第7話『十二紫・メイソン・ルピナス』
メイソンは壁を蹴り腕のみを獣化させ、フロドに爪を立てる。フロドは先程剣を折られているのだが、全く劣っていない。青い光を放つ指輪だらけの手でメイソンの攻撃を受け流し、蹴りを入れ、次の攻撃に備える。非常に優勢に見えるが、いまだ致命傷を与えることはできないままだ。このまま耐久戦に持ち込まれるとなす術がないのでどちらかというと不利。
「イグニート」
シャーロットが火の玉を放つ。火の玉はまっすぐメイソンに直撃するが効果はない。しかし行動には変化が現れた。
フロドから距離を取り、メイソンは月を見上げる。
「ウォーーーーーーン」
両手をだらりと下げたメイソンの体はメキメキと音を立てて大きくなり、完全な狼の姿になった。
フロドがすかさず距離を詰め腹に拳を捩じ込もうとするもそれは軽々と避けられてしまう。
「――速い」
先ほどよりも体は大きくなったにもかかわらず素早さは格段に上がっている。
その後のフロドの追撃を全て避け切り、フロドを掴み地面に投げる。砂埃を立てフロドは吹き飛ばされ木の建物に激突。
「フロド!」
俺はフロドの方に走り出すが、砂埃の中から出てくるメイソンにそれは阻止される。
「ガアアアアアアアア」
爪が頬をかする。流れる血が頬を伝う。
これが魔力による肉体強化か。とにかく速い。だが、見てからギリギリ避けられるレベル。
「エラプト」
「――――ッ!」
シャーロットの魔法により、地面から生えてくる五本の火柱がメイソンを襲う。それを避けきれず灰色の毛に火が燃え移り、唸り声が上がる。
しかし、砂埃が消えるとそこには無傷の狼がいた。
「――どうして」
シャーロットが呟く。
「ランマル!対策を考えてくれ!俺たちが狼を食い止める!」
額から血を流したヒューがエヴァさんを抱えてこちらにくる。無茶振りだが、俺は足手纏いにしかならないのでエヴァさんを守るために頷く。
攻撃が効かない理由。
フロドの打撃攻撃とシャーロットの魔法攻撃どちらも避けないことが多い。
ならば俺を襲った夜、そして先ほどの『エラプト』を避けた理由は――――、
「――わかんねぇ」
俺がこうしている間にもシャーロットに襲いかかるメイソンを必死に攻撃するフロドとヒュー。早く答えを出さないと二人がもたない。
考えろ考えろ!
「なんで私を狙うんですか?」
「――――ッ!」
シャーロットの質問への返答はないが確信をついたものだと感じた。
シャーロットばかり狙う理由――――、
これもまた魔力だ。
メイソンの超回復もおそらく魔力によるもので、無限に使えるわけじゃない、はず。
「魔力だ!魔力が尽きれば回復はできないはずだ!とにかく攻撃を与え続けろ!」
「――――!」
「図星か」
「イグニート」
勝ち筋が見えた。あとはメイソンの魔力が尽きるのを待つだけだ。
「ランマル、か」
「エヴァさん」
目を覚ましたエヴァさんに名前を呼ばれた。
「メイソンは魔力で肉体強化、回復をしてて、魔力が尽きれば俺たちの勝ちです」
「なるほど、ではこちらもすべきことをしよう。ついて来い」
◆◆◆◆◆
木こり、メイソン・ルピナスはその夜、ある女に出会った。白いローブを着て首から下げた懐中時計のようなコンパスを手で弄んでいる。
「君にしよう。君に決めた!」
「なんだよオマエ」
オレは腰の短剣を抜いて構える。
「ハハハ、警戒心すごいねぇ!」
目の前にいる女はとてつもなく歪だった。暗闇のなかで顔は見えないが彼女が放つ圧倒的威圧感に声を出すのが限界だった。
「あのね『十二紫(ジュウニシ)』ってしてるよね?私はそれの頭ってわけ。つまりイリス極彩国の幹部『紫』」
「――それがなんでここに」
イリス極彩国というのは国ではなく組織の名前だ。かなり前に世界を統治していた邪神イリスを再臨させるために戦や動乱を各地で起こしている犯罪組織。
目の前の女はその幹部だと名乗った。
「『十二紫』の狼が死んだから補充しにきたってわけ。悪いけど断らせないから」
「オレに利益が全くねぇじゃねぇか」
「そんなことないよ。人殺すだけで生きていけるし、なんてったって強くなれる」
「なんでオレが――――」
「うるさいなぁ、君」
突然腹に爪先を捩じ込まれて胃の中のものが溢れ出る。この女はオレが知っている誰よりも強い、そう思った。
しかし、負けるわけにはいかない。
オレは短剣を握り直し体を低く構え足を奪いに行く。俺の得意技。師匠に教わったのだ。
砂埃を立て、距離を詰める。
「とった」
間合いを詰め、回し蹴りの体勢に入ったのだが――――、
「――――ッ!」
女の得体の知れない技によりオレは吹き飛ばされた。
「ほら、足りてないじゃん。来い、『鹿』」
女に呼ばれオレの足元の地の中から『鹿』が姿を現す。ドロドロとした紫の魔力で形成された体は本来の鹿とはかけ離れている。人間のような大きさで二足歩行。目玉はない。とにかく気持ち悪い見た目だ。
それがオレの体に絡みつき身動きが取れなくなる。
「――では…」
女の顔が近づきあっさりと唇に触れる。
オレは歯を食いしばり離れようとするも逃してはくれない。
それからオレの意識は暗闇に呑まれた。
◆◆◆◆◆
次に意識が戻ったのは自宅だった。目の前には父と姉と弟の死体がある。
吐き気を抑えることはできずオレはしばらく吐き続けた。
家の外を出るとまたもや死体の山。
吐くものもなく胃液だけを口からダラダラと流しながらオレは村を後にした。
もう人を殺したくはない。洞窟なんかに篭って暮らそう。人と関わらなければ問題はない。そう思っていた。
◆◆◆◆◆
腹が減った。その空腹感は今までのものとは段違いで辛いもので、思考もできなくなるほどだ。洞窟にきてたったの二日しか経っていないのにこのザマだ。オレの意識は再び消えた。
◆◆◆◆◆
目覚めると目の前に死体が転がっている。
そんな生活が続いて五年ほど経った時だろうか、
「おぉ!らしくなってきたねぇ!」
「くそがあああ!」
目の前に女が現れた。
オレは爪で切り裂こうとするもまたもや得体の知れない力によって吹き飛ばされてしまう。
「ハハハ!ねぇねぇ聞いてよ。君、『十二紫』の中で一番人を殺してるよ!」
「――――」
衝撃の事実だが、考えてみればそうだ。半年に一回村を滅ぼしている。死体の数は数えないようにしているが、とうに四桁は超えていることはわかっていた。
「何しにきた」
「そう!それなんだけど…。イグニス王国に行ってきてほしいんだ。ここからだとかなり遠いから時間はかかるけど気にしなくて良い。ウェント公国の方から行くのが最適かな?旅の人もいっぱいいるからその子達を殺してけば辿り着けるんじゃないかな?」
「イグニスに行ってどうする」
「いやぁ、それは私も知らないよ。上からの命令だしね」
女はコンパスを手で弄びながら言う。
逆らえば、どうなるかはわかる。勝てるわけがない。従うしかない。
「わかった」
「よしよし、ところでだけどさ、なんで殺しを躊躇ってるのさ」
「は?」
「いやいや、だって君もう人間じゃないんだよ。人間の価値観とか道徳観念とか気にしても意味ないってわけ。現にもう何人殺してるの?意思を持って殺さない。そっちのが失礼だと思うけどなぁ」
オレは、この言葉を信じた。信じた方が楽だったから。楽な方に進んだのだ。感覚を麻痺させれば楽に生きられる。こんな地獄にはもういられない。
「わかった。イグニスへ行く」
「ふむ、それで良い!」
オレは人間を辞めた。
◆◆◆◆◆
魔力が多いものを殺せば空腹が凌げる。そう判明したのは意思を持って人を殺し始めたからだ。オレに向けられる驚きや恨み、怒りの感情は回数を重ねるたびに響かなくなった。
そんな感じで人数を抑えていたが、感情が麻痺するため結局は皆殺しにしてしまったりして、どうしたものかと思う。
そんなわけでイグニス王国に到着し、平穏に田舎の村に拠点を決めた。あの女の指示はイグニスに来ることで達成している。村人と交友関係のようなものを持ち、怪しまれないようにしながら次の指示を待っていた。そんな日々はオレには快適だったのだが、ある夕暮れに事件は起こった。
とてつもない量の魔力を肌で感じた。これまでにない魔力量。すぐさまオレは家から飛び出しそれを見に行く。
弱そうな男だった。見慣れない服装をしていて武器も何も持っていない。
オレは話しかけてみることにした。
あとに、このとき人の目など気にせずに早く殺していればとひどく後悔した。
◆◆◆◆◆
フロドとヒューの攻撃は余裕で避けることができるが、問題は魔力。全然足りていない。ランマルを殺しに行けば絶対に三人からとどめを刺されるので行けない。どれだけこいつはランマルを信じているのだろう。
よってオレがまず倒すべき相手はシャーロットである。あいつを倒せば魔力をかなり得ることができ、この場を突破できる。フロドとヒューにはわざと手を抜いているため、タイミングを作ることは可能。
「なるほど、ではこちらもすべきことをしよう。ついて来い」
エヴァがランマルにそういって二人は走り出した。何か切り札を持ってくるのだろうか。そんなの関係ない。今を逃せば死ぬ。
オレは魔力を全て出し、切り札を切った。
紫のドロドロした魔力がオレの体を包む。『鹿』がやっていた十二紫の最終形態だ。この状態は五分も保てない。
オレは魔力を分断し魔力でできた分裂体を作る。
フロドとヒューにこいつと戦わせてシャーロットを奪いにいく。
フロドとヒューがオレのところに駆け出すもそれは俺の分裂体によって阻まれる。
「ソウ・イグニート」
オレは魔法を避けずに突進。かなりダメージが入っているが構わない。彼女の首を掴んで走り出す。
南門の魔石は取り除いておいた。そこから逃げよう。
とにかく全力で駆け抜ける。
後ろからフロドとヒューが追いかけてくるが分裂体がいるため絶対に追いつかれない。
門が見えた。
「オレの勝ちだ」
確信して呟いた瞬間、魔法陣が広がり、視界を藍色の光が覆い、猛攻撃を受ける。
「――――ッッ!」
酷い痛みに叫び声を上げるが走る足を止めない。
魔石は一つではなく、何度もオレは魔石を作動させてしまう。魔法陣が水の波紋のように広がる。ランマルとエヴァがやったに違いない。小賢しいやつだ。
二人を視界の中から探すとエヴァがレイピアをオレに向けて走ってくる。くらえば死ぬ。逃げろオレ。走れ走れ走れ!
なんとかエヴァの攻撃を避け切りそのまま走り去る。まだいける。
走って門を潜り抜ける瞬間――――、
後ろからランマルが追いかけてきていたことに気づいた。
◇◆◇◆◇
絶対に逃しては行けない。今殺さなければ。魔力刀を振るう時間はない。とにかく足止めをして、みんなにとどめをさしてもらおう。
全身で魔力放出。体が震えてバカみたいに痛い。火傷みたいな痛みだ。だが、気にしている余裕はない。
地を思いきり蹴って一気にメイソンに近づく。メイソンの頭を掴み地面に叩きつけ、そのまま押さえ込む。砂埃を立てメイソンは足掻き続けるが、絶対に離さない。
俺はポケットから魔力刀を取り出し後方へ投げる。
「頼む!」
「ああ!」
タイミングよく走ってきたフロドがそれをかっこよくキャッチし、青い刀身を出してメイソンを串刺しにした。
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