査した上で、何とかしよう。勇気ある進言に感謝する」
「ありがとうございます!」
兵士は一際大きな声で感謝の言葉を言った。
それから、クリスの魔力感知魔法で大聖堂の中を走査したあと、シンシア達はヨルンを先頭にして大聖堂の中に入っていった。持っていた荷物は兵士に預かってもらうことにした。
「例の副長が止めていた、ということですかね」
あの兵士達が試験を受けられなかった原因について、クリスがシンシアに確認した。
「間違いないだろうな。選抜試験の事実上の最高責任者はビトーだった。私は実技試験と最終面接の評価者の一人だったが、国内の兵士であれば、当然資格など必要ない。素行調査は合格後の内定時に行われる。
プロセスに変更があったとは聞いていないから、ビトーが担当者に、あの二人を受けさせないように圧力をかけたか、担当者もスパイだったのだろう。あの二人が騎士になると、余程都合が悪かったのだろうな。少しでも私の目に触れたら、試験で落としても誤魔化しが効かなくなると踏んで、その前に手を打ったのだろう。
私だけならまだしも、自分より下の者の人生を意図的に狂わせるとは万死に値する。もちろん、私の責任は免れないが」
シンシアの怒りが俺達にも伝わってきた。アースリーちゃんのことで辺境伯に叱咤した時とは、明らかに異なる怒りだ。
「二人とも、私のせいで時間を取らせてすまなかった。これからは切り替えていく」
「いえ、シンシアさんを陥れた奴は、僕も絶対に許しません」
「ヨルンくん、仮に出会っても殺してはダメですよ。死にたくなるほどの苦痛を、絶対に死なないように延々と与え続けるのですから」
ヨルンもクリスも怒りを滲ませている。クリスに至っては、いつか魔法が使えなくなるのではないかというほどの怒りで、どうやら、ビトーの悲惨な結末が確定してしまったようだ。
「ありがとう。まずはシュウ様の作戦を、冷静に、確実に遂行しよう」
大聖堂の右奥の通路を進むと、中部屋が左側にいくつかあり、その一番奥の部屋に俺達は入った。
「ここから地下に行きます。できるだけ音を立てないようにしましょう。詠唱以外に必要があれば筆談で」
ヨルンが部屋の床中央のすでに開かれた階段を指した。再度、クリスが魔力感知魔法を使い、警戒する。部屋にあった蝋燭に火を灯して、それを片手に左右が壁の階段を大聖堂入口側に真っ直ぐ下りると、石畳の広い空間が現れた。
俺達も顔を覗かせて辺りを見回してみると、かなり大きめの魔法陣の痕跡らしきものを見つけることができた。その痕跡から推定してみると、直径二十メートルはあるだろうか。
石畳に描かれた魔法陣を無効化する方法は、いくつかあるらしく、ここでは魔導士団が、魔法陣の形に彫られた溝に入ったインクを水魔法で落とし、溝を土魔法で埋め、その土を火炎魔法で固めたのだろうとクリスが推察していた。
それから、ヨルン達は魔法陣の部屋を突っ切り、小部屋に向かった。扉は開け放たれているので、そのまま中に入ると、正面に抜け道が見えた。
まずは、クリスが小声で詠唱し、透過空間認識魔法で、魔力遮断魔法がかけられた隠し空間を確認した。一分後、クリスが抜け道方向を指差したので、ヨルン、クリス、シンシアの順に先を進んだ。
抜け道の壁は石造りで、三人が並んで通れるぐらいに広い。曲がり角を四回曲がって二メートルほど進んだ所で、クリスがヨルンの右肩を叩き、そのまま右を指した。ここの壁に入口があるらしい。薄暗い中でよく見ると、石が少し綺麗だった。
すると、クリスが紙とペンとインクを取り出し、床を下敷きにしてメッセージを書いた。
『三センチぐらいの薄めの石を、中から横にスライドさせて前に押し出すことで扉代わりにしているようです。中は、横が八メートル、奥行きが十五メートルぐらいで、奥行きに比べて横がそれほど広くないので、金縛り魔法を使います。
こちらからはすぐに開けられないので、一気に突入するには、扉を破壊するか消滅させた方が良いと思いますがどうしますか?』
それに対して、シンシアがペンを取った。
『私が両足で破壊しよう。ヨルンは私を飛び越えて突入してくれ。すぐに私も入る。クリスは魔法の準備ができたら、頷いて合図をしてくれ』
シンシアの力はクリスタルの影響によって増大しているので、たとえ石壁でも、容易に破壊が可能だろう。壁が崩れる音は、抜け道側を警備している兵には、遠すぎて聞こえないはずだ。
シンシアは、どこからか取り出した紐で、髪が邪魔にならないように、前で結んでまとめた。ヨルンが蝋燭を壁際に置いてから、シンシアと一緒に壁から距離を取ると、俺達は増やした触手を縮小化して、地面に下ろした。壁から見て、シンシア、ヨルンの順に並び、クリスと俺達が壁とシンシアの中間で横に避けると、クリスは金縛り魔法の詠唱を開始した。
そして、五秒後。クリスが頷いた。シンシアは全速力で壁に向かって走り出し、剣が下敷きにならないように右向きのドロップキックをした。すると、壁が一気に崩れ、右手で受け身をとったシンシアの下半身に石の破片が降り注いだ。すかさず、シンシアは身体を丸めて、ヨルンがその上を飛び越え、薄暗い隠し部屋に突入した。
「左に二人、右に一人!」
ヨルンが状況を教えてくれた。シンシアもすぐに起き上がって、髪をまとめていた紐を解きながら、後ろのクリスと一緒に突入する。
俺達もそれに続き、天井を目指した。部屋の床には、やはり魔法陣が描かれている。
「ば、バカな⁉ どうしてここが⁉」
狼狽える敵の魔法使い達。危機が迫っているのに、意味のない台詞を言う暇があるということは、戦闘慣れしていない寄せ集めの者達ということだ。
その隙を逃さず、クリスが魔法を発動した。すると、左右前方にいた二人は体が動かせなくなっていた。
「一人、奥に逃げます!」
クリスの声の直後、ヨルンがその一人の前に回り込んだ。その瞬間、左右の魔法使いから、苦痛の悲鳴が上がった。
「ぐあぁぁぁ! あ……う、腕が……腕があああああ!」
その一秒後。逃げようとしていた魔法使いからも同じ悲鳴が聞こえた。文字通り、瞬く間に全員の両腕があらぬ方向に曲がっていたのだ。
そして、クリスは奥の魔法使いに近づきつつ、すでに解除魔法の詠唱をしていた。シンシアはすでにヨルンの近くにいた。念のため、クリスが危なくならないように、俺は奥の魔法使いに毒液を飛ばした。
「⁉」
毒液が付着した魔法使いは体をビクッと震わせたが、腕の痛みでそれどころではなさそうだ。
それより、戦闘があっという間すぎた。この際だから、残りの敵二人にも毒液を飛ばしておいた。
「ゆう、すまん。何が起きたか説明してくれ。天井に向かっている間にほとんど終わっていて、金縛り魔法発動辺りから、よく分からなかった」
俺は、敵の動きや奥の抜け道を警戒しつつも、ゆうに状況を確認した。
「えー……っと。金縛り魔法の発動直後にヨルンが左の敵の両腕を剣の柄で折って、すぐに奥の敵に向かって回り込んだ。
その間に、シンシアが右の敵の両腕を、剣を一切使わずに素手で折って、すぐに、奥の敵に向かった。
その後、すぐにヨルンが奥の敵の両腕を一人目と同じように折った。
クリスは魔法発動後からすぐに解除魔法の詠唱を始め、立ち止まることなく奥の敵に向かった。
そして今、クリスは奥の敵に解除魔法をかけ終わって、毒の痺れで立てなくなったところで、催眠魔法をかけようとしているって感じ。
いやー……予想以上にすごかった。電光石火の動きと判断力だったなぁ」
「ありがとう。俺も予想以上だな。突入から全員無力化まで、五秒ぐらいしか経ってないんじゃないか? まさに、超一流だったな。俺の作戦に従ったとは言え、三流の戦いなら、敵の問いにわざわざ答えた上で、無駄な殺陣を繰り広げ、終いには逃げられ、あの時に始末しておけば良かったと、あとで後悔するのがオチだ」
「あたし、バトル作品のそういう三流の戦いって、見てて腹立つんだよね。それが味方でも敵でも、ただの弱くてバカな奴だよねって。
自分の能力をペラペラ喋ったり、実力差を見極められないで手加減したり、戦ってる最中によそ見したり、強い敵に戦力を逐次投入したり、命のやり取りしてたのに、命乞いされて許したり、悲しき過去を知って許したり。似たような話で、味方を庇うなら……」
ゆうのまくし立てるような架空の作品批判が終わらぬ内に、クリスが最初の催眠魔法をかけ終わった。
「シンシアさん、色々聞いてみてください。私達に全て従います」
そう言うと、クリスは二人目に向かった。ヨルンはクリスを守るために付いて行った。
「この部屋以外で、お前達の仲間はこの大聖堂内にいるか?」
「いえ、いません」
シンシアの質問に即座に答える魔法使い。本当にすごいんだな、催眠魔法って。
「抜け道の先、あるいはその近辺にお前達の仲間が待ち伏せているか?」
「いえ、待ち伏せていません」
「動機は? エフリー国の関係者か? 誰に指示された? この中に首謀者はいるか? それともすでに捕まったか? 自害したか?」
「どれも分かりません」
「どれも記憶にないということか? 記憶にないのに、魔法陣で高レベルモンスターを召喚しようとしていたのか?」
「はい」
「最初から記憶になかったのか? そうでないとしたら、記憶をいつ失った?」
「分かりません」
クリスが催眠魔法をかけ終え、シンシアの所に戻ってきた。
「ほとんど記憶を消されてますね。廃人に近いかもしれません。昨日、大聖堂に入った時点で消されたか、捕まった時点で消されるようになっていたか。おそらく、後者でしょう。
とりあえず、私は魔法陣を消します。どんな魔法陣かは覚えていますのでご心配なく。全員、突入口から部屋を出てもらえますか? 音がうるさければ、耳を塞いでいてください」
クリスは俺達の方も見た。それに従い、天井の触手を消した。外套から様子を見るとしよう。シンシアとヨルンは、四肢が痺れた魔法使い達を引きずって部屋を出た。
クリスが魔法の詠唱を終えると、部屋の床から天井にかけて大きく太い水柱が現れ、その中だけが竜巻のように回転しだした。水流で石の表面を削っているのだろう。回転音も切削音も、その高音が部屋に響く。
それにしても、魔導士団が魔法陣を消した方法よりもずっと効率的だ。しかし、この勢いで誤って水柱に触れでもしたら、確実に中に巻き込まれて死ぬだろうな。労災必至だ。
途中、床から水柱が浮き上がり、床をどの程度削れているかクリスが確認していた。どうやら、十分削れたようだ。
すると、さらにクリスは詠唱を始め、それを終えると、徐々に水柱が小さくなり、最後は蒸発するように消えた。水魔法はそのまま消すことができないから、熱魔法を使って相殺させたか。部屋も何だか蒸し暑くなったように思えた。空気中の水分を発現させて、元に戻したのであれば、湿度も変わらなさそうだが、部屋の外からも水分を引っ張っていそうだ。
「それでは、痺れが消え次第、魔法使いの方々を先頭に、大聖堂の入口まで行きましょうか」
クリスが部屋を出てきた。
「クリスさん、魔法陣の大きさが違っても、高レベルモンスターを召喚できるんですか? あの部屋の魔法陣は、直径四メートルぐらいで、広間は二十メートルぐらいありましたけど」
ヨルンがクリスに質問した。
「はい。召喚対象と大きさは無関係です。魔法陣が大きければ大きいほど、一人当たりの必要とする魔力量は大きくなるのですが、人数を用意すれば、その分だけ効率的になります。
小さい魔法陣に多人数の魔法使いを用意した方が効率的なのではと思うかもしれませんが、実は無意味です。大きさと内容によって、魔法陣に流入する時間当たりの魔力量が決まっているからです。
魔法使いを集めての短期決戦が目的だったため、広間で大きい魔法陣を描き、保険としての隠し部屋では、召喚に時間がかかってもいいから、決まって逃げる人数に合わせた魔法陣を描いたということです。
ちなみに、魔力が込められた血で魔法陣を描くのが最も効率的ですが、時間が経ちすぎると、描いた魔法陣から魔力が失われてしまい、結局、大量の血液が必要となるので、高レベルモンスターの召喚には用いられません」
ユキちゃんが血で魔法陣を描いていたが、効率のためだったのか。しかし、時間は経っていたような気がするな。創造魔法で魔法陣からの魔力の流出を抑えたか。
「ありがとうございます。勉強になりました」
ヨルンは、宿屋でのシンシアと同じ台詞を言った。どうやら、お気に入りの台詞になったようだ。その知識を使うことはないと思うぞ。
七分ほど経ち、痺れが取れた魔法使い達が立ち上がって、先を歩き始めた。それに続いて、ヨルン、クリス、シンシアの順で、大聖堂の入口に向かった。
「お、護送用の馬車が来ているな。兵の一人が剣を構えて、こちらを警戒するように見ている。良い警備だ」
シンシアが入口に停めてある馬車を遠くから見つけたようだ。そして、俺達に説明するように兵を褒めた。
「騎士団長! その者達は……」
「ああ、残党だ。私達が連れて行く」
「しかし、手枷も縄もないのは……。馬車の箱に手枷がありますが、腕が折れている状態では……」
確かに、逮捕者が何も付けずに悠々と歩いているのは驚くだろうな。催眠魔法の前では、手枷も縄も必要ないのだが、建前上、付けた方が良いだろう。
「ありがとう。それでは、使わせてもらおう。腕は回復魔法で治す。二人とも素晴らしい働きだった。警備隊長には、今回のことを評価してもらうよう、私から伝えておこう。もちろん、例の件も忘れていない。連絡を待っていてくれ」
「はっ! ありがとうございます!」
シンシア達は馬車に乗り、城へ向かった。城門に着き、シンシアが門兵に状況を話すと、そのまま中へ通してくれた。さらに、城の扉の前に馬車を停めてもらうと、シンシアが城の中に入っていき、特別任務の部隊長と隊員数名を呼んだ。
その部隊は、一般兵と騎士の混合部隊で、騎士団とは別の独立した部隊らしい。さらに、警備隊長も呼んでいた。
「大聖堂の残党が三人、馬車の中にいる。ヨルンと別の女魔法使いが見張っているから、引き取ってくれ。今なら尋問で何でも喋るが、ほとんどの記憶が消されているようだ。私はこのまま報告会に参加する。その前に、君から陛下に臨時の追加報告をしておいてほしい」
シンシアが部隊長に指示したようだ。
「え⁉ しょ、承知しました。しかし、どこに残党がいたんですか?」
「抜け道の曲がり角を四回曲がった先の右の壁の向こうに隠し部屋があった。抜け道から逃げたと思わせて、そこに入ったんだ。壁を破壊して突入すると、別の魔法陣で召喚が続いていた。
残党を捕らえた後に、魔法陣は床を削って消しておいた。魔法陣の種類を知りたければ、あとで教える。明日、現場を検証するといい。新たな抜け道もあったから、警備兵を置くのであれば、そちらから警備隊長に頼んでくれ」
「はっ! お前達、ヨルンくんから残党を引き取り、牢屋に連れて行け。私は陛下へ報告に伺う」
要点だけをしっかりまとめたシンシアの簡潔な報告を聞き、部隊長は隊員に指示した。ヨルンのことは、まだ正式に騎士団にも魔導士団にも入っていないから、丁寧な呼び方なのだろう。
部隊長はそのまま引き取りの様子を少し伺ったあと、側にいた警備隊長に、兵の追加とその兵達の現場検証への同行を依頼し、報告に向かった。
「警備隊長、待たせてすまない。大聖堂正面入口の二人の警備兵が素晴らしい仕事をしてくれた。良い評価を頼む。
そして後日、私か宰相名義で、騎士団選抜試験について、その二人に連絡をするから、取り次いでほしい。また、これも後日、全兵に通達するが、騎士団選抜試験を一切受けられなかった者について、調査する予定だ。警備隊で他にそのような者がいたら、予め調査しておいてくれ。以上だ」
「はっ! 承知しました!」
警備隊長はその場を離れると、ヨルンとクリスも馬車から降りてきて、シンシアと合流した。
「来訪応対者記録用紙をくれ」
「どうぞ」
シンシアは、扉の近くにいた兵士に記録用紙をもらい、それぞれの名前を記入したようだ。思ったよりも、ちゃんと記録をとっているんだな。スパイ行為を防ぐというより、それがあった時に見直すためだろう。
「それでは、玉座の間に行こう。正面を真っ直ぐだ。中で少し待つことになると思うから、作法を練習しておこう」
シンシアの案内で玉座の間の扉の前まで行き、兵に開けてもらって中に入った。
「まだ誰も来ていないな。今の扉から王族以外が入ってきて、奥の右側から王族がお見えになる。大体、この辺で待っていればいい。扉は報告会が始まるまで開いたままだから、変なことはできない」
誰もいない内に天井に行くことができれば良かったが、無理そうだ。今の俺達は縮小化を維持できる時間がほとんどないので、縮小化は一旦解除し、クリスをぐるぐる巻きにしている状態だ。
「陛下がお見えになったら、右膝を床につけて、このように跪く。クリス、できるか?」
俺達は、クリスの右膝で潰されないように、右脚から撤退した。それから、クリスが試しに跪いてみた。
「外から見てどうですか?」
クリスがシンシアに質問した。俺達が見えていないか、跪く際に見えなかったかを聞いたのだ。
「大丈夫だ。ヨルンはクリスから少しだけ離れて、この辺りで跪いてくれ。私が半歩分前に出て中央、その左後ろにヨルン、右後ろにクリスという配置だ。そして、クリスからヨルンにメモを渡してみてほしい」
「分かりました」
クリスが外套の中で、腰から紙とペンとインクを取り出し、床に置いた。インクの蓋をクリスが外し、倒れないように手で固定する。俺がペンを取り、試しにメッセージを書いた。床は赤絨毯が敷かれているが、紙は何十枚もあって厚みがあるので、大聖堂の地下でも大丈夫だったように、今のところペンが紙を突き抜けてしまうことはない。
メッセージを書き終わると、俺がインクの蓋を閉じ、クリスの手に紙を渡した。まず、クリスが見て、それを左隣で跪いていたヨルンに渡した。そして、ヨルンが立ち上がって、それをシンシアに渡したはずだ。
『頑張ろう』
「ふふふっ、はい。このあとの報告会がなければ、涙が出ていたかもしれません。報告会があるからこそのメッセージですが」
シンシアの声から、少し余裕が生まれたような気がした。
それにしても、まさか玉座の間でメモを書く練習や外套の隙間から俺達が見えないかを確認できるとは思わなかった。これも、騎士団長の地位のおかげか、それともシンシアだからこそなのか。あるいは、単にジャスティ王の心が広いからなのか。
何だか、これからここで起こることが楽しみにもなってきた。
「どうやら、時間が迫ってきたようだ。大臣達が集まりだした。魔導士団長もいる」
扉方向から複数人が入ってくる足音と雑談の声が聞こえた。シンシアと言葉を交わす人はいないようだ。大臣達はどういう表情をしているんだろうな。シンシアを睨みつけたりしているのだろうか。この中にスパイがいる可能性もあるのだ。
数分すると、扉が閉められた。王族以外は全員揃ったようだ。
「正面を向いておこう。私が跪くタイミングに合わせてくれ」
シンシアがクリスとヨルンに小声で話した。間もなく、右奥から扉の開く音と足音がした。四人ぐらいだろうか。
シンシアが跪き、それに合わせて後ろの二人も跪いた。特に兵士が王の到着を声高に叫ぶこともなく、王が静かに玉座まで進み、腰掛けた。玉座方向の三人は立ったままのようだ。
「さて、シンシア。先程の大聖堂の件は報告を受けた。苦労をかけたな。その件も含まれるかもしれないが、まずは、この一ヶ月の調査結果を報告してもらおうか。他の二人がこの場にいる理由はその際でかまわない」
ジャスティ王が報告会の進行を始めた。しかも、進め方が効率的だ。
王の声は、かなり渋いが、覇気も感じ、若々しさも感じる。
「はっ! 恐れながら、そちらの前に、陛下だけにご覧いただきたい物があります。本調査に関連した、レドリー辺境伯とエトラスフ伯爵からの親書です。その上で、ご報告いたします」
「分かった」
王の許可のあと、シンシアが床に置いた荷物から手紙を取り出し、玉座の方に持っていこうとした。
「お待ちください、陛下! 犯罪容疑がかけられた者を陛下の身に近づけるなど、私は黙っていられません! 何をされるか分かったものではありません! その親書も、果たして本物かどうか……」
俺達の左側から物言いの声がした。
すると、その瞬間、ヨルンがそこに向かって床を蹴り、高速で剣を抜く音がした。息を呑む間もなかったからか、誰も声を上げられずにいた。
「国王様、この人、スパイかもしれません。そうじゃなくても、大臣の任を解いた方が良いと思います。シンシアさんなら、この場の全員、十秒以内に殺せるのに、的外れなことを言って……。
親書が本物かなんて、本人に確認すればすぐに分かるでしょう。無能の発言としか言いようがありません。それに、国王様が許可して、自らの身の危険について、何もおっしゃっていないにもかかわらず、口を挟むなど、不敬極まりない。
もちろん、僕も王の御前でこのような無礼なことをしている。敬語だってめちゃくちゃだと思います。ですから、その代わりに先の僕の褒美は辞退します。そんな物より、大切なことがあるので。クリスさん、お願いします」
ヨルンの催促で、クリスが催眠解除魔法を詠唱し始めた。その大臣が本当にスパイだった場合、捕らえる前に自害されるのを防ぐためだ。もちろん、その前に自害される恐れもあるが、この状況では仕方がない。
すると、クリスが詠唱を終える前に、突然周囲から悲鳴が聞こえた。
「うわあぁぁ‼」
「きゃあぁぁ‼」
「なっ……! クリスさんの解除魔法の詠唱が自害の合図……!」
「自ら前に踏み出して、ヨルンの剣を首に刺しにいくとは……」
ヨルンの驚きと、シンシアの落ち着いた状況説明から、俺達にも何が起こったか理解できた。
仮に剣を突き付けられていなくても、舌を噛み切ったり、短剣を隠し持っていたりして、別の方法で自害していただろう。
「クリス、治せるか?」
「いえ、流石にあれは無理です。この場にユキさんがいれば何とかなったかもしれませんが……」
シンシアの質問にクリスが答えた。二人はその場から動いておらず、念のため、周りを警戒しているようだ。シンシアであれば、即座に王を守りに行く覚悟もしているだろう。
それにしても、まさか本当に解除魔法の詠唱段階で自害されるとは……。この手口は間違いなく、俺達を監視していたあの魔法使いのものだろう。つまり、シキちゃんだ。大聖堂の魔法使いが自害しなかったのも前フリだった可能性がある。ここまで考えられていると、先に金縛り魔法をかけようとしても同じことになるだろうな。
スパイの疑いをかけられて、さらに何らかの魔法を自分にかけられることが分かったら、思い付く限り可能な方法で自害しろ、という条件であれば汎用性も柔軟性も高い。罠を利用して魔法をかける方法も考えられるが、それも対策されている可能性が高い。
だとすると、マズイな……相手は慎重なだけじゃない。少なくとも、戦略や戦術については、おそらくイリスちゃんと同じく天才だ。仮に、その天才とシキちゃんが同一人物だとすると、さらにマズイ。ユキちゃんがいれば何とかなるが、いない時に対峙しても臨機応変に対応されて、苦戦するか、あの時のように確実に逃亡されるに違いない。
こればかりは、俺の推察が間違っていることを願う。この催眠がアースリーちゃんにかかっていなくて本当に良かった。もちろん、その時には、俺達が対策をちゃんとしていたが、魔法使いと邂逅した記憶を消していたから、解除時に自害させる必要もなかったのだろう。
大臣の場合は、会議と称して内通者と一緒に会っていた事実があったために、記憶を消すだけではなく、そこからバレることを恐れて自害させる催眠魔法をかけたか。
いずれにしても、国家にダメージを与えられる。
「シンシア、報告の前に、まずはこの場を収める必要があるだろう。騎士団長として命じてかまわない。頼む」
流石に王も動揺しただろうが、彼はギルドでシンシアが言った台詞とほとんど同じ言葉で、彼女に事態の収拾を静かに命じた。
それは、シンシアの調査報告がまだ済んでいないにもかかわらず、彼女を完全に信頼している証でもあった。
「はっ! まずは取り急ぎ、今起きたことを説明いたします。財務大臣が我が国でスパイ活動を行うための催眠魔法にかかっていました。その催眠魔法をこちらのクリスが解除しようとしたところ、催眠内容に解除魔法の詠唱を聞いた瞬間に自害することが条件に含まれていた次第です。おそらく、どのような手段を用いても自害しろという条件だったため、ヨルンが剣を突き付けていなくとも死んでいたでしょう。以上です。
ヨルン、戻ってこい。お前のせいじゃない。扉の兵士達! どちらか一人、医療隊検死班と清掃班を呼べ! もう一人は、扉を閉めて外で待機だ。中で起きたことはまだ誰にも言わないこと。
大臣の方々は玉座から離れて、向かって右横の壁に背をつけ、各自距離を保って並んでください。横の人が不審な動きをしたら、大声で私に伝えて壁から離れてもかまいません。
ただし、扉方向に逃げてください。出てもいけません。玉座方向に逃げたり、扉から出ようとしたら、その場で斬ります。私の指示に反論しても斬ります。
各団長も同様だが、魔導士団長だけは、その場に留まるように。私との間合いを保てないからだ。少しでも魔法の詠唱を始めたら、即座に斬り殺す。
念のため、殿下方も各自距離を保ってください」
シンシアは、悲鳴を聞いて入ってきた扉の二人の兵達に命令し、各位に移動の催促と警告をした。良い指示だ。
レドリー辺境伯が無能の烙印を押した財務大臣が死んだとすると、総務大臣も怪しいか。
「すみません、剣を引くのが間に合いませんでした……。まさか、一度頭を引いてから、あんなに勢い良く前に来るなんて……。他のことには注意していたのですが、想定外すぎました。シンシアさんなら反応できたでしょうね……」
元の場所に戻ってきたヨルンは、しょんぼりとした声でクリスと俺達に向けて言った。殺してしまったことを反省しているというよりは、剣士としての未熟さを悔やんでいるようだ。
「大丈夫ですよ。シンシアさんが言った通りです。誰も悪くありません。もし、少しでも落ち込んだのなら、あとで慰めてもらって、反応速度についての稽古もつけてもらいましょう」
ヨルンを慰める優しいクリスの声を聞きながら、俺はこれからどうするかを考えていた。この場の人間だけでは、ハッキリ言って難しい。俺は、状況が分かった時点で、クリスの左脚を軽く締めて合図をし、紙とペン、インクを取り出してもらって、シンシア宛のメッセージを書いていた。
「シンシアさん、これを」
クリスは俺が渡した紙を外套の中から取り出し、シンシアに渡した。
『敵の中に天才がいた場合、催眠魔法をかけられた時点で詰みだ。その場合は、ユキちゃんの創造魔法による解除に賭けるしかない。
イリスちゃんにもこのことを伝えて、実現可能かどうか聞くから、五分待ってほしい。可能なら、ユキちゃんの到着を待つ。しかし、彼女の存在はまだ隠す。
この場では、これを非常事態とし、王族を含めて全員ここで一日過ごしてもらうことだけを提案してほしい。明日になれば分かるとだけ伝えるんだ。この場の一人でも欠けただけで国にとっては大ダメージだと訴えてもいい。
ここからは、全員を人質に取った犯罪者のような振る舞いをすることになる。トイレは一人ずつ、シンシアが付き添う。クリスやヨルンに付き添いは必要ない。クリスは俺達に言ってくれれば、この場でしてもかまわない。夜の見張りは交代で一人ずつ睡眠をとる。食事は全部抜きだ。
実現不可能なら、そのあとに作戦を改めて書くから、さらに五分待ってほしい。シンシアとクリスで、誰にも聞こえない声量で作戦を検討しているように見せかけてくれ』
「陛下、申し訳ありませんが、これから作戦を検討するので、最大で十分ほど、このままお待ちいただけないでしょうか」
「分かった。皆、これからもシンシアに従うように!」
シンシアの提案に、王はすでに非常事態であることを理解し、すんなり了承した。あらかじめこういう事態を想定していたように思える。もちろん、細かいところまで想定していたわけではないだろうが。
「ヨルン、私も警戒するが、意識を完全に向けられるわけではないから、その間、警戒を頼む」
「分かりました」
「シンシア、その前に、ビトーのことを私から話しておいた方が良いだろう。作戦立案で考慮する必要があるかもしれない」
ヨルンの返事のあと、玉座の方から王とは別の男の声がした。比較的、若い声から、宰相ではなく王子だろうか。しかし、その話をする前にシンシアが先に口を開いた。不敬よりも有能さをアピールするためだ。
「騎士団副長ビトーが失踪した。それも、ついさっき判明した。そうですね?」
「なぜそれを……⁉ もしかして、この場にいないことから推察したか?」
「いえ、もっと前です。城下町に入る前から可能性を考え、調査報告の予定を取り付ける際の今から四時間ほど前に門兵に聞いたところ、ビトーが『王の勅命により、お忍びで城下町の調査に行く』と商人の姿を模して彼らに伝えていたことから、確信しました。
書き置きを残しているとしたら、『現在の役職でさえ重圧を感じているのに、仮に騎士団長が失脚し、自分が繰り上げで任命されたら、それ以上耐えられない、そのような自分は勇敢な騎士団にも相応しくないので、城から消える』といったところでしょうか。私を陥れたことも含めて、間違いなくスパイの行動です。もう城下町にもいないでしょう」
「……書き置きの内容も、その通りだ。この場に呼ぶよう騎士達に声をかけたら、勅命のくだりがあり、父上に確認したらそのような命令はしていないとのことで発覚した。素晴らしい想定と推察だ。君ならこの事態を安心して任せられる。いや、君にしか任せられないだろう最重要任務だ」
裏切りの副長の情報に、周りも流石にざわついたが、そんな中、即座に王子が驚きと称賛の声を上げた。彼のおかげで、シンシアの有能さが際立ち、王一人の信頼と判断ではないことを示してくれた。それが意図だとしたら、王子も有能だ。
しかし、王も含めて有能な人物がいるにもかかわらず、この事態になっている。催眠魔法の想定が甘かったということだが、レドリー辺境伯でさえそうだった。クリスが前に、催眠魔法を使えるだけでもかなり上位で、魔力量を考慮すると世界で百人いるかいないかだと言っていたが、仮に数人しか使えないにしても、人数が少ないだけで、このような甘い想定になるのだろうか。
存在が知られていないわけではない。どのようなことができるのかも知られているのだ。たった一人、入り込んだだけでも大事になる。それでも、想定する必要がなかったのか。あとで理由を明確にしなければならないな。思い当たる節はある。
「ありがたきお言葉です。それは、こちらにいる私の信頼できる、尊敬できる、素晴らしい仲間のおかげでもあるのです。私達で必ずや被害を最小限に、この事態を収拾してみせます」
シンシアはそう言うと、クリスと一緒に、玉座と団長達、大臣達との絶妙な距離の所まで移動し、居合い可能な体勢でしゃがみ込んで、小声で話し始めた。
俺は、シンシアと王子が話している間にも、イリスちゃんに向けたメッセージを書くことができたので、少し時間が短縮できた。改めて書き終わり、アースリーちゃんの部屋にいるイリスちゃんに実現可能性を確認した。
すでに、彼女はユキちゃんの部屋の魔法書を全て読み終わり、魔法創造の理論も二人で共有しているので、移動中のユキちゃんに聞くよりは、彼女に聞けばスムーズに事が進む。
「結論から言うと、可能だよ。いくつか方法があって、そのいずれも魔法創造が必要。一番安全な方法を言うね。
食事に、遅効性魔力結合型催眠解除魔法をかける。対象の魔力を使って、体内から徐々に効果を発揮するから、他者の魔法詠唱や発動、拷問の条件に当てはまらない。しかも、これはユキお姉ちゃんが前に足を治そうとした時に作ったことがあるから、すぐに使える。
通常の催眠魔法では、遅効性も魔力結合も不可能。消化を利用した魔力結合に至っては、完全に新しい概念だよ。毒魔法とも違うからね。もちろん、ユキお姉ちゃんにしか『解除魔法の解除』はできないから、魔導士団長も解除できないし、感知さえできない。安心して料理を確認してもらっていいよ。
シチューのような、大量に作れて、個別に毒見する必要がない食事に魔法をかけ、『拘束時間を延長するから、一旦食事をとってもらう。食事後に眠くなったら、横になってもかまわない』と言って、毒見後に全員に食べさせると良いと思う。ユキお姉ちゃんの研究によると、吐いたり下痢したりしなければ、内容量が百グラム以上、小さなお皿に普通盛りぐらいで、解除までは最低三分かかる。念のため、十分ぐらい待った方が良いかも。
おかわりを用意すれば、最低時間は変わらないけど、最大時間は短縮できる。怪しんで全く食べない人には、食べないと体調に影響するから無理矢理食べさせると言ってもいい。
完全に解除されたと思える時間後に、ユキお姉ちゃんが扉越しに玉座の間に中心箇所を除いた遠隔変形空間睡眠魔法をかける。
その後、睡眠状態の全員に、自害や他者への危害の禁止と、自白のための催眠魔法をかける。遠隔変形空間催眠魔法は、作ってないし時間がかかるから、この手順で」
流石、イリスちゃんだ。いつも通り、全て説明してくれた。こういう魔法があればなぁ、と俺も考えていた方法ではあるが、それを実行するに当たって、細かい懸念点をちゃんと明らかにしてくれる。
一方で、彼女ならユキちゃんの『勇運』を使えば、どうにでもなることを知っていながら、あえて言わなかった。人の意識を変えられることを、側にいるアースリーちゃんにも、ユキちゃん本人にさえも知られてはいけないからだ。
ユキちゃんが全員救うことを決意した上でなら、仮に対象の目の前で解除魔法を使用しても、自害されないだろう。普通に、スパイと繋がりがあるかを質問しても、うっかり口を滑らせて答えてくれそうだ。
とりあえず、シンシア達には、作戦の詳細はあとにして、解除可能であることと、これからの細かい指示を伝えた。
シンシアが呼んだ医療隊は、俺がイリスちゃんの話を聞いている内に、すでに入ってきていた。ヨルンが起こったことを証言し、シンシアからは、検死というよりは所持品を調べること、このことは誰にも言わないことを伝えていた。
「陛下、お待たせいたしました。現在は非常事態です。この場の全員、ここで丸一日過ごしていただきます。それ以外の者も、必要な場合を除き制限します。これ以上、この場の一人でも失うと、我が国の国力が低下してしまいます。それを避けるためです。私達の意図も含めて、全てはそのあとにお話しします。
トイレに行きたい方は、私に申し付けてください。一人ずつ、付き添います。そちらの検死、分析、清掃が済み次第、副大臣と副長を全員一人ずつ扉の外に呼びますので、明日までの個別の指示があれば、各自してください。ただし、私に聞こえるように指示してください。
メモを渡す際も、私に一度見せてください。それができなければ、その指示は明後日以降に回してください。中で起きたことや、軟禁されている状況も話さないでください。怪しい合図を送った場合は、その部下もここに軟禁します。その場合は、もちろん、役職を陛下に解いていただくか、緊急処刑の許可をいただきます。財務大臣の代理は、急ぐのであれば宰相兼務がよろしいかと思います」
少しの間に、王族の小さく頷く声が聞こえた。
「ご承諾、ありがとうございます。後ほど、全員分の椅子と毛布を用意します」
それからシンシアは、扉の兵に必要な物と副大臣達を招集するよう依頼しに行き、すぐに医療隊の方に戻って、遺留品を確認したようだ。
「これは……薬に見せかけた毒か? それに……やはり短剣を持っていたか。王族と騎士、兵士以外は、武器の所持を禁止しているのに。短剣でも自害できない状況の場合、持病の発作を装って毒で自害するつもりだったか……。至急、分析を頼む。
陛下、財務大臣は、禁止のはずの武器を所持していました。殺害にも自害にも使える物ですが、この場の者には、あえて武器の所持については詰問しません。ご了承ください」
そして、この場にいる者達にとっては、これまで経験したことのない、短くも長い軟禁生活が始まるのだった。
王は親書を読み終えると、シンシアにそれらを処分するよう命じた。
取るに足らない内容だった、というわけではなく、単に最高機密文書で、保存しておくリスクの方が高かったからだ。すでに王の頭の中には完全に入っているだろう。
シンシアは、ここでは魔法を使いたくないから、報告会後に処分すると返答した。この軟禁状態が『捕らえられた』と判断されると、たとえ精神系の魔法でなくても、詠唱や発動が自害のトリガーになりかねないからだ。
誰に催眠魔法がかけられているかは分からない。だからこそ、シンシアは魔導士団長に対してだけは、即座に斬り殺すと言った。かと言って、軟禁しないとスパイに自由に動かれてしまう。現状をどのように解決するかまでは流石に想像できないだろうが、一日経てば解決することだけは分かる。
つまり、すでに全容をほとんど物語っているのだが、シンシアの返答を聞いて、現時点でそれに辿り着くことができる人物は、間違いなく有能だろう。
この時間を使って、報告会を行わないのも、シンシアへの反論からスパイが炙り出されて、勝手に追い詰められる可能性があるし、このような状態では、まともな議論も判断もできないからだ。
「シンシア、時間を潰すための雑談はしてもいいか?」
玉座の方から声がした。これまでとは別の声なので、宰相だろう。すでに全員に椅子が配られ、腰掛けている。
「私とだけならかまいません。他者との会話は禁止です。また、政務にかかわることはお控えください」
「分かった。私の娘達とレドリー辺境伯の屋敷で会ったと思うが、楽しんでいたかな? 家に帰る時間がなくて、まだ報告を聞いてなくてな」
「はい。アリサ様、サリサ様とは、パーティー翌日の食事中にお話ししましたが、最高の時間を過ごせたとおっしゃっていました。私に対しても、親身に接していただきました。
また、お父様に『良い報告』ができるとおっしゃっていました。もちろん、私はその内容を知っています。楽しみにお待ちください」
「それは良かった。実に楽しみだな。レドリー辺境伯のパーティーには最近招待されていなくてなぁ。私と政務のことを気遣っているのだろうが、あのパーティーに一度参加した者なら何度だって行きたいと思うのは当然だろう? 特に今回は、碁の達人同士の余興があり、盛り上がったというではないか。そのような聡明な者達とは、一度話してみたいと思っている。きっと面白い話が聞けるのではないかな。どう思う?」
宰相……パルミス公爵のこの会話、妙だな。アリサちゃん達が楽しんでいたかは知らなくて、碁が盛り上がったことは知っているのか。決して矛盾する話ではないが、達人と一度話してみたいという話も、わざわざシンシアに意見を聞くようなことだろうかと思ってしまう。話がチグハグで、別の意図さえ感じる。
「そうですね……。それでは今度、その一方と、面白い話ができる人、計二人をご紹介します。それと、これは私の話ですが、私も面白そうな者を二人見つけたので、もう少し話してみたいと思いました。おそらく、仲良くなれると思います」
いや、この会話は難しすぎる。パルミス公爵の話し方の癖を、シンシアが普段から知っていないと会話が成り立たないレベルだ。
「お兄ちゃん、これ、パルミス公爵が言いたいことって、要は財務大臣に代わる優秀な人を知っていたら教えろってこと?」
「よく分かったな。多分そうだ。ただ、おそらく財務大臣に限らないと思う。碁で対局した達人は『二人』だからな。これを機に、大臣にメスを入れることにしたという宣言だろう。
それに対して、シンシアはエトラスフ伯爵の息子とウィルズを紹介することにした。そして、それとは別に、大聖堂の警備兵二人を騎士にするために動くと宣言した。流石に、パルミス公爵側はシンシアの宣言を全て読み取れるわけではない。
いずれにしても、雑談に見せかけて、その中に一見の矛盾を含ませることで、別の意図があることを示唆し、シンシアの意見と今後の動きを聞いた。完全に政務の話題だ。
アリサちゃん達の理解力が優れていることにも納得できるよ。普段からこんな会話をしていたら鍛えられるというものだ。
そして、もう一つ目的があるな。頭のキレる優秀な者を見極めるために、この会話術を使っているはずだ。すぐに理解できなくても、あとで分かれば問題なしという感じだろう。最終的に理解できなくても別に良くて、あくまで一つの評価項目でしかない。他が良ければそれで良しというスタンス。そうじゃないと、みんなから嫌われているはずだし、真っ当な評価にならずに、部下のモチベーションを下げてしまうからな。
まあ、多少ひねくれてはいるが、レドリー辺境伯とは同方向別ベクトルの完全な愛国者だよ」
「多少かなぁ……」
ゆうがパルミス公爵の性格に疑問を抱いていると、王が咳払いをした。
「シンシア、私もよいか? その碁の達人についてだが、その内の一人が、碁の発明者か、その関係者なのではないかと、パルミス公爵と話していた。
発明者の素性を知りたいのは山々だが、本人がそれを望まないのであれば仕方ない。ただ、その者はボードゲーム以外の競技や娯楽も発明できるのではないかと私達は考えている。
例えば、今のような状況に置かれた場合に行えるものだ。距離を保ちつつ、会話またはシンプルな道具のみで成立するものとかな。
もし、何か発明できたのであれば、アイデアを募集していない時でも、パルミス公爵宛にいつでも送ってほしいのだ。シンシアやレドリー辺境伯がその者と知り合いで、次に会う機会があれば、是非私達の意を伝えてほしい」
ボードゲームのアイデアを募集していた『とある公爵』はパルミス公爵だったか。何かどんどんと事実が明らかになっていくが、それほど重要でないことも明らかになっているのは気のせいだろう。
「はっ! かしこまりました……とは申したものの、実は雑談の中で一つだけ、すでにアイデアを聞いております」
「何! まことか!」
「おお!」
王とパルミス公爵が歓喜していた。パーティー前の雑談で俺達が挙げた『アレ』を教えるのか。
「それは、『男の娘ゲーム』と呼びます。最低五人以上の複数人の会話で進行していくゲームで、設定もあります。
純粋な『少年』だけの村に、一人だけ女装に目覚めた少年の『男の娘』が紛れています。他の少年達の内、一人だけを毎夜襲い、女に目覚めさせ、翌朝、女を求めて旅に出るように仕向けます。
その後、少年達は全員で、夜までに誰が『男の娘』かを会議して、投票による多数決をとり、他者を唆す汚れた者として、一人だけをその村から追放します。追放された人は恨み節を述べることができます。
『男の娘』をすべて追放できれば『少年サイド』の勝利です。誰が誰に投票したかは、その人が宣言しない限り公開されませんが、その時のルールによっては一斉公開してもかまいません。前者は面倒ですが、より駆け引きが増します。ルールを柔軟に設定できるのも面白いところですね。
投票数が同じ場合は、その人達で弁明後、決選投票となります。『少年』と『男の娘』が同数になった時点で、『男の娘サイド』の勝利です。
少年達には、役職が設定されており、
一人だけ指名して『男の娘』が誰かを夜に見破ることができる『専門家』、
同様に、少年を守ることができる『人格者』、
『男の娘』が二人以上の場合には、旅に出た少年が『男の娘』だったかどうかを判別できる『未練者』、
『男の娘』の味方で『専門家』や『未練者』からは『少年』と認識される『同志』です。『同志』は『男の娘』が最終的に勝利すれば、自分も勝利となります。
『男の娘』や役職の数は、参加人数によって増減させてかまいません。七人であれば『男の娘』を二人にして、『同志』をゼロ人。十二人であれば『同志』を一人増やすといいでしょう。『男の娘』が複数人の場合は、ターゲットを投票で決めます。
進行役が必要なので、内容を熟知している人が担当することになります。役職付きは真っ先に『男の娘』に狙われるので、自分の役職を宣言するかが駆け引きとなります。『男の娘』は『少年』や役職を偽ります。一日目は襲わないというルールが初心者向けらしいです。一日目をゼロ日目と呼ぶ場合もあります」
以前、俺とゆうが、いわゆる『人狼ゲーム』をマイルドに現代アレンジするとしたらどうするかを議論したことがあり、最終的に決定したのが、シンシアが説明した設定だ。
この設定の面白いところは、『少年』が『男の娘』に目覚める余地を残しているところだ。オリジナルの設定では、参加者は殺されてゲームから排除される他ないが、『男の娘ゲーム』では、そのまま続けられるようにもできる。
村からの追放を行わないようにすることもでき、代わりに『危険人物』の烙印を押される。『危険人物』は、その理不尽な決定に怒りを覚えて、思慮が浅い少年達への復讐心から、『男の娘』に目覚めることもできるし、納得がいく決定であれば、『少年』のままでいてもいい。『危険人物』だけは、両陣営で二回投票することになる。
基本的には『男の娘』有利となるが、それにより、両陣営の疑心暗鬼を誘うこともできる。多人数であっても、ターンを重ねれば重ねるほど、オリジナル以上に『村人サイド』が不利になりつつも、それなりにバランスを保った短期決戦ができるというわけだ。
「『男の娘』のイメージが湧きづらいかもしれませんが、陛下が最初にご覧になった時のヨルンが、女の子の格好をしているとご想像ください。非常に愛らしいと誰もが思うでしょう」
「なるほどな……。私は最初、ヨルンが少年だと思っていたのだが、先程立ち上がった姿を見た時に、私が間違っていたことに気付いた。その感覚に近いのかもしれん。いや、それでも似て非なるものか……。
もしかすると、もっと奥が深いのか……? これ以上考えると深淵を覗き込むことになりそうだから、やめておくとしよう。…………。ふむ、面白そうだ。今ここで、とりあえずこの六名と、シンシアを進行役として、やってみよう。この場合、他者と会話することになるが、問題はないか?」
「はい。ゲーム上の会話であれば問題ありません。私も聞いていますので。そして、私も初めてなので、一つ一つ確かめながら進めて行ければと思います。不慣れをご容赦ください」
男の娘に目覚めたジャスティ王は俺も見たくないが、やはりセンスがあるな。沼に落ちないようにする危機意識も高い。
シンシアは、十分な量の紙と筆記用具、王族用の椅子を一つ、兵士に頼んだ。その後、シンシアが元の位置に戻り、再度、王に向かって跪いたようだ。
「陛下、殿下方、大変恐れながら、他の者と距離のバランスを保ちたいので、私の左手付近までお越しになれるでしょうか。陛下の椅子は、これから用意いたします」
「分かった」
王が移動を了承した。
「ヨルン、すまないが、殿下方の椅子を運んでもらえないだろうか。クリスはそのままでいい」
ヨルンが返事をして、王子、姫、パルミス公爵の三つの椅子を往復して運んだ。兵士に頼んでいたものが届き、王も移動を終えると、シンシアが紙を適切な大きさに破ったり、役職名を書いたりと準備を始めた。
「これ、元の人狼ゲームだったら、スパイ容疑にかけられるのと同義だから、危なかったよね。『危険人物』導入も危ないかもしれないけど、シンシアはそれを知らないから大丈夫だし」
ゆうが言った通りだ。俺達がシンシアやリーディアちゃん達に話した時は、最初に男の娘ゲームを詳しく教えて、そのオリジナルがあることをあとで簡単に教えた。ただ、逆の順序で教えていた場合は、シンシアはこの場で提案をしなかったのではないかと思う。
「そうだな。それに、今のやり取りを聞いて、ジャスティ王がどういう人物か分かった気がするな。緊急事態で、現状で自分達に何もできないことを認め、その中でも何かできないかと考えた。
それは、パルミス公爵も同様だが、王の場合、『威厳が損なわれる』とか『不謹慎だ』と批難する声を、バッサリ切り捨てている。例えば、玉座から下りてはいけない、王が勝負する場面を多くの部下に見せてはいけない、このような大事な時にゲームで楽しむなど以ての外、という声だな。
ジャスティ王にとっては、そんなものは無駄でしかなく、それ自体が国家や王族の危機に関係しなければ、効率や合理性を重視する。新システムの導入に積極的なのも、その一環だろう。
そのことを、シンシアも含めた優秀な人物は全員分かっている。ちゃんと説明すれば、理解してもらえるとな。だからこそ、騎士団長を一時解任されたシンシアはショックを受けたが、イリスちゃんも言った通り、やはりヒントだったんだろう。
一方で、大臣達の地位や威厳は、できるだけ保つようにしている。そういうところで、保守と革新のバランスを取っているんだろうな。同時に、表では無思慮で軽率な王を演じ、裏ではレドリー辺境伯としっかり思案していたりと、ちょっとした道化役、軽い神輿役にもなっている。最初に報告会の進行を始めた時にも感じたが、間違いなく王として優れた器だよ」
「一長一短なところはもちろんあるかもしれないし、何が正しいかなんて言えないけど、これでジャスティ国がどういう国になっていくかは、ほとんど分かったよね。
それにしても、他の大臣達は、どうして王やパルミス公爵が、報告会の結果も出てないのに、これまでのことがなかったかのように、シンシアと仲良く話しているのか理解できてないんじゃない? 茶番だったのかと思うだろうね。まあ、半分茶番だったんだけど」
「そこで、パルミス公爵の出番だろうな。全て終わってから、大臣達に一人一人聞いていく可能性が高い。国力低下回避、シンシアの冤罪、スパイ炙り出し、遠征スパイ調査、大聖堂作戦、王とシンシアの信頼関係、大臣交代人事、その全てが計画の内ということを雑談で遠回しに答えなければならない。
完璧に答えられる人はいないだろうから、加点方式かもしれない。ただし、少しでも登場人物を批判したら解任だ。何が起こったか全く理解できていないことになるし、無能な裏切りの温床となる」
「超難関抜き打ちテスト、こわっ! レドリー辺境伯絶賛の調理大臣も解任されちゃうかもしれないの?」
「必要な人物だと思っている大臣には、ある程度は助け舟を出すかもしれないな。俺がパルミス公爵だったら、調理大臣には『今の雑談のこと、ご息女だったらどうお考えになるのかな』とさり気なく言う。
意図を汲むことができれば、手間をかけても娘に聞くし、娘の政治センスも分かるからだ。娘の意見をそのまま言うのか、自分の意見も言うのかによっても評価項目にできる。
不要な人物は、その雑談が最後通告のようなものだ。この場でわざわざシンシアと雑談したのもヒントで、大臣達に心の準備をさせるためだな。超分かりづらいが。
『その雑談、今必要か? 時間を潰すのもたかが知れてるだろ』と考え、そこから疑問を掘り下げられるか、いわゆる『なぜなぜ』を繰り返す、そういう考え方を普段からしてほしいというメッセージでもある」
「流石、同じ『ひねくれ者』のお兄ちゃん」
「俺は『くねくね者』だよ。触手だけに」
「そのボケ、今必要? 笑える人もたかが知れてるでしょ。あ、ごめん。全くいなかった」
「一体、なぜなんだ……」
俺が『なぜなぜ』を繰り返していると、すでにシンシア達は『男の娘ゲーム』を始めていた。
声の位置から、シンシアから見て時計回りに、クリス、ヨルン、パルミス公爵、姫、王、王子の順に円を描くように並んでいるようだ。シンシア、クリス、ヨルンは反応が遅れないように椅子に座っていない。今回はゼロ日目ではなく、一日目と呼ぶことにしたらしい。
一日目は、姫が『専門家』を告白し、下を向いてメモを取っていたパルミス公爵を判定すると宣言、投票は口数が比較的少なかったクリスに決まり、追放。クリスは『男の娘』ではなく、襲いもなしなので二日目に。
二日目は、公爵が『男の娘』ではないと判明、逆に自分が『専門家』だと告白し、姫を『同志』だと断定した。姫は公爵こそが『同志』だとするも、だとしたら自分も一日目に『専門家』と告白した方が、勝率が高いと公爵が追撃した。なぜ告白しなかったかは、メモの最中に先に姫の告白があったので、出遅れてしまい、『男の娘』か『同志』か見極めることができるか様子を見ていたと弁明した。
そこで、ヨルンが自分は『人格者』だと告白し、誰を守ればいいのかと不安げに聞いた。すると、自分こそが『人格者』だと王が告白した。もうめちゃくちゃだ。
この際、今のターンで勝負が決まるので、王を追放することで、次以降の遠慮をなくすのはどうかと公爵から提案され、王を追放することになった。その夜、王子が襲われ、女を求めて旅に出たところで、『男の娘サイド』の勝利が確定した。
三日目の投票で姫が追放され、結局、ヨルンが『男の娘』、パルミス公爵が『同志』と最後に判明し、一回目の『男の娘ゲーム』が終了した。
「くぅ~、パルミス公爵の二日目での告白も、ヨルンの戸惑いも演技だったか。公爵はヨルンの意図を見抜き、そして、場の混乱に乗じて、私をダシにしたな? 始めからその計画か」
王が悔しがりつつも、楽しそうな表情をしていると、その語り口から分かった。
「流石、陛下。お気付きになりましたか」
「僕の場合は、半々です。パルミス公爵が『同志』だと信じてお任せしました」
公爵もヨルンも満足そうだ。
「私が一日目に『専門家』と告白したのは、間違っていませんよね? そうしないと盛り上がりにも欠けますし」
「ああ、正しいと思う。『人格者』がいるからな。やはり、役職ごとに立ち回りを考える必要があるな。定石もあるのだろう。次は私も何かの役職に就いてみたい」
姫の確認に、王子は同意し、期待を胸に抱いていた。
「私は反省です。わざとらしい『男の娘』を演じて、最初に投票されないように立ち回ってみましたが、『少年』の場合は積極的になった方が良いんですね」
「いや、クリスの考えは、それはそれで面白そうだ。よく知っている者同士だと効果を発揮するかもしれない」
クリスをフォローするシンシア。みんな楽しめたようだ。
「面白い! もう一度やろう! 一日目に襲いありでもやってみたい。シンシア、もう一度進行役を任せられるか? その次からは交代制にしよう」
「はっ! 勝敗表もつけていますので、進行役はそちらもお願いすることになります」
王が意気揚々と身を乗り出したようだ。あと最低二回やることが決まったが、それ以上続きそうだ。
二回目、そんな王が、いきなり襲われて女に目覚めて旅に出てしまった。この展開には俺達も思わず笑ってしまった。しかし、王がいた『少年サイド』が勝利したので、悔しがってはいなかった。ちなみに、またヨルンが『男の娘』だった。
「パルミス公爵は、ゲームの一回目から何を書いていらっしゃるのですか?」
クリスがパルミス公爵の様子を疑問に思ったようだ。
「忘れない内に設定と進め方を書いておこうと思ってね。書き終わったらこれを見ながら進行もできる。進行ができるようになれば、より理解を深められるし、参加者を観察できるから、陣営での作戦にも役立つ。
どうせ全員初心者なのだから、今の内に経験しておいて損はない。と言っていると書き終わった。シンシア、次は私が進行しよう。場所は交代しない方が良いか?」
「ありがとうございます。でしたら、私を除いてシャッフルしましょうか。お互いが見える角度によって、観察の仕方も変わってくるでしょうし」
シンシアの言った通り、みんなで位置をシャッフルし、シンシアの左隣に姫、右隣にヨルンが来た。
「ふふふっ、こうやってシンシアと遊べるなんて、いつ以来でしょうか。懐かしいです。『魔王と姫ごっこ』や、逆の『魔王と騎士ごっこ』とか、やけにリアルに演じたりして……。
本当に良かった。あなたが戻ってきてくれて……。不安だったのです。もしかして、このまま……と。報告会が終わるまで何も言うべきではない、ということは分かっています。でも言わずにはいられませんでした……」
姫は、最初は喜んでいたものの、次第に泣きそうな声になり、シンシアへの気持ちを吐露した。
「それでは、私に投票しないでくださいね」
「それとこれとは話が別です!」
そのやり取りに、ゲーム参加者は全員笑い、緊急事態とはとても思えない時間が過ぎていった。
シンシア達が『男の娘ゲーム』を続けている間、俺はアースリーちゃんの家に泊まりに来ているイリスちゃんに、敵に天才がいると思うか聞いた。
「可能性は半々じゃないかな。いるとしたら、監視者の魔法使いで、大臣に催眠魔法をかけた魔法使いと同一人物。ユキお姉ちゃんやヨルンくんと同様に二物、あるいは三物を持っていることになる。
戦略を考える人物にはいないと思う。いたらもっと上手くやってるし、ここまで回りくどいことはしない。あるいは、彼女がわざとそうやって上に提案しているか。
その場合は、少なくとも向上心や出世欲はない。別の高い目標があるわけでもない。絶対に自分が死なない、傷付かないことを目的としている。前の作戦の時の話から、小さな戦闘でさえ以ての外、という印象だから。単にシンシアさんとクリスさんが強くて、実力の差があるからという理由だけじゃなかったと思う。
もしそうだとすると、そこからは、彼女の境遇や考え方がさらに見えてくる。戦いを避けたいにもかかわらず、エフリー国の魔導士団に所属しなければならない理由があるはず。周囲への催眠魔法では解決できない状況。たとえば、ジャスティ国内に近親者がいて、戦争に発展させるような小競り合いを避けたいとか」
この世界でも、普通に国外に親戚がいる場合もあるのか。
『アースリーちゃんが前に手紙を送った叔母さんは、ジャスティ国内にいる? 危険になるといけないから』
「え、手紙? いや、送ってないけど……もちろん、書いてもいない……」
え……? いや、確かに書いていた。ユキちゃんが元気になって、もっと仲良くなったこと、自由に移動できるようになったことで、旅に出る意欲まで湧いたことを叔母さんに……。
「シュウちゃん、その時の状況を詳しく教えてくれる?」
イリスちゃんからの要求に、俺は当時のことを伝えた。まさか、そんな日常的なことにまで踏み込んでいたとは……。
だとすると、魔法使いの彼女は間違いなく……。俺はシキちゃんの存在もイリスちゃんに話した。経緯は話していない。
「シュウちゃんの考えている通り、魔法使いはシキさん、もしくはそこに限りなく近い関係者だと思う。今は仮にシキさんとしておくね。
無理矢理繋げると、シキさんはユキお姉ちゃんのことをすでに知っていた。ジャスティ国とエフリー国で戦争が起きた場合、ユキお姉ちゃんのお父さんが出入りする国境付近の町だけでなく、セフ村が矢面に立つ、と言うより、その出自で国内から批判される可能性がある。それを避けるために、ジャスティ国の成長を止めさせ、丁度良く衰退させるのが狙い。衰退させすぎると、エフリー国がジャスティ国を攻めちゃうから、均衡を保つ必要がある。
ただ、たとえ小さな火種でも巻き込みたくなかったから、ユキお姉ちゃんの家族の今後の動向を、催眠魔法をかけたアースリーお姉ちゃんに、ついでに報告させた。架空の叔母をでっち上げ、偽名の自分宛てではあるものの、その記憶を消して……。
だとすれば、シキさんは天才と言っていいかもしれない。あるいは、頭脳関係、交渉関係、予知のチートスキルの可能性もある。アースリーお姉ちゃんをセフ村からの定期報告係とするため、辺境伯の暗殺は完全犯罪で成し遂げる予定だったんじゃないかな。完全犯罪不可能な状況がずっと続くようなら、実行しないとか。アースリーお姉ちゃんが捕まったら、ユキお姉ちゃんも悲しむからね。
シュウちゃん、ユキお姉ちゃんにはこのことは全部言わずに、私と話し合うことで、心当たりを見つけたとだけ言っておくのはどうかな? 二人が対峙した時に、その反応でエフリー国側に関係がバレちゃいけないから。結局、仮説に過ぎないことには変わりないし。
この問題を解決するには、エフリー国にいるであろう、シキさんの大切な人達を、無事にジャスティ国に連れてくる方法が一番良い。住む場所は私に任せて。
元々、ユキお姉ちゃんは、シキさんを探すつもりでいた。お父さんが見つけた手掛かりを辿れば、その人達に行き着くはず。
できれば、その前に魔法使いが本当にシキさんなのかを確認したい。私が天才にしか分からない暗号を考えるから、それをクリスさんの遠距離魔力感知魔法のオンオフで彼女だけに伝えてほしい。解決の手筈が整ったら、ユキお姉ちゃんに全部話していいし、その前に問い詰められても話していい。タイミングは任せるよ。いつだって、お姉ちゃんなら怒らないはずだから」
イリスちゃんのおかげで、シキちゃんの所在は何とかなりそうだ。しかし、イリスちゃんの推察には少し違和感があった。と言うより、俺がシキちゃんの行動とその結果に違和感を覚えていると言った方が正しい。ここは、遠慮なく聞いてみよう。
「今のところ、シキちゃんの行動が全て裏目に出ていて、俺達の結束が強まることで、さらにジャスティ国の力が増してると思うんだけど、逆にそれが意図の可能性はある?
俺達が上手くやっているんじゃなくて、俺達の上を行っていると言うか、それでも俺達が得をしていると言うか」
「…………。流石だよシュウちゃん。私の慢心を諌めてくれてるみたい。クリスタルにデメリットがあると分かった時のように、多分、シュウちゃんがそれを挙げたことに意味があると思う。
考えてはいたけど、あり得ないと思ってた。ううん、正確に言うと、可能性はあるけど、それを選択肢に挙げられるだけの情報が全くなかったから言わなかった。今までがあったかって言うと、それほどなかったんだけど、今回は天才への信頼感だけだからね。
でも、その場合は、責任者が別にいるとは言え、シキさんのエフリー国内での立場も危うくなるから、すでに何らかの対策をしているはず。また、ジャスティ国の力が増大しても、戦争や小競り合いが起きない確信を持っているか、そうならないように動いている。
もしかすると、エフリー国内で問題を起こして、戦争の余力を削っている可能性もある。こっちには他国の情勢が入ってこないから、分からないけどね。
最後に重要なことを二つ。
一つ目。その場合、シキさんはシュウちゃんの存在に気付いている。触手であることまで分かっているかは不明だけど、表に出てこない存在がいることは確信していると思う。
二つ目。ユキお姉ちゃんがシキさんを連れ戻すことが、シキさんの計画を狂わせる可能性があるから、タイミングを見計らって、彼女の意図をユキお姉ちゃんに伝える必要がある。
結局、情報が揃わないと、それを伝えられない。間違ったことを伝えても何とかなるかもしれないけど、ややこしくなりそうだから」
まあ、そうなるよな。より慎重にならざるを得ないだろう。俺はイリスちゃんにお礼を言うと、アースリーちゃんも含めて、二人に現在の玉座の間での状況を話した。
「あはは! あの時の『男の娘ゲーム』かぁ。私からイリスちゃんに説明した方が早いよね」
そう言うと、アースリーちゃんがイリスちゃんに『男の娘ゲーム』の設定とルールを説明した。
「でも、王族とゲームするなんて、すごい状況だよね。イリスちゃんが参加したら全部勝っちゃうのかな?」
「どうだろう。確率もあるし、排除される可能性も高いし、精々、勝率がちょっと良いぐらいになるんじゃないかな。それなら、アースリーお姉ちゃんの方が強いと思う。論理立てや相手の心理を読むのはもちろん、いかに自分に的を絞らせないかが肝だからね。アースリーお姉ちゃんを狙う人はいないよ。あ、でもお姉ちゃんの色々な表情を見たいから、わざと意地悪しても良いかも」
俺もアースリーちゃんと同じ疑問を抱いていたが、イリスちゃんの言う通り、アースリーちゃんの勝率は良さそうだ。
「えー⁉ イリスちゃんにそんなことされたら泣いちゃうー」
「ごめんなさーい、冗談だよ。アースリーお姉ちゃんのこと大好きだから、つい言っちゃった」
イリスちゃんは、アースリーちゃんに正面から抱き付いて、胸の谷間にスリスリしていた。イリスちゃんでさえ甘えたくなるアースリーちゃんの魅力、恐るべし。リーディアちゃんにも、『男の娘ゲーム』が城から流行っていきそうだと教えておくか。
三時間後。玉座の間の『男の娘ゲーム』一同は、やっと一息ついたようで、休憩しながら新しいルールや設定、そこから派生した新しいゲームについて、色々と議論をしていた。
そんな時、扉の兵士が、遠くからシンシアを呼んだ。
「騎士団長! よろしいでしょうか。是非お会いしたいという方が二名いらっしゃいました」
「分かった!」
警戒をヨルンに頼み、シンシアが扉から出ると、一分後に戻ってきた。
「パルミス公爵、アリサ様とサリサ様がいらっしゃり、『私達も中に入ってよいか』と」
「ふむ……。それでは、朝まで私達に付き合う覚悟があるならかまわないと伝えてくれ」
「それはすでにお聞きしました。覚悟しているそうです。それでは、お連れします」
シンシアが離れていった。
「陛下、私はシンシアの著しい成長に感動しています。この一ヶ月で素晴らしい者達に出会ったに違いないと。優秀だった者がさらなる飛躍を遂げたと肌で感じました。クリスと会った時はすでにそうだったのか?」
パルミス公爵が、左隣にいた王に話しかけ、右隣にいたクリスにシンシアのことを尋ねた。
「私がシンシアさんと出会った時は、今の七割ぐらいでしょうか。この一週間、そして今日でさえも、さらに成長していると断言できます。とてつもない才能だと思います。教えられたことをどんどん吸収し、経験することで、完全に昇華させていますから」
「パーティーの日程で、例の達人にゲームを教えられただけで、ここまでの成長はないだろう? 今日の調査もそうだ。明らかに想定の広さと思慮深さが増し、驚くほどの安心感がある。
別の師がいるはずだ。レドリー辺境伯やエトラスフ伯爵が師だと言うならまだ分かるが、それよりも前に会っているとなると、想像ができないな。それとも、碁の達人や発明者に、もっと前から会っているとか?」
パルミス公爵は流石に鋭いな。こういう時は直球で聞いてくるんだな。城外のクリス相手だからだろうか。
いずれにしても、誤魔化しは無理だから、シャットアウトするしかないが、どうやらシンシアがアリサちゃん達を連れて、再度戻ってきたようだ。
「お父様、クリスを困らせないでください」
「お父様の直接の畳み掛けは珍しいですね! 余程、興味があることでないとそんなふうになりませんよね?」
アリサちゃんとサリサちゃんが、パルミス公爵に注意した。娘、強し!
「すまなかった……。何と言うか、君達が面白くてね。出会ってから日が浅いはずなのに、シンシア、クリス、ヨルンの絆が異常に強い気がしたんだ。
シンシアとクリスだけならまだ分かる。レドリー辺境伯のパーティーで仲良くなったからと理由を付けられるのだが、ヨルンまでとなると……」
「お父様! お仕事以外の詮索は嫌われますよ!」
アリサちゃんがさらに怒った。
「すまない……。クリスは私のこと、嫌っていないよな?」
「どうでしょう? 私に投票しないのなら嫌いになりませんが」
「分かった。投票しない」
「あ、パルミス公爵が『男の娘』です! 嘘をつきました!」
クリスの冗談に一同から笑いが出た。アリサちゃん達も笑っているようだ。パルミス公爵は、娘の前では面白くなるのか。
「ご挨拶が遅れ、大変申し訳ありません。先程、シンシアから『男の娘ゲーム』について、少し聞きました。現在の状況も、何となくですが想像できます。このような状況で、このようなゲームを行っているとは、陛下の国王としての器の大きさに感服いたします。私達も是非勉強させてください」
アリサちゃんが改めて挨拶をし、サリサちゃんと一緒にゲーム参加を申し出た。
「歓迎しよう。パーティーの話は、あとでゆっくり聞かせてもらおうか」
「はい!」
アリサちゃんとサリサちゃんが元気良く返事をして、八人村と進行役一人の『男の娘ゲーム』が始まった。
それから二時間、みんなが色々な表情を見せながらゲームを楽しんでくれたようで、シンシアに教えて良かったと俺達は思った。
「これを五時間、黙って遠くから見せられた大臣達は、可哀想。しかも、この意味を理解しなくちゃいけないとか」
ゆうは大臣達に同情していた。
「シンシアを庇わなかった報いだと思ってくれればいいな。王族もシンシアへの償いとして、この軟禁状態をすんなり受け入れたんだと思う」
午後十時を過ぎ、就寝時間になったが、玉座の間は明るいままにしてもらっている。各々は、配られた毛布にくるまったり、下に敷いて横になったりしていた。また、夜中、他人を起こさないように、できるだけ今のうちにトイレを済ませておくようシンシアが促していた。とは言え、一人一人付き添い、時間がかかったので、午後十一時近い。
クリスとヨルンの勧めで、最初にシンシアが仮眠を取るようにした。ゲームや休憩の最中でさえ、常に注意を払っていたから、疲労も溜まっているだろう。
当然ながら、大臣達は椅子に座って微動だにしていなかったわけではなく、時には立ち上がったり、少し動いたりしていたので、その度にシンシアはそちらを向き、警戒していた。それでも、『男の娘ゲーム』の勝率が一番高かったのだ。驚異と言わざるを得ない。
次いで、パルミス公爵や王の勝率が高かった。ちなみに、一番低かったのはヨルンで、それは、明らかにヨルンの『男の娘』の確率が偏っていて、困ったらヨルンを追放すればいいという流れになっていたからだった。事象が見た目の属性に引かれたか。流石に可哀想だと思ったが、ヨルンはクリスから頭を撫でて慰めてもらえるので気にしないと言っていた。
ユキちゃんが到着するのは昼頃。すでに事情は伝えてある。
一方、シキちゃんの判別作戦をシンシア達に話し、ユキちゃんが合流してから彼女に秘密で行うには、どこかのタイミングでクリスとシンシア二人が城外に出て、シキちゃんがまだ近くにいるようであれば、そのまま実行することになった。
また、シンシアからは、兵を通して、明日の城内食堂の昼食メニューにシチューを追加してもらい、さらに約三十人分の取り置きを、早い時点でお願いしてもらっていた。ギリギリに頼んでも、材料の確保や仕込み、調理の時間が必要で、他の人達に全部食べられては元も子もないので、それらを予め伝えておかなければいけない。
パルミス公爵が言った通り、シンシアについては、具体性を伴わない作戦でなくても、方針さえ示せば、あとは安心して任せることができる。それは、クリスやヨルンも同じだ。大聖堂での超一流の仕事を見せられれば、誰でもそう思うだろう。
仮に何かあれば、俺達の正体がバレてでも動くつもりだ。
そう強く思っていたものの、普通に何も起こらず、時は過ぎていった。
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