39話・学園祭
鋭い視線を向ける女子生徒の目は真っ赤に充血していた。
唇を噛み締めて人に対して憎悪を抱く霊は、生きている人間に対して悪さをしようとする。
過去に一度だけ人に対して憎悪を抱き、物凄い形相を浮かべる霊を見たことがあった。
事故で亡くなったと思っていた母親が、激しい憎悪を父に向け、その背後に佇んでいる姿を間近に見たのは俺が小学生の頃。
その時の恐怖といったら……頭の中が真っ白になり、寝室に父を置き去りにして、ほとんど日常会話をすることのなかった寡黙な兄の寝室に駆け込んだほど。
過去の光景がフラッシュバックする。
穏やかな笑顔が印象的。
家庭的で優しかった母親の、最後に見た表情は一生忘れることが出来ないだろう。
「九条が怖いと言うくらいだから、余程の事だね。首なしの霊を見たときですら、全く動じてなかったのに……」
扉を隔てた向こう側に佇む女性が、幽霊であることを認識して、車両を移ろうと踵を返した途端、電車の扉が音を立てて開いた。
何故このタイミングで電車の扉が開くのか、よくよく過去を思い起こしてみれば、時々出発間近に電車の扉が開きすぐに閉まることがあった。
1秒ほどで扉は閉まったけれど、女子生徒の霊を招き入れるには十分な時間だった。
俺と理人の隣に佇む女子生徒は小柄。
俺の胸元が女子生徒の目線の高さになり、人の顔を下からまじまじと見つめる女子生徒は一言。似てるなぁ……と、低音で考えを口にする。
一体誰に似ているのか分からない。
好意のある視線ではないため、恨むべき人物に似ているのだろうけど、それは多分俺ではない。
自分でも気づかないうちに、人に恨みを買うこともあるかもしれないけれど、彼女とは今日が初対面のはず。
「車両を変えるんじゃなかったの?」
理人には霊が見えていないため、悪気はないのだろうけど、このタイミングでその質問は間が悪い。
今さら車両を変えたところで、女子生徒の霊は後についてきてしまうだろう。
「移動しようぜ」
一条が理人に続いて足を踏み出せば、やはり思った通り女子生徒も後に続く。ペタペタと何とも奇妙な足音を立てる女子生徒の足元に視線を移して気がついた。
女子生徒は素足だった。
女子生徒の足元には血が滴り落ちている。
さっきから妙子の声が全く聞こえない。
普段は霊を見た瞬間に見事な男走りを疲労する妙子の様子が気になり、ゆっくりと視線を移す。
至近距離に霊がいるのに妙子が気づかないはずがない。
何故なんのアクションも起こすことなく平静を保っていられるのか、普段の妙子の姿を思い浮かべて疑問を抱く。
妙子に視線を移した途端に、騒がなかったのではなく、騒げなかったのだと理解する。
顔面蒼白になりながらも口元を両手で覆い隠して、叫びそうになるのを必死に堪える妙子の姿があった。
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