第4話 神様も旅立つ
「それでは、テス様、先生。どうかお元気で」
「ええ、ジン。貴方の旅路は決して、楽しくて明るい事ばかりじゃないと思う。でも貴方ならきっと、辛くて苦しい事なんて簡単に乗り越えれるって、信じてるわ」
「俺も、これまでのテス様の教えを信じて生きていきます。先生は……あー、先生……」
「放っておきなさい、大丈夫よ。またきっと会えるから」
引きちぎられた槍の装飾を胸に抱き、拗ねている私を他所にジンはそそくさと門をくぐって外の世界に行ってしまった。
なんてあっけなく、素っ気なく、薄情な弟子だろうか。
師がこんなにも傷心しているというのに……。
「いつまでそうしてるんですか、付与効果の大半を失っても一番残しておきたかった『不壊』だけは槍その物に付与したのでしょう?」
「確かにそうだが……やはり心配だ」
「だから昨日決めました通りに、私達ももう一度冒険者としてやり直せば、ジンの活躍をギルド経由で知ることができるでしょう」
「そんな回りくどいことしなくても、この装飾があれば私の毛を通してジンの状態が分かると言うのに……」
「ヤンデレ彼女の盗聴器かなんかですか、重くて面倒くさい女ですね貴方は」
テスに引きずられ、私室に押し込められてしまう。
先ほどテスが言っていた『昨日決めた事』、それは私達2人、身分を隠してもう一度冒険者としてやり直す事。
世界を旅することで今世界がどうなっているか、そして獣人族の今を知り、世界に生きる価値を見出す、その事を決める為の、旅を始めるのである。
「大抵の荷物はこのまま置いといても良いだろう、必要な時に取り出せばいいからな」
となれば、必要なのはひとまず服と武器と少しの路銀、あとはちょっとした小物くらいだろうか。
昔は今と違って隔離世界なんてものを創り出す力がなかった所為で大荷物は腕力に任せて引きずるか、金で馬車を雇うかしかなかった、……要らない物は売るか捨てろ、とよく仲間達に言われたものだ。
「ふふふー、服はもちろん、これだ」
クローゼットから出したのは、昔から愛用の私の戦闘服だ。
神官が着るような分厚いローブに似ているが狐族に代々伝わる儀礼衣装で神官のそれより赤と白という、多少華美な色合いをしている。
それに加え、私は元々格闘家のように拳で戦うことを得意としていて、動きやすいように丈を短く、腕部に切り込みを入れ、動きやすい改造を施している。
ジンに渡した服も、私の戦闘服を参考にしている物だ。
麻布に近い感触の、厚めの生地に袖を通して昔を懐かしむ。
私は元々、何でもない狐族の農家に生まれ、父と母の背中を追いかけていただけのお転婆が、気が付けば付与師の才を見出され、テス達と出会い、神になる。
そして今は神を辞めて、冒険者としてやり直す……本当に人生、何が起こるか分からんものだ。
武器は……武器と言っても拳が武器の私が使うのは手に巻くだけの布……なんだけどこの布には当然だが、私の毛を編み込み、いくつかの付与魔法を使っている。
決してジンの槍みたいに火力以外も増し増し盛り盛りではないが、有用な付与をいくつか施している、長年の相棒であることには変わりない。
「ララァ様、もう準備できましたか?」
部屋に入って来たテスを見て私は少しばかり驚いた、そしてそれはきっとテスもそうだったのだろう。
「ララァ様、随分懐かしい服を選びましたね」
「お前もな」
テスもまた、私達が旅をしていた当時の服に身を包んでいた。
機人族の民族衣装、と言うほど独特のものではないが白を基調としたワンピースに、膝下まで丈のあるコートを羽織っている。
昔と変わらない、『機神テスタ』の姿に懐かしさを感じた。
「準備はいいですか? と言ってもララァ様のことですから大体の荷物は全てここに置いていくつもりでしょう?」
「そうだな、私は何でも拾う主義なんだ。知ってるだろ」
「ふふ、そうですね。そんな貴方を、私とタナトスとゼルが咎めて……」
「……忘れていたな、この気持ち」
「長い時間を経ても、世界が変わっても。唯一変わらない物があって安心しました」
「なんだ? 確かに昔の服に袖を通せるほど体型は変わってないが……」
テスは小さく笑って、私の前に身を屈める。
私はふと思い出す、テスと初めて出会った日、確かあの日、あの時、私はこの瞬間を見た気がする。
「何を笑っているんですか?」
「いや、なに……私も安心したんだよ。唯一変わらない物が目の前にあるから」
「そうですか、ええ、変わりませんよ」
何だか分らんが、つい面白くなって私とテスは笑い合う。
タナトスとゼルノア、エリアロフィが居ないことは寂しいが、また会う時が来るのならば、あいつらも思わず笑ってしまう様な沢山の土産話を作ってやれば、それで文句を言われる事は無いだろう。
「……よし、行くぞテス。昔出来なかったドラゴンの捕獲をやるぞ」
「何言ってるんですか、冒険者ギルドを目指すんですよ……」
友の手を引っ張り、私は門に向かって歩き出す。
さぁ、もう一度知らない旅を始めよう。
世界が変わっても、私は私。
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