第2話 迷惑系配信者をボコる

 今ダンジョンを出ても俺には住む場所がない。

 それならいっそのことダンジョンに住んでしまえばいいのではないだろうか。


 ここには、俺に懐いてくれている黒狼たちもいるし美味しい果実もある。


 ここは今の俺にとって天国のように最高の空間なのだ。


「俺もここに住みたいんだけど、いいかな?」

「ウォンウォーン!」


 黒狼たちもどうやら歓迎してくれているようだ。

 今の俺にとっては地上の世界よりもここのほうが住み心地が良い。これ以上の理由は無いだろう。


 その後、俺は黒狼たちにダンジョン内を色々と案内してもらった。

 美味しい果実の取れる場所や、普段黒狼たちが睡眠をとる際に使う場所など色々だ。


 まだダンジョンに来たばかりの俺ではあるが、黒狼たちのお陰もあって充実した日々を過ごすことが出来ていた。


「へへへっ、今このダンジョンにいるのは俺だけだよな? それじゃ、視聴者のみんな、今からこの毒ガスボールをこのダンジョンで使いたいと思いまぁす!」


 黒狼たちと楽しい時間を過ごしていた最中、突然奥のほうから声が聞こえてきた。

 警戒しながら俺と黒狼たちは声の聞こえる方へとゆっくりと向かった。

 岩陰に隠れながら声の聞こえたほうを見てみると、1人の金髪の男がいた。


 男は近くに設置型のカメラを置いて喋っているようだ。

 恐らく男はここ最近人気のある職業であるダンジョン配信者なのだろう。よく見てみると、その男の左手には紫色の球体が握られていた。そしてそれをカメラに向かって見せびらかしている。視聴者に対して見せているのだろう。その球体が配信の目玉らしい。


「グルルル……」


 俺のそばにいる黒狼たちは唸り声をあげている。あの男は危険人物であると感じているらしい。それもそのはず、男が手にしている紫色の球体には有毒ガスのマークがついている。それもかなり危険なやつっぽい。


「あの男、なんてものを持っているんだ」


 ダンジョンに入る前には必ず持ち物を検査される。とはいっても入る時にする持ち物検査は形式的なもので、本命は出てきた後に行う持ち物検査らしい。ダンジョン内で入手したアイテムを明確化するための検査だと聞いたことがある。

 ここに毒物が持ち込まれているということは国が許可したということだ。かなり厄介だ。しかし命を懸けてダンジョン攻略に挑むのだ。不思議ではない。


 さて、どうしたものか。


 男はニヤニヤしながら周りを見回している。

 良い場所を見つけたのか、男が手に持っている毒ガスボールを振り上げた。


 マズい。

 男は毒ガスボールを地面に投げつけるつもりだ!

 そんなことをしてしまえば、一気に毒ガスが噴出して一帯が毒ガスに汚染されてしまう。ダンジョンで生活している魔物たちに危害が及んでしまうだろう。それは何がなんでも回避しなくてはならない。


 男の危険行為を止めようと俺は岩陰から飛び出そうとした。しかし、それよりも先に1匹の黒狼が飛び出し男の腕に嚙みついた。

 男は突然の黒狼による襲撃に不意を突かれた様子だったが、黒狼を地面にたたきつけ黒狼のお腹を何発も蹴り始めた。


「キャンッ!」


 黒狼の悲痛な叫びが響き渡る。


「フンっ、俺の邪魔をするからだ」


 男はぐったりとしている黒狼を奥へと蹴り飛ばし再び紫色の球体を振りかざした。


「グルルルルッ。ガウッ!」


 蹴り飛ばされた黒狼がよろよろと立ち上がり再び男に向かっていった。


「クソッ! 邪魔しやがって!」


 男はそんな黒狼に苛立った様子で再び黒狼を思いっきり蹴り飛ばした。


 幾度も攻撃を受け続けた黒狼の意識はぎりぎりだ。それでもかろうじて意識を保ちながらなんとか威嚇をしている。しかし、限界が来たのか、ついにその場に倒れ込んでしまった。


「今だ!」


 男はその隙に黒狼の首を地面に押さえつけた。黒狼は決して弱い魔物ではないはずだ。この男はかなりの実力者なのかもしれない。

 男は毒ガスボールをカメラの方へと転がし腰に携えていた短剣を取り出した。マズい。このままでは黒狼が殺されてしまう。しかし、俺の周りにいる黒狼たちは一切動こうとしない。


 俺はその理由を知っている。

 黒狼は、基本的に群れで襲うことはなく、仲間が殺されないと次の1匹は襲いかかりに行かないという習性があるのだ。

 俺が行かなければあの黒狼は殺されてしまう。俺を歓迎してくれた黒狼たちには1匹たりとも死んでほしくはない!


 そう思った俺は大きな気合と共に男へ思いっきり体当たりをした。


「くそっ、何しやがるんだお前ぇ!」


 不意に体当たりを食らった男は少し後ろに吹き飛ばされ困惑している様子だ。


「ここから出ていけ!」

「何だお前、せっかく配信が盛り上がってたのに邪魔しやがってよ」

「邪魔? お前の方が邪魔だよ。俺のダンジョンライフにお前のような奴はいらないんだよ!」

「何を言ってるんだお前、気でもくるってんじゃねえのか? まあいいい。邪魔するなら容赦はしねえ!」


 いくら言ってもこの男が帰ってくれる気配はない。

 黒狼を一人で倒すほどの腕力に毒ガスまで持っている。あまりにもこの男は危険すぎる。俺に力はないが、この男に好き勝手させるわけにもいかない。

 覚悟を決め、俺は男に向かって拳を振り上げながら突っ込み、男の顔に一撃を入れようと踏み込んだ。しかし、腕自慢の男にかなうはずもなく、俺の左頬に男の膝蹴りが直撃した。


「うっ……! があっ!」


 瞬時にほとばしる激痛とあまりの衝撃都と共に俺は後方へと思いっきり吹き飛んだ。


「「「ウォーン……ウォーン……」」」


 吹き飛ばされた俺を心配するように岩陰にいた黒狼たちが俺の周りに集まってきた。先ほどやられていた黒狼もいる。よかった。立てるくらいには回復しているらしい。やはり魔物は回復力が高い。


「あ? そんなに黒狼がいたのかよ。まあ、どうせ襲ってくるのは1匹ずつだから対処は簡単なんだよなぁ」


 他の黒狼たちが一斉に出てきても男はまったくひるむ様子はない。

 黒狼の性質を知っているのだろう。群れで襲うことは無いとかなり余裕のようだ。


「だが、まあ、黒狼の前にお前だ」


 配信の邪魔をした俺が相当気に食わないのだろう。

 男は俺の前まで歩み寄り、顔面を蹴ろうとする。


「「「ウォウォウォーーーン!!!!!」」」


 だが、その蹴りが俺に届くことは無かった。

 俺のことを心配してくれていた黒狼たちが一斉に男の足に噛みついたのだ。


「みんな……」


 こんなことがあるのか。

 黒狼が複数で襲うなんて聞いたことが無い。俺を守るために行動してくれているのか。


「ウォンウォーン」


 そのうちの1匹が俺の手を舐めながら俺を立たせようとする。

 俺はなんとなく黒狼が何を伝えようとしているのか分かった。


「俺に力を貸してくれるのか?」


 黒狼たちは複数で襲いかかった経験がない。しかし俺が支持を出せばきっとこの男を倒すことが出来る。

 黒狼たちの為にも俺は力を振り絞って立ち上がった。


「黒狼がなんで複数で攻撃してきてるんだ!?」


 先ほどまで余裕そうな表情を見せていた男だったが、さすがに複数に襲われたことに驚いているらしい。

 普通の人間なら同じ人間に対して攻撃を支持するのは躊躇ためらうべき行動かもしれないが、今の俺にとっては関係ない。


 黒狼に危害を加えたのだ。

 容赦する必要がどこにある?

 今の俺は目の前にいる男に対して怒りの感情しかもっていなかった。


 俺は男に指を差しながら黒狼たちに指示を出す。


「まず4匹がかりで両足の太ももを狙ってくれ」

「「「ウォーン!!!」」」


 太ももを狙うよう指示を出すと、四匹の黒狼たちが一斉に両足の太ももに噛みついた。男ほどの実力者であっても複数の黒狼に一斉に襲われたら対処するのは難しかったようだ。かなりあっさりと太ももにダメージを負い苦しそうにしている。それにしても流石は魔物たちだ。初めてとは思えない連携だ。

 

 男は噛みつかれた両足の太ももから血を流しながらなおも抵抗をしようともがいている。

 今が畳みかけるチャンスだ。


「腹に突進してくれ!」

「クソッ! クソッ! クソッ!」


 心底苛立たしそうに叫んでいる男のお腹に黒狼たちが次々と突進して行く。一匹、また一匹と突進しては列に戻りを繰り返している。


「ウッ! ウッ!」


 徐々に男は弱っていった。今更男は謝罪の言葉を並べだす始末だ。しかし俺たちの住処を汚染しようとしたのは紛れもない事実。そんな男の謝罪を受け入れるつもりはない。

 しばらく突進攻撃を続けているとさすがの男も気を失った。


「ふぅ、やったぞ。みんな、ありがとう」

「「「ウォーーーン!!!」」」


 男を倒した俺たちは男を入り口近くまで引きずって持っていき、カメラの近くに転がっていたガスボールを男のズボンのポケットに入れダンジョンの外に投げ出した。

 こうしておけば、外にいる警備員たちに気づいてもらえるだろう。毒ガスボールも処理してくれるはずだ。


「やったぞーーー!」


「「「ウォウォーーーン」」」


 自分たちの居住空間を守り切った俺たちは思わず雄たけびを上げた。


:なんだこいつ!!!

:え、強すぎだろ

:黒狼に指示出してたよな?

:このダンジョンのラスボス?ww

:あの凶暴な黒狼が人の言うこと聞くことあるのか?!

:最強の人間? 現る!


 この時、一連の出来事が配信に流れてしまっていた。


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