ヴェリタ王子救出⑤ (リベルタ)


「殿下、戻りましょう」


 ディニーがキオードの身体の向きを変えた。

 エゼコチオネ処刑場を背にし、すぐにでもスパックォ城塞に向けて走り出そうとしている。


 理由は明白だ。

 ついさっきここを駆け出して処刑場へと向かったオヅマが、今は多数のクイスタ兵に囲まれている。その動きは明らかに計算されたものでありヴェリタ王子の処刑という告示そのものが罠だと今ならわかる。


 麻袋を取ったヴェリタ王子が全くの別人であることは、この距離からでも十分に確認できた。それでもリベルタは、いまだヴェリタの救出を諦めることができないでいた。


「ディニー、待って! もう少しだけ待ってくれ!!」

「これは明らかな罠です。こんなところにいては、殿下の身にまで危険が及びます」


 ディニーの言っていることは正しい。

 しかし、理解できることと納得することは全く別物だ。


「でもまだヴェリタが! ヴェリタを助けなくては、私は!!」

「あのヴェリタ王子はニセモノです! 本物はもう、……ここにはいません」


 ディニーがなにか、言葉を飲みんだのがわかった。

 苦痛に耐えるような彼女の表情から、さっき飲み込んだ言葉も想像がつく。


 リベルタもそう思いたくないだけで、頭の中では同じ想像をしていたからだ。

 恐らくヴェリタはもう、この世にはいないのだろう。


 この処刑そのものがリベルタをおびき寄せるための罠であり、そのエサに替え玉ニセモノを用意したのは、きっと本人がいないからだ。


 本物のヴェリタはまだ捕まっていないという可能性も考えた。

 しかし、レプル・オメルタが出した『ヴェリタ王子確保』の伝令を、クイスタ皇国が即座にニセモノと断じていることから望みは紙よりも薄い。


 強い絶望感が襲ってくる。頭がくらくらして、視界が揺れる。気持ちが悪い。

 今はヴェリタのことを考えないようにしなくては、とリベルタは話のベクトルを少し変えることにした。


「オズマは……、彼はどうするつもりだ。まさか、このまま見捨てるのか?」

「護衛は命を懸けて殿下に尽くすのが仕事です。いちいち護衛の身を案じる必要はございません」

「それは……、あの場にいるのがディニーでもか?」

「無論です」


 その言葉に、一切の迷いはなかった。

 もしそんな状況が訪れたなら迷わず自分を見捨てろと言う側近の顔を、リベルタはじっと見つめた。


 いつか自分がディニーを捨てるときがくるのだろうか。

 自分の意志とは関係なくせり上がってくる涙。

 涙を堪えて変な顔になっているリベルタに、ディニーが優しく微笑みかける。


「大丈夫。あの無礼者はきっと一人でなんとかします。もちろん私だってそうです。だから私たちの力を信じて、今は逃げてください」

「信じる……か」


 オヅマを案じてこの場に居続けることは、リベルタがオズマを信じていないことになる。それに、リベルタがここにいたところで何か彼の役に立てるわけでもない。


「殿下。どうやら追っ手が」

「…………ッ!!」


 処刑場を見下ろすと、クイスタの兵士と思われる者たちが馬に乗って南へと向かっているところだった。


「アイツ、まさか私たちがここにいることを喋ったのか?」

「オヅマに限って、そんなことは……」


 ない、と言い切れるほどリベルタはオヅマのことを知らない。

 まだ出会って数日しか経っていないのだ。


 リベルタは小さく息を吐くと、ディニーの身体に腕を回す。


「ディニー、行ってくれ」


 その言葉を待っていたとばかりに、キオードが地を蹴った。

 しばらく走ったところで後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。


「止まれ! 止まらなければ撃つ!!」


 後方を振り向くと、馬に乗った兵士が追ってくるのが見えた。

 いずれも召魔士らしくそれぞれが召魔を引き連れている。そのうちの一人が炎の塊を宙に浮かばせていた。


「ファイヤエレメント……、厄介なものを」


 同じく後方を確認したディニーが苦々しく呟いた。


「本当に撃つぞ!!」


 もちろんディニーはキオードの脚を止めるようなことはしない。

 むしろ、さらに加速させて距離を離そうと試みる。


 リベルタも振り落とされまいと腕に力を入れてディニーにしがみついた。

 王都から脱出したとき、キオードから落ちてしまったことで窮地を招いたことを思い出したからだ。


 次の瞬間、背中のあたりが熱くなるのを感じた。

 さらに右方、左方に炎の塊が飛び、木々を燃やしはじめる。


「ディニー!!」

「しっかり掴まっていてくださいっ」


 真っすぐ走っていたキオードが山林へと飛び込んだ。

 ディニーは障害物のある場所を走ることで敵の射線を消そうとする。


 炎の塊が頭上を越えてキオードが進む先へと落ちていく。


「ちっ!」


 舌打ちをしながら、ディニーは山を下りだした。

 このままでは、スパックォ城塞へと向かう道を外れてしまう。それはディニーもわかっているハズだ。それでもキオードは斜面を駆け下りていく。


 木々の先に光が見えた。

 それは山を抜けてしまうということであり、木々という盾を失ってしまうことでもあった。


 リベルタは、ぐっと唇を噛んだ。

 この事態を招いてしまったのは自分の責任だ。

 ディニーが戻ろうと言ったときにすぐに出発していれば、こんなに早く追いつかれることはなかった。


 せめてリベルタが召魔を扱えれば、ディニーの代わりに応戦することもできたのだろうが、何の力も持たない我が身が恨めしい。


「殿下。私がここで奴らを足止めします」

「なにを言って――」

「もはやそれしか手は残されておりません!」


 ついにキオードがその足を止めた。

 追いかけてきた兵士たちも馬を止めてリベルタたちの前に並んだ。


「やれやれ。やっと止まってくれたか」

「殿下、行ってください。……ここから先へは一歩も通さぬっ!!」


 ディニーが剣を抜き、キオードが戦闘態勢に入った。

 リベルタはここでディニーを見捨てて逃げなくてはならない。

 ついさっき想像していたことが、こんなにもすぐに現実のものになるとは思ってもみなかった。


 一方、兵士の方は途端に慌てはじめた。


「なっ! 待て、待ってくれ。まずは話を聞いてくれ!!」

「貴様らと話すことなどない!」


 もはや戦うつもり満々のディニーを前に、兵士たちは顔を見合わせる。


「こっちは殺してもいいんだよな」

「リベルタ王女さえ連れ帰ればいいんだし」

「こいつをさっさと始末して、リベルタ王女を連れて帰ろう」


 兵士たちが頷き合い、ゆっくりとディニーを取り囲む。


「殿下!! ……私を信じて下さい」


 ディニーの声に背中を押されるように、リベルタは森の向こう側へと走り出した。

 背中で剣と剣とがぶつかる音が聞こえる。


「ディニー! ディニー! どうか無事でっ!!」


 リベルタは、誰に対してかもわからない願いを口にしながら走った。

 後ろを振り向いたら足が止まってしまう。

 ただ必死に足を動かして、光の指す方へ向かっていく。


 ついに森を抜けたリベルタの前に現れたのは、


「そんなっ……」


 先ほどとは比べ物にならない数の兵士たちだった。




§  §  §  §  §  §  §


 このペースだとコンテスト終了までに10万字に届かないのでは?

 どこかのタイミングで2話更新が必要ですね。

 まずは書かなきゃ話にならないので頑張ります。


 それでは、また明日。

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