黒い召魔士⑤ (カダヴェレ)


「ヤバい、ヤバい、ヤバい。なんだよアイツ。王国の騎士団にあんな奴がいるなんて聞いてない。聞いてないって!」


 クイスタ皇国の召魔士、カダヴェレは暗闇の中をつんのめるように走っていた。

 時折り、木の根に躓きながら、バケモノから逃げるべく必死で足を動かす。


「王子の護衛は、もう女騎士だけだって話だっただろ。クソッ!」


 ほんの一時間前に受けた報告だ。


 王都から逃げ出してきた一団を追ってきたカダヴェレの小隊は、それがヴェリタ王子の一団である可能性が高いと知って狂喜した。


 中隊長への報告は出しつつも、是が非でも自分たちがヴェリタ王子を捕らえるのだと躍起になった。兵士たちは我先にと駆け出し、さながら馬のレースが始まったかのようだった。


 慌てて逃げだしてきたらしい一団は、ほとんど護衛も付いておらず、あっという間に王子と護衛の女騎士の二人だけになった。大手柄はもう目の前。


 そのハズだったのに。



 あまり馬が得意ではないカダヴェレは、数名の側近と共に先行する兵士たちの後を追うかたちとなった。

 まず最初に鼻をついたのは血と脂の臭い。

 見知った兵士たちの死体がいくつも山道に転がっていた。

 息のある兵士もいたが、すっかり錯乱していて何を言いたいのか要領を得ない。


 護衛の女騎士は、虎タイプの召魔を従えた召魔士だという報告は受けていた。

 当然、原因はその女騎士に違いないとカダヴェレは考えた。


 結局のところ、召魔士を倒せるのは召魔士だけだということだ。

 もちろん、圧倒的な兵力差で押し潰したり、充実した兵器による火力差で消し炭にするといった戦術で勝つこともできるのだろうが、ここにそんなものはない。


 なにより、カダヴェレには自信があった。

 胡坐をかいて彼の肩に座っている、小さな青色の悪魔が彼の召魔である。


 腕力や耐久力といった戦闘力は皆無に等しい。

 特筆すべきはその能力である。


 死霊術ネクロマンシー

 死体を意のままに操ることができる闇の魔術。


 そんな彼の隣には、生前に豪傑として名を馳せた騎士の死体が立っていた。

 その豪快な剣技を再現することはできなくとも、鍛え上げられた肉体によって振るわれる大剣と、痛みを感じない身体を持った戦闘人形はカダヴェレの自慢であった。


 カダヴィレがこれまでに幾人もの召魔士を葬り、華々しい戦果を打ち立ててこれたのは、こいつの力に拠るところが大きい。

 平民出身で、まだ二十一歳のカダヴェレが小隊長の地位に就くことができたのも、すべてはこの優秀な死体を手に入れることができたからだ。



 それも、今はもうない。

 一体、あのバケモノはなんだったのだ。


 女騎士とその召魔である虎を相手にしているうちは良かった。

 時間が経てば経つほど、疲れることのないこちら側が有利になっていく。

 これまでに多くの召魔士たちを倒してきたときと全く同じ展開に、カダヴェレは勝利を確信していた。


 一人だけだと聞いていた護衛がなぜか増えていて、ヴェリタ王子を狙わせた矢がことごとく斬り払われてしまったのは誤算だったが、その程度であれば想定の範囲内でもあった。


 それでも護衛の女騎士さえ倒してしまえば、あとはどうとでもなる……そう思っていた。


 カダヴェレの目論見は、その後すぐに崩された。


 あれは、そう。ゴブリンだった。そう見えた。

 いやしかし、戦斧せんぷを振り回すゴブリンなんて聞いたことがない。


 ゴブリンチャンピオンや、グレーターゴブリンといった体格の大きな上位種であれば納得もしよう。しかしアレは、女子供とほとんど変わらない体格をしていた。


 疾風さながらに飛び込んできたゴブリンは、ハリケーンのように回転しながら、カダヴェレの戦闘人形を戦斧で叩き壊した。


 カダヴェレは一瞬のうちに主戦力を失うことになった。


「死体遊びかよ。はっ、いい趣味してるねえ」


 そう言ったのは、おそらくゴブリンの遣い手であろう召魔士の男だ。

 そいつはカダヴェレの方を見ながら、悪魔のような笑顔を浮かべていた。


 暗い夜の闇に浮かぶ悪魔の笑み。


「ひぃっ!!」


 思わず悲鳴を漏らしたカダヴェレは、手近なところに転がっていた部下の死体を操り、ゴブリンの姿をしたバケモノに向かって突撃させる。


 細かく動きの指示を出そうとすると、一体を操るのが精いっぱいだが、「襲え」とか「捕まえろ」といった単純な命令を出すだけであれば、操る死体の数は増やせる。


 試したことはないが、感覚的にはあと数十体はいけるハズだ。

 都合の良いことに、この山には部下の死体がゴロゴロ転がっていた。


 もちろん、そんなことでさっきのバケモノに勝てるとは思っていない。

 今、カダヴェレに必要なのは時間だ。この場から逃げ出すまでの時間稼ぎ。


 しかし、近くに転がっている死体だけでは全然足りない。

 もっと数を集めなくては、あのバケモノに追いつかれてしまう。


「あ、あっ、あああああああひぃ!!」


 隣に立っていた側近の一人が怯えた表情のまま、後ずさりをはじめた。

 

「うわああぁぁぁぁっ!」

「に、にげろおおぉぉぉっ!!」


 恐慌状態はすぐに伝染していった。

 兵士たちはもつれる足をなんとか前に出して、この場から逃げようと必死だ。


 それを見たとき、カダヴェレは思った。

 なんて役立たずな奴らだろう、と。


 そしてこうも思った。

 だったらせめて俺の役に立つ人形にした方がマシだ、と。


「こいつらを殺せ」


 部下だった死体を操って、生きている部下を殺す。

 カダヴェレの召魔によって、新たな死体人形が生まれていく。


 先ほどまで逃げ出そうとしていた兵士たちが、ゴブリンとその遣い手に向かって突撃しはじめた。

 そこに彼らの意思はない。

 命令されるがままに突撃し、戦斧に斬られて血の花を咲かせている。


 それを見届けたカダヴェレは、馬を繋いだ場所を目指して走り出し――今に至る。


 王子捜索のために馬を置いてきたことを強く後悔していた。

 馬術が得意でないカダヴェレにとって、これほど馬を求めたのは人生で初めてだ。


 馬。馬。馬。馬。

 馬さえ手に入れられれば、あの悪魔から逃げられる。


 足にまとわりついてくる草が鬱陶しい。

 地面がフワフワとしていて、足元が安定しない。

 膝周りがくすぐったく、うまく力が入らない。


 両手で太ももを叩き、地面を踏みしめて木々の間を抜ける。

 一際背の高い草むらをかきわけた先に、カダヴェレが求め続けた馬の姿が見えた。


「いた! 俺のうばっ――」


 馬が右に倒れ、逆さになり、また右に倒れる。

 それが自分の視界が回転したせいだと気づいたときには、カダヴェレの首は胴から斬り離され地面に転がっていた。


 カダヴェレがこの世で最後に見たものは、悪魔のような笑顔の男とゴブリンによく似たバケモノだった。




§  §  §  §  §  §  §


 12月31日。大晦日です。

 今日はきっとごちそうを食べます。

 ダイエットは来年から。


 それでは、また明日。

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