第一章:7話 荒れる暴食の食卓と、冒険者の地獄耳

 ​恭平がアザゼルと再契約し、その後の「チキンソード」探しという水面下の工作活動を開始していた頃、暴食のダンジョン内部、特に中層階の通常の冒険者たちの間では、それまでには考えられないほどの混乱と、情報戦が巻き起こっていた。

​暴食のロードは、「安寧」のため恭平のマグネタイト貯蔵庫破壊を黙認したが、その代償として、傲慢と憤怒の軍勢から狙われるリスクを負った。その結果、ロードはダンジョン内の警備を強化し、同時に外部からの「不純物」を排除するために、情報統制と魔物の湧き調整という形で圧力をかけ始めた。


​1. 暴食の中層:飢えた冒険者たち

​中層階にある、冒険者たちが休憩や素材売買に使う**「大食らいの広場」は、以前のような活気が失われ、荒れた空気に包まれていた。

​Cランクパーティ「ブルースターズ」のリーダー、ケンタは、顔に疲労を滲ませ、仲間のミユキとタンク役のタケシと共に、硬いパンをかじっていた。

​「チッ、まただ。この三日間、ゴブリンの湧きが半分以下になった。魔石が全く稼げねえ」タケシが、苛立ちを隠せずに地面を蹴った。

​「しかも、ロードの警備隊が、以前より格段に神経質になってる。ちょっと立ち話してるだけで、魔力的な警告が飛んでくる」ミユキが、周囲を警戒しながら囁いた。

​以前は、暴食のダンジョンは「安定して稼げる場所」として知られていた。ロードは、冒険者の活動を**「食料資源(魔物の死体や魔石)の自動回収システム」として捉えていたため、比較的自由な活動が許されていた。しかし、今は違う。

​ケンタは、眉間に皺を寄せた。「ロードは、何かに怯えている。以前は、こんな『無駄な警戒』はしなかった。おかげで、低ランクの素材が手に入らず、みんな飢え始めている」

​「情報も少ない。最近、Sネーカー隊の派手な動画ばかりで、裏の情報が全く入ってこないんだ」ミユキが嘆く。

​彼らは、暴食のロードが、恭平という「小さな不純物」によって引き起こされた、ダンジョンマスター間の水面下の戦争に巻き込まれていることなど知る由もなかった。彼らが感じているのは、ただ「稼ぎの効率が悪くなった」という『生活の危機』だけだった。


​2. 混乱の根源:卑屈な噂の伝播

​広場の隅では、情報屋や密売人が、耳慣れない噂を交換していた。彼らが話す情報は、国際的な英雄たちが知らない、ダンジョンの「裏側」の情報だ。

​「聞いたか?最近、ロードの警備隊が、『逃走用の失敗作』とかいう、古びた魔導剣を必死に探してるらしいぞ」一人の密売人が、顔を寄せ合う。

​「チキンソードか?ああ、あれは数年前、怠惰のダンジョンで開発されて失敗作として放置されたものだろう。そんなものを、なぜ今更……」

​「それが、どうもその剣が、ロードの『最大の食料倉庫の場所』を知る手がかりになるらしい。『最も卑屈な逃亡者』が、その剣を持って、ロードの資産に手を出そうとしている、って話だ」

​「卑屈な逃亡者?誰だそいつは?Sネーカーのような英雄じゃなくて?」

​「いや、英雄とは真逆だ。『誰も知らない、地味な裏ルート』でしか行動しない、『努力嫌いの臆病者』らしい。ロードは、そいつの『安寧のための執着』を、最も危険なバグだと見なしている」

​ケンタは、偶然その噂を耳にした。彼は、「チキンソード」や「卑屈な逃亡者」といった、自分の知る世界の常識からかけ離れた言葉に、眉をひそめた。

​「卑屈な逃亡者?そんな奴が、世界のダンジョンマスターを脅かしてるだって?馬鹿げてる。世界の危機は、常に英雄の力で解決されるものだ」

​ケンタの思考は、伊吹宗次やジン・ウォンといったトップ英雄たちと同じだった。彼らは、自分たちの目に見える、「力による解決」こそが世界の真実だと信じていた。

​しかし、ミユキは、その「卑屈な逃亡者」という言葉に、かすかに興味を持った。

「ねえ、ケンタ。私たち、派手に戦う力はないけど、もし、その『卑屈な逃亡者』が、本当にロードを困らせているとしたら……私たちにも、『稼ぎの効率を戻す』ための、何かしらの裏ルートがあるかもしれないわよ」

​荒れ果てた広場と、情報統制下の暴食のダンジョンで、普通の冒険者たちは、世界の危機など知らず、ただ「生活の安定」という小さな欲望のために、目の前の情報と噂を必死にかき集めるしかなかった。そして、その情報の中には、恭平という名の「世界の裏の鍵」が、密かに紛れ込んでいたのだ。

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